1.昨日ムショから
押し売りって聞いたことがある。いまどきは訪問販売と言うと思うけど、やってることは同じ。押しかけてきて売りつける。とはいえ、昔の押し売りは「俺は今日刑務所から出てきたばかり」などと怖い声で脅しながら、ゴム紐を伸ばして売りつけるというやり方だったようだけど、今そんなやり方は通用しない。というか、通報されて終わる気がする。いまどきは、もっとスマートなやり方だ。客が押し売りされてるって思わないで、納得して買ってくれればそれでいいのだから。
僕は若いと言っても一応そういう知識はあった。漫画で得た知識だけどね。だから今、目の前にいる訪問販売員が
「俺は昨日、ムショからでてきたばっかりよ」
と言った日にゃ、えらく驚いた。まさかその台詞を生で聞く機会があるとは夢にも思わなかったからだ。しかも、その販売員の風体がおかしい。
チンピラ風の開襟シャツにツルツルしたスーツ。それはまあ分かる。だけど、顔が、若かった。パッと見僕と変わんない感じ。ちなみに僕、高校生。
高校生でチンピラで押し売りって・・・ドッキリ?思わずキョロキョロしてみたりして。いや、勿論カメラなんて仕込まれてないわけだけど。
「ゴム紐売ってんの?」
思わず聞いてみた。そしたら、販売員の兄ちゃん、嬉しそうに笑顔になった。その笑顔が可愛い!やっぱ高校生なんじゃない?
「坊や、ゴム紐が欲しいかい?あるよ、良く伸びる、高級品だよ。何メートルいる?5メートル以上だったら割引するよ。いーち、にーい・・・」
坊やって言われた。僕と同じくらいのやつに。しかももうゴム紐測り始めてる。
「ちょっと待って、本当によく伸びる?」
僕は相手が若いのもあって、あんまり怖がらずに普通に話しかけた。品定めだってしておかないとね。実はちょうどゴム紐を使う予定があった。
「伸びるよ、ホラ」
販売員はビヨンビヨンと伸ばして見せてくれた。
「じゃあ、いらない。あんまり伸びないのが欲しいんだ。色ももっとカラフルなやつが良いし、そういう平ゴムじゃなくて、丸いやつがいいんだ」
こんな押し売りの兄ちゃんに無理難題を押し付けてみた。可哀想だけど、客のニーズに合わせない販売なんて成り立たないって分かってもらわなきゃ。
「なんだと、ゴルァ!」
ところが、確かに相手は押し売りだった。そうだ、刑務所から出てきたばかりって最初に言ってたもんな。あんまりにも若いから忘れてたけど、調子に乗りすぎた。
僕は販売員が急にすごんだので、思わず身をすくませた。
「兄ちゃん、ゴム紐、欲しいんだろぉ?」
低い声ですごまれて、僕は身動きが取れなかった。コクコクと小さく頷くだけで精いっぱい。
「だったら、どんなゴム紐なら良いって言うんだ?」
「あ、あの」
僕の声は完全に裏返っていた。だって、怖かったんだ。若く見えるけどやっぱり押し売りだし、背は僕より大きいし。でも、なぜか僕はちゃんと答えていた。
「靴ひもに使うんです。だから、できればこの靴に合う色で、あんまり伸びない・・・」
「おう、なるほど!」
僕がやっとのことで用途を言うと、販売員はポンと手を打って、それからカバンの中をひっかきまわしていた。
「えーっと、ゴム紐ゴム紐、色の付いたやつっと。これでどうだ!」
販売員はゴム紐の束をガッチリと掴んで出して見せた。どこにそんなに入っていたの、というくらい、たくさんのゴム紐だった。なにせ色が50色以上あるように見える。太さも色々。半端ない品ぞろえだ。ゴム紐専門店!?
押し売りって、いらないものばかりを売りつけるのかと思っていたけど、違うみたいだ。
とはいえ、こんなにたくさんゴム紐を売る押し売りが、変なことだってその時の僕は知らなかった。