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オバケバスターズ

「もうすぐ、人類は滅亡するらしいぜ」

助手席のYがスマートフォンを眺めながら、運転しているぼくに言った。

「俺らの『仕事』が生まれたのも、その前兆なんだとよ」

馬鹿馬鹿しいな、とぼくは鼻で笑って返した。

「本当だって、政府が集めた有識者の見解だって」

『その有識者って誰よ』

「講談社の編集部」

『MMRじゃん。信じなくても大丈夫かな。』

いつものように中身の無い会話をしながら、ぼくは目的地に向けてハンドルを握る。


ぼくとYは小学生の頃からの友人で、特に趣味や性格が似通った部分があるわけでもないのだが、何故だかいつも一緒だった。

いわゆる腐れ縁で、中学、高校を共に過ごし、進学校、という感じでもなかったから卒業後はなんとなくその時大量に募集がかかっていた仕事に「ここいいんじゃね?」といったノリで応募し、一緒に就職した。

その仕事とは、「オバケ退治」だ。

オバケといっても別に幽霊だの怨霊だのというものではなく、その正体は虫で、この駆除がぼくたちの仕事だ。


「オバケ」はここ10年急激に増えた新種の虫の通称で、蚊に近い形状をしており、生涯に1度だけ、成虫になった直後に体液を目的に蚊と同様に人を刺す。その際に口唇のついている成分が人体に異常を引き起こすのだ。

異常とは、「刺されてから1日~5日以内に約1秒だけ『身体が動かなくなる』」というもので、これが非常に問題視された。

ほとんどの場合は「一瞬体に違和感が生じる」程度で済むが、中には重大な危機を引き起こす場合もあったのだ。

母親が赤ん坊を抱えている時、高速道路で車を運転しているとき。建築作業員が高所で作業をしているとき、通勤ラッシュのホームで人の波ができる中で電車が迫ってくるホーム。

1秒間という空白の時間は人が死ぬのに、そして人を殺すのに十分だった。


こういった事故が急激に増え、国は原因究明に乗り出した。

事故にあったり、あるいは事故になりかけた人々への聞き取り調査を行うと、皆が口をそろえてこう言った。

「急に意識が飛んだ。きっと『疲れ』てたんだろう」と。

こうした事故を起こした人の共通点や医学的な検査を総合し、虫の存在が明るみに出たわけだ。

人の動きが縛られるというオカルトじみた症状はまるで幽霊にでも『憑かれ』たように受け取られ、オカルト系インターネット掲示板でも話題になっていたが、やがてその虫の存在が人々に認知されると、これらの流れから誰ともなしに「オバケ」と呼ばれ、オバケに刺されることを『ツカレる』と言うようになった。


「さてと、今日の仕事は何件だ?」

Yが地図を広げる。

地図といってもA4サイズでプリントアウトされたペラ紙1枚で、仕事場周辺の地形に赤丸が付されている。Yのポケットに四つ折で雑に収められていた。

「3件か、移動時間考えると16時には終わりそうだな。そしたら…」

ぼくは信号待ちの傍ら適当に相槌を打ちながら、意識はラジオで流れる曲の方に向け、『いい曲だな、歌ってるの誰だ?後でまた読み上げられるかな?』と考えていた。

それを察したYは「えい」とぼくの耳に人指し指をつっこんだ。

『んっ!!』

Yのこういう行動はいちいちビクッとさせるものを的確に選択してくるし、毎度手を変え品を変えだから慣れることもなくとても怖い。

(この前は座ってる状態で膝の下をコツーンってやって足がピクーンってなるアレをやられた)

『…なんですかね?』

別にいつものことだからそれほど怒ってはいなかったが、なんかエロい声が出てしまった悔しさから憮然とした表情で応答する。

「だからさ、せっかくの金曜日だし終わったら飯食いに行こうぜ」

『飯ならいつも一緒に食べてるじゃないか』

この仕事は主にツーマンセルで行われており、特段の理由がなければパートナーは固定のため、ぼくとYはずっとペアでやってきた。

主に車で移動しながらの仕事だから、当然昼食は一緒に取ることがほとんどだ。

「ちっがうんだよ、高校のときよく行ったラーメン屋、ほら、町田の。あそこ今月いっぱいで店閉めるんだって。じゃあどうする?いつ行くの? ……。」

『言わないよ?』

「ノリわるいなー」

Yはこうやって返しにくい(あるいは返すと火傷しそうな)フリをよくする。流しても流してもメゲないあたり、最初からまともに返答してもらえるとは思ってないようだが、それでも「間」を作ってくるので非常に鬱陶しい。今のも何年か前に流行った言い回しだ。

『まあ、あの店に行くのは構わないけどさ、長く行ってなかったし。』

「だよな?じゃあ決まり!」

話がまとまると、再びYがあのラーメン屋のお気に入りメニューを語りだすがぼくはぼくで

あそこはラーメンもいいけどチャーハンも地味においしかったよな、そういえば高校の頃は500円の半ラーメン半チャーハンのセットに替え玉してたけど

あれ今思うと結構きわどい行為だったな、などと考えているうちに、今日最初の仕事場に着いた。

住宅街にある空き家のひとつだ。


オバケの生態の大部分は謎に包まれているが、傾向と対応策は目処がついていた。

まず、発生源は「照明も無く、昼も真っ暗な建物」で、駆除の方法は「強い光にあてる」というものである。

光に当てるとその場でポトリと落ちて死ぬ。このあたりもなんともお化けっぽい。

日光などでも死ぬが若干時間がかかるので(この若干の時間で人間の血を吸おうとするのでオバケもオバケで生存競争に必死ではある)、

建物に入って隅々に強い光の照射機でバッと光を当ててガッと全滅させる。オバケ退治という呼び名の割りにやることは地味だ。

その際は自分が刺されないように留意するが、刺す力は強くは無いので雨合羽とゴーグル、マスクで対策は十分だ。

照射機は掃除機のような形状をしており、それを背負う形で掃除機から伸びるホースの先端がライトになっている感じだ。

「そんじゃ始めるか」

Yが一旦車を降りて助手席から後部座席に移る。ぼくも同様に運転席からそこに移り、ゴソゴソと仕事着、つまり前述の装備に着替える。

作業着の上に重ねるだけの簡単なものだ。

準備するたびに「こういう映画あったよなぁ」と思わずにはいられない。あれは幽霊捕獲できたけどさ。


「あ!オバケバスターズだ!」

Yと共に準備を完了して車を降りると、道を行く子供に指をさされる。

オバケバスターズはうちの会社の実働班の通称だ。何しろオバケは深刻な社会問題になっているだけに、それを駆除する組織も世間にそれなりに知られている。が、それにしたってダサいなぁ……。そして、アレだな。「こういう映画」と名前かぶってるよな。

「あら、オバケ屋さん、ご苦労様」

『どうも~』

指差す子供を連れているマダムに挨拶をされるので、マスク越しでも分かるように過剰な笑顔を作って挨拶を返す。挨拶は大事。でもオバケ屋さんじゃない。オバケ、売ってない。


「さあ!さっさとラーメン済ませてお仕事行こうぜ!」

思ったよりYは業務後のラーメン屋がスーパー楽しみのようで、何を言っているのかわからない。

言わんとしてること汲み取って仕事に取り掛かることにした。

作業自体は地味だと先ほど言ったが、同時に簡単だ。

まずは一人が玄関をあける。相方は玄関を開ける前から光を照射する。これは開けた瞬間飛び去っていくオバケの取りこぼしを防ぐためだ。

それが済んだら、一旦二人とも中に入り扉を閉める。そして玄関から繋がる廊下に光を照射して歩き回り、廊下をクリア。

あとは玄関からの要領で1部屋ずつ片付けていく感じだ。

全部終わったら噴射系の殺虫剤を各部屋と廊下に設置して終了だ。所詮は虫なのでこの手のものも効く。このあたりはなんともお化けっぽくない。

なお殺虫剤の容器は翌日以降別の班が回収し、オバケの死骸もその時回収される(この時は本物の掃除機が用いられる)


最初の家は1時間で終わった。

とにかくオバケ被害は拡大の一途をたどるので、国からも補助金が出ており、作業内容の割りにおいしい仕事として話題だった。

ぼくやYは初期に仕事にありつけたからいいが、今は結構な倍率らしい。

「バルサン炊いてます」の張り紙を玄関にペタペタ貼ってるYと並行して上司に進捗の連絡を入れる。



[おう、オバケバスターズC班か。進捗どうですか。]

『進捗順調です。1件目完了。そのオバケバスターズってのやめませんか?ダサいし。』

[でもゴーストバスターズにしちゃうとなぁ、ほら、ワーナーブラザースがうるさそうだろ?]

『普通に駆除班でいいじゃないですか。』

ゴニョゴニョごまかしてたけどこんなズバっと名前出されたなあ。

でもあの映画を連想してる人やっぱり多いんだな。

あとゴーストバスターズの配給はコロンビアピクチャーです。

[とにかくあと今日はあと2箇所だろ?この調子で頼むよ。ご安全にー。]

『ご安全に。』

クレームは適当に流されたな、と感じながら通話を切る。


「連絡済んだ?」

どうやらYも一通り仕事は終わったようだ。既に雨合羽を脱ぎながら話している。

『ん。』

と軽く返す。付き合いが長いので、こういう時の雑な返事でもニュアンスで特に問題はないことをYも察してくれるのでありがたい。

「よし、チャッチャと残り二件も済まそうぜ」

そんなにラーメンが楽しみか、というくらいYは俄然やる気だった。弊社はその日の規定の件数の駆除を済ませたら直帰OKなのではやく済めばその分早く帰ることができる。

もちろん会社もそれを見越して仕事を配分するのでそうそう早上がりとはいかないのだが、日々若干のムラがあり、今日はいつもより早く上がれそうな感じなので気合入れてさらに前倒し、という魂胆だろう。

早く終わることには異存は無いのでぼくもさっさと装備を脱ぎ車の運転席に戻る。


それにしてもラーメンの霊験あらたかである。

2件目はさらにYの動きが俊敏になったかのような効率でテキパキと済ませていった。

『進捗順調です、次いきます。』

[ご安全にー。]

『ご安全に。』

Yに影響されたでもないが、こちらも最小限で連絡を済ませる。

「で、3件目だ。これで終わりだ、ラーメンだ。」

『楽しみにしすぎでしょ』

「実際楽しみだからな、こればっかりは」

もともと良い方向の感情は発露を我慢しないのがYなので見るからにウキウキしている。

顔も悪くない(と思う)方だし、こういう屈託の無いところがあって、Yはそれなりにモテるし今も彼女持ちではあるんだが、少し引っかかる。


3件目に向かう途中、車の中でその辺をちょっと探ってみた。

『それにしてもYってさ、金曜の夜だってのに彼女とどっか行くでもなしに友達とラーメンってそれでいいの?』

「そっちのほうが楽しそうだからな」

これだ。

楽しそうな方に容易に行動の優先順位が向くのもまたYの特徴だ。

『それならそれでいいけど』

彼女さん、かわいそうにねえ。会ったことないけど。

「そういうお前は恋人作らんの?」

『つくらない』

「かーらーーのーーーー????」

『言わないよ?』

鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい。

『大体こんな仕事してりゃ出会いもないし仮にあってもこんな汗臭い作業服じゃあねえ、誰か紹介しておくれ』

「もう俺の知り合いが酷い目に遭うのは見てらんないからダメ」

『さいで』

という感じで実は以前からYの口利きはあったがいろいろあって連続空振り三振バッターアウト試合終了ぼくの夏が今終わりましたなので察してください。

いや正確にはピッチャーライナー打ち返して結構死屍累々というか。

「見た目じゃなくて性格だな、俺の交友関係と合わんのだろうな」

『さいで』

この話題は自分の方にダメージが通る気がしてきたので適当な相槌で話題を切ろうとする。

「見た目は割りと評価高いほうだと思うぜ。高校のときの文化祭の演劇なんか衣装がシャレたの着てたろ」

『さいで』

「あの時ファンも結構できて、評判良かったんだぞ」

『初耳だ』

思わず反応してしまう。

「男女共に」

『初耳だ!』

思わず反応してしまう!

共にか!!マジか!!

「でもお前なんか近寄りがたいだろ、皮肉屋だし。だから高校時代は意外と人が寄ってこなかったわけだ。」

『さいで』

シュッと無表情になる。そういうことだったのか、ああぼくの華やかなスクールライフよ、自業自得だバカヤロウ。

そんなこんな話してるうちにぼくたちは3件目の仕事場についたのだ。(強制的な打ち切り)


切り替えていきましょう。昔のことは忘れましょう。今を生きる。今を生きるだ。お仕事お仕事。ご安全に。

いや本当に昔のことだし今更感あるのでさっさと仕事モードに入り、3件目の建物を見る。

2階建ての民家の空き家で、窓が少なく日光の差込みが悪い。オバケ繁殖にもってこいだ。

先の2件と同じように装備を整え、作業にかかる。

案の定オバケは大量に繁殖していた。これは危険だ。

ぼくとYは二人で入念にオバケ退治を行った。

1階の駆除を完了させ、2階に移る。1階と2階を繋ぐ階段には光源となる設置ライトを起き、2階から1階へのオバケの流入を防ぐ。

仕事中のYはあまり話さない。普段の陽気さとは印象が違うが、以前聞いてみると「退屈だから頭の中でぷよぷよの4連鎖組んでる」とのことだった。

意外と設置ハードルが低い。階段積みでいいじゃん。

とはいえ仕事に手を抜いている感じではないので、根が器用なんだと思う。

2階もつつがなく駆除を進行。最後の1室を終えて、殺虫剤設置に入る。

『そっちやっといて、ぼく1階やるから』とさりげなく部屋数の多い2階を押し付けて1階の殺虫剤設置のために装備をガチャガチャさせながら部屋を出た。

階段を降りようとしたとき、それは起こった。


ふわりと体が浮く。最初は何かに躓いただけだと思った。意識は明確にあって、床が、階段が起き上がってくるのがゆっくり見えた。

実際は自分の体の方が階下にダイブしていったわけだけど、本当にそう見えた。そして直感した。ぼく、ツカれてたんだ。

ああいかん、こりゃヤバい。いつだ?いつツカれた?いやそれどころじゃない。

階段は何段ある?14、いや13?うわ不吉。

不吉?あれ?もしかしてここでぼく死んじゃったりする?おしまい?ゲームオーバー?

やだなあ、まだ幸せになってないんだけど。

たぶんものの話に聞く走馬灯の一種だろう。実際の速度とはあまりにも乖離した速度で矢継ぎ早に思考が回る、回る、回る。

なのに体は動かない、指のひとつも動かない。これじゃ急所を手でかばう事もできやしない。

最後にすごく一瞬、誰かの顔が見えて、今度は急速に意識がブラックアウトしていった。


―――――――――――――――


気がついたら、Yがぼくを見下ろしていた。

「おはようございます」

けらけらと笑いながらYが茶化したように言う。

『おはようございます…』

一瞬状況が掴めなかったが、周りでもうもうと埃が巻き上げられている息苦しさで、何があったかすぐに察する。

ぼく、落ちたんだ。たぶん、ツカレたのが出て。

そしてYが、落ちる直前でぼくを抱えて、一緒に落ちた。二人して折り重なるようにぶっ倒れている。

まだ舞ってる埃を見るに、本当にあの瞬間から30秒と経ってないのかもしれない。

「背中から落ちてヤバいと思ったけど、すげえよこの照射機、超硬い」

もしかしたら死んでいたかもしれない事態だったのに、いや、だからこそか、Yはえらくテンションが高い。

「とはいえ1基オシャカだ。もしかしたらお前のもイッちゃってるかもな?」

そりゃ困る、これ壊れると始末書ものだ。

「それよりそっちは体大丈夫か?」

Y(とYの照射機)がクッションになっていたのだろう、僕自身は特に体に何も怪我はなかった。感じるのは、全身のこそばゆさ。

『…とりあえず体まさぐるのやめて』

「…心臓マッサージ?」

『疑問系で言うな、そしてそっち右乳』

正確には心臓マッサージは左側ってわけでもなくて胸の中央部分を圧迫するんだけど。

「間違えたメンゴメンゴ」

Yが体を起こす。と、ここで、もう一箇所体に異常を覚えた。

頬の部分が、ヒリヒリする。落ちたときに打った、という感じではない。そこで気づいた。

おそらくYは、最初はぼくの頬を叩いていたんだろう。そして気がついたのを察して、イタズラのスイッチが入ったといったところだ。

こういうときでも遊び心を忘れないの、Yらしいがとりあえず迷惑だ。

ともあれ二人してのそのそと起き上がる。お互い大きな怪我も無いということで、ならば残った仕事を片付けないといけない。

速やかに1階の部屋に殺虫剤を設置し、空き家を出る。



玄関に「バルサン炊いてます」の張り紙をペタペタ張るYの真後ろで、Yの背中を見ながら上司にノルマ完了の報告をしようとした時、

「しかしアレだな」

Yが、ふぅー、とため息をひとつついて、呆れるような、同情するような口調で続けた。

「お前中学から全く乳大きくなってないな」


――――――イメージする。ぼくの利き足は左だから、軸足は右になる。そこに地面に突き立つ鉄骨をイメージする。

左足の筋肉は鞭を。流れる血は水銀を。

軸足の右はその場から動くことなく、しかし回転の力で重さを感じさせないように。

回転は腰を伝い、腰を切ることでその重さは左足へ。

遠心力と鉄骨の重さを乗せた、恐るべき速度で空を駆ける水銀の鞭は、的確にYの尻に炸裂した。

セクハラだ、最低だ、卑猥だ、訴訟しよう、そして勝とう、エクレア食べたい、エトセトラエトセトラエトセトラ!

言うべきこと言いたいこと言ってみたいことすべてを一言に集約して吐き捨てる。

『死ねばいいのに!』

感情をぶちまけた言葉とは裏腹に、頭の中は心地良い刺激で満たされていた。

やった。今のは良いのが入った。歴代のキックでハイスコア更新ではないだろうか。もうインパクトの直前なんか音速の壁を破ったかもしれない。

いやきっと破った、ソニックブーム出た。と思う。破裂音聞こえた。気がする。

すごい、Yももう逆に反応が無い。無言でその場に崩れ落ちる。膝から崩れ落ちる。これは絶対に起き上がれないタイプの倒れ方だ。


『……ほんと、こういうことして蹴りで済むのってぼくぐらいなんだから気をつけなよ』

達成感からクールダウンを果たしたぼくは一応忠告めいたことをしておいたが、Yもその辺の距離感は分かってる方なのであまり心配はしていない。こういうのはぼくにしかしない。

四つんばいで悶絶しているYは尻をさすりながら

「お前…命の恩人にこれはダメだろう…。」

と呻く。むしろ命の恩人だからこれで済むんだ。感謝しろい。

「しかし今のすごいな~…これまでのベストキックだろ。速度マッハとか行ったんじゃないの?」

などと忠告ガン無視の返事にもう一発お見舞いしてやるか、と思う以上に驚いてしまった。

ああ、全く同じ感想とはつくづくこいつとは気が合う。悔しいくらいに。

「でも、でもな!?お前のそうやって事あるごとに人のケツ蹴る癖が俺の友だちを次々血の海に沈めていったんだ!

文化祭のときのお前のあのフリフリ赤ドレス衣装に騙された友人たちが!!」

Yもぼくのせいでそれなりに人間関係崩されてたっぽい。

そうは言ってもこれはもう性分だ。今更修正はきかない。

確かにこのキックを3発以上耐えたのはYしかいない。

Yに紹介してもらった男達は2発もたずにぼくの前から消えていった。


ともあれ命の恩人というのは一応そのとおりなので、ありがとうございました。と頭は下げておく。ケツについてごめんねはない。

「おう、今日はごちそうになります」

シシシ、とYは笑う。

『じゃあラーメンの海苔をくれてやろう』

「……ヤッター」

ラーメンに添えられる海苔に価値を見出せないという見解は高校時代から一致しているので露骨にガッカリした反応をする。

とは言え、まぁラーメンくらいは安いもんだろう、と財布の中にいくらあったかを思い出しながら頭でそろばんをはじく。もちろん比喩的表現でありいまどきそろばんなんてやったことはない。


しかしなぁ、とぼくは背伸びしながら考える。

今日はなんだかんだで死に掛けたのだ。ちょっと今後について考えたくもなる。

オバケバスターズ(だから名前がダサい)の登場で世間一般のオバケ被害は急激に減った。

が、どう気をつけても毎年1回や2回は蚊に刺されるように、バスターズはどう気をつけてもツカレることがある。

今や被害の6割はバスターズなんて統計もある。

仕事の楽さにはそれなりに代償があるということだ。

『この仕事、続けてられるんだろうか』

そうポツリとつぶやくと、Yはちょっと怪訝な顔をした。

「じゃあなんだ、転職するのか」

『わからない』

実際にわからないので素直に答える。

「俺面接とか苦手だから次ちゃんとお前と同じ仕事就けるかなぁ」

『まって。何で一緒の仕事に…というか一緒に辞める話になってんの?』

「お前いないとつまんないよ」

ナチュラル人たらしな台詞だ。

『あんまそういうこと言わないほうがいいよ、他の女だと勘違いするから』

Yはなんだか分かっていないような顔をする、実際分かってないだろう。

『…だいたい次も同じ仕事だとして、また組んでやるとは限らないじゃん』

「大丈夫だって、俺ら多分月の光に導かれ何度もめぐり合うから」

『そんなセーラームーンみたいに言われても』

ん?今さりげなくコクられた?いや違う、だから違う。鼻歌交じりにYは作業に戻ってる。

こいつはそういう小賢しいことはしないし、できない。

勝手に早合点した自分がなんだか恥ずかしくて、もう1発軽くYのケツをシバいてから車に乗り込む。

本日の作業完了と、照射機が壊れたことを上司に報告し、大目玉を食らう前に通話を切る。月曜日のぼくたち、ご安全に。


『…当面したいこともないし、もうしばらくこの仕事でいいや』

運転しながら、一応自分の中で出した結論をYに報告する。

「おっ!いいね!じゃあオバケ駆逐続行ということで!」

またそうやって調子にのって…と言おうとして、止めた。

いいじゃないか、Yは最高にアホだし、セクハラしてくるけど、とりあえず相棒としては申し分ない、というか、おそらくこれ以上は居ないだろう。

この腐れ縁にも当分付き合ってやろう、と思った。

ひとまずは、ラーメンだ。今日くらいは奢ってやろう。そうだな、特盛りラーメントッピング全のせ半チャーハンセット、替え玉をどんぶり横に5玉くらい添えてやろう。食いきれなかったらまたケツキックだ。1日2度のハイスコア更新を目指そう。

そんなこの先に待っている輝ける未来を想像しながら、ふと横に目をやると、

助手席のYが壊れた自分の照射機の、かろうじて形を残してる照射部分のノズルを構えてポーズを決めていた。

「待ってろオバケども!そしてラーメン!いくぜぃ相棒!月に代わって!」


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