第一話 純粋な見習い
「まいったな…」
そうポツンと呟いたのは一人の男。
「なぁ、お前は何者なんだ?」
そう問う男の前には一人、10歳くらいの子供が佇んでいた。
肌は恐ろしく白く、透き通るよう。着ているのは真っ白いワンピース。
髪は真っ白な肩からちょい下の長髪で、大き目のクリクリとした蒼い目が
長い前髪に見え隠れしている。
その瞳には曇り一つなく、どこまでも透き通っているようで
まるで青空でも見ているかのようだ。
この世のものじゃない様な。
無言のまま子供はジッと男を見つめている。
臆することなく怖がることなく、ただ感情の無いまま
人形のように綺麗なまま。綺麗すぎる。逆に男のほうが恐怖しかけていた。
さかのぼる事、一時間前
「迷子なのかって聞いてるんだ。こんな街中で電柱に寄りかかってさ…なにしてたんだ?」
「…」
「さっきから無言のままで、なんとか言ってみたらどうなんだよ」
「…」
「はぁ…もういいよ。とりあえず名前だけでもいいから言ってみ?それくらいは言えるだろ?」
「…」
「オマエナァ…はぁ。もういいよ。一応警察に…「える」え?」
「える」
「え、それがお前の名前?」
「そう」
「そうか。じゃあ改めて始めまして。俺は中井修って言うんだ。」
「知ってる」
「え?」
そう言ってじっと見つめられる事一時間。
その空気に耐えられず、修は逃げ出すようにタクシーを拾い、仕事場のすし屋まで来た。
ふぅ。とため息をしながら先ほど流した額の嫌な量の汗をハンカチで拭いた。
仕事場に着き、すし屋の前のベンチに腰掛ける。今日は定休日。
「なんで逃げちまったかな俺は…ただの子供だぜ?
もしかしたら迷子だったかもしんねーのに…」
まぁ、いっか。
そう思いながら下げていた頭を上げる。ふと、後ろに何かの気配がした。
「うお?!」
そこには、先ほどの子供と同じような子供がいた。
唯一違うのは身にまとう服も、髪も真っ黒で短髪だということ。
「ね、ね。お兄さん」
「なんだ?お前も迷子か?」
するとその子供はにっこり笑いながら違うよ、と言う。
「貴方の命を奪いに来たんだよ」
言いながら修の肩に手を置いた。するとどうだろう、体が動かなくなってしまった。
フフフ…と不気味にその子が笑う。
「てめぇ…俺に何を…!」
「下手な抵抗されたら面倒だから体の自由を奪ったの。」
新しい玩具を見つけてワクワクしているような顔だ。
しかし、そこには子供の無邪気さは無く
あるのは冷たい眼と寒気がするような笑い方。
「じゃあ、次の段階へ行こうか。」
そう言いながらもう片方の手を上に掲げ
前へ突き出し何かを引っ張るような仕草をした。
「何者なんだ…お前は」
「ん~。知る必要は無いよ。お兄さんもうすぐで死んじゃうし」
手を動かそうとした。けれども動かない。足も。
頭で命令はするが体が言う事を聞かなくなってるようだ。
アタフタ足掻いている最中、少し離れたところで何かが聞こえた。
何かが引きずられてくるような金属音。
少ししてその『何か』を見て修は本格的にパニックに陥る。
タイヤが回っていないトラックが、見えない力で引っ張られているように引きずりながら現れた。
しかし、スピードは走っている時となんら変わっていない。
「ま、まて、あのトラックこっちへ来てないか?!」
「来てるよ。僕が呼び寄せたんだ。貴方を事故死するためにね」
「な、なななな何で俺なんだよ?!つーかてめぇ何者なんだ?!?!」
「僕も詳しくは知らないよ。ただ、上司から貴方を後味悪く無く、抹消しろと命令されただけだよ。」
そして微笑しながら嫌に落ち着いた声で
「恨むのなら、自分の運の無さを恨んでね」
そしてスゥと消えた。
冗談じゃない。死んでたまるか。
そう思うも体は硬直したまま。
もうダメだ。
修は抵抗をやめ、目をつぶった。
もの凄い衝撃音と金属音が辺りに聞こえた。
こりゃ、俺、死んだな。バラバラだな。もしくは潰れたかな。
そう修は考えてふと、どこも痛くない事に気づいた。
あれ?
眼をそ~と開けてみる。
するとそこには先ほどの白いワンピースを着た子が
片手でトラックを押さえ込んでいた姿だった。
あんなか細い腕のどこにそんなバカ力が?
「…」
「え、エル…」
「…任務続行しますか?主任」
その子供は誰かと連絡を取り合っていた。
「あーあ。せっかく面白い死に方が見れると思ったのに」
先ほどの黒い子が残念そうにエルの少し離れた所に現れた。
「また君かエル。いい加減にしよーよ?そのお兄さんは僕、レティの獲物だよ」
「…」
二人は少しの間睨み合っていたが、何かを感じ取ったのか、レティと名乗ったほうは額から冷や汗が流れ、顔は緊張で強張った。
『それくらいでいいだろう』
『エル、よくやったな』
『これ以上、この人間には手を出さないでいただきたい』
そんな、透き通るようなしかし絶対的圧力のある三つの声が聞こえた。
途端にどこからともなく現れる三人の男女。
一人は優しそうな女。ひとりは厳しそうでも優しそうな男。
最後の一人は純粋に強そうな覇気を持つ男。
『格下の、それも下っ端のお前はこれ以上は手出し無用。』
『それでも引かないというのなら』
『それ相応の手段を我々はとることになる』
「…くっ!わかりました。引かせていただきます」
レティは苦々しくはき捨てるように言った。
そしてなんとも憎たらしく最後に修にこう言う。
「こんなに運が良い人間、始めて見た。貴方、ついてるよ」
そしてエルに向けて一言
「よかったじゃない。これで見習いに昇格。残念だよ。僕らの仲間になればもっと楽しかったはずだったのに」
レティが霧のように消えていった後、三人の男女はエルの昇格を喜び合っていた。
『よかったわ。一時はどうなることかと思ったけれど』
『お前に任せたかいはあったな。力が限られている状態であそこまでやるとは思わなかったよ』
『さて。今日からお前は【天使見習い】へ昇格。名前も中途半端なものからちゃんと名乗れるようになる。』
そして女が一歩前へ出て手をかざした
『我、神の意思を伝えるものとして、今ここに新たな天使の誕生を』
『我、神の癒しをつかさどる者として、今ココに新たな光の誕生を』
『我、神の兵士であって正義をつかさどる者。今ココに、小さき天使見習いの守護を祈る』
周りは瞬く間に光に包まれ、まぶしすぎて修が眼をつぶる。
その瞬間、三人の声が高らかに聞こえた。
『『『天使見習いエルティーナに神の守護があらんことを!』』』
そして、今まで無表情だったその子が笑うのを確かに垣間見た。
静まり返って眼を開ける。修はボーっと突っ立つしか他無い。
「今のは…妙にリアルな…夢?」
そうかもしれないし、そうでもないかもしれない。
と、突然誰かが肩を叩く
「ひ、ひょいぇぇええええ?!?!?!」
「何その変な叫び声と顔は?どうしたのよ修。こんなとこで」
「エリカ…いや、なんでもない…」
「何よその顔?まるでこの世のものじゃない体験でもして放心してるみたいな間抜け面よ?」
そしてニッコリ笑いながら修の手を引く
「今日、デートしよっか?」
そして苦笑いする修。
「俺達、恋人じゃないだろ」
そう言いながら修はベンチから立ち上がる。
周りを見るがそこらへんに飛び散ったはずのトラックの破片も、ぶっ壊れたトラックの残骸も見当たらない。
そして、あのエルティーナとか言う子供も神秘的な三人も
夢だったように痕跡もなく消えていた。
長い夢を見ていたのかもしれないと修は思い直し
前を妙に楽しそうに行く幼馴染のエリカの後を付いていった。
「主任、どうやら彼は無事のようです。」
すぐ側にいた白い子供が携帯らしき物体で誰かと話をしている。
「はい。次の任務ですね。」
そう言いながら方向を東へと向く。
「わかりました。必ず死守します。」
そして、姿を消した。
彼女エルティーナの天使見習いとしての仕事は、まだまだ続く。