疑惑
夜眠ると朝になっている。それは赤ん坊の頃からの常識だった。眠るのが好きな僕にとっては[意識を手放す]時間が何故短いのかを考えている。
家に着くと、姉さんの携帯電話がなった。画面を確認するだけだったのでメールのようだ。
「ごめんね、お姉ちゃんちょっと出掛けなきゃならなくなっちゃった」
とても申し訳なさそうな様子で伝えてくる。
「大丈夫だよ。俺だってもう子供じゃないんだし」
姉さんは微笑み、返す。
「そうだね、もう私が居なくても..... 大丈夫だよね」
ん?
「それじゃ、いってきます!」
謎の敬礼をとり、姉さんは外に出た。心配だ。
「..... で、何で翠がここに居るの?」
我が物顔で冷凍庫からマカロニグラタンを取り出している小娘がそこにいた。
「ん、だって学校明日からだし。ここ居心地良いし」
何かに気が付いた様にこちらに顔を向ける翠。
「あー..... 使ったんだね、力」
「なんの事?」
はぁ、と溜め息をつく翠。
「この前キミが持ってた剣、白いの」
「ん?見てたの?」
「いや、見てないけど分かるんだよ。ほら、足下見てみ」
言われた通りにする。..... 分からない。
「昨日より、若干影が濃くなっているんだよ」
分かるわけ無いじゃん、と言いたいところだが、黙る。
「あんまり使いすぎないでね、消えちゃうから」
「 ..... はい?」
「この前みたいに影がキミの事を飲み込もうとしてるってこと」
そうなると.....
この世に居ない事になるんだよ
居ない事?居なくなるじゃなくて?
意味は大体分かる。つまりは.....
外部の存在に認識されなくなる事だ。
この世から本当に[浮いてしまう]ということだ。
「驚かないの?」
「きっと今日は感覚が麻痺してるんだよ」
「ふーん、気が付いたら目の前で[葵衣]が膝を折っていた..... と」
何も言ってないが.....
翠は自分で言った事に驚いているのか徐々に顔色が悪くなっている。
「手遅れ..... だったの...? 」
「何が?」
掠れ声で翠は言う。
「今まで、記憶が抜けている感覚あった事ある?」
思い出す、思い出す。
「いや、思い出せない」
「覚えていない... じゃなくて思い出せない... か」
「翠?」
あの日の様に青いパーカーに槍を携えた少女がそこにいた。
「何で、いつもこうなるんだよ..... 」
震えながら呟く少女からは焦燥感が感じられた。
「え...? 」
俺の手には白い剣があった。
[ごめんね]
甲高い金属音と共に剣と槍がぶつかる。
俺の意思はそこになく、勝手に身体が動いている様だ。
頭の中でも何かが囁く。
「僕に任せて」