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口の中に大量の水が流れ込んでる。
水面に上がろうと必死でもがく。
助けての声はもうでない。
もがくほど水を飲み、深く沈み込んでゆく。
なんで私、溺れてるんだっけ。
そうだ、サークルで避暑地に出かけて川で泳いでたんだ。
そしたら鉄砲水が押し寄せて来て、あっという間だった。
意識が遠のいていく中で考えた。
友人は無事だろうか。
私が死んじゃうことでトラウマになる人はいないだろうか。
両親と妹と弟は悲しむだろうか。
こんなにあっさり死んじゃうなら、いろんなことしておけば良かった。
恋だってしたかった。
くそーくそーっと言ったところで、意識がブラックアウトしていく。
「目を開けてください!」
軽くビンタされて、水を大量に吐き出した。
「ゴホッ、ゴホッ、オエッ」
「大丈夫ですか?」
大きな手が介抱してくれる。
手は私の背中を優しく上下し、青く大きな瞳が覗きこむ。
なんて綺麗な瞳だろう。
夜の静かな海みたいな色だ。
毛もふわふわしてて、落ち着いた灰色だ。
ピンっと頭の上に耳がついていて、お鼻の横には立派な髭がついている。
ん?んん?
「ねこぉぉぉぉぉ?」
お腹の底から大声を出す。
目の前の猫もどきは困った顔をして立ち上がる。
「このままでは風邪をひきます。立ち上がれますか?」
180センチはあるであろう猫もどきの背後には夜の森が広がっている。
立ち上がれない私を軽々と背負い猫もどきは歩きだした。
「助けていただいてすみません。あの、あのどうして猫の被り物を?」
「ふふっ。被りものではないですよ。これは呪いです」
普段あまり使わない言葉にキョトンとする。
「呪いですか?こんなに綺麗なのに」
毛並みがよく手入れされていて、こんな状態じゃ無ければ顔をうずめたいのに!!
それに、その手の肉球ピンクですよね。ギュギュしたい。
できれば匂いをかいでみたい。
と頭で考えていたことが再生されていたらしい。
猫もどきの背中は楽しそうに揺れている。
名をルーベンスというらしい。
夜の森の中にだけある薬草を取りに出かけたところ、河上からどんぶらこっこと私が流れてきたらしい。
そこから助けられて、今は小さな小屋に居る。
着替えを借りて椅子に座らされ目の前の大きな暖炉の炎がボッと着く。
「これを飲んでください」
黄色い温かい液体の入ったコップを渡される。
「美味しい」
甘くてつい飲み干してしまう。
身体が温まりやっと生きた心地がした。
「あの、助けて頂いてありがとうございました。それで心配していると思うので連絡したいのですが。電話をお借りできますか?」
ルーベンスさんは首を傾げる。
「デンワですか?それはどのような物で?」
「え?またまたご冗談を。さっきの呪いって言った件にしろ、ドッキリですよね?これ着ぐるみですよね?」
そのままルーベンスさんに飛びついて耳やヒゲを引っ張ったり、背中のチャックを必死に探したが見つけることが出来なかった。
ついでに小屋の中にあるであろう監視カメラをとうとう見つけることができなかった。
理解不能でパニックで泣き出しそうな私の背中をルーベンスさんは優しく撫でてくれた。
「あなたはきっと迷い込んだのでしょう。古い書物で読んだことがあります。時々、別の世界からこの森に辿りつくと。」
「何かの縁です。私が力になりましょう」
そうやって優しくなだめ寝かしつけられた。 明日になれば夢は覚めるはずそう思って眠りに落ちた。