歌
私が生きる世界に色は無い。
朽ちゆく大地と、そこに降り積もる雪。
命の芽吹きなど感じられず、私は無感動に生きる。
しんしんと降り積もる雪は、シンシンと音を消し、深々と私の心を凍りつかせる。
歌を歌っていた、はずだった。
しかし、歌を忘れた。
喉から出る音は、意味を成さない獣のようなハウリング。
紡ぐ言葉すら忘れて、私はくすんだ空に一人遠吠えをする。
眼下に広がるは銀色の世界。
美しいと、表現するには殺風景で、生きる者は拒絶される。
心まで凍えさせる風が吹き続き、そこはなにも感じる子の出来ない凍土。
何かを忘れてきたのでは、と思い後ろを振り返るも、残してきたものは自分の足跡だけ。
それすらも、いずれ消え行く定め。
「―――――――!!」
忘れている歌を歌う。
心のこもらない歌はただのノイズ。
私は雑音を紡ぐ壊れた機械。
心が動かない私は、一体なんなのだろうか?
この雪原に、私は一人、生きている。
風の音しか聞こえない。
眩しいほどに焼きつく白は、色のない闇と同じ。
無感動。
心が軋む。
冷たい風にさらされて、私の心は錆びついた。
誰もいない、誰にも会えない、誰かいない?
私には耐えられない。
心が軋む。
私は救いを求めて空を仰ぐ。
空にも、白一色しか広がっていない。そこに神などいない。
視線を戻す。
ふと、視界に雪の白以外が映る。
揺れる。
心が揺れる。
感情が揺れ動く。
それは、希望、期待、切望。
走る、走る、走る。
そこにあったのは、人形。
雪に埋もれたそれはとても冷え切っていたけれど、人の温もりが確かに感じられた。
「――――――!!」
眼に溢れる涙。
それは感動、
揺れ動く感情。
私は、この世界に一人ではなかった。
たしかに、誰かがこの世界で生きていた。
冷たい世界に、一陣の風が吹く。
そこには確かに、命の息吹が感じられた。
願いは届かないから、せめて歌声を。
私は忘れた歌を歌う。
それは歌とは言えないハウリング。
想いをこめて歌を歌う。
枯れ果てた喉が紡ぐ音。
それは風にかき消されることなく、天まで届くだろうか?
心は錆びついて軋む。
足はもう一歩も動かせない。
それでも、それでも、歌を歌う。
世界はこんなにも色が無いけれど、そこには私という色を残す。
白い吐息はやがてか細く、途切れ消える。
雪はもう、冷たくなかった。
握りしめた人形は確かに熱を持っていたから。
機械人形は夢を見た。
温かい夢を。
そこでは確かに、感動があった。
温かさがあった。
色があった。
『皆さん、愛しています!』
機械人形は動きを止めた。
雪は全てを覆い尽くす。
でも、そこには確かに。
歌という色が残っていた。