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1時限目 国語

 

 前の席の子の頭が無い。


 ―――――正確には、ただ“見えない”だけなのだが。

 背筋がいいのか悪いのかよく分からないが、その子は背中をまっすぐ伸ばしたまま、首だけをカクンと折って、ノートに向かっている。そのせいで、ワイシャツとブレザーの襟から先が、まったく見えなくなっているのだ。


(まるで首なしの妖怪だな・・・。)


 と、実に失礼なことを思いつつ、私は笑いを噛み殺した。さすがに、授業中に突然 吹き出したりしたらマズイ。

 にやけそうになる口元をさりげなく手で覆い、真面目な顔を作ってノートに向かう。


「~~~~り、ミロのビーナスは腕がないからこそ、そこに無限の夢をたたえるのであって、もしも腕があったら、どんなに美しくともそれは限定された有でしかない。と、そういうわけです。―――――はい、一回こっち向いて。」


 先生が黒板をチョークで叩き、注目を集めた。

 教室内のほぼ全員が、顔を上げる―――――――――無論、私も。そして、前の席の子も。


「・・・・・・。」


 私は固まった。


 ―――――前の席の子の頭が無い。


(え?・・・あれ?嘘でしょう?うぇ?)


 背中は普通に動いている。なのに、頭が、頭だけが、見えない。


 ・・・授業内容を思い出す。

 評論文『手の変幻』。ミロのビーナスの話だ。ミロのビーナスには腕がない。無いからこそ美しいのだと作者は語る。そして、失われるのは腕でなければいけないと。目や、足や、腕以外のどこが欠けても、この魅力は有り得ないらしい。


 ―――――さて、前の席の子よ。


 貴方は頭をどこへやった?


 相も変わらず頭は見えない。頭が有るべき場所を過ぎて、私は前の壁を見ている。


「~~~と、なります。さて、じゃあ、次にいきましょう。えー、じゃあ、15ページの5行目から、読んでもらいましょう。で、は・・・・・・えー、沢井さん。」

「・・・・・・あ、はい。」

「15ページの5行目からね。」

「はい・・・。えーと、」


 指名された前の席の子が、小さな声で返事を・・・・・・頭が無いのに、どこから声を出しているのか、とにもかくにも返事をして、これまた小さな声で教科書を読み始めた。


 頭が無いことに関して、先生は何も言わなかった。


「ミロのビーナスは~~~」


 うんたらかんたら。よく聞き取れないし、聞く気もないので割愛する。

 ミロのビーナスなんかより、私は今、頭が無い彼女のことの方が気になっていた。


「―――――はい、そこまで。ありがとう。」


 読み終えたらしい。先生がそう言って、授業を進めていく。



 不意に、日が陰った。


 そして、前の席の子が振り返った。やはり、頭は無い。ネクタイを締めた首から上が、綺麗に無くなっている。断面は肌色で、“無くて当然、”と言った感じだった。


「ねぇ。」


 どこから出しているのか分からない声が私に向かって発せられた。


 次の瞬間、教室中のすべての視線が私に集まったような気がした。


(え・・・?)


 ひきつる。歪む。世界が崩れる。


 そして、問われた。



「「どうして頭が有るの?」」



 見回すと、クラスメートたちは、皆、頭が無かった――――――――――




カンッ




「はい、一回こっち向いて。」


 先生が黒板をチョークで叩き、皆の注目を集めた。


 前の席の子には、きちんと、頭があって、


「・・・・・・。」


 私はこっそり、息を吐いた。


 

 


ホラーちっくな一幕でした(笑)


「頭が無い!」っていうのは実際にあったことです。いやもうマジで、前の席の子の頭が見えなくって、ビビりましたよ(;´Д`)

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