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HR

 1


「なんじゃこりゃ」

 俺は目を疑った。

 クラスの席のほとんどが空席になっている。鞄の乗った机もあることから、登校はしたのだろう。でもなぜ姿がないんだ。

 ここにいるのは男子生徒十人と、女子生徒四人。うち一人の女子は欠席の連絡があった。ほかのやつは聞いていない。


 とりあえず教卓に出席簿を置いて、落ち着こうとする。まずは現状把握からだ。

「この空席はどういうことだ、なにか聞いてないか?」

 手近な生徒に聞いてみたが、首を横に振られた。

「来たときにはもうこんな感じでした」

 嘘を吐いているようには見えなかったので、本当にそうだったのだろう。これじゃあなんの参考にもならない。俺は大きく溜め息を吐き、眉間を指でぐりぐりと押した。


 本当にこのクラスは面倒事ばかり起こす。小さなものも含めれば、一週間に一度くらいの頻度で起きているんじゃないか。


 まず最初の事件は、オリエンテーションで動物園に行ったときだった。うちのクラスの阿呆男子がライオンの檻に向かって、千切ったパンを投げ込んだのだ。檻には注意書きが書かれているはずだし、そもそも一般常識としてやってはいけないことくらいわかるだろうに、「知らなかった」とぬかしやがった。今時、小学生でもそんなことやらないぞ。その後動物園の飼育員にこっぴどく叱られ、今後うちの学校は出入り禁止の処分となった。学校に帰ると、待ち構えたように校長に呼び出され、今日の件について説教をくらった。悪いのは俺じゃないのだ。そう思いながら深々と頭を垂れていた。


 そして次は、教室の窓硝子の損壊だ。ふざけて暴れまわっている最中に、誤って窓硝子に激突した。そう説明した男子生徒は、腕を何針か縫う怪我をしていた。高校生にもなって暴れるお前たちが悪いのだ、自業自得だ。しかしまたしても、俺は生徒指導主任からお叱りを受けた。


 俺ばかり損をしているじゃないか。悪いのはいつも生徒たちなのに、一番俺が怒られているのだ。

 今起きている事態についてもきっと、担任の監督不行き届きだとか言われ責任を取らされるのだろう。もう勘弁してくれ。

 理数科なんて大人しいやつの集まりで、それをまとめあげるのは容易だ、と思っていた。それはとても甘い考えで、とんだ勘違いだった。結局、男は女より精神が成長していないのだ。


 俺は乾いた教室内を見渡した。まるでこの田舎みたいに、まばらな生徒の頭。舐めている。

 ささくれだった心をなんとか抑え、教室を出た。教室にいる生徒たちは不思議そうに俺の行動に注目していたが、それも数秒で目を逸らした。大声で叫びたくなったが、それもなんだか事件を起こした生徒に似た行為に思えて、馬鹿らしくなった。


 隠そうと思っても、この状況は必ずばれる。そして俺には説教か、それより重いものが待っているだろう。そう考えたら吹っ切れた。

 同じ処分なら、鬱憤を晴らしてからのほうがいい。俺は消えた生徒をなんとしてでも捕まえ、復讐するのだ。


 俺は真っ直ぐ下駄箱へ向かい、F組の下駄箱からごっそり下足がなくなっているのを確認した。そして俺も靴に履き替え、自分の車の元へと迷いなく歩を進める。


 絶対捕まえて私刑にしてやるから待ってろ糞餓鬼どもが。





 2


「やっべー、あと少しで授業始まるけど、どうする?」

 携帯で時刻を確認したおれはほかのやつらに声をかける。まじかー、とかやばくね?、とか声は上がるが、戻る気は更々ないらしい。まあおれにもないんだけど。


 それにしても松井さんはどこへ行ってしまったんだろう。おれたちもすぐ追いかけたからそう遠くへは行っていないはずだ。それにこの前の合同体育で、松井さんの運動神経はほぼ無いことも把握している。でもまだ見つかっていないのが現状。


 一番不思議なのは、松井さんの逃げた動機だ。部外者による議論は正解を生み出さないので、口には出していないが、ここにいる全員が間違いなく持っている疑問だ。動機によっちゃあ逃げた場所が特定できるかもしれないけど、今のところ動機もそんなことで場所を特定できるのかも、まったくわからない。だからおれたちは、闇雲に捜しまわるしかないのだ。


 今おれたちは、学校の近くにある神社を捜索している。ここなら身を潜められるような物陰がたくさんあるので、隠れ場としては格好の場所だろうからだ。おれは神社の敷地内にある物置のうしろや、軒下など丹念に調べたけど、猫一匹見つからなかった。ほかのやつもぱっとしない表情で鳥居へと歩いてくる。


 全員が集合したのを確認し、おれは口を開いた。

「ここからは手分けして捜そう。数人に分かれてばらばらのところを捜したほうが効率がいいから」

 みんな異論はないらしく、素直に頷く。

「じゃあ、なにか手がかりとか掴んだら全員に知らせる、ってことで」

 俺の言葉を合図として、全員が四方八方に駆けていく。おれも鳥居の下の階段を駆け下り、住宅街の方角へと足を向かわせた。

 そういえば戸田と阪本の姿を見ていないんだけど、どこにいるんだろう。





 3


 退屈だ。退屈で退屈でしょうがない。

 あたしはベッドの上でごろごろ転がりながら、そんなことばかり思っていた。


 学校なんて喜んで行ってるわけではないけど、休んでみると意外とつまらない。しかも、病人という扱いだからどこにも行けない。一日中この部屋に軟禁されるのだ。

 確かに今朝は体調が最悪だった。生理のせいで酷い頭痛はするはお腹は痛むはで学校に行ける状態ではなかった。だから大事をとって欠席したのに、ものの三十分ですべてが解消した。つまり、現在は至って健康体。


 こうしてごろごろ過ごしている時間はまったくもって不毛だ。かといってなにもすることがない。本とか漫画は気分が乗らないし、勉強なんてするかっつーんだばーか。

 あーあ、なんか面白いこととかないかなあ。


 あたしは転がるのをやめ、ベッドから立ち上がった。酷い立ち眩みのせいでふらふらする足を引き摺り、窓際まで移動する。思わずつんのめって窓に手をついた勢いで、乱暴にカーテンを引いた。柔らかな光に目を細めながらも、薄い青空に目を凝らす。

 UFOとか飛んでこないかなあ。猿ぼぼでもいいんだけどなあ。そうすればきっと、今日一日を楽しく過ごせるのに。


 何分くらいそうしていただろうか。

 ふと、眼下に動いているものを捉えた。何の気なしに見下ろしてみると、あたしと同じ高校の制服を着た、ってえ、あれ吉田君じゃないの?なぜかあたしの家の前を走って通り過ぎていく。慌てて時刻を確認すると、八時四十分。HRが終わる頃だ。なのになんでこんなところにいるんだろう。しかも、学校へ向かう道を逆走しているのだ。

 あたしは見えなくなるまで彼の背中を目で追い、まばたきを繰り返した。


 謎だ、謎すぎる。いるはずのない人がなぜこの、いわゆる閑静な住宅街に現れたのだろう。

「事件の匂いがする」

 自分の胸が高鳴るのを感じる。

 ありがとう、吉田君!君のお陰で退屈から解放されたよ!

 部屋の中で小躍りしながら高笑いする。客観的に見るとかなり不気味な危ない人だけど、主観しかあたしには必要ないのだ。

 よおし、今日はこの事件の真相を暴くために時間を消費するぞ。

 あたしをルーズリーフを一枚抜き取り、シャーペンを走らせ始めた。

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