アクア
総合評価が倍増しました…何があったんだ一体…
作者は小心者なんで理由が分からず若干怯えています、が、気を取り直して残念な妹回です。
〓〓相馬本家・道場〓〓
道場で伸びていた陣と藤堂は、水穂に井戸水をぶっかけられるという手荒い方法で覚醒させられた。
水が滴っている頭を振りながら陣は立ち上がる。ダメージが大きすぎるのか、まだ状況を理解していない藤堂に手を貸し立ち上がらせると、水穂が陣にダイブしてきた。
「あにぃ!おかえりだぞ!」
「水穂…水かけるのはやめろと何度も…って聞きゃしないか…ただいま。
濡れるからちょっと離れてような、つーかタオルくれると有難いんだが…。
藤堂さん、お互い酷い目に合いましたね。大丈夫ですか?」
「おぉ、そういえば坊は今日帰ってくるんでしたか。
いやぁ、お恥ずかしい限り。
なんとか体は問題ありゃしませんけど…。結局、師匠にゃ一発も入れられない有様で…」
藤堂はそう言って、ゴツゴツした巌のような顔を掻く。
元警視庁特殊部隊であることは前述したが、190cmを越える大柄な体躯に、巨木から荒く掘り出したようなゴツゴツした筋肉。SATによる5年の任期は伊達じゃない、鍛えに鍛えぬかれた精鋭なのだ。
既に30歳を越えているはずだが、10歳以上年下の若造にも相馬流の先達だからと敬意を払ってくれる。
陣もまた藤堂の事を、身近で数少ない『まともな大人』と見ており、尊敬の念を抱いている。
そんな藤堂の樹幹のような足を、水穂がぺしぺしと蹴りまくっている…。
「な〜。あにぃもいわおっちもじじには勝てなかったのか?
大の大人が二人も揃って情けないぞ〜」
「いや、水穂。
あんな化け物に勝てるのいないから。
後、爺はなんて言ってもいいけど、藤堂さんをそんな呼び方しない。そして蹴らない」
「それでな、あたしはオムライスがいいんだ!」
「清々しいまでに俺の話聞いてねえなオイ!?
…水穂がオムライス食いたいのは分かったから部屋戻ってろ…」
「緑の悪魔は入れないでなー。
あたしとの約束だ!」
にゃははと笑いながらトテトテと走り去った水穂を眺め、本当に水穂が進学できるのか心底不安になる陣だった。が、まぁ水穂がEAOをプレイする取引材料で光彦が家庭教師をする云々と言っていたのでなんとかなるんだろう。
「すいませんね、藤堂さん。
爺や水穂の事任せっきりになっちゃって」
「好きでやってるから良いんですわ。
それより坊、今回の帰省は長く取れるんですか?」
藤堂にそう聞かれた陣は、苦笑を浮かべて返す。
「休校中の課題も持ってきてないですし、明日には寮に戻ろうかと。
心葉大学は自分が志す一芸、その活動以外には生徒の自主性に任せるって位に寛容なんですけど…。
爺の言じゃ無いですが折角大学行かせて貰ってるんだから色々やってみようかと思ってます」
坊は真面目だなぁと藤堂が呟く。
陣は申し訳なさそうに―
「いつもお世話になってますし、今日の夕飯は自分が作りますよ。
水穂にも作ってやらないと、あいつ飯にはうるさいですから」
そう言い厨房に向かった。
〓〓相馬本家〓〓
「美味い!美味いぞ!あっさりとした中にコクがあるご飯に、とろふわのオムライスが絡まって何とも言えないハーモニーなんだぞ!緑のきゃつがいないのも最高だ!」
スプーンを躍らせるかのようにオムライスをガッツく水穂。TVの影響か、中途半端にグルメリポーター風に変貌している。
料理は陣にとって唯一の趣味(武術は陣にとって既に生き方や進むべき道程なので趣味ではない)なのだ。
今回のオムライスは用意した飴玉葱と小口切りにした鶏肉を炒め、王道のケチャップと塩コショウ、隠し味に粒状の出汁少々で味を整えたお手軽チキンライスに、焼き加減を調節して中身がとろとろ状態のオムレツを乗せたもの。水穂はグリーンピースを『緑の悪魔』と忌み嫌っているのでグリンピース無し、大人用にはチキンライスにラー油を少々効かせたピリ辛味。
権江と藤堂には酒の肴として鶏皮炙りを。鶏肉を捌いた時に出た鶏皮を湯通し余分な油を切り、水気を取った後に軽く炙り七味を振った物を用意。歯触りのアクセントに白髪ネギ、香り付けにごま油をほんの少し垂らすのがポイントだ。
いくらでも本格的に作れる陣だが、流石に時間が無くサッと作れる物になってしまったのが少々残念な所。
「相変わらず、なんで余り物でこんな美味しい料理が作れるんですかねぇ…。
正直武術より才能あるんじゃないでしょうか。全く、陣さんは誰に似たんでしょう?」
「いや、一家揃って誰も料理出来なかったら飢え死ぬだろうが。
こんなド田舎じゃ配達してくれるデリバリーサービスも無いんだからよ」
手酌で日本酒をやりながら鶏皮をつつき感心する権江に、渋い顔の陣は文句を言う。
実際、今でこそ料理は達者と言える程習熟している陣なのだが、幼少の頃に相馬本家へと引き取られた当時は全くもって料理など出来なかった。覚える必要も無く、精神的な余裕も陣には無かったのである。
しかしながら、引き取られたその先は料理に限らず生活力皆無な人間しか居なかった。
権江は食にあまり関心がなく、粗食でも全く気にしない性格なのだが、育ち盛りの自分や妹に米と菜っ葉の味噌汁だけで生きていけと言われても困る。体の「可及的速やかにもっと栄養を!プリーズ!」という求めに迫られ、なんとか自分で作っている内に得意になったのだ。
ちなみに水穂は全く料理が出来ない。兄が作るなら自分がやる必要なし!と豪語し遊び呆けて今に至ってしまっている。
陣が相馬家を出る時は「料理番を逃してなるものか!」と切迫した事情により水穂とは一悶着あったのだが、幸い藤堂が「坊の代わりに自分が」と名乗りを挙げてくれた。陣の指導と多大な犠牲(主に味見的な意味で)の末、大雑把な男料理ながらも食えるものが出来る程度には習得。その甲斐もあり無事に家を出る事ができたというエピソードもある。
「いや、本当にすいません。坊に料理までさせちゃって」
「藤堂さんには世話になってるから、これくらいさせて下さいよ。
爺の分も肴が無くなったみたいなんで、ちょっと当てを作ってきますね」
そう言って陣は席を立つ。
厨房で「さて何を作るか」と冷蔵庫を物色していると、オムライスを完食した水穂が空になった皿を持ってやってきた。
「水穂、残念ながらオムライスのおかわりは無いんだ。
今なんか作ってやるから待ってな」
「妹をはらぺこさんのようにゆうな!
あにぃは今日はEAOはやらんのかと聞きにきたんだ!」
失礼な!とぷんぷん怒る水穂を適当にあやしながら、はてと陣は疑問を覚える。
「いや、『トレーサー』なんて嵩張る物は持ってきてないからやるのは無理だろ?
明日寮に戻るつもりだったから、ほぼ手ぶらで帰ってきたんだぞ」
水穂は皿を陣に押し付け、ふふんと無い胸を自慢げに反らす。
「この前試供品だ!とかでみっちーに一杯貰ったから、教室の皆にも配りまくっているくらいなのだ!まだまだ一杯あるから心配いらない!
それより、みっちーとばっか遊んでずるいんだぞ!あにぃのキャラネームは聞いてるからあたしとも遊ぶのだ!」
「いや、みっちーて。なんでそんなに光彦と仲いいんだよ!?
…つーか、潤沢に出回って無くて希少品なんだけどな『トレーサー』って…。
…ゲノムブレイン…てよりも指揮取ってるミカミ博士か。どういう運営本心なんだか本気で分からん」
軽い頭痛を覚えた陣は、額に手をやり嘆息する。
その隙に水穂は厨房を出て行き様、「こまけーことは気にするな!あにぃの部屋に『トレーサー』置いておいたからな―。絶対インするんだぞー」と、いつぞやの光彦のような事を言い残して去っていってしまった。
〓〓『人界』・第一層:エリアシティ外周部〓〓
「んで、お前は『アクア』な訳か。光彦といい、なんでそんな安直な名前ばっかり選ぶんかねぇ」
EAO内で合流した水穂は『アクア』というキャラネームだった。
ジンと同じくほぼアバターは弄っていないようで、トレードマークのサイドテールも健在だ。いじましい努力なのか、胸は現実よりちょっと盛っているようだが、砂漠が砂丘になった程度にしか変わっていない。どちらにせよ女性らしさが乾いている。
装備している防具は正式サービスと同時に始めた事もあるせいか、かなり品質は良さそうなのだが…、いかんせん露出が高すぎ幼児体型の水穂に似合っていない。
水穂のジョブは『剣舞士』という『舞踊士』の上位職。曲刀による素早い攻撃と、舞踊による補助効果のある魔術を使う職だ。
どうせなら自分も殴りたいという「らしい」理由で剣舞士を選んだそうなのだが、職装備の特性としてどうしても露出が高くなる。現実と同じく欠片も色気を感じない残念な見た目なのだが、「だが、それがいい!」とかなりの人気を得ているらしい。ファンクラブもあるそうだ、世紀末でも無いのに世も末過ぎる。
この感想は陣からすればしょうがない話だろう。水穂は実妹だ、当然陣が彼女を見る目も自然と厳しくなる。だが、客観的に見れば水穂は可愛らしい美少女なのだ。そんな少女が背伸びした格好をしていれば、紳士連中は「ほっこり」としてしまうのだろう。その姿は傍から見ればHENTAIという名の紳士でしか無いのだが。
ちなみに、補助職という意味では竪琴を使う『吟遊詩人』が一番人気らしいが、回復職の『司祭』や盾職の『聖騎士』、攻撃職の『高位魔術師』や『精霊魔術師』と並んで『剣舞士』もパーティーにおける人気職なのだそうだ。
「面倒だからって『ジン』ってそのまんまにしたのあにぃには言われたくないぞ!
『ミズち』にしようと思ったら蛇みたいだからやめろと、EAOも一緒にやってる学校の友達に泣いて頼まれたのだ!」
「蛟だからな?現実にはいねえけど分類的には蛇だからな?
水穂ん所の友達には、そりゃあ確かに泣いて嫌がられるわ」
水穂が通うミッション系の中学校は多分に漏れず『良家の子女(?)』とやらが通う名門校(?)なのだ。元々は女学校(?)だったが最近共学になったという、どこぞの小説の舞台だという中高大一貫校(?)である。妙に疑問符が多いのは「なんでそんな場所にこの妹が?」という謎が今以って解けないからだ。
水穂に甘い権江の事、何かしらの「裏の権力」が――。と、精神衛生上これ以上深掘るのは止めよう。
「まーそんな訳でライトっちに相談したら『アクアはどうだ』と言われたのだ」
「名付け親はメガネかよ…。そういやアイツのメガネ破壊するの忘れてたな。
それはそうと今日は何するんだよ?EAOは素人だから、俺は何したらいいか分からんぞ」
んー、と水穂は首をかしげ、剣銃出して!と陣をせっつく。
陣が取り出したボロボロの剣銃をしげしげと水穂は眺め―
「うん、見事に壊れてるね。最大耐久度関係なく修理不可能フラグが立ってます。
完膚無きまでにご臨終です、ご冥福をお祈りします」
南無南無と合掌する。
急に真面目な口調になった水穂に陣は狼狽し、若干震えながら水穂の肩に手を置く。
「お、おい?水穂さん?
何か変なもの拾って食ったか?どっかで頭強打した??お兄ちゃん怒らないから正直に言ってごらん!!??」
「失礼なあにぃだな!これは武具破壊しちゃった人へのマナーなのだ!
あにぃも誰か周りの人が武具壊しちゃったらちゃんとナムナムするんだぞ!」
あぁ、いつもの水穂だ。妹がおかしく(?)なったんじゃなかったと陣は胸を撫で下ろす。
水穂は半眼で陣を睨みつけていたが、気を取り直して陣の腕に自分の腕を絡め引っ張る。
「まー初期装備じゃ血狼の長衣にはそもそも吊り合わないからなー。
防具だけユニークで武器がしょっぱいのはまわりがナメてかかるぞ?
ただでさえ剣銃士ってだけでナメられるんだからなー」
「って何処に行くんだよ!」
水穂は持ち前の、底が抜けてる笑顔のまま、
「フレンドで凄腕の武具屋があるから武器を新調するんだ!
あたしの入ってるギルドもお世話になってるから、多少無理もきいてくれんだぞ〜」
陣にそう告げるのだった。
陣の趣味は料理です。ちなみに作者の趣味は藤堂側に近く、キャンプの際の男料理です。
ご評価ありがとうございます!一喜一憂とまではいかないですが、本気で参考になっています。EAOの作成の傍ら、隙を見つけて文章力向上に努めたいと思います。
2014/10/27 - 過去編の執筆を続ける際、ちょっと難しい矛盾が出てしまいましたので、過去編を合わせるのではなく本編を修正する事にいたしました。陣が相馬家に引き取られたのを「中学時代」から「幼少の頃」に変更させていただきます。