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相馬

総合評価が当初目標にしていた100ptを超えていました。

本当に有難うございます。これからも頑張っていきます。


舞台はEAOの世界から現実へ。相馬家のお話です。


〓〓相馬本家〓〓


 EAOをグロッキー状態でログアウトした陣は早々に休み、翌日、復調を待って相馬家に帰宅することと相成った。祖父である権江から光彦伝てに『休校中に実家に寄れ』という命令を受けていたためだ。陣以上に即断即決を旨とする祖父のこと、『休校中に寄れ』は『今休みなんだよなオラ、すぐ来いや』と脳内変換して相違ない。


 心葉大学から電車を乗継ぎ3時間、そこから徒歩で更に1時間歩いた山奥に相馬本家はある。


 本来、宗家の立場としてはもっと都心寄りに居を移し、武術会との橋渡しや道場運営等の機能を中枢に持って行くべきなのだが、分家や少数ながら存在する皆伝を受けた弟子たちがその機能を負担。優秀な彼らが存在するため、権江は江戸時代に建てられた本家で道楽の陶芸や茶を嗜み、楽隠居状態であることを楽しんでいる。「若い頃のやんちゃ時代に比べれば、落ち着いた今は天国です」との権江の言だが、どんなやんちゃだったのか正直聞きたくない。

 たまに分家筋から「権江さんをもっと中枢に寄越してくれ」との泣き言が陣の元に届くのだが、あの爺が俺の言うこと聞くものかと半ば諦めている。


 朝方、電話で帰宅を告げた陣はのんびりと鈍行に揺られ、久方ぶりに帰る地元の風景を眺めながら相馬家へ戻った。


「陣です、ただいま帰りました!」


 土間より陣は帰宅を告げる。

 実家とは言えそこは古い家柄、敷居をまたぐのは問題なくても勝手に上がれば権江からどんな叱責を食らうか分かったものではない。無駄に長い廊下の奥から、スッと一人の老人が近寄ってくる。


 真っ白な総髪に胸元まで伸びた髭。165cm程度の身長と小柄だが、高齢ながら綺麗に伸びた背筋からそれを感じさせない。枯れ木のような体躯、だがそれは限界まで無駄を削ぎ落とし、ワイヤーのような筋肉を鎧っているためそう見せるのだ。表情は好々爺然とした穏やかな爺、だが纏ってる気配は猛禽。それが相馬流当代、相馬権江だ。


「はいはい、陣さん。おかえりなさい。

 丁度藤堂くんに修行を付けていました、陣さんも見てあげるから一息入れたら道場にいらっしゃい」


 藤堂は現在の相馬本家、唯一の内弟子である。

 元警視庁特殊部隊(SAT)のエリート、本来は任務の傍ら分家で相馬流を学んでいたのだが、武術への向上心から内弟子を希望し、「相手が相馬なら」と特別に休職を許され本家に引き取られたという逸材だ。

 陣は「ほれ見たことか」と内心でため息をつきながら、土間に荷物を置き靴を脱ぐのだった。


〓〓相馬本家・道場〓〓


 相馬家の道場は本宅の古民家然とした平屋と違い、近代建築の鉄筋コンクリートで作られていた。

 これはあまりの修行の激しさに木造建築だと耐えられず、10年と経たずに建て替えの必要に迫られるので維持できない為である。

 なんかまた壁新しくなってたな、今度は何やらかしたんだとちょっとした悪寒に襲われながら、陣は更衣室で相馬流の道着に着替える。

 相馬流の道着は黒一色の道衣・袴からなる。暗器を隠しやすいから、破れた際の補修が目立たないから等言われているが、血の汚れ(主に自分の)が目立たないからじゃないかと密かに陣は思っている。


「よし!んじゃ逝くか!(誤字…だと良いなぁ)」


 両頬に自らパンっと気合を入れ、陣は道場に赴くのだった。


 道場に入ると大男が隅に転がされている。一応ピクピクと動いているし、たまに「ご…おぉぉ…ぉぉ?」と唸りを上げているので辛うじて生きてはいるらしい。木刀を持った権江が、道場の中央でにこにこと招いているのを見て、陣は先程の気合はどこへやら、「ぶっちゃけ帰りてぇ、ってここが実家だった。救いがねぇ…家継ぐ前に死ぬぞマジで…」と、多分藤堂が使ってたであろう木刀を拾い道場中央へ。


「陣さん、幸田くんから色々伺ってますよ?

 見聞を広めなさいと言ったのに、やってる事はここに居た時と変わらないそうじゃないですか。

 全く嘆かわしい話です。そんなに修行がしたいなら今日は私が付けてあげます。覚悟なさい。

 後、丁寧な言葉使いを心がけるのは結構ですが、それで手加減はしませんよ?いつもの陣さんで来なさい」


「言いたいことは山ほどあるが聞く耳持ってねえだろ…」


「問答無用です、構えなさい」


 陣は腰を落とし抜き打ちの構え、権江は木刀をだらりと垂らし半身で脱力した無形の位。

 相対し、構えを取ったと共に襲いかかる猛烈な気当たり(プレッシャー)血狼ブラッドウルフの威圧感なんて眼じゃねえな、やっぱ化け物だわこの爺と陣は背中一面にかいた冷や汗を感じる。

 一触即発に張り詰めた空気、陣がじわりと前に出た所で、無造作に権江が進み出る。


「ッシ!」

「甘いですよ、陣」


 誘いだと気がついてはいたものの、プレッシャーに耐えかねて思わず陣は手を出してしまう。

 陣の抜き打ち、長年の修行の成果か、決して鈍くは無いそれを抜刀術:水鏡みかがみで容易く返される。

 水鏡は脱力状態の全身を撥条とし、受けた技に自力を加えて相手を吹き飛ばす返し技だ。やはり技の洗練度クオリティが全く違う。


 ちなみに、陣が学ぶ相馬流は平安に端を発する合戦武術だ。

 戦時に武器を取り落とす、これは当然ながら「命を落とす」事に等しい。無手で武装した相手から逃げるのすら並大抵の事では無く、ましてや勝利するなど言わずともがな。だがそれでも尚、「命を拾う」為に産み出され、また合戦で研ぎ澄まされていったという歴史がある。

 甲冑を着込んだ武士に対して効果を上げるため、主に衝撃を抜く『徹し』と継ぎ目を狙う精密な拳打。大鎧を着込んだ騎馬武者が乗る馬足を狙う為、そして胴鎧と比べどうしても防御が薄くなる手足を狙う為の『高威力の蹴脚』等の技が挙げられる。

 陣が得意とする『劫火徹し』は名の通り『徹し』技。『炎錐ほむらきり』はピンポイントで相手を狙う拳打という分類になる。


 また抜刀術も独特の進化を遂げている。

 相馬流の居合は鞘からの『抜き付けの一刀目』のみで、振り切った刀を両手で持ち追撃する『留めの二刀目』以降が存在しない。居合を使う場合は必ず鞘に戻し、また一刀目を放つのだ。『二刀目』をあえて禁じ。自身の最速を掛けた一刀をこそ至上と捉えている。

 翻って抜刀後に納刀しなければ、自由闊達にして豪の技が放たれる。権江の使った水鏡みかがみのような柔の技もあれば、斬鉄を目的とした剛の技も存在する。


 そして『五行思想』。

 相馬流の技は五行から成り、「組打の火、鉄砲の土、短刀術の金、抜刀の水、歩法の木」これに乗馬術や水術(水泳)、隠行術や十手術等で武芸十八般としている。まず五行からなる何れかを収め、そこから発展させて行くのが相馬流においては定石とされ、陣は組打術・抜刀術を得意とするので火・水の技が得意という事となる。


 ここで相馬流の居合術が『二刀目』を禁じた理由も明らかになって来る。抜刀の水、歩法の木は相生関係となり相性が良い、だがそこから行を戻し、再度の抜刀術に繋げるのは行を違え相性が悪いとされているのも一端なのだ。行き過ぎれば悪い比和となり、いずれ自らの体を破壊する。

 そして、今回陣が使ったのは抜刀術、水の技に当たり、本来抜刀術を使う相手とは良い比和となる。なのにも関わらず当たり負けをする段階で陣と権江の実力差が相当離れているのは見て取れよう。


 日本では学ぶのに敷居の高い鉄砲術に関しては、とある事情により経験が無いわけではない。それによって剣銃士をナビゲーションAIより勧められたのだろうが、それを知る人間は限りなく少数である。パーソナルデータのスキャン程度で隠している経歴まで読み取れたのかは今以って謎だ。

 この時代、銃の所持許可は20歳以上かつ権江のように所持許可を既に持っている人間の推薦があれば取れるのだが、実はまだ陣はこれを取っていない。武芸十八般は時代と共に入れ替わる、銃は規制も厳しく鉄砲術の学び手も激減している昨今、土行は差し替えるべしとの声もあることから今後どうなるか分からない。もしかしたら相馬流において、鉄砲術を学ぶのは陣が最後になるのかも知れない。


 閑話休題(それはさておき)


 居合を水鏡みかがみで跳ね飛ばされた陣に、追撃の突きが迫る。ギリギリで当たらないよう手加減されているのが分かるが、掠った所の道着から焦げ臭い匂いがしていることを見るに、相当頭には来られているらしい。

 苦し紛れに放った水面蹴りも避けられるが、少し距離を開けることに成功し跳ね起きる。

 仕切り直しの体になったのは僥倖だが、正直陣には打てる手が無い。老いたとは言え高度に完成された武術家が相手だ。寄る年波には勝てないのか筋力そのものは陣が勝るだろうが、権江にはそれを上回って余りある『経験』がある。


「くっそ…相変わらずの化け物っぷりだな爺!

 これならどうだよ!」


 陣にとって一番修練を重ねた、なんの衒いもない切落。

 何万、何十万と素振りを行い、体に染み付いた最も練れている抜刀術。

 だが、


「陣さん、それは悪手ですよ」

「ッグ!?」


 と右薙から切り抜けられる。

 今の薙斬りでダメージを食らい過ぎた陣は、自分の足が微かに震え始めてるのを感じた。ダメージが蓄積してしまい踏ん張りが効かないのだ。出来て後一合撃ちあうのがせいぜいだろう。


「よく修練を練ってるのは認めますが、やはり硬い。

 貴方の父親もそうでしたが、強情に過ぎるのは剣に出ます。

 進学でも駄目となると…次は歓楽街にでも放り込みますかね。

 ホスト…が出来るような性格でも無し、用心棒でもやらせて見ましょうか」


「ちょ…何考えてんだ爺!」


「いえいえ、これも人生勉強です。

 貴方のお父さんはそれでも駄目で、結局海外にまで行かせましたがね。

 それが嫌なら、殺す気で来なさい」


 いやはやと首を振る権江。ここで何かしら結果を見せなければ本気で歓楽街に放り込まれかねない。

 大学に入って2年、陣なりに修練は積んだつもりでもやはりこの化け物には届かなかった。しかし届かないなりに足掻くしか無い。そう、敵わないであろう血狼ブラッドウルフに、それでも勝負を挑んだように――


 陣は、上体を低くし変則の矢筈受け――

 弓矢を引き絞るように左手を前に出し、その上に木刀を乗せ構える。

 権江は「ほう?」という顔をし、初めて青眼の構えを取る。


 ドンッ!陣は床板を踏み抜き権江の間合いに踏み込む、木刀下の左手を引き戻し速度を乗算、加速した木刀は螺旋を描きながら一気に権江に向かう!権江は先程と同じ水鏡みかがみで受け流そうとするが弾き飛ばされる。が、陣の木刀も砕け散り目算を誤った陣は踏み留まる事が出来ず壁に向かって吹っ飛ぶ。

 ここまで瞬き一つする間、結果は陣による盛大な自爆である。


 権江は吹っ飛んだ陣の元へ歩み寄り、こう告げる。


「やはり未熟、でも今のは悪くありませんでした。

 現状は維持して上げます。感覚を忘れずに、良く練りなさい」


 それを聞いた陣は悔しさから呻くことも出来ず、静かに暗闇へ堕ちるのだった。


※---※---※---※

※---※---※

※---※


 権江が道場から本宅に戻ると、陣の妹である水穂が帰宅していた。


 中学3年にもなるのに小学生と間違えんばかりに小柄な体躯。

 おおよそ140cm程度の身長、悲しいまでに平坦な胸。

 サイドテールが目一杯のおしゃれなのだろう。その姿は愛らしいのだが、子供っぽさを増幅させる要素(ファクタ―)にしか成り得ていない。


「おぉ、じじ。今帰ったぞ!

 あにぃは帰ってきてるのか?今夜はごちそうか?」


 と、発言もかなり残念さを醸し出している。

 陣が「進学できるのか?」と言っていたのもさもありなんという感じだろう。


「はいはい、おかえりなさい。水穂さんはいつも元気ですねぇ。

 陣さんとは一試合打ちましたから、まだ道場で伸びてますよ。

 藤堂くんと合わせて一緒に起こして上げなさい」


 言だけ取ればかなり酷いのだが、この家では日常茶飯事なのか水穂は気にする素振りも無く、「今夜はオムライスだ―!」とトテトテ道場へ走り去っていく。

 水穂を見送った権江は道着の裾を捲り、自らの脇腹に酷い擦過傷がある事を確認する。

 陣の最後の攻撃は、この現代の怪物をして避けきる事が出来なかったのだ。


「抜刀:氷柱つらら相生、歩法:枝垂からの木刀だからこそ出来た変形の炎錐ほむらきりですか。

 相生連環としての結果は不発ですし、五行のことわりを合わせる程には練れてはいないんですがねぇ…

 貴方が仕込んだ陣は、貴方が思うより素質があるのかもしれませんよ」


 善哉善哉と呟き、権江は自室に引き上げていった。

思いも寄らず爺無双。

現実がファンタジーのタグはこの構想があったためです(笑)


今回、作中における五行思想と新たな伏線を仕込みました。

これと今までの伏線が、当作における重要なキーワードになっていきます。


ご感想・ご評価いただけると嬉しいです。励みになります。


またご評価いただけた方は本当にありがとうございました。今のところ客観視する部分がこちらの評価しかないので参考になります。残念ながらお気に召して頂けなかった方もいらっしゃるようですので、これからも頑張って書いて行きたいです。


2013/01/17――

居合術と抜刀術は同じものでは?という指摘がありました。これは意図していた事なのですが、ちょっと伝わり難かったと相馬流の説明部位の部分に加筆しました。その為、若干説明が冗長になっているかと思いますがご容赦下さい。

また陣が最後に放った変形の旋ですが、カテゴリーとしては居合なのですが木刀でしか行えない技である事を明示いたしました。


ちなみに血狼を討伐した風音ですが、こちらの『蹴脚で態勢を崩し居合で抜ける』技という説明書きの通り、足技として炎を冠していないので相生技では無く、独立した居合の技であると考えていただければと。


2013/08/06

5行の考え方を大幅に変更しました。抜刀術と居合術を分けるのをやめ、考え方をマージしてあります。活動報告にて変更点をまとめますので、興味がある方はご覧ください。

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