エピローグ
陣と水穂の持つ、壮絶な過去を聞かされた面々は言葉を無くし、呆けたような顔を晒していた。
その中でいち早く我に返り、ミシェルは呟く。
「そうですか。彼があの『憤怒の精霊』だったんですか……。
謎に包まれた異国の少年兵が、まさか日本にいたとは……」
ミシェルは元特殊部隊所属の軍人だ。
中東の彼の地で活躍した傭兵の名前は全て頭に叩きこまれている。その中でも謎が多く、その戦果も頭ひとつ飛び抜けた『憤怒の精霊』と呼ばれた傭兵の存在。その名がこんな遠い平和な国で出るとは夢にも思わなかった。
「そして、当然だが私が彼の地を去った後、激戦が始まった。
血で血を洗うような内戦。巻き込まれる前に日本に脱出させてくれた陣の事を、私と私の父親は恩義と捉え感謝している訳だ」
あの頃の彼の地は、金を持っている、権力を持っている関係なく命の値段が安い場所だった。
幸田という名前は意味を持たず、逆にそうであるからこそ狙われるような事態になっていただろう。
「兄貴にはそんな過去があったんだな。そりゃあ強えよ。俺もそれなりに濃い人生歩んできたつもりだったけどよ、比較にならねえ」
「まぁ、日本人に限定するなら、かなり稀有な経験の持ち主だろうな」
玄児の呟きに律儀に光彦は返事をし、長く話したことで喉の渇きを覚えお茶を啜る。
一呼吸置いた後、それからの彼等の話をした。
陣の様子に満足したのか、烈は『その価値を失った』とばかりに水穂を開放。場所柄が悪くそこも戦地に近しいところではあったのだが、水穂発見の報を聞いた権江が日本政府の手を借りて急行。彼女の身柄を保護していた街も戦火に襲われそうになっていたのだが、その全てを力ずくで黙らせてしまうという救出劇があった。
自我が乏しい状態になっていた水穂は直ぐ様専門の施設へと運ばれたが、医師達の努力と穏やかな環境を持ってしても治療は難航。彼女の快癒は、2年後の陣の帰還を待つことになる。
陣は、カルロ達の新政府樹立を見届けた後、必ずそこに烈がいると更なる戦場を求めた。カルロの予想は外れ、烈がその姿を陣の前に見せることは無かったが、その影を戦場に見ていたからだ。だが、明らかに東洋人の陣は彼の地では目立つ。
戦場に東洋人がいる。その噂は徐々に広まり、ついに権江の耳へと入った。
陣と権江の壮絶な一騎打ち。そこで権江に大敗を喫した陣は、勝負前に権江と約束した通り日本へと戻り、相馬流を学ぶ事になる。
二人の約束は相馬の家系より生まれた悪、『打倒、烈』を目指す事であった。
近くにいながらも、ようやく再会出来た兄妹。陣にのみ反応を返す水穂の世話をしながら、修行に明け暮れる日々が始まった。
「それから3年。接触を控えるよう権江殿に頼まれていた私は自ら会いに行くことも出来ず、心葉大学で陣と再会するまで時を待つことになった。あの時の陣を知る者として、たったこれだけの期間でよくぞ乗り越えたものと、いや乗り越えきってはいないだろうが、日常を送れるほど回復したものだと感心した訳だ。
それの弊害としてどこか常識を知らなかったり、視野が広いんだか狭いんだかよくわからんパーソナリティーを持つに至ってしまったんだがな」
「そんな事が……。アクアちゃん、酷い目にあってきたのね」
ミオソティスが水穂を後ろから抱きしめ、頭に乗った胸に水穂は居心地が悪そうな顔をする。『巨乳』から『貧乳』への地味な嫌がらせのようにも見える。
プリムラは玄児と同じく、どこか納得の行ったという顔をしていた。トッププレイヤーに迫る腕を持つEAOプレイヤーではあったが、どこか同じ世界で生きていないような気がしていたのだ。今の話を聞けば、その理由が分かる。元々の戦闘経験が段違いなのだ、それはステータスに支配されたVRMMOの中でも、有利に働く一因となっただろう事は想像に難くない。
「流石、本家争魔の血を引く男じゃ。
こんな面妖な戦場を駆ける前に、既にして本物の戰場を駆け抜けておったんじゃな。それでこそ本流、それでこそ相馬本家じゃ」
鞠子は陣の強さ、その大本を知りご満悦。この場に於いて唯一嬉しそうなのは彼女だ。ここまでの空気読まないっぷりは、さすが三善の元・元締めなだけはある。
納得が行かない顔をしているのは、ソニアだ。
「皆さん、よく納得出来ますね……。私は今の話を聞いて、陣さんが怖くなりました。しょうがない部分もあるとは言え、人を殺してるんですよ……」
「だから色眼鏡で見られるだろうから知る覚悟がねえなら聞くなって最初にライトさんが言ったんだろうが。この期に及んで怖気づくなんざ肝が座ってなさ過ぎだぜ未ドリル」
「な!?なんでそのアダ名を貴方が知ってますの!?さては地味に広めましたねこのクソメガネ!」
一気に場が混沌になり、光彦は溜息を一つ。シリアスを維持出来んのかこの連中は。
ちなみにソニアのアダ名を広めたのは光彦ではない。そこで素知らぬふりをしている幼女だ。
「誤解なきよう言っておくが、公的には陣は犯罪者ではない。戦時中に敵兵を殺しても罪にはならないように、勝利した側に所属していた陣はむしろあの国では英雄だ。もし仮に周辺諸国が何か言ってきたとしても、初代大統領になったカルロ氏が後ろ盾に立てば罪に問われることはありえないだろう。
そして陣自体も殺人を楽しむ性癖がある訳でも無し、むしろ自らがそれを行える力があるからこそ、短絡的な人殺しを忌避すらしている。現実では本気で戦えないとVRの世界に来るような奴だぞ?その性根は推して知るべしだろう」
半ば脅すような形でEAOに参加させたくせにどの口が言うといった光彦のセリフだったが、一定の説得力があったのかそれ以上ソニアは何も言わず引き下がる。若干陣に惚れていたような言動を取っていたソニアだったが、これはフラグを圧し折ったなと光彦は内心謝罪した。
「一つ……、兄様の事について私からも言わせて下さい……」
自らの事も話されているのに、光彦が話す間一言も口を挟まなかった水穂が言う。
それは、陣自体も知り得なかった事だった。
「未だに、兄様は夜に魘されている事があります……。それは、助けられなかった少女への後悔なのか、人殺しをしてしまった自責の念なのか分かりません……。心の何処かを、あの砂の大地において来てしまったのかも知れません……。
でも、兄様がそうなってしまった、そこまでして戦った理由は私のためです……。もし、兄様を責めるのであれば、その前に私を責めて下さい……。あの時、私がああもあっさりとあの人に捕まっていなければ、こうはなってなかった筈なんですから……」
水穂の覚悟、それを聞いて責めようなどと言う者はこの場には居なかった。少なくともこの話を面白おかしく言い触らそうなどという不心得者は居ないだろう。
光彦はパンと手を打ち鳴らし、注目を集める。
「これが、陣と水穂嬢と、その父親を巡る顛末だ。
ここまで来れば、ミカミのあの放送で陣が怒り狂った訳が分かるだろう?ただでさえ胡散臭い理由でこの事態を引き起こしたミカミの横に、相馬一家にとって敵である行方不明の男が姿を表したんだ。
陣にしてみれば、『最後の選択』なんて意味不明なものをぶち上げたミカミなんぞより、よほど憎い相手だろう。
さぁ話はこれで終わりだ!これから色々忙しくなるぞ!」
そう、陣が口伝を収めるべく本家に向かっているのも、全ては烈と戦うための準備なのだから。
世界の命運と、敵討と、一族の責任。
よもやここまで糸が絡まり、それが一点に収束するとは、光彦にも想像がつかなかった。
光彦は陣の友人としての責務を果たすため、ミカミの居所を探るべく行動を開始するのだった。




