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光彦との出会い①

〓〓中東某国・誘拐犯のアジト〓〓


 砂の大地に囲まれた廃墟と見まごうばかりの村。

 小規模ながらも過激で知られる反政府軍の隠れ住まう場所は、久しぶりの大仕事に沸き返っていた。金満で有名な日本国、その地でも名の知られる大企業の御曹司がこの地にいるとの情報が流れたからだ。

 彼等にとって『誘拐ビジネス』というのは立派な飯の種。しかも大物ともなればリスクの代わりに得られる身代金の額も跳ね上がる。普段なら強気に『テロリズムには屈しない』と宣う政府も、今は国際世論を気にして実質口だけになっており動きが遅い。タイミング的にも絶好の機会なのだ。

 相手は特に『荒事』に弱い日本人。指や耳の一つでも送りつけてやれば、暫く遊んで暮らせる額の軍資金が手に入る。そうでなければ、この傲慢なガキに付き合い続けるなど出来はしない。


「おい、君!さっさとまともな水を持ってこい!こんな泥水なぞ飲めるか!

 こんな場所で腹でも下せばあっという間に死ぬぞ!君達のビジネスには、僕が生きていることが必須条件の筈だ!」


「はいはい、解ってるよお坊ちゃん。

 手下に買いに行かせてるから待ってろ」


「君に坊ちゃんと呼ばれる謂れはない!僕の名前は光彦だと言っているだろう!」


「金振り込まれたらさようならって関係で名前なんざ意味がないだろうに……。変な所に拘るガキだなぁ……」


 反政府軍の部隊長をしている男は辟易としながら応える。

 しかし、胸糞の悪いことにこのガキの言うことは正論でもある。この村にまともな医療設備などは無い。最後の手段としては手荒に扱うことを辞さないとしても、金を受け取る算段もついていない『今』死なれては困るのだ。今までは相手を殺そうが『生きているように認識させられれば』問題なかったのだが、世論を味方につけ装備が充実した政府を刺激しないためには『遺恨を残さないように』しないと報復が激しくなる。政府としてもその世論を刺激したくないが為に、面子を汚すようなことさえしなければ無闇に荒っぽい手段には出れないので痛し痒しでは有るのだろうが。


 自分達は反政府軍と名乗っているが、現在では誘拐ビジネスを生業にしてしまったような状況。昔からいる古参のメンバーはより過激な組織に身を移した。残ったメンバーは本気で政府に逆らう気もない者ばかり。

 部隊長は古参のメンバーの中でも『古風』な信条を持つ一人と数えられている。この国をより良い国にしたい、そう願って武器を取ったのだ。自分が参加する組織内でもその思いを曲げなかったために疎まれ今でこそ部隊長という地位に甘んじているが、本来であれば幹部級でもおかしくない生粋のテロ屋でもある。

 だからこそ無粋な誘拐ビジネスに手を染める現状にいい顔はせず、考えなしに『暴挙』に走る部下たちの手綱を握るため、こうやって自ら人質の監視をしているのだ。


 時刻は夕方、地獄のような暑さも多少和らぎ、これから身を切るような冷気が押し寄せる。

 普段は砂を巻き上げ海のように唸る砂漠が、今日に限っては風一つ無くまるで凪いだよう。耳が痛くなるような静寂。


「ったく。嫌な空気だ」


「お前には嫌な空気なのか?

 僕には静かでいいとしか思えないがね」


 ガキの言うことに肩を竦めた部隊長は、紙巻煙草に火を付け不安を紛らわせるように紫煙を吐き出す。ガキの台詞などは耳に入れず、忍び寄ってきた寒気にぶるっと身震いして酒を飲む。

 こういう空気は好かない、嫌でも思い出すお伽話があるからだ。


 ―砂漠に住まう、悪霊ジンの物語を。


 未だ使いに出した部下たちが帰ってくる気配はない。

 好奇心が刺激されたのか、無言で応えを促すガキに対して、騒がれるよりはマシかと部隊長は口を開いた。


「日本国でも『千夜一夜物語』(アラビアンナイト)ってのは聞いたことあるだろ?

 字面から分かる通り1,001夜の物語の筈なんだが、伝わってる話ってのは実は不完全なものでな。300夜程度しか伝わっていない。後は大抵数合わせて足された物語つーわけだ。

 そんな中、後付すらされなかった外典・偽典って呼ばれる話があるんだよ。俺の産まれた村にもそういう話が一つあってな……」


 日も暮れ、辺りは完全な暗闇に支配される。

 星明かりしかない夜だからこそ、こんな話が相応しいだろう。


※---※---※---※


 それは、こんな風の無い夜の事だ。

 とある旅の商人と、それに行きあった男達が過ごしやすい夜を狙って隊商キャラバンを進めていた。商人には大きな商談があり、急いで街へ商品を届けなければならない。かといって単独で踏破出来るほど、この砂漠は優しくはない。

 男達は如何にも荒事に慣れた雰囲気を纏っており不安ではあったが、街へ向かう隊商キャラバンは彼等しか居らず背に腹は変えられなかったのだ。商人は男達に金を渡し、隊商キャラバンに入れてもらうことになった。


 静かな夜をそぞろ歩く彼等の前に、貧しい身なりの一人の老人が通りすがった。


「もし、私は旅の者です。家族とはぐれ難渋しておりました。街まで行かれるのでしたらご一緒させていただけませんか」


 そう願い出る老人を、男達の首領は一刀の元に叩き斬った。

 非難の眼差しを向ける商人に、首領は「貧乏人に用はねえ」と笑い捨てる。

 商人は老人を哀れに思ったが、弔いたいと願い出れば金を払った商人でさえ何をされるか分からない。アッラーの身元へ行けますようにと願うしか無かった。


 暫く歩くと、今度は普通の身なりの美しい女性が通りすがった。


「もし、私は旅の者です。祖父とはぐれ難渋しておりました。どなたか知ってはいませんか」


 そう聞く女性を男達は駱駝に引かせた荷車に押し込めた。

 聞けば自分達で楽しんだ後、街で人買いに売り渡すのだそうだ。

 不憫なことだと思うが、商人は何もしてやれないと目を瞑る。


 更に歩くと、今度は豪華な身なりの少年が通りすがった。


「もし、私は旅の者です。祖父と姉とはぐれ難渋しておりました。どなたか知ってはいませんか」


 そう聞く少年を首領は殺し、豪華な衣服や服飾品を剥ぎとった。

 商人は我慢が出来ず、少年の遺体を「これだけ豪華な身なりの子なら、親の元へ遺体でも持っていけば金になるかもしれない」と言い、強欲な男達に幾ばくかの金を握らせ引き取ると申し出た。商人は遺体に布を巻き、丁寧に駱駝に載せる。

 当然、男達へ言った理由は方便で金と引き換えにするつもりなどない。街についたら親を探し、見つかれなければ自分が葬るつもりであった。


 少年は祖父と姉を探していたと言っていた。身なりは全く違うが、最初に出会った老人と、二番目に出会った女性は縁者やもしれぬ。だが、少年は引き取れたが女性に関しては諦めるしか無かった。


 陽が昇り、隊商キャラバンは岩陰にテントを張り休むことになった。

 いざお楽しみだと、男達が荷車から女性を引きずり出そうとした時、女性は煙のように姿を消していた。商人が見れば、少年の遺体もその姿を消していた。

 商人が逃がしたのではないかと男達とは一悶着あったが、商人にそんな力は無く不気味に思うだけであった。


 夜も明けかけ、中継地点の岩場に辿り着いた隊商キャラバンは、内心を隠すようにテントを張り休むことになった。

 商人はなかなか寝付くことが出来ず、用でも足すかと外に出ると、隊商キャラバンの人間は全員姿が見えなくなっていた。

 懲りずにまたぞろ悪さでもしに行ったかと気にも留めなかった商人だったが、いくら待てども隊商キャラバンの面子は戻ってこない。待っている内に夜も更け、これ以上は待てないと危険を承知で単独で砂漠に戻った。

 幸い駱駝は残っていたので、ここまで来たら行くも戻るも危険は変わらない。ならば先を急ぐことにしたのだ。


 暫く行くと、まるで王族のような身なりの子供が通りすがった。


「もし、私は旅の者です。祖父と姉と兄とはぐれ難渋しておりました。知ってはいませんか」


 商人はそれまであった事を子供に話し街まで送ろうと申し出たが、そこにいた筈の少年はそこにおらず、何処からとなく「正しき者の命は取らぬ」と囁く声が聞こえた。


※---※---※---※


「……てな話が伝わってるんだよ。こんな風のない日はこの夜咄を思い出す」


「よく分からんな……。正直者だけ生き延びるという教訓話なんだろうが、結局隊商キャラバンの連中がどうなったかもよく分からん。筋を考えれば死んでいるのだろうがな。御伽噺にしてもつまらん落ちだ」


「まぁこういった話はどこか不完全なものなんだよ。つまらんってのも同意だがね、だからこそ外典だの偽典呼ばわりされてるんだろうさ。

 そんで途中に現れた通りすがりってのが、人を試す『悪霊ジン』だって言われてるんだ。俺が知ってる話では悪罰的な展開だがな、他にも善者には祝福が与えられるなんて話もあって余計分からねえ存在なのさ。どちらにしても人知が及ばないって点では薄気味悪い話よ。

 さてと雑談は終わりだ。人質は人質らしく大人しくしてな。金にならねえ危ない橋は俺も渡りたくねえから、身代金さえ無事に取れれば帰してやるからよ」


 つまらんと黙り込むガキを横目に、隊長は吸っていたタバコを揉み消し立ち上がる。いくらなんでも使いに出した部下の戻りが遅すぎる。若干頭の足りない連中ではあるが、こんな子供の使いに時間がかかるほど馬鹿だとは流石に思いたくはない。


 時刻はそろそろ深夜に差し掛かろうかという時間。

 隠れ家からは内部の明かりが漏れないよう工夫しているため、辺りは一寸先も見えぬほどの闇。夜陰に隠れ警戒しているはずの仲間に隊長は声をかけた。


「おい!街に出た連中からは何も連絡ないか?道草食ってるにしても遅すぎるだろう!」


 隊長のがなり声が辺りに響くが、誰からも返事が戻ってこない。

 外にいる連中は街に出した者達と違いそれなりには鍛えられた兵だ。隊長の声に反応しないほどに『使えない』者では無い。

 おかしいと砂地に踏み出した瞬間、ボスっという篭った音と共に銃火が瞬く。

 最近は嗅いでいない鉄火場の饐えたような匂い。肌が粟立ち、隣に死が近寄る緊張感。敵が、来た。


「敵襲ーーーーーッ!!」


 全身びっしょりと冷汗を流した隊長は、敵の正体こそ分からないものの、日本国と交渉していたはずのボスが『何か致命的なミスをやらかした』のだと気づいた。人質がいるにも関わらず襲撃をするという事は、自分達の常識では人質が死んでも構わないという意思表示だからだ。

 隊長は知らない事ではあったが、彼らのボスは既に日本国から大金をせしめており、欲を出し再度身代金を要求。間に立った政府の面子を傷つける結果になっていたのだ。そう、政府が世論を気にして動けないという『許容範囲』を知らずして越えてしまっていたのだ。


 隊長は叫び声と共に家屋に飛び込み、壁に立て掛けて置いた突撃銃アサルトライフルを手に取った。

 入口へと銃口を向けた瞬間、照明が煌々と付き敵側から丸見えになっている事実に気づき慌てて明かりを消す。誘拐というビジネスではない、本物の戦場の香りに酔ってしまったのだろうか。新兵でもあるまいしと気を引き締める。


※---※---※---※

※---※---※

※---※


 時はしばし遡る―


 誘拐犯達のアジトから離れた場所にジープを停めた陣達は、最終ブリーフィングを行っていた。今日のミッションは反政府軍に資金援助を行っているスポンサーの御曹子『ということになっている人物』を誘拐犯から救出するというもの。そのため人命第一となり、派手な銃撃戦は厳禁となる。


 先程街から戻ってきた誘拐犯の仲間を襲撃し、防衛配置や救出対象の位置などは既に吐かせている。誘拐犯達の詳細な装備や練度・プロフィールも提供を受け、情報面に於いては丸裸だ。難易度の高いミッションだと思っていたが、思ったよりは簡単に行きそうだとカルロは破顔する。


「おいジン!今日のミッションは重要度が高いから、無事に終わったらボーナスが出るって言われてるんだろ?間違い無いんだろうな」


「俺はそう聞いてる……」


「良し、手前ら!人質救出の任務だが、最悪死んでいてもいいそうだ。こんな簡単なミッションで死ぬんじゃねえぞ!」


 カルロはサイレンサー付きのカービン銃を腰だめに構えハンドサインで進軍を指示。陣は黒く塗られたククリナイフを抜刀し、夜陰にその身を紛れさせる。

 誘拐犯たちに気取られて人質を盾にされたら面倒だし、勢い余って殺されでもしたらボーナスが無くなる。人質が殺されてもいいから敵を全滅させろと言い含められている陣も、列へのせめてもの反抗に人質を見捨てるつもりなど毛頭ない。


 各々の思惑は違えど、同じ目的の元に部隊は戦場へと駆け出していった。


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