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世界・2

普段の2倍の文章量になってしまいました…


 【Eden Acceleration Online】略してEAO。

 EAOには大種界、小種界と呼ばれる世界がある。

 シャボン玉を想像してもらえると理解していただけると思う。息を吹きかけ出来た無数の泡沫一つ一つが『種界』という訳だ。

 大種界には10層のフィールド、そして大種界第最深層にダンジョンが存在する。

 少種界には1層しかフィールドが無い代わりに膨大な数が存在し、それぞれ多様な世界を形作っている。


 種界は『種』(シード)というシステムがあり、各種界の10層のダンジョン最奥に生息するエリアボスを討伐することでエリアシティに種のモニュメントとして出現する。それがプレイヤーのクエスト達成率や成長度、武具やアイテムの生産等『冒険者の生活』を『種の成長率』としてパラメータ変換。一定の水準を超えると種界として開放されるという仕組みだ。

 各種界の1層には必ずエリアシティと呼ばれる首都が存在し、そこを拠点にEAOの世界を冒険するのだが、各種界を行き来する『種界門』(ゲート)も種界が開放されたと同時にそこに出現する。


 現在は中世欧州のような世界が舞台の『人界』(トレジャー)、海と島が舞台の『海域』(ラグーン)、想像上の地獄が舞台の『煉獄』(インフェルノ)、この3大種界といくつかの少種界が開放されている。


 そして、このEden Acceleration Onlineには一つの最終目標グランドクエストがある。

 EAOに『EDEN』と入っている通り、『楽園』(エデン)という種界がある。どれだけの種界を踏破すれば出現するのかは未だ謎に包まれているが、この『楽園』(エデン)の10層にいるとされるラスボスであろう『何か』を撃破する事が目標なのだ。


 ちなみに血狼ブラッドウルフ『人界』(トレジャー)の10層にいるフィールドボスである。

 βテスト時代は『人界』(トレジャー)までしか開放されなかったため、当時においては最強クラスの敵であったという訳だ。


 EAOの世界観をサラっと語った光彦ライトは、陣に対して言を重ねる。


「これがEAOの世界観だな。

 次にジョブの説明とスキル周りの説明をしよう。

 まず、ジョブには主になる職(メインジョブ)とサブの職が存在する。ジンの剣銃士ガンブレーダーやソニアの軽戦士ライトウォーリア、私の魔術師ウィザードから上位職である高位魔術師ハイウィザード等が所謂メインジョブ、上位のジョブはLV30以上、かつ職毎の特殊条件をクリアする事で進化する事ができる。

 サブジョブはメインジョブがLV10になった段階から設定出来るようになり、エリアシティの冒険者ギルドで付け替えられる。

 サブジョブはメインジョブのマイナスLV20までしか成長しないし、メインジョブと違って上位ジョブへの進化は無い。

 だがサブジョブのLVは共通レベルになっているから付け替える毎にレベルが下るデメリットは存在しないし、上位ジョブほどでは無いとは言えスキルも色々覚える。サブジョブにしか存在しないレアなジョブもあるからな。

 いろいろ試してみるといいだろう」


「ん?ちょっと待て、なんかそれ矛盾無いか?

 メインジョブがLV10でサブジョブを設定出来て、サブジョブのMAXLVはメインジョブのマイナスLV20だろ。

 メインジョブがLV20以下の場合はサブジョブはどうなるんだ?」


「うむ、答えを言うと『成長しない』。

 設定は出来るがサブジョブはLV1のままという事だな。

 だがスキルは覚えられるしスキル熟練度も上がる。設定して損はないぞ。

 話が出たからスキルの説明もしようか…っとその前に」


 光彦ライトはそう言ってアイテムストレージから敷布とポッドを取り出す。

 比較的なだらかになっている場所にそれを敷き、陣とソニアにマグカップを渡しコーヒーに似た何かを注ぎ、一息つける。

 陣は普段からコーヒーを愛飲しているので抵抗は無いが、ソニアにはブラックは苦すぎるのだろう。うげーと舌を出しマグカップを置く。

 子供めと光彦ライトが笑い、説明を続ける。


「まずスキルの種類だな。

 スキルには武具のマスタリー、自動的に発動するパッシブスキル、任意に発動するアクティブスキル、何らかの方法で取得出来るエクストラスキルがある。

 スキルはジョブのレベルが上がることによる取得、ないしスキルスクロールを使用することによって取得する。サブジョブのLVは上がらないのにスキルが覚えられるのはスクロールの存在があるからだな。

 エクストラスキルに関しては私も取得していない。まだ未解明な部分もあるからなんとも言えんが」


「後、スキルはには熟練度がありまして、使うことによってスキルレベルが成長いたしますのよ。

 スキルレベルがLv5を越えますと、そのスキル系列の新たなスキルを自動的に所得するんですの。

 ただ、スキルスクロール自体が割りと高価ですし、職によって覚えられるスキル、覚えられないスキルとございますわ」


 光彦ライトにミルク的な何かを貰い、ようやく一口飲めたソニアが横から口を出す。

 横槍を入れられたのが不快なのか、光彦ライトは鼻に皺を寄せる。

 少し子供っぽい事なのだが、光彦ライトは極度の説明好きで、それを途中で奪われるとちょっと不機嫌になるのだ。


「まぁ、そういう事だ。

 これは実際に体験してみるのが早い。

 初心者に必要なスキルスクロールを2つ買ってきてある。やるから使ってみろ」


 光彦ライトはそう言って陣に2つスキルスクロールを渡す。

 陣が早速使ってみると、光が指すエフェクトが陣に降り注ぎシステムメッセージが流れた。


『System Message:スキル「観察」を覚えました』

『System Message:スキル「ファーストエイド」を覚えました』


「お、なんかメッセージが流れたけど、これでスキル覚えたのか?」


「ああ、そうだ。

 『観察』は相手に注視すると対象の情報が見られるパッシブスキル。

 『ファーストエイド』は最低レベルの回復魔法、アクティブスキルだな」


 陣が試しにソニアを注視すると、ソニアの頭の上に半透明のステータスバーが見える。

 男性に見られるのが慣れていないのか、ソニアが少し顔を赤くしてモジモジしながら陣に苦情を言う。


「ちょっと、あまり見ないでくださるかしら?」


「あぁ、悪い悪い。スキルを試してみたくてな。

 それで、この半透明のバーはなんだ?」


「それは『観察スキル』の最低熟練度で見える体力バーだな。

 熟練度が上がるともっと色々な情報が見えるようになる。

 戦闘をする際だけではなく、何かにつけて注視する癖をつけておくと勝手に熟練度も上がって便利だぞ。

 『ファーストエイド』は最低限の回復しか出来ないし、最初の内は魔力の消費コストも重いが、体力回復をスキルで行い熟練度を上げたほうが後々有利になる。

 司祭とかの回復専門職もいるがな、剣銃士をやるなら自分でも回復できる手段を覚えていたほうがいい」


 それを聞いたソニアの顔が曇る。

 光彦ライトはニヤッと笑いながら、


「さて、お待ちかねの剣銃士の問題点だ。士の問題点だ。

 また茨の道を選んだ物だな、ジンよ」


 そう言うのだった。


※---※---※---※

※---※---※

※---※


血狼ブラッドウルフと戦うという、初心者には無いシチュエーションだった訳だが、ジンは剣銃士をどう思った?」


 光彦ライトにそう聞かれた陣は、最終的に勝利は出来たものの、散々だった自分の初戦を振り返る。

 立ち上がると剣銃を腰に差した鞘から取り出し、素振りをし確認。

 やはり陣が普段の修行を行なっている時より明らかに動きが遅い。キレがない訳では無い、単純に遅いのだ。

 近くの樹をターゲットにして魔弾を試射。これもやはりまともに当たらない。


「まず、重い訳でも無いのに剣銃こいつの振りが遅すぎる。

 こんだけ遅けりゃ素早い敵からしたら回避されて当然だな。

 銃も集弾性能が悪すぎるし、その上威力も無い」


「お前なら当然そう思うだろうな。だが私から見れば低レベルの剣士職と同じ速度で振れているように見える。

 まぁ血狼に勝てた秘密も実はそこにあると思われるが、現実での身体能力と同レベルに考えてはいかんぞジンよ?

 問題はステータスや武具においてバランス職である事と、ジンも気がついた魔弾の集弾性能の悪さだ」


 試しに私を撃って見ろと、光彦ライトは樹をターゲットし魔術を使用し始める。

 人に向かって撃つ事に陣は一瞬躊躇するが、「まぁ、メガネ相手ならいいか」と一発打ち込む。陣が魔弾を当てると、光彦ライトが唱えていた魔術がキャンセルされた。


「これが剣銃士ガンブレーダー固有の同士討ちによるノックバックリスクというものだな。銃士ガンナーにはこれは起こらない。

 プレイヤーから攻撃を受けてもダメージは受けないのだが…、魔術師の範囲魔術等に巻き込まれてもキャンセルされないのに、何故か魔弾が当たるとこうやって使用途中のスキルがキャンセルされてしまう。

 そのため一般の剣銃士は近接戦闘になりがちなのだが、防具が後衛職の軽防具までしか装備出来ない。

 これが、パーティーから剣銃士を敬遠させてしまう理由になってしまっている。

 攻略前線ではパーティープレイは必須。そしてバランス職の宿命として、単独ソロでプレイできる程強い職でもない。

 銃も剣も使えることからβテスト時代は所謂『ロマン職』としてそれなりに人気もあったのだが、その仕様が発覚した段階で一気に人気が無くなり武具等も出回らなくなった。

 勿論、その情報が出回ったからな。正式サービス後は誰もやらない最弱・不遇の不人気職になってしまったのだ」


「いや、それってバグじゃねえの?」


 陣がそうボヤくと、光彦はピキっと青筋を立てて(ご丁寧に背後に雷のエフェクトまで背負いながら)。


「Dr.ミカミのやる事にバグなど存在しない!

 何らかの深謀遠慮があるのだ!」


「お前がミカミ博士に心酔してるのは知ってるけど、なんでもそう言えばいいと思ってるんじゃないのか…?」


 「どうどう」と陣が光彦を落ち着けさせ、若干冷めたコーヒーのような物を一気に喉に流し込んだ光彦は、気を取り直して説明を続ける。


「うむ、失礼した。

 それでだな、大きくデメリットが目立つ剣銃士だがメリットが無い訳ではない。

 バランス職である事から得意なことも無いが、代わりに不得意な事も存在しない。戦闘においても冒険においても、エリアシティでの生活においても切れるカードが豊富だ。

 まぁ余りにもデメリットが大きすぎるから慰めになっていないがな。

 個人的にはキャラを作り直す事を薦める」


「ん~。

 まぁ面倒だし、血狼のアイテム引いた剣銃士こいつに多少の愛着も出てきたからな。

 いつまでゲーム出来るか分からねえし、このままやるよ」


 光彦は「そういうだろうと思ってた」と言いながら、自分に更にコーヒーを追加で注ぎ。


「血狼をなぜ討伐出来たかは最後に回すとして、今のEAOがどういう状態かを伝えよう。

 攻略状況としては『煉獄』(インフェルノ)を進行中。ちょっとした問題があって足踏みしているが近い内に攻略されることだろう…」


 光彦ライトの説明の中で、初めて彼は顔を曇らす。

 普段あまり見ない顔だなと陣は疑問を覚え、腕を組み問う。


「問題ってのはなんだ?」


 理解できる事柄なのか、ソニアが嫌そうな顔をしながら代わりに答えた。


「PK行為が『煉獄』(インフェルノ)では出来るんですよ。

 だから敵がモンスターだけでは無く、PKプレイヤーも相手にしなければいけないんです」


 ここで、EAOにおける『PK行為』について説明しよう。

 EAOでは通常、仮に攻撃したとしてもプレイヤーに対してダメージを与えられない。しかし第三種界である『煉獄』(インフェルノ)ではこの限りでは無く、プレイヤーにダメージを与えることが出来るためPK行為が可能になっている。

 PKをしたプレイヤーは一定期間、ないし専用のクエストをクリアするまでエリアシティの一般NPC施設等を使うことが出来なくなる。このため職専用の施設利用が出来なくなったり、冒険者ギルドからのクエスト受注が出来なくなる等のデメリットがある。

 しかしながらPK対象の持つGゴールドを3割入手出来、かつ一定確率で装備もドロップするため非常に『美味しい』のだ。また低確率で対人系のスキルスクロール等のレアアイテムを入手出来る等の理由からPK行為を行うプレイヤーは一定数存在する。


「へぇ…。『煉獄』(インフェルノ)って所が攻略最前線なら敵だって相当強いだろ?

 確かにそんな所でプレイヤーにまで邪魔されたら攻略も進まないってのは分かるな」


「それだけでは無い。

 本来プレイヤー同士の対戦、PVPというシステムだな。これは双方の許諾があって初めて出来るのだが、PKされたプレイヤーはPKしたプレイヤーに一度だけ『煉獄』(インフェルノ)以外でもダメージを与えられ、死ぬまで戦うデスマッチモードを、相手の許諾なしに行える『リベンジシステム』というのがあってな。

 βテスト時代はそれを悪用して仲間内同士でPKし合い、レアアイテムを入手しようとするシステムの不備をついた不正が横行したのだ。おかげでサーバー全体のセーブデータロールバックも行われてな」


「まったく、迷惑な話ですわ。

 PKをしたいならPKプレイヤー同士で勝手にやっていればいいんです。

 ゲームを楽しみたいプレイヤーまで巻き込まないで欲しいものですわ」


 まぁ、こういう穴はEAOには珍しいから、Drミカミが何らかの実験をしたんだろうがな。と光彦の言を聞く。

 正式サービスのオープンと共に、この仕様は「仕様の変更」では無く「関係性の追跡をサーバー側で行い、仲間内ではアイテムが落ちない」という力技で解決しているらしい。

 また、このリベンジシステムは第三者を代理で立てられる。代理に立つことで得られる称号もあるため、『煉獄』(インフェルノ)開放後、暫くは殺伐とした雰囲気になっていたらしい。

 光彦はPK行為を否定するつもりはなく、心酔するDr.ミカミの真意が分からない事で、ソニアはそれによって「EAOの世界を楽しむ」という純粋性が保てていないと感じる事に苛立っているようだ。


 陣にとっては、殺し合いの道は本来『修羅道』だ。

 戦時においても戦国の世においてもそうだっただろうが、誰かを殺せば誰かに恨まれるのは当然。そしてその恨みを振り払う為に更に殺せば、行く付く先は鬼に堕ちる無限地獄。

 確かにゲーム、現実には人は死なない。だが堕ちるその覚悟も無しに『有利になるから、面白いから』という理由で誰かを殺す者が居るというのは陣にとって驚き以外の何者でもない。PKプレイヤー達の精神性メンタリティは一体どういう構造をしているんだと思ったが、所詮は他人事と陣はあっさり割り切った。

 もし、自分の身に火の粉がかかるなら、その時は思う存分突き付けてやれば良い。覚悟なしに修羅道に入る、その意味が示す先を。


「さって、愚痴ってもしょうがねえぞ?

 それで光彦ライト?俺がなんで血狼ブラッドウルフに勝てたのかそろそろ説明してくれないか?」


「あぁ、すまんな。

 昨日もPKに邪魔されたから少し気が立ってたのだ。

 仮説ベースになるが、中々面白い話だぞ?」


 気を取り直した光彦ライトは、そうは言いつつ仮説に自信があるのか人の悪い笑みを浮かべた。


※---※---※---※

※---※---※

※---※


「私の仮説を話す前に、もう一度血狼ブラッドウルフを討伐したシチュエーションを確認させてくれないか」


了解りょーかい。ライトはうちの流派知ってるから技名で話すぞ。

 剣銃の振りが遅すぎて勝負にならないと判断した後、まず移動力を削ごうと四肢に炎錐(ほむらきり)。何度か拳打と蹴脚を叩き込んだが、ある境にいきなり行動パターンが変化して一気に劣勢に。

 最後くらいは剣銃士らしく剣銃使って足掻いてやるかと、勝負をかけたら何故か血狼が勝負に乗ってくれ、雨音(あまね)を使ってなんとか勝った。

 こんな流れだったな」


 光彦は思案げに顎に手をやり、アバターにも装着させたメガネを光らせながら陣を見る。

 そういやこいつはゲーム内でもメガネなのかよ…と陣が呆れていると。


「ふむ…確認するが。

 『炎』ということは体術か。使った時の動きは遅くならなかったのだな?

 雨音(あまね)を使った時の剣銃の振りはどうだった?」


 と聞いてくる。

 陣はその時のシチュエーションを思い出しながら答える。


「んー…っと。

 体術は別に遅くなってなかったな。

 そういや雨音(あまね)も普段使ってるのと同じ速度だった気がする。

 なんでだ…?」


 ちょっとやってみるわと光彦たちから少し離れ雨音(あまね)を空撃ちする。蹴脚と震脚が唸りを上げ、気持ちのよい風切り音と共に居合の斬線が迸る。やはり本来の速度で出来ているなー、まぁ居合は速度出るもんだけどなんで普通の振りはこんな遅いんだと、陣は訝しげに通常の振り下ろしや居合を試している。それらはやはり遅いのだが、時折相馬流の技を混ぜるとそれだけは本来の速度が出せているようだった。

 それを見たソニアは顔を引きつらせながら、


「やっぱり貴方おかしいですわよ…!?

 なんでシステムアシストも無しにそんな動き出来ますの…?」


「失礼な、俺だって分からん。

 分からんのはなんで遅くなってるかの方だがな」


「な…貴方本当に何者ですの…」


「ちょっとした家系に属する、ただの武術家だよ。

 んで光彦ライト、どうだ?」


 光彦ライトは陣の言を聞き、また素振りの姿を確認し口を開く。


「うむ…本当に仮説になるが…

 本来ならプレイヤーが戦闘行為を行う際に助けになる筈のシステムアシストが、逆にジンの足を引っ張っている。

 マスタリーが存在しない『体術』や、スキルとして認識されていない独自の技はジン本来の速度と威力が出せているが、剣銃マスタリーが存在する剣銃の振りは遅くなっている事からこの可能性が高いと思われる。

 ジン、体感として今の振りのスピードが全力の何割かと、剣銃マスタリーの熟練度を教えてくれ」


「おう、えっと…

 剣銃マスタリーは45、振りの速度は大体4分くらい…って何か数字合ってるな」


 マスタリーレベルはMAX999。そのうちの45だから4分。見事に数字が符合する。

 陣の情報を聞き、光彦は頷く。

 仮説の裏付けが取れたのか、それでも真剣そうに、


「それを聞いてこの仮説の信用度も増したな。

 メインジョブに付随する武器のマスタリーだけは初期ボーナスで30、グレイウルフや血狼ブラッドウルフを討伐した事によって熟練度が上がったのだろう。一回の戦闘で上がる数値には限界があるからな、思ったより上がってないのはそういう理由だろう。

 雨音(あまね)がジン本来の威力で出たからこその、低レベルでの血狼ブラッドウルフ撃破なんていう大金星を上げることが出来たんだろうな。

 まぁ、情報から推測するに、マスタリーの熟練度が上がれば通常攻撃もジン本来の物に近づいて行くだろう。

 EAOのマスタリーレベルは上がりやすいからな、近日中には最大値になるだろうさ」


 陣は剣銃を納刀し、光彦に向き直る。


「そりゃありがたい。感覚が変わるのは大問題だからな。

 でも、ライト、お前は『EAOにおける強さの概念が引っくり返る』とか言ってたよな?

 俺が本来持っている力量が、元に戻るだけだろ?別にそこに不思議は無いんじゃないか?」


 半眼で問いかける陣に、光彦は「分からないのか?お前らしくもない」と嘆息する。

 陣は相馬流の修行過程で戦術眼も養っており、こういった「思考の隙間をつく」事が実は得意だったりするのだが、さすがにゲームシステムも絡むとその眼も曇るらしい。

 早めにシステムに慣れさせないとなと光彦は思いながら答える。


「いいかジン?

 お前が遭遇した事象はな、『マスタリースキルの最大値とシステム外スキルの威力は現実世界のプレイヤー能力に依存する』可能性があるって事なんだ。

 例えば高位魔術師ハイウィザードである私はパーティ内でも攻撃役(ダメージディーラー)として後衛アタッカーを担うわけだが、それは前衛の壁役と呼ばれるタンク職に守られての事だ。強敵の場合はタンクが沈むなんて事はさして珍しくない。そうなると防御力なんて無い後衛のプレイヤーは芋づる式に殲滅されてしまう。

 だが、もしジンのように動けたらどうなる?避けれて大火力な移動砲台の出来上がりだ」


「ちょっと待って!それって大問題じゃない!」


 顔面蒼白になったソニアは待ったをかける。自分を落ち着けようとしたのか胸に手を当て幾度か深呼吸をし、ゆっくりと探るように言う。


「もしそれが本当なら、現実世界で何かしらの習い事や練習を重ねていて、それのパーフェクトマッチを行った職についている方が凄まじく有利になるという事ではありませんの?

 例えば現実でも弓術をやっている方が弓士アーチャーになったり、剣道をやってる方が剣士ソードマンになったり。

 現実とは違う自分になりたくてゲームをやってる方も相当数いるんですのよ?そんな方にとって『パーフェクトマッチをしていなければ弱い』みたいな情報が広がったら…そのプレイヤー達にとって絶望にしかなりませんわ!」


 うんうんと何度も頷く光彦ライト。ソニアの言葉はEAOを、ゲームという意味では『正しく』遊んでいる者の台詞なのだ。そして彼女の懸念も当然理解出来る。こんな話が知れ渡れば、今までの強職・弱職の概念が変わるだけではない。

 ただでさえVRMMO、バーチャルな世界なのだから相手がパーフェクトマッチしているかどうかは当然分からない。確認しようとしてリアルを探るプレイヤーも出てくることだろう。そうなればもうゲームで遊ぶどころではない、疑心暗鬼が巻き起こる暗黒時代の到来だ。

 だが、これを懸念なだけと知る光彦はそれを笑い飛ばす。


「はっはっは、いや、私の言葉足らずだったな。

 ソニア嬢、それはありえないという前提なのだよ。

 私達βテストからのプレイヤーが何もせずに遊んでいたとでも?様々な検証や実験を通して能力の画一化がなされているのは確認済みだ!

 最初に仮説だと言ったのはそれがあるからだ。あくまで現段階では可能性でしかない。

 正式サービス後の剣銃士だけの特殊仕様かも知れないし、それこそジンのように現実で凄まじい修練を行った果ての結果なのかも知れん。

 何にせよこんなあやふやな情報を広めるつもりは私には無い!最古参EAOプレイヤーとしてのプライドも許さんしな!ソニア嬢もジンも、この話はここだけのものとしておいてくれ」


 まだ納得が行かないのか、ソニアは不安げな気配を漂わせているが渋々頷いている。

 無駄に誇り高い友人の台詞に、陣も苦笑をしながら頷こうとした――


(待て!能力の画一化…だと?そういえば最終目標グランドクエスト『楽園』(エデン)…とか言ってたな?何処かで…)


『画一化された無謬の果て、その「楽園」の終わりで、貴方を待っています』


 何処までも白い、透明な青眼(ブルーアイズ)の少女…。


――ジジッ――


「ッグ!」


 一瞬、最初にEAOにアクセスした時起こった、あの不思議な現象のようなノイズが走る。

 強烈な目眩を感じた陣は、堪らず片膝を付き崩れ落ちる。

 陣の唐突な体調悪化に慌てた光彦はアタフタと駆け寄るが、何も出来ず右往左往するだけだ。光彦が何も出来ないと見て取ったソニアが、陣に膝枕をし横にならせ、額に手をやり目の動きを確かめながら水系統の魔術を布に使い陣の額に当てる。


「癲癇等の発作ではないようですけど、少し熱がありますわ。

 お話を聞く限りジンさんは今日がEAO初日というお話し。初日というには重い展開だったので疲れたのかも知れません。

 今日はこのままログアウトして休んだ方がいいかもしれませんわ」


 軽く目を見張った陣は、目眩を押して軽口を叩く。


「はは、見た目に寄らず随分と看病慣れしてるじゃないか…。

 そうしてりゃ可愛げもあるってもんだぞ」


「うるさいですわ!いいから病人は黙ってさっさと休みなさい!

 フレンド登録申請を出しておきますから、次にログインしたら受諾しておきなさい!いいですわね!?」


 顔を赤くしたソニアが、ぱしっと陣の額を叩く。

 光彦が「ツンデレキターY⌒Y⌒Y⌒(。A。)ー!!!」とまた謎のローリングをしているが、あれは放置してもいいだろう。

 はいはいと手を振りながら、陣はメニューからログアウトボタンを叩いた。


〓〓???〓〓


「極東地域サーバーから『呼応者』(レスポンダー)の反応が消失。ログアウトしたようです。

 また極小ながら今回もアンゼル体の反応を観測しております」


 相変わらず薄暗いオペレーションルームで、秘書らしき女性の涼やかな声が鳴る。

 華美な男は相変わらず、無駄に歯を輝かせて女性に指示を与える。


「これは決まりかもデスネー!

 ちょっと動いてもいいかも知れまセン。

 極東地域に派遣した汚れ仕事の専門部隊(シャドウサービス)を動かしてみてクダサーイ。

 『呼応者』(レスポンダー)のネームやアドレス、ファミリーや血統リネージュ、なんでも知りたいデース!」


 暫く様子見と言ってた前言を覆すような指示だが、彼がその時の思いつきで物事を進める癖があるのを知っている秘書は早速準備に取り掛かる。その思いつきは高確率で高度な計算に基づいた「企画」(プランニング)だということも知っているのだ。


「そろそろ 『呼応者』(レスポンダー)とゴタイメーン!というのも悪く無いデスネー。

 何か考えてみまショーか」


 秘書の女性がオペレーションルームを出て行くと、内部にいたスタッフも全員彼女について出て行ってしまう。

 クツクツ笑っていた男は、いつの間にか一人になっていたことに気づき、


「ミナサーン!置いてかないでクダサーイ!暗いのキライデース!」


 と慌てて部屋を飛び出ていった。

ちょっとだけ可愛らしいソニア嬢を書いてみました。彼女は中核メンバーの一人になるので、これからはあまりヒステリックに叫ばせないで可愛らしいデスワッ娘にしていきたい所です。

説明話という事もあって光彦が大回転。割りと空気になっている陣ですが、次話からまた彼が攻めていきます。


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