エピローグ
凄まじい不定期投稿っぷりで本当に申し訳ない。
ミカミの『最後の選択』宣言がある少し前――
陣が倒したはずのファフニールがむくりと起きだし、周囲を見渡す。
かの竜は死んではおらず、陣達が立ち去るのを待っていただけなのだった。
目に刺さっていた刀を器用に前脚で掴み引き抜き、どこぞへと放り捨て鼻を鳴らす。
あの男は強かったが、まだまだ自分に互する程ではない。
修行を積めば分からないが、現時点では自身が圧倒的に有利だった。だが、我が身も完全な顕現ではない。
もし完全な顕現を果たしていたのであれば、最初に毒のブレスを吐いた時、その余波だけであの男は消し飛んでいただろう。
そのお陰か、なかなかいい勝負が出来たがあの男もどこか本調子ではないようでもあった。
ファフニールにとって、戦いというのは『財宝』に並ぶほどの宝。
父であるフレイズマルを殺した時は黄金が何よりも価値があった。だがシグルスとの血沸き肉踊る戦いを経て、少しだけ意識が変わったのだ。
黄金というのは相変わらず素晴らしい。我が身に安息を与えてくれるのは黄金の輝きだけだ、それは変わらない。だが、孤独に生きる宿命を背負う『竜』としてのファフニールを沸き立たせるのは、自分に歯向かう『強者』との戦いだけなのだ。
だからこそ、お互い本調子ではない状態での決着というのは不満が残る。
あの男の調子は時間を置けば治るだろうか、自分の不完全な顕現はどうすれば完全になるだろうか。
「あんさん、現世にいてる限り完全な顕現はできまへんよ?」
『お前は……何者だ。
人族ではないな?』
その場に現れたのは、陰ながら陣達を見守っていた礼子だった。
彼等の前に現れるつもりはなかったが、不完全さを嘆くファフニールを見かねて姿を表したのだった。
持っていた大型のバッグを傍らに置き、綺麗な所作で一礼。
これは失礼をと一言謝り、ぱちんと指を鳴らすと礼子の身を炎が包み込んだ。
そして現れた彼女の姿。
金色の豪奢な長髪を簪で留め、身体の要所に炎の服を纏い、狐の耳と九本の尻尾を持つ姿に変わった。
華奢な体つきこそ変わらないが、その妖艶さは人が持つものではない。
「白面金毛九尾狐、名を玉藻と申します。
人の名は別にありんすが、あんさんの前ではこちらがええでっしゃろ。
古来より東方に住まう、妖の一人どす」
九尾の狐。
中国、日本に伝わる大妖怪だ。
時の権力者を狂わせる傾国の美女と表現される事が多いが、その実態は鳳凰や麒麟と同じ瑞獣の類だ。
但し、瑞兆を与える者に能力が足りない場合、一転してそれを滅ぼす凶獣となり得る二面性を持つ。
人は瑞兆よりも凶兆をより騒ぐ生き物だ。だからこそ、凶獣としての側面が強く描写され、妖怪として伝わってしまったのだろう。
ファフニールの前に立つ玉藻、彼女が発する気は決して竜に劣るものではなく、慇懃な態度ながらあくまでも『同格』だとその存在は語っていた。
だが、その表情は哀れみに満ち、出来れば告げたくはないとも語っていたのだ。
「本来うちらは現世のモンではあらしまへん。現世でも常世でも無い。幽世のモンどす。
うちのようにその存在を現世に留め置いた古きモンなら話はちゃいますが、あんさんのように完全に幽世にいったモンが無理に現世に出なさると力が制限されてしまうんどす。
特に、今のあんさんは無茶も無茶。何処ぞ知らん誰かから無理やり現世に呼び出されている状況。
どう足掻いた所で、力を取り戻すのは無理でっしゃろ」
『そうか……。それでこんな他愛もない建物を黄金だと思い込まされ、守らねばと刷り込まれていたのか……』
ファフニールは目を閉じ、荒れ狂う怒りを収めるのに必死になった。
誰がこの場に呼び出したのかは知らないが、この『黄金を抱きし竜』も舐められたものである。過去を思い出せばファフニールは力と富の象徴ともされ、財宝を求めてきた勇士達も一角の敬意を払ったもの。その私を顎で使おうとは。
誇りを傷つけられた憤怒と共に、目の前の者が哀れみで自分を見た理由にも納得が行った。
それはそうだ、これほど哀れな事も無い。
黄金を抱くものとしての存在も捻じ曲げられ、いいように使われたとあっては、我が身の惨めさが堪える。
『名を玉藻と言ったか。
東方の幻獣よ。お主の力で我をアストラル界へと送ってくれないか?お主の言う「幽世」とはそこの事であろう。
我はそこで眠り、真なる復活を遂げる日まで待っていよう』
「うちもそんつもりで来たんや。
気高き西洋の竜よ。いつか幽世で酒でも酌み交わしましょう」
玉藻は一つの炎球を作り出し、ファフニールの目の前へと軽く放る。
それはみるみると数を増し、数瞬のうちに龍の巨体を覆い尽くすほどになった。
『すまないな、東方の幻獣よ。
あぁ、この炎は温かいな。心残りといえばあの男、お互いに本気で戦ってみたかった……』
ファフニールはそう言い残し、静かに消えていった。
玉藻は九尾の狐の姿から人間の姿へと戻り、憮然としながら予備の服を着込む。
「いちいち全裸になるから嫌なのよね……。人目が有る所じゃ絶対変われないじゃないの。
技術力はどんどん上がってるんだから、そろそろ完全防火の服とか開発してほしいものだわ。
それにしてもあのドラゴン。本気で戦ってみたいって、そんな事を人の子にしたら一発で死んじゃうじゃない。
陣さんも変なのに目を付けられたわねえ……。妖の類に好かれやすい質なのかしら?」
自分の事を棚に上げ、いそいそと服を着終えた礼子は陣達に見られぬようにその場を後にする。
勿論彼等のことも心配だが、三善に置いてきた鞠子等も心配なのだ。
踵を返し歩き始めた瞬間に彼女の姿は消え、辺りは静寂を取り戻した。
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陣の元に電話をかけてきた相手は、想像通り権江その人だった。
やはり、ミカミの宣言を見て、陣と水穂の父親である『相馬烈』の存在に気がついたのだそう。
権江も陣と同じく、実の息子である烈に対して隠しようもない殺意を発しており、電話越しにでも分かるほど憤っているようだった。
『陣さん、貴方も気がついていますね。
足取りが分からなかった烈が、ついに姿を現しました。
約束を覚えていますか?』
「あぁ、これは5年前からの約束。
先ずは爺が当たる。失敗したら俺の番だ。
でもいいのか、息子殺しなんて業、老い先短い爺が負うものじゃ無い」
権江は発していた殺気を収め、僅かばかり優しい声音で陣に言う。
『いいんです。若人に「親殺し」なんて業を背負わせるより、彼岸が近い私が罪を背負うほうがまだ救いがあります。
貴方は、私が奴を殺し損ねた時、そして私が烈に殺されるようなら代わりを担って下さい。
ただ、私ですら敵わないようであれば、今の貴方の手には余るでしょう。
藤堂さんに迎えを頼みました。彼と合流して相馬本家に一度戻ってください。
許可が出ましたから、陣さんに「口伝継承の儀」を執り行います』
相馬流の段位は切紙、目録、印可、免許、皆伝、秘伝、口伝の7段。
現在『目録』である陣からすれば5段抜きの継承になる。
何も知らなかった夏頃であれば素直に喜びもしようが、自身の力不足を痛感する今では喜べない。明らかに『まだ早い』と感じるからだ。陣が収める行は水と火の行のみ、残り3行を収めずして口伝というのは尚早に過ぎる。
そして、そんな悠長なことをしている暇があるのかという思いもある。
「親父を倒しに行くのは賛成だ、この事態の秘密もそこにありそうだしな。
だけど、その『口伝』を継承しても即強くなるものじゃないだろう?それなら、親父がいる場所が分かるまでの間、避難している人を守りに行ったほうがいいと思う。
親父に爺が負けたら、口伝を伝えられないことを心配しているのか?」
『陣さんは「口伝」を根本的に勘違いしてますね。
確かにあれは技の継承ではありませんし、肉体的に強くなる訳ではありません。
通常、一足飛びに人は強くなりませんから。
ですが、あの儀を受ければ、貴方も「争魔を背負う」事になります。
烈は、技術に於いても精神に於いても貴方より遥かに強い。可能な限り準備したいと思うのが当然でしょう。
先程、三善紀文殿とはお話いたしました。相馬流の教えを受けた一派総出で避難した方々の守護へと奔走を始めています。
貴方一人が守護に回った所で大勢に影響ありません。
四の五言わずに一度戻りなさい!』
「わかったから怒るなって。藤堂さんと合流するのは俺だけでいいよな?
水穂は心配だから、女性もいるこっちに預けて戻るよ」
陣は通話を切り、困った顔で光彦達へと向き直る。
「聞いてた思うけど、一度相馬家に戻らなきゃいけなくなった。
皆は三善家の者と合流して、避難している人達の守りに行って欲しい。
だから、ここからは別行動だ。
光彦、座標が分かったら知らせてくれ。どうせお前もついてくるんだろ?合流地点を決めよう。
ミオソティス、悪いが水穂の面倒を頼めるか?この状態で離れたくはないが、女性に任せるほうが色々と安心できるからさ。
ミシェルさん、玄児。光彦もミオソティスもEAOの経験あるから強いが、現実での戦いは越えてきた場数が足りない。二人の事、よろしくお願いします」
多少落ち着いた様子の水穂の頭をなでながら、申し訳無さそうに陣は頼む。
光彦はしょうがないと頷き、ミオソティスは渋い顔ながらも水穂を後ろから抱きしめる。
ミシェルは当然と頷き、玄児は「水臭いっすよ兄貴」と頼られたことが嬉しそうに笑う。
やっぱり流されてるよなぁと陣は苦笑するが、人の本質はそう易々とは変わらない。
礼子に指摘されたことで自覚は出来たのだ。徐々に、自分というものを見つけていけばいい。
一行はビルから出て大橋を渡り、陣以外は来た時の車に乗り込み去っていった。
陣は一人空を見上げ、嘆息してから藤堂に電話をかける。
見上げた空は暗雲立ち込め、行く先の困難さを暗示するようであった。
ワンポイント人外コーナー
というわけで分かる人にはモロバレだったと思いますが、礼子さんは九尾の狐でした。今後、礼子さんが九尾モードの時は名称を『玉藻』と統一します。ちょっと分かり難いですかね……。
いいですよね獣娘。ファンタジーの王道といいましょうか。他作品では皆可愛らしく愛らしいキャラクターばかりなのに、EAOでは世界観設定のせいで可愛さの欠片もない妖艶系最強妖怪クラスしか獣耳は用意出来ませんでした。獣娘は巨乳というお約束もぶっちしてスレンダーですし。そのうち化け狐の里とか考えるかな……。
基本的に彼女が九尾モードの時は京言葉になるので、色々と言葉遣いに間違いがあるかもしれません(変換で出てきた言葉を、自分の裁量で修正して出しているもので……)。
実際、京都で京言葉を使うのは舞妓さん、芸妓さんだけで、一般の方はここまでコテコテの京言葉は使わないとも聞いたのですが、ちょっとした味付けとして使っています。バックグランドとして九尾の狐がもし日本に居た場合、平安時代に伝わる玉藻御前(玉藻前)だというイメージがありまして。なら使う言葉は京言葉ではないかなぁと。
彼女と相馬一族との繋がりは別に考えてあるのですが、初代争魔とのお話になるので結構な長編になってしまうのですよね。一応、平安時代を舞台にした『エデンアクセラレーション - 争魔伝』という初代争魔を主人公にしたプロットもあるのですが、やれる機会あるのだろうかこれ。
他のお話はあとがきにてまとめます!




