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大橋の死闘

この後活動報告にも書かせていただきますが、故あって大分投降が遅くなりました。

再開いたします!

 陣がファフニールとの邂逅をしたと同時、晴海大橋の上に怪物達が再出現していた。その数、数百。

 何もない空間からブレるようにして現れた彼等は、殲滅された記憶があるかのように光彦へ怨嗟の声を上げる。


 光彦は何気ない風を装いながら内心は乱れに乱れた。最早立つのがやっとの有り様では大魔法で薙ぎ払う事は出来ない。戦力の中核を担う陣は直ぐに戻ってこれる状態ではないし、水穂にしろミオソティスにしろ、体力はまだありそうだが精神的な疲弊が見て取れる。

 ミシェル一人では、あの数の怪物達は止め切る事は出来ないだろう。誰かが犠牲になり足止めし、逃げるしかない状況。だが今の光彦は自身で囮になることも出来ない。歯軋りしながら光彦はアスファルトに拳を叩きつける。その拳は容易に地に負け皮を裂き血を滴らせる。これほど、非力なのかと絶望を深めるしかなかった。


「坊っちゃん、私が殿に立ちます。皆さんを連れて早くお逃げ下さい。

 陣様はもう我々にはどうしようもありません、彼の武運を祈りましょう」


 ミシェルは光彦をミオソティスに預け、一人群れへと向かおうとした。

 だが、彼の歩みは一人の男によって止められた。後ろから肩に手を乗せ止めたのは、玄児だった。


「おい爺さん。何カッコつけて死のうとしてるんだ?

 そういう役目はよ、若え奴に譲るのが年長者の心意気ってモンじゃねえのか」


「玄児様、これは遊びではありません。私には幸田家の執事として、光彦坊っちゃんとご友人を守る義務がございます」


 お互いに引かぬという目で睨み合う二人。


「通りたければ俺を倒して行くんだな!」


「そうさせていただきましょう。行動不能にすれば皆さんがお逃げになるのに荷物になります。ちょっと痛い程度で済ませましょう」


 ミシェルは言うが早いか、玄児の頬に掌底を入れる。

 老いたとはいえどミシェルは軍人上がり、ちょっと突っ張った程度の若造一人容易く意識を飛ばすことも出来る。当然、手加減して数秒飛ばし行動する時間を確保する事も可能だ。軍隊式のトレーニングからは離れて久しいが、守護役としての任務を全うするためより激しいメニューをこなして来たのだ。力加減のコントロールにも自信があった。


 だが、頬に掌を食い込ませた玄児は、ギロリとミシェルを睨みつけ手首を握る。


「かりいなぁ爺さん。こんな軽いパンチじゃ俺は倒せねえよ。

 つーかな」


 玄児は万力のように手首を握りしめ、それを離さずにミシェルの腹部へ拳を叩き込む。

 陣のように技術も何もない、力任せのぶっきらぼうな一撃。だが、ミシェルが想像していた以上にその一撃は重く、筋肉質ではあるが素人の玄児に、プロであるミシェルの身体は『く』の字に折らされてしまう。


「この期に及んで手加減してんじゃねぇぞ爺さん。

 爺さんがどんだけ強かろうが、喧嘩の場数なら俺も負けてねえんだよ。

 ボディーガードも兼ねてるってんなら、主人と一緒に生きて帰る事を考えろや」


 玄児はそう吐き捨て、苦悶するミシェルを置いてさっさと群れへ向かってしまった。

 光彦は事態についていけず目を丸くする。あれは誰だ、陣へ喧嘩を売り腰巾着になった三下ではないのか。何故か異常に背中の広い、頼りがいのある男に見える。光彦だけではない、ミオソティスも水穂もきょとんとした顔で玄児の後ろ姿を見送っていた。


 玄児は背負った斧を抜き、ガツンと地面に叩きつけた後に肩に担ぐ。

 モンスター達に中指をおっ立て、明らかに挑発と分かる崩した面相で叫んだ。


「おらフ◯ッ◯ンモンスター共!俺が相手してやるからかかって来い!って……ちょっと待て!一気に来るんじゃねえ!タイマンで来いタイマンで!」


 挑発がムカついたのか、モンスターの群れが一気に玄児に押し寄せる。


 玄児VS怪物の群れ・開戦?


※---※---※---※

※---※---※

※---※


 玄児はその身体に見合わぬ身軽な動きで欄干に乗ると、モンスターの手が届く前に一気に駈け出した。

 玄児の職業は鳶職、不安定な足場の高所作業はお手のものだ。

 何故か欄干に近寄りたがらないモンスターの攻撃はぬるく、無理に恐る恐る手を伸ばしてきたものは蹴り飛ばして行く。

 意を決した一匹が欄干に乗ってくるが、バランスを崩して運河に落下。耳障りな叫び声を上げながら溺れているのが見えた。


「なんだ、こいつら泳げねえのかよ!

 おいライトと爺さん!水棲モンスターがいるかわかんねえけど、こいつらカナヅチだ!逃げられねえなら運河の近くで待って危なくなったら入っちまえ!」


 玄児は伝えることは伝え、群れの中央辺りで欄干から飛び降り、目の前の敵を斧で両断する。

 欄干を背に見た敵は視界を埋め尽くす程、当たるを幸いと遮二無二と斧を振るう。

 斧は習得が容易く扱いやすい武器だと言われている。また、歴史も古く青銅器時代から存在する。

 特別な技術が必要なく力任せに叩きつければダメージを与えられる上に、伐採等で使われていたために入手が容易。広く普及した武器なのだ。中世欧州に於いてはハルバート等長柄の物も開発され、戦場の花形となるだけのポテンシャルを持つ。

 技術も何もなく、喧嘩殺法で力任せな戦いしか出来ない玄児にはとても相性がいいのだ。むしろ、EAOで『忍者』を選んでいたことはミスマッチになる。


 時に横薙ぎに叩きつけ、突き蹴り(ケンカキック)で突き飛ばし、力任せに殴り飛ばす。

 陣のように一撃一殺のスマートさは無いが、泥臭いが堅実な戦い方でモンスターを近寄らせない。


 それもその筈、玄児は現代に於いては少なくなってしまったが『喧嘩グループ』のリーダーだったのだ。

 25歳にもなると何故あれだけ意味もなく不満を感じていたのか分からないが、当時は視界に入る者全てが憎く喧嘩を売り続けていた。そんな生活を続ければ敵も多くなる。他の喧嘩グループに囲まれてリンチされそうになったのも一度や二度では無い。最初は当然のようにボコボコにされたが、そのうちにコツのようなモノを掴んだ。

 背後にさえ回られなければ、同時に相手取る人数は最大でも4人程度になる。それ以上の相手が目の前に立つと身動きが取れないからだ。その4人を障害物にしてしまえば、それ以上の相手と一気に戦うことはない。それに気づいてからは相手の動きをより注視し、無理をせずに一人ずつ対処する事で負けなしになった。期せずして武術に於いて最も肝要である『観の目』が鍛えられていたのだ。


 たった一人の人間をいつまでも殺せないことに苛立ったのか、玄児の前に群がる雑魚を押しつぶしながら一匹の巨体が踊りでる。

 立派な角を持ち、人外の膂力を持つ者。EAOでもミドルレンジの登竜門と言われていたモンスター。


 オーガだ。


「現実でオーガってな反則じゃねえか!?」


 オーガは棍棒をゆっくりと持ち上げ、力任せに振り下ろした。

 玄児は斧の平で受け止めるが、その一撃は重すぎ押し込まれる。歯を食い縛り、歯茎から血を出しながらも耐え切ったが、たったの一撃で逆転されてしまった。

 まともに防御も出来ない。斧越しだろうともう一度喰らえば行動不能になってしまうだろう。


「お返しだこのクソが!」


 玄児は斧を横薙ぎにオーガに叩きつけるが、鉄を打ったかのように弾き返されてしまった。

 EAOのオーガと同じだ。かのモンスターの特徴は高いHPと物理防御力にある。逆に魔法攻撃は通り易いのだが、元が忍者職だった玄児には魔法攻撃の手段に乏しい。豆鉄砲程度の威力では効き目も見込めないだろう。

 打たれた場所が僅かに赤くなり、ぽりぽりと掻いたオーガは力任せに棍棒で薙ぐ。威圧感からみっともなく転んだ玄児の頭上をそれは通り過ぎ、周囲にいた雑魚モンスターを粉砕した。

 わたわたと四つん這いで距離を取り、悠々とオーガがそれを追う。

 仕切り直せたのは僥倖。ここまでの力量差は無いが、理不尽に自分より強い相手と喧嘩することも珍しくはなかった。力で叶わないなら頭を使えばいい。そして、力任せに喧嘩をしてた時と違い、今はEAOで培った力もある。


 幸い、オーガの邪魔をする気は無いのか、他のモンスターは大人しく見守っている。


 玄児は密かに片手で印を組み、欄干の上に立つ。


「おらこっちだ腐れオーガが!」


 そう言い放ち斧を投げつけた。それは全力で切りつけた先程よりも、当然威力など無い。当たりはしたがオーガに何の痛痒も与えず、無手になってしまった玄児へオーガは突っ込んでいく。

 そして、体当たりした瞬間。玄児の身体をオーガはすり抜け、体勢を崩し宙へとその身を投げ出してしまった。

 EAO忍者職にのみ許された特殊技能、『空蝉の術』だ。

 デコイになる分身を生み出し自身は別の場所から攻撃する撹乱専用のスキル。魔法攻撃の手段を持つモンスターや知能の高い敵には見破られやすいのだが、オーガは『脳筋』と揶揄されるほど頭の悪いモンスター。見事に策に嵌ってくれた。


 玄児だってEAOでただ遊んでいた訳ではない。

 みっともなくも負けてしまった兄貴と慕う陣へ、いつかリベンジ戦を申し込むべく鍛え続けていただのだ。

 オウリとの戦いを間近で見て、その隔絶した実力差を肌で感じてしまった。三善とかいうでかい家で、迷いなく群れへ突っ込んでいく陣の姿を見て男として憧れもした。だからこそ、いつまでも無力で居るわけにはいかないのだ。

 いつか仲間として陣の隣に立つために、男を磨いてなんぼだろうと誓ったのだ。


 オーガは辛うじて橋桁に手をかけ落下を免れていたが、それを玄児に気付かれ見下ろされる。


「へぇ……。諦め悪いのは嫌いじゃねえ。俺も同類だからな。

 だけどよ、ここは潔く死んでおいてくれや。お前が生きてると他の誰かが死ぬんでな」


 玄児はオーガの手を全力でサッカーボールキック。

 さすがに堪えられず運河へと落ちたオーガは、自分の重量で浮くこともなく沈んでいった。


 斧は投げつけた後行方知れずに。目の前に落ちていたオーガの棍棒を拾い、バッドを振るように雑魚を薙ぎ払う。


「オラオラ!どうした!テメエらはそんなモンかよ!」


 オーガを失った群れは弱かった。先ほどまでの勢いが嘘のように、統率も戦意も無く逃げ惑うのみ。

 そのうちに逃げたはずのプレイヤー組から援護射撃もあり、程なくして橋上の敵は殲滅されたのだった。


※---※---※---※

※---※---※

※---※


 合流した玄児を待っていたのは鬼のような形相のミシェルと、呆れたような顔をするプレイヤー組だった。

 死地を乗り越えた玄児をして、ミシェルが怖すぎる。やもすると先程のオーガが可愛く見える程だ。


「……じ、爺さん?なんだよそのツラは。喧嘩なら買ってやりてえが、さすがに今は遠慮してくれねえか」


「巫山戯るなよ小僧」


 ミシェルは不意に玄児の視界から消え、彼の拳が寸分の狂いもなく先程玄児が打った場所を打ち抜く。

 彼はアメリカ特殊部隊の隊長だった男。柔術やムエタイ等のエッセンスを取り入れた|『アメリカ陸軍格闘術』《Modern Army Combatives》の達人でもある。相手を素人だと侮って一発入れられてしまったが、まともに相対して敵う相手ではないのだ。


 腹部を殴打されたことにより酸っぱいものがこみ上げ、それを気力で押さえる玄児。ミシェルは蹲った彼を見下ろして、冷たく言う。


「舐めるなよ素人が。私が出ていれば誰も怪我すること無く殲滅可能だった。

 お前がやった事は単なる蛮勇だ。糞から湧いた蛆にも劣る糞虫的な行動だ」


「ちょ……爺さん。アンタ性格変わってねえか……?」


「誰が口を開くのを許可したこの糞虫が!」


 紳士然としたミシェルからは想像できないような罵詈雑言が続く。

 ミオソティスから心配するようにちらちらと光彦を見るが、彼は全く心配はしていなかった。

 どうやら、玄児はミシェルに気に入られてしまったらしい。


 幸田家にミシェルがやって来たことで、光彦や源次郎を取り巻く危険はほぼ排除されたと言っていい。

 だが、そうなると彼の実力は『勿体無い』と思えるほどになり、どうにか活躍できるフィールドが用意できないかと思っていたのだ。

 常々、ミシェルの口からも「自分の技術を託せる後継者が欲しい」と聞かされていたので、無謀ながらも地力を垣間見せた玄児に興味が湧いたのだろう。

 ああなればなるようにしかならない。あちらは放置するに限る。


 残る心配事は陣だ。あの竜は、それこそ人の身で敵うような相手ではない。

 水穂も心配なのだろう。先程光彦からヘッドセットを奪い取り仕切りに呼びかけ続けているが、戦闘状態に入っているようでまったく返答がない。


「皆聞いてくれ、敵が居なくなったうちに大橋を渡るぞ!

 陣の方が不利なようなら、なんとか撤退しなければ」


 皆は光彦に頷き、各々が荷物を纏める。

 時折響く不気味な音に嫌な予感を隠せないが、それでも『ゲノムブレインには何かある』という思いはより強固になって行った。

ワンポイント玄児くんコーナー

出っ歯こと玄児君。初出の時はこいつはかっこ悪いだけの三下のつもりで書いていたのですが、色々考えている内に活躍させてやりたいなという気持ちがむくむくと。本章オウリ戦でもいい所がなかったので、現実サイドではありますがこの1話は彼のお話となりました。

彼の来歴を暴走族にするかで悩んだのですが、EAOの舞台は現代より少し先を設定しているので暴走族は無いだろうなと(ただでさえ今でも希少ですので)。ですが、若者の不満(この場合は社会へのだったりです)が少し先の時代程度で払拭されるほどになっているとは到底思えませんでしたので、彼は『喧嘩グループのリーダーだった』という事に落ち着きました。

タイトルから分かる通り、例の話のオマージュ的な話ですw。好きなんですよね、ギ◯ガ◯ッシュ。

EAO内で現実の身体能力を活かせるのは陣のみという設定のため活躍できなかった玄児ですが、EAOの枠から離れてしまえば今作の中でも中程くらいには引っかかる人です。(超えられない壁の向こうにいるのは数人で、EAOプレイヤー組の現実の力だけという観点ではトップクラスにいます)

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