群れへと
〓〓東京・台場〓〓
ミシェルの運転する4WDのオフロードカーで台場に向かう事になった一行。
高速道路を利用するといざというときの逃げ場がない。そのため甲州街道から新宿通りを抜けて行くことになった。
散発的に怪物の姿を見かけるが、やはり大人数が避難している場所に集まる傾向にあるのか、陣達に襲いかかる物は無かった。
ゲノムブレイン東京支社に向かうことになったメンバーは次の通り。
相馬流の戦装束を着こみ、六本の刀を小脇に抱えた陣。小手・脚絆・鉢金・鎖帷子を身に付けた彼は、EAOで見られたその姿にも劣らず物騒な雰囲気を身にまとっていた。
次に光彦。トレードマークの眼鏡を動きやすいようにとコンタクトに変え、どうせ私には武器は使えんと徒手空拳で挑むそうだ。ただ、陣の要望でプロテクターとアンチライオットシールドを現地では装備すると約束させられている。ミシェルはその経験から全体の守護役として同伴する。
男性としては剣歯、いや加賀玄児が着いて来ることになった。よくそんな武器があったと感心するのだが、重量級の両刃斧を持ってきている。改めて陣に自己紹介した玄児だったが、彼の来歴を考えれば実質動きが取れないミシェルよりも戦力に成り得るかもしれない。
そして女性陣。細身の刀と防弾チョッキを装備したミオソティス、どうしても着いて来ると言って聞かない水穂が来ることに。EAOでも高レベルプレイヤーだった二人ならば、何らかの役に立つだろうという二人の言い分。
光彦達が着いて来る事を快く思っていない陣だが、彼等の顔には甘えは無い。覚悟さえあるなら陣がとやかく言う必要は無いと黙っている事にしたのだ。最悪、ミシェルと陣が守りに徹すれば、余程運が悪くない限り守り抜ける人数だという思惑もあった。
ナトリ、プリムラ、ソニアの三人は三善家の使用人と共に避難所の救援に回る。特にEAO時代に『魔術剣士』となっていたソニアはそこそこ回復魔法の腕も高く、現状を考えればかなり貴重な人材。不確定要素も多いだけに魔法はあまり使わないように頼んであるが、身を守るためならばためらうなとも言ってある。出来るだけ早くゲノムブレイン社が入るビルを確認し、救援部隊と合流すると約束し別れていた。
甲州街道をゆっくりと走るオフロードカーの車窓から、陣は酷い様相となった都内を眺める。
今日は休日。ただでさえ混雑する幹線道路は怪物の出現により混乱を極めたようで、怪物そのものの被害よりも事故による被害の方が大きいようにさえ見える。
一気に脇に寄せたのだろう。至る所で玉突き事故を起こしており、時折炎上している車も見られた。
そして、新宿通りから皇居を周り、晴海大橋に差し掛かった所で状況が変わった。
個体でしか見られなかった怪物が、群れを成してまるで『橋を守るように』防衛戦を張っていたのだ。この場所近くの避難所はもっと奥まった所にある。こんな浅い場所で遭遇するとなれば、いかにも『怪しい』。
群れは三善家で襲ってきた物達のように一種類ではなく、様々な種類の怪物が蠢いていた。
「これは……また。ゲノムブレイン社が怪しいとなれば予想も出来た話ではあるが……。
確定とはいかんだろうが、やはり何かあるな」
光彦はミシェルに車を止めさせ足早に車を降りる。
陣も車を降り、手早く刀を提げ紐や背中の金具に固定した。両腰に二本ずつ、背面にクロスさせ二本。計六本の刀を同時に持つことになる。装備全てで20kgに近い重量、それを全く重さを感じさせずに振舞っている。
各々自分の装備を確認し、群れから見えない位置で車座に座り作戦を練る。
「それでどうする?あの群れをこのメンバーで突破するのはかなり大変そうだが」
「私に一つ案がある」
光彦は小石を拾い、道路に直接略図を書き始めた。
「いいか、今私達がいる場所が大橋手前のここになる。ゲノムブレイン東京支社の入るビルは、大橋を渡りきった勝どき周辺。
見たところ群れは橋の上に固まっている。ここさえ抜けられれば障害は無いだろう。
そこで一つ提案だ。私が知る最大威力のEAO魔法をこいつらに放ち、最大戦力の陣が残党を突破して橋を抜ける。
問題が無ければそのままビルまで駆け抜けるというのはどうだろうか。
ビルの側面にはロゴがでかでかとペイントしてあるからすぐ分かる」
光彦は皆へ耳掛け型のヘッドセットを渡し、それを着けさせる。
「モバイルフォンをハンズフリーモードにしておいてくれ。これで随時連絡を取り合い状況を確認しながら進むとしよう」
「ちょっと待ってくれ」
陣は立ち上がった光彦を押しとどめ聞く。
光彦の作戦はEAOの魔法を使えるという大前提によって成り立っている。進行している謎の状況に使えるようになっているであろう魔法に頼るやり方には一抹の不安があったのだ。
「魔法で殲滅するのはいいんだが、普通の世界にはMPも何も無いんだ。大魔法と言うからには消費も激しいはず。影響を確認できてもいないものに頼るやり方っていうのには問題が無いか?」
「何、これはいつか確認しなければいけない話でもあるだろう?
消費の軽い魔法は既に問題なさそうだと確認できているが、消費の重い魔法が駄目なのであれば早めにそれを確認できた方がいい。
もし何らかの要因で発動できないならば別の方法を考えればいい。使えるが倒れるような影響があるなら今後使わなければいい。だが、問題なく使えるならば元EAOプレイヤーであれば一般人でも戦力になる可能性がある。今は少しでも多くの戦力が必要な事態だからな。
魔法に関してはEAO時代に魔法職だった私が確認するのが適任だ。それに、こんな事を女性にさせる訳にはいかないだろう?」
確かに今それを確認できるのは光彦だけだと納得し、陣は抜刀し敵を見る。
「じゃあ一旦それでやってみるか。
暗くなる前には救援隊に合流したい、やるなら早くやっちまおう」
陣の台詞に皆は頷き、全員立ち上がった。
光彦は敵を見据え強気で宣言する・
「大規模戦ではいい所無しだったからな。
『高位魔術師』の大魔法、攻撃職の本領というものを見せてやろう」
そう言い放ち、道路中央に立った。
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光彦は集中し、体内を流れる懐かしい感覚に安堵する。
EAOの中では毎日のように感じていた、魔力が体を循環する感覚。
手慣れた動きで分割した魔力を両掌にそれを集中させ、等分にそれを高めていく。
「流石ですね、多重詠唱ですか」
「なんだそりゃ?」
ミオソティスの呟きに陣が反応し、彼女に問いかけた。
「高位魔術師だけが使える、二つ以上の魔法を同時に使うスキルです。
単純に効果を二倍にする事も出来ますし、合成魔法といったオリジナルの魔法も使えるというものですわ。
宣言通り、EAO時代の最大威力魔法を使うつもりみたいですわね」
魔法も得意とするミオソティスだから分かる。
光彦が用意した魔法、それはEAO時代でも消費が厳しすぎ滅多に使うことが無いものだった。
右手には、ミオソティスもよく使っていた風属性広域破壊魔法『雷豪雨』の上位魔法、『雷撃嵐』。単体でも高威力を誇る魔法だが、特筆すべきはその効果範囲。半径500m弱という広範囲を攻撃圏にするまさに『広域』の名に相応しい魔法なのだ。
左手には無属性魔法『エリア・グラヴィティ』。『雷撃嵐』ほどでは無いが、広範囲に影響する重力魔法だ。強敵であれば相当に動きが鈍り、弱敵であればそのまま押し潰して倒してしまうというもの。ボス戦等で重宝される魔法だが、光彦ほどのレベルで使うと取り巻きの敵を露払いするだけではなく、ボスすら場合によっては倒してしまう程の魔法。
「さぁ、開戦の狼煙と行こうか!
『電磁螺旋界』!」
そして、それを合成し完成する魔法。『電磁螺旋界』。
雷撃嵐をエリア・グラヴィティで薄く圧縮、効果範囲はそのままに威力だけを押し上げるという凶悪な魔法だ。
他にも凶悪な魔法はいくつもあるが、それらは物理的な破壊力が高すぎて橋を崩壊させる可能性があった。
可能な限り物理作用を及ぼさない魔法の中では、『電磁螺旋界』は最大級の威力を誇る。
橋の上を円形に囲んだ電撃は、内に存在する敵を許さないかのように堅牢な壁となる。
攻撃された事に気がついた怪物達は一斉に逃げ出そうとするが、何らかの制約があるのか橋の上からは逃げようとしなかった。
空を飛べる物がいない、また橋から運河へ飛び込む物がいれば結果は変わっていただろう。
橋の中央に真円のプラズマが発生した瞬間、それは怪物を切り裂くように爆発し、その威力から血を泡立たせ蒸発させる。
『電磁螺旋界』が収まった後、視認できる範囲で生き残っている怪物は見当たらなかった。
「うわぁ……」
「まさしく『うわぁ』ですわね。これだから高位魔術師は理不尽なんです。
まぁこれをやると消費が凄まじい上に、ゲームがつまらないと殆どの高位魔術師は自重する空気でしたが。大規模戦では玄武さんを始めとして反射の手法を持つプレイヤーもいたのでPKプレイヤーも自重してくれて助かりましたわ」
陣が思わず出した声にミオソティスが反応する。
ミオソティスの言った通り消費が凄まじかったのか、光彦は膝を付き肩で息をしていた。
「おい、大丈夫か!?」
「大丈夫だ。現実世界にはMPの概念が無いから大丈夫だろうと思っていたが、MPの代わりに体力を持っていかれるようだな。
救援隊に回った三人にも教えておいたほうが良さそうだ。
私は少し休めば大丈夫だ、陣は作戦通りゲノムブレインのビルへ向かえ!」
駆け寄ったミシェルが光彦に肩を貸し立ち上がらせ、陣に『ここは任せてくれ』と目で促す。
陣はミシェルに頷き、敵のいなくなった橋へ向けて駈け出した。
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陣は一人、勝どき駅のある埋立地へと踏み込んだ。
賑やかであっただろう場所で全く動く物が無いと、静謐さよりむしろ薄気味の悪さを感じてしまう。
自然に囲まれた無音というのは心地良いものなのだが、厳密に言えばそれは『無音』ではなかったりするのだ。草葉が風に揺られる微かな音、虫や動物の息遣い、多くせせらぐ水の音。驚くほど豊かな『静謐さ』がある。
だが、都市部の無音というのは大分質が変わる。自然の豊かさなど望めず、聞こえるのは自分が発するものだけ。硬いアスファルトは靴音を響かせ、自分の鼓動や息遣いでさえ『煩い』と思えるほどの圧倒的な無音。本来あるべきものが無いという圧迫感は精神すら侵す。
まだ銃火飛び交う戦場の方が『生命の営み』を感じられるだけマシ。そう思えるような場所を、陣は索敵しながら歩いていた。
『陣。どうだ、様子は』
モバイルフォンと接続したヘッドセットから聞こえる光彦からの声。
決して荒げたものではなく、むしろ気遣うような声音。そうであるにも関わらず、世界を割るほどの大音量に聞こえた。
陣は声を潜め、その声に返答する。
「光彦か。今の所は敵の姿らしき影は見当たらない。
見当たらないんだが……。どこか様子が可怪しい」
『事態が事態だ。平時ではないんだから様子くらい可怪しくても当然では無いのか?』
「そういうんじゃないんだ……。いや、勿論それもあるんだけどな……」
光彦との会話を中断し、更に神経を張り巡らせて少しづつ目的地へと距離を詰めて行く。
肌は感じ取っていたのだ、これは死線なんてヤワなものではないと。
その時、陣は何者かの視線を感じ振り返る。
そこにはやはり何もなく、かさと動く物すらない死んだような景色。
だが、違和感だけが秒単位で肥大していく。
「上!?」
陣が振り仰いだ空には真冬の幽き太陽。
その太陽に、一点染みのような黒点が影を作っていた。
「光彦!上だ!何か飛んでやがる!」
『上か!?……まさか、あれは。そんな馬鹿な……。
ジジッ……兄様!そこからお逃げ下さい!あれは、幾ら兄様でも無理です!』
「こっちでも分かった。いいか、絶対こっちに来るんじゃ無いぞ。
いいか水穂、逃げる準備だけはしておけ。出来るだけ引きつけて、隙見つけて俺も逃げる。
危険を感じたら俺を見捨てて逃げろ」
光彦のヘッドセットを奪った水穂が焦った声で逃亡を促すが、陣が逃げてしまえば彼女達が狙われかねない。
隙を見て逃げると陣は言いつつも、簡単に逃がしてくれるとは思えない程なのだから。
これからは彼女達の声に反応するだけで命取りと成り得る。耳に装着したヘッドセットをむしり取り、懐へと仕舞いこんだ。
ただでさえ、その存在は人の身では敵う相手では無いのだ。
太陽に染みを作り、人間すら塵芥と見なす力を持ち、大空すらも我が物とする最悪の存在。
存在を示す数多の物語があり、討伐せしめんとするだけで伝説となる獣の王。
その名を人は畏れを持ってこう呼んだ……。――竜――と。
重量を示すかのような地響きを伴い、竜は地に降り立った。
その姿は西洋で語られる竜に近い。四足で我が身を支え、その身体を浮かせるほどの長大な羽を持つ。
黒々と光る鱗は全ての武器を跳ね返す堅牢さを見て取らせ、睥睨する瞳は高い知性を感じさせた。
獣にして王者の風格を漂わせ、それに見合った威厳有る声で竜は言った。
『我が名はファフニール。悪なる者である』
圧倒せんとプレッシャーを放つファフニールに冷や汗を流しながら、この場に引き止めるための算段を始めるのだった。
ワンポイント地理コーナー
俵屋はご飯が大好きなので築地も大好きです。特に場外市場は一日うろついても飽きないくらいに様々な食材を扱うお店が軒を連ねていて、別に買わなくても楽しいです。また、場所柄外食にも困りませんし、腹ごなし・腹減らしに浜離宮公園を散策することも出来るお得なスポットです。車やバイクで来ているならドライビングスポットも多い地域ですので、この場所付近に来るだけで一日中遊べてしまいます。最近では冬季になるとかき小屋も出来るということ聞きましたので、色々楽しみな地域ですね。
今回晴海に向けて車で走行したルートですが、三鷹から東八道路へ抜け甲州街道へ、そのまま新宿通りを抜けて銀座を突破して晴海大橋に向かっているイメージです。銀座は休日で歩行者天国になっているはずですが、人がいないので強引に突破した想定。
晴海大橋以外にも勝どき駅のある埋立地に行くルートはあるのですが、全部橋経由なのでどこでも防衛戦を引かれていると光彦くんが想定したと思って下さい。




