終焉と幕開け
〓〓『人界』・第一層:エリアシティ・種界門〓〓
大規模戦に参加していたプレイヤーは全員『人界』へと戻され、通常フィールドでもアナウンスがあったのか種界門前の広場はプレイヤーで芋洗い状態になっていた。
今まで、どんな事があろうとゲームプレイを止める事がなかったEAOだけに、集まったプレイヤーの顔も困惑に満ちる。
通常フィールドに戻ることでチャット可能になった陣は、早速光彦に連絡を取った。
『おーい、光彦。こっちはどうなっている?』
『ジンか!?大規模戦の様子は見ていたが急に映像が途絶えてアナウンスが流れてな。
お互いの状況を整理したい。一度合流しないか?』
二人は申合せ、まだプレイヤー数の少ない北寄りのエリアで集まる。
光彦自身が大規模戦を脱落してからまだ1時間弱。その間に怒涛のような展開があり、さすがの彼にも疲れが見えていた。
一刻も早くまともな物が食べたかった陣は、適当な露天で串焼きなどを買い求め、行儀悪く立ち食い。結局ついてきてしまった子狼にも分けながらお互いあった事を話すことにしていた。
「……という訳で、一旦大規模戦は中止って事になったよ。
オウリの奴との決着は、残念がら次の機会に持ち越しだな。光彦は?脱落した前後の事情とかは聞いてるか?」
「不意打ちで襲われた時は何があったのか分からなかったがな。
あの後すぐにアイザックが脱落してきて顛末は聞いている。いきなり土下座されて面食らったが。
スオウに関しては……。まぁ合わせる顔が無いのは理解できるのだが……。無責任過ぎて怒るのよりも呆れていてな……」
光彦が語った内容によれば、アイザックは宣言通りすぐに謝罪に訪れていたらしい。
アイザック自身も短絡的ではあったが踊らされていたこと、そしてケジメ自体はつけた事から光彦は彼を許し、その罪を問わない事にしたのだそうだ。わだかまりもあろう事から、後になんらかのミニイベントを企画し実行しようという運びになったそう。
スオウに関してはお粗末の一言に尽きた。
なんと、脱落後に通常フィールドに戻った後、『黄金福音』のギルドを解体してログアウト。
聞いていたプライベートのメールも反応せず、暫くするとメールアドレスを削除したのか宛先不明で戻ってくる状態になってしまった。
モバイルフォンも着信拒否され、あまりの行状に呆れ果て放置する事にしたのだそうだ。
「猜疑心と功名心、嫉妬心が綯い交ぜになって起こした事だからな、自業自得ではあるのだが……。
確かに一般のプレイヤーからは白眼視されるかもしれん、トップギルドとしての名声は地に落ちるだろう。だが、『黄金福音』のメンバーはそれで奴を除外するような狭量な者はいない。癖の強い者ばかりだからな、せいぜいが『次は上手くやれ、むしろ企むなら混ぜろ』と笑い飛ばすくらいだっただろうに。
別にトップギルドだからギルドメンバーで居た訳じゃない。ゲームを楽しんでいる内に、勝手に祭り上げられただけなんだからな。
詫びがあれば許したし、相談があれば乗っただろうに。自分自身の感情に振り回され自縄自縛に陥ってしまい、最後の最後で仲間を信じてくれなかったのは少し悲しいよ」
「俺にしても、企む前に面と向かって言ってくれば出来る事もあったんだろうけどな」
光彦はクスクスと含み笑いをし、陣に肩を竦めてみせた。
「悪戯好きに企むなって言うのも無理な話さ。
あれはあれで、昔から何かを企んで皆を楽しませようってプレイヤーだったんだがね。
まぁ、もしも戻ってくる気になったなら、ぶん殴った上で歓迎してやるさ。
ところで、ジンよ」
光彦は眼鏡を煌めかせ、ずいと陣に顔を寄せる。
「私達『黄金福音』。そういう訳で解体してしまって皆フリーになってしまったのだ」
「お、おう?」
「というわけで、状況が落ち着いたらお前がギルドを立てて私達を拾ってくれ。
ギルド名については一任するが、お前にも責任の一端があるのだ。否とは言わせん」
「は?なんでそうなるんだよ!?」
「結局の所お前が私の助言を真に受けず、何の自重もせず行動したことでスオウの猜疑心と嫉妬心を煽ったのは間違いないだろう?
その結果として我々は行き場所を失ったのだ、それを用意してもらう位の事は当然してもらう…って痛っ!?なんだこの犬!やめろ!噛むんじゃない!」
飼い主をいじめるなとばかりに子狼は光彦に噛み付き、食らいついて離れずぶらぶらと揺れている。
陣は苦笑しながら離させ、ひょいと肩の上に乗せた。
「一応、血狼の子供だから犬では無いんだろうけどな。ペットモンスター化しちまったらしくて俺から離れねえんだよ。どうしたモンだかなぁ……」
「ふむ、血狼をペットモンスターにしたのか。レアではあるがそう珍しい話でもない。後で攻略サイトでも覗いて育て方でも見ておくといい。いつまでも修行修行言っているのも潤いがないからな、ゲームを楽しむいい機会ではないか。
っと、随分話し込んでしまったが、まだアナウンスは無いのか……。何が合ったのだろうな」
光彦がぼやいた頃、集めるだけ集めておいてリアクションの無い運営に対し文句を言うプレイヤーが出始めていた。
ざわめきが喧騒になり、プレイヤーの不満が爆発しそうになった時、種界門から一人の女性が姿を表した。
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『あ、あー、テステス。皆様、聞こえてますか?』
女性は明らかに東洋人では無い見た目をしていた。
切れ者そうな鋭い目に似合った細いフレームの眼鏡を掛け、豊かなブロンドヘアをざっくりと後ろで結んだヘアスタイル。
陣達プレイヤーと一番大きな差異はその服装だろう。
ハリウッド女優のような豊満な体をスーツでかっちりと押さえ込み、その手にはコンソール画面を出現させ何らかの操作をしていた。それだけ見ればアメリカ等で見られる18歳未満は視聴お断りの『ケシカラン家庭教師』風。好みには寄るだろうが、美女と言える風貌だ。だが、どこか近寄り難い雰囲気を発散させてもいる女性だった。
その姿はEAO内のアバターでは無い。現実の姿を直接投影させているのだ。
『私。Dr.ミカミの秘書をさせて頂いております、アリサ・ロックハートと申します。
先程、Dr.ミカミよりEden Acceleration Online内にて即時解決不可能かつシステムの根幹に関わる深刻なバグが有るとの報告がありました。
ゲノムブレイン社の幹部によって緊急動議に掛けられ、事態を重く見た我々はEden Acceleration Onlineのサービス自体を当面休止、ないし解決まで長期間に渡るようであれば一旦中止する決断を致しました。
楽しんでゲームプレイされていたユーザーの皆様には、謝罪させて頂きます』
その場に集まったプレイヤーから「おい、最悪中止って」「なんだよバグって」と声が上がる。
『我々としましても、Eden Acceleration Onlineの設計、開発の責任者であるDr.ミカミより「即時解決不可能」と言われてしまえばその発言に従うより他ありません。
トレーサーの購入代金、及びEden Acceleration Onlineサービス料金の返金を望むプレイヤーの皆様への対応。また、バグへの対応状況、ないし今後のサービススケジュールの報告等は公式サイトで可能な限り行わせて頂きます。
誠に勝手ではありますが、1時間後にサーバーをシャットダウンさせて頂きますので、それまでにログアウトして頂ますようお願い申し上げます。
重ねて、ユーザーの皆様には謝罪させて頂きます』
思わず駆け寄るプレイヤーを尻目に、Dr.ミカミの秘書だと言う女性は消えていった。
そこからのプレイヤー達の行動は様々だった。
不満を叫ぶ者、楽しみがなくなると嘆く者、最後に一狩りとフィールドに駆け出す者。
陣は慌てて知り合いに連絡を始める光彦の肩を叩き、こう提案した。
「まぁ、EAOが無くなっても死ぬわけでも無い。
どうせなら、集まれる知り合いは集まろうぜ」
と。
〓〓『人界』・第一層:北門前フィールド〓〓
アリサの宣告によって知らされたサーバーが閉じられる10分前。
他の身内への挨拶を終えたEAOで知り合ったプレイヤーが続々と集まってきていた。
皆、陣がゲームを通じて縁を結んだ相手。どこか寂しげな気配を纏いながら、その顔は一様に明るいものだった。
「よう、なんだか大変な事になっちまったな」
陣の発言に、プリムラが若干わざとらしく笑った。
「本当にねぇ。ジンさんが伝説級武器手に入れたってんで、これからは他の職に着いてるプレイヤーにも目が出てきたって言うんで乗り気な人多かったのにね。下手すりゃこれで『プリムラ武具店』も終わりかぁ」
「プリムラの姐さんはまだいいっすよ、大規模戦も兵站を整えるとか縁の下で大活躍してたじゃねえっすか。俺なんてオウリに負けに行ったようなモンっすよ?」
剣歯が苦笑しながらそう言えば、ソニアが彼を後ろから蹴り飛ばす。
「まだ参加出来ただけいいですわ!私なんて参加すら出来なかったんですからね!」
「ワタシも参加自体は出来ませんでしたけど、ちょっとだけ司会できたんで満足です☆
でもこれで終わりって言うのはちょっと寂しいですね★」
寂しそうにする金魚をナトリが慰め、彼女は手元でメモ書きをしながら言う。
「攻略サイトも一旦更新停止なの。まぁいい機会だから情報の整理して再開に備えるの。
そう言えば朱雀さんが実は『剣闘士』だったていうのも、サービス中止の衝撃で皆忘れてるけど結構ホットな情報なの」
「別に隠してた訳じゃないんじゃがの。何故それを皆が知らんのか逆に不思議なんじゃがな。
皆はこれからどうするのじゃ?バラバラになってしまう訳じゃが。
まぁ四神に関してはリアルでも近しい者達じゃし、青龍なんぞは同じ家に住んでる訳じゃが」
「「同居!?」」
「同居ですねぇ」
「まぁ、同居といえば同居だろうな」
一同の驚愕の声に玄武と白虎は頷き、青龍は呆れて額を押さえる。
「勘違いなさいませんよう。朱雀様のご実家に雇われて面倒を見る役目を仰せつかってるだけですので。
四神会の面々もバラけてしまいますからね。サービス再開した折に、また集まるといいのですが」
青龍の発言に、ミオソティスもしんみりと同意する。
「箱庭のメンバーも日本各地に散っていますので、実際に会っておしゃべりする訳にも行きません。
チャットやメールで誼を繋いで、なんとか再開を待つしかありませんね」
「ガーデンのみんなは仲がいいからな!言われなくてもみんな集まってくるのだ」
「アクアの言うことも間違い無い。なんだかんだ言いつつ、皆EAOが好きでプレイしていたのだからな。
大規模戦では悲喜交々《ひきこもごも》あったし、最終的には決着もつかなかった。
再開したら、今度は私も最後まで生き残って大暴れしてやろう。対多数戦に於ける高位魔術師の恐ろしさを見せつけてくれる。
さて、ジンよ。そろそろ時間だ。
この場に集ったプレイヤー「わふっ!」……この子狼もそうか、お前を中心として知り合った面子。最後はお前が締めろ」
光彦に振られた陣は頭を掻き、一同を見渡した。
自身の過去から人付き合いを避けざるを得ず、決して多くない彼の、一気に増えた友人達。
「最後なんて縁起でもないことは言わないでおこうぜ?
また、いつかここでまた会おう!」
陣の言葉は風に乗り、仮想の空へと吸い込まれていった。
こうして、彼らにとってのEden Acceleration Onlineは幕を降ろしたのだった。
それが、次なる幕開けと知る由もなく。
ついに出てきました!当作の秘密兵器アリサさん。
第一章からちょくちょく出てきたミカミの秘書は彼女です。本文でも言及がありますが、好みの差はありますがかなりのばいんばいんなお姉さんですね。玄武には負けますが。
第三章では出番は少ないですが、第四章ではそこそこメインに絡むキャラなのでお楽しみに。
スオウの逃げっぷりに関してはどうしようかなって思った部分も多々ありますが、実際あそこまでやらかしておいて責任感じて踏ん張るというのは、良い意味での『大人な精神性と忍耐力』が必要ではと思いまして。どうも彼は子供だという気がしたので、一番ありそうなのが何もかも放り捨てて逃げるという結果では無いかなと判断しました。




