大規模戦・決着
陣は矢筈に構えたネイリングを一閃、横薙ぎに斬撃を繰り出す。
オウリが持つナイフを弾き飛ばし首に迫るが、髪を数本切るだけの結果に終わった。
「ひゅー♪重たいなぁ。それが噂の伝説級武器?
プレイヤースキルはともかく、ちょーっと武器の格で負けすぎだね」
オウリは懐から投げナイフを抜きざまに放ち、陣がそれを弾いた隙に若干の距離を稼ぐ。
距離を詰めようと陣が一足飛びに踏み込んだ時、既に彼は次なる得物を装備していた。
陣の切り落としを頭上に掲げた双小剣で受け止め、弾きざまに陣の腕を狙う。
その太刀筋は蛇のように揺れ曲がり、僅かな傷を陣につけた。
小剣系アクティブスキル『スネークピアース』の一刺しだ。
「そのスタイルがお前の本気って訳か?」
「そうだよ!小剣二刀流。おにーさんの伝説級って程ではないけど、これだって現状最先端フィールドの『煉獄』産レアドロップの武器さ!
そして僕は対人戦に特化した職、高レベルの暗殺者だからね。闘技場なんかのヌルい対人戦とは一味違う……よっ!」
オウリは小剣を巧みに使い陣に連続で斬りかかり、それを柄で、刀身で、時に弾倉をわざと排出させ牽制し避ける。片手の小剣を打ち払った時に出来た僅かな隙、それを見過たず襲いかかる逆の小剣。陣は足元の石を蹴り上げ、オウリは顔を下がらせ避ける。その石をネイリングの柄頭で打突、勢い良く飛んだ石はオウリの顔面に当たり、堪らないとオウリは大きくバックステップで距離を取る。
オウリは顔に手を当て、にやにやと笑い始めた。
「やるやる。器用に避けるんだねおにーさんは。
やっぱり戦闘スタイルの情報が無いのは痛いなぁ。剣銃士が不人気だってのが味方しちゃってるね」
「俺も別に暗殺者の情報なんて持ってないんだけどな」
仕切りなおしたオウリは無謀にも陣へ特攻。
陣は迎撃で鋭い突きを放つが、ネイリングは手応え無くオウリを貫通、彼の姿は蜃気楼のように揺らめいて消え去る。
瞬間背後から気配、視認せずになぎ払うが、そこにいたオウリも偽物。完全に見失った瞬間、陣の脇腹に小剣が刺され、そこには笑みを貼り付けたオウリその人が居た。
その顔目掛け肘を落とすが、小剣を素早く引き抜きバックステップ、大きく距離を取られてしまう。
暗殺者専用のPKスキル。『ミラージュボディ』の効果だ。
「大体1回で刺せるのに、2回目まで『ミラージュボディ』使ったのはおにーさんが初めてだよ。本当に何も知らなかったなら凄いね!
あんまり多用すると見切られちゃいそうだ!」
ミラージュボディはEAOのスキルの中でも『受け身のアクティブスキル』という特殊なスキル。自分への攻撃が当たった際にその身を蜃気楼と化させ、敵の死角に回りこむというもの。便利なスキルではあるがその発動のタイミングが非常にシビアで、自身に攻撃が当たった瞬間では無いと発動しない。
人の動体視力は訓練しても0.2秒、トップレベルのアスリートでも0.1秒と言われている。オウリは類まれな身体能力か、瞬間の察知が出来るほどの戦闘勘を持つプレイヤーということになる。
見切られると言いながらもオウリは再度『ミラージュボディ』の構え。
そのままでは同じ展開になる。陣はネイリングを万機で変えようと握り締めると、常なら重厚な存在感を示すその手応えが全くなかった。
なんだとネイリングを見た時、その刀身は大きく歪んでいた。いや、陣の視界そのものが可怪しくなっていたのだ。
「一体、なんだ」
「あ、効いてきたね!『虚脱』のステータス異常だよ。この小剣にはバッドステータス付与効果があるのさ」
オウリは悠々と陣の元へ歩き、その腹に蹴りを入れて転ばす。
その笑顔は語っていた。ようやく暴れる虫を捕まえてピンを刺せると。
「本当はおにーさんが手札全部使う所も見てみたいけど、あんまり遊ぶとこっちが殺られちゃいそうだしね。
これが普通のPKプレイならこんなつまんない手段使わないんだけどさ、一応僕にもPKプレイヤーのまとめ役なんて役割あるから、今回だけは簡単に負けてあげられないんだよ」
「『戦闘狂』の癖に周り気遣うなんてらしくねえじゃねえか。
本音じゃ仲間なんてどうでもいいんだろ?お前は」
陣は答えつつ体の状態を確かめる。
手を握ってもまるで感覚がなく、地に触れているはずの頬も何の感触も返さない。
視界も相変わらず歪み続ける。
だが、思考はクリア。そして感覚は無いが、体は動く!
「まぁそうなんだけどね。連中も僕の楽しみの手助けをしてくれる大事な駒だからさ。
ゲームなんだし去ろうと決めれば去れちゃうじゃない?恐怖政治だけじゃなくて『頼りになる』って所も見せなきゃいけないのさ。
時間稼ぎに付き合って上げるのもここまで!大規模戦終わったら改めて殺りあおうよ。
勿体なけどさよならさ!」
白刃が煌き、陣に振り下ろされたその小剣。
それを、陣は万機で小手に変じた腕を鞭のように撓らせ、見事に弾き飛ばした。
※---※---※---※
※---※---※
※---※
※
まさか反撃が来るとは思っていなかったのだろう、驚愕に目を見開くオウリの顔にやはり鞭のように撓った蹴りが叩き込まれる。
陣はよろめきながら立ち上がり、オウリはそれを見て更に驚く。
「え?何?まさかもう状態異常解けたの?」
「いや、しっかり効いてる。今も何も感覚が無いぞ」
「じゃあなんで立てるのさ!?それに僕の攻撃する場所がなんで分かるのさ!」
陣はふらふらと頭を揺らしながらも、しっかり直立を保ったまま言う。
「お前はさ、一日に何時間トレーニングする?あぁ、EAO内で戦闘してる時間も含めていいぞ」
オウリは怪訝な顔で答える。
「戦闘してる時間だけなら1日に1時間も無いだろうね、日によっては30分とか」
「この5年。EAOを始める前まで、最低で12時間だ」
陣はゆらっと動き構えを取る。その構えは、とても感覚がない者が取れるものではなかった。
大地に根差し、不動とも思える天地陰陽の構え。
「寝る、食う、料理する、学ぶ、出す、それ以外の時間は『全てが修行』だったんだ。
半年ちょっと、毎日1時間鍛えた程度で追いつかれて堪るかよ」
相馬の過酷なる修行。
それは限界まで体を虐め抜き、毛の先まで気を巡らせ、頭ではなく体が記憶するまで続く。
その時間、5年間で優に2万時間強。『感覚が無い』くらいで動けなくなるような柔な鍛え方はしていない。
EAOのベータテストが始まってから1年弱。その経験は長く見積もってもせいぜいが1000時間程度だろう。
その程度の戦歴で、彼に追い付くことはどだい不可能なのだ。
「うっわー……。リアルをゲームに持ち込んじゃ駄目だよおにーさん……。てかリアルで何やってる人か知らないけど、若干化け物入ってないそれ?
でも、ありえるのかもね。EAOはVRMMOゲーム。状態異常の効果もリアルで耐えられる人なら凌げちゃったりするのかな。そんだけ鍛えてる人もいないだろうから検証も出来ないだろうけど。
でも効果ないならしょうがないや、『治癒』」
オウリの回復魔法で陣の『虚脱』が治り、感覚が戻る。
陣は手を開閉させ、オウリを睨みつけた。
「怖い顔しないでよー。この小剣が付与できる状態異常は『虚脱』だけ。それの効果が薄いなら、それは単なるハンデ戦でしょ?僕は、相手にならない弱者なら暇つぶしに嬲るよ。だけどね、おにーさん相手にそれは駄目だよ。どうせ強者とやるなら対等なフィールドで、そうじゃなきゃ楽しめないじゃないか。
小細工を弄して手下には配慮をした。ここから先は、僕のための戦いだ!」
オウリは小剣を仕舞い、二振りの短刀を手に取った。
陣もネイリングを刀に変え、マジックポーションを飲んでMPを回復させる。
お互いがお互いを睨みつけ、走り出したのは同時だった。
オウリは陣の首を刈り取るような☓字の構え、陣はそれを迎え撃つべく居合を放つ。
お互いの武器が交差したその瞬間、お互いにダメージを与えることが出来ず跳ね飛ばされる。
「「なんだ!?」」
お互いが決着と臨んだ一撃が不発に終わり、二人共が叫んだ時、システムアナウンスが無常にもその地を支配した。
『System Message:タナカ:今すぐ大規模戦を中止して『煉獄』エリアシティ・種界門前広場に戻ってください。ゲームプレイの進行状態は先程凍結いたしました。これはゲノムブレイン本社より緊急の中止要請が入った事による措置です。繰り返します。今すぐ大規模戦を中止して『煉獄』エリアシティ・種界門前広場に戻ってください』
陣とオウリはお互いに見合い、武器を納刀して苦笑する。
「邪魔が入っちまったな。この決着はまた、いずれ」
「本当にね。次は最初から小細工無しの本気で行くよ!
あーあ、それにしても壁から落っこちたハンプティ・ダンプティは運営って事になるのかな。これはちょっと想定してなかったよ」
陣は剣歯に肩を貸し、玄武・小狼・オウリを伴いエリアシティへ向けて歩き出す。
それにしても、一体何が起こったというのだろうか?
〓〓『煉獄』・第一層:エリアシティ・種界門前広場〓〓
種界門前広場は生き残ったプレイヤーが集まり、騒然としていた。
「一体どういうことなんだよ!中止って何のことだ!」
『ワタクシ共も詳細は把握してないんです!先程、ゲノムブレイン本社よりEAOのプレイを即刻中止し、ログインしているプレイヤーを全て『人界』種界門へと集めろと要請があったのです!それ以上の事はワタクシ共日本支社の社員にも伝えられて無く、何があったのかこちらでも不明な状態です!』
陣達が辿り着いた時には、複数のプレイヤーがGMタナカに食って掛かっている状態になっていた。
オウリは食って掛かるプレイヤーの頭を飛び越え、タナカの元に降り立つ。
「中止はいいけど、この大規模戦の勝敗はどうなるのかな?」
『正直、ワタクシ共も状況把握に努めている所で、どうなるのか分からない状態です。
後日なんらかの補填はさせて頂きますが、取り急ぎ今は通常サーバーに戻り、本社のアナウンスを待って頂ければと思います』
タナカも何が何だか分からないといった困惑した表情で取り乱し、ばっと両手を上げる。
『この場に於いてワタクシに出来るのは、GM権限でこの大規模戦を中止し、ミナサマに『人界』へと戻って頂く事だけです!
思う所あるのはワタクシにも分かりますが、今は本社の意向に従ってください!』
タナカが勢いよく頭を下げたと同時に、プレイヤー達が転送されていく。
陣は肩を竦め、苦笑した姿を残し消えていった。
全てのプレイヤーが転送されたことを確認したタナカは、被っていたフードを後ろへ払いその顔を覗かせた。
その顔は勤め人の悲哀に染まり、申し訳無さに溢れていた。
「本社の意向とは言えど、今までこんな理不尽な要請なんてなかったのになぁ。
EAO。これからどうなっちゃうんだろ。
ボクも『人界』行って様子見ておいたほうがいいかな」
ゲノムブレインに於いては、VRMMO事業は未だスタートアップの段階にあり主要な収入源ではない。
だが、業界的にも投資家の思惑的にも『成長事業』である事を期待されているサービスでもある。
ゲノムブレイン本社が何をしたいのかは分からないが、これだけ強行的な要請を出す以上は碌な事では無いのだろう。あまり大事にならないといいけどと、一般社員であるタナカの立場からすれば溜息を吐くしか無い。
タナカはGM専用コマンドで服を『オーソドックスな革鎧姿』に変え、一人『人界』へと向かった。
ワンポイントオウリさんコーナー
この1話、割りと難産でした。そもそもラハブとかに(ゲーム内、かつ負けたとは言っても)単独で喧嘩売れる主人公がどうやって一般のプレイヤーとまともな戦いするんだっていう整合性の部分で。我ながら酷えパワーインフレだ。
例えば主人公VS光彦なんていう対人戦であれば、光彦がどう陣に一発を当て、陣はどう光彦に肉薄し一発を当てるかという戦いになるかと思いますが。苦心の結果『状態異常』という現象で苦戦してもらおうかと思ったのですが、結果あまり苦戦らしい苦戦にならず水入りとなりました。
でも、本当にVRMMOがあったら対人戦での状態異常ってかなり怖いデバフだと思うんですよね。有名な状態異常の『麻痺』『虚脱』『盲目』あたりを食らったらその時点で詰みになりそうな気がします。




