大規模戦・スオウ
〓〓一般プレイヤー陣地〓〓
物見櫓で監視していたプレイヤーが陣達を発見し、即座に『四神会』に所属するギルドメンバーに伝令が走る。
自陣に彼らが辿り着いた時には、ずらっと並んだメンバーが一斉に朱雀に頭を下げた。
「「「お帰りなさいませ、朱雀様!青龍様!玄武様!」」」
「うむ、遅くまでご苦労」
朱雀はEAOトップギルドのマスターである貫禄を見せ、鷹揚に頷いてみせる。青龍、玄武もキリッとした顔を見せていた。
特に朱雀は『もふもふの魔力』にやられ青龍を困らせていた者と同一人物には見えない。心の切り替えが上手いのか、彼女すら狂わせるもふもふの魅力がヤバイのか。
結局ついて来てしまった子狼を肩に乗せ、こいつもいずれ軽トラサイズまででかくなるのかなぁと眺める。
そこまででかくなってしまったら、公式イベントMVP賞で貰った以降放置している『プレイヤーハウス』を犬小屋として突っ込んでおけばいいかと、何気に酷いことを考えていた。
四神会のメンバーが放った大声に、監視のローテーションだったらしい水穂がやって来て、陣の肩に乗る子狼を発見し嬌声を上げる。
「きゃー!あにぃ!この子誰の子!?さてはあたしへのお土産か!?それとも早めの誕生日プレゼントか!?あにぃ愛してるからその子頂戴!」
「別に飼うのにゃ反対しねえが、こいつ俺から離れねえんだよ。
やれるもんならやりたいんだけどなぁ……」
「ちょち待って。あー、やっぱり。この子、もうあにぃのペットモンスターになっちゃってるんだ。
残念無念また来世」
「随分と次回が遠いなおい!?」
水穂は簡単に流したが、EAOに於けるペットモンスターという存在は、比較対象にもよるが割と珍しい部類に入る。
まず前提条件に『◯◯の友』という称号が必要になり、ペット対象のモンスターがドロップするレアアイテムを所持していることが必要になる。また、ペット対象モンスターの幼生体しかプレイヤーに懐くことはなく、それと出会えるかどうかもかなり運任せな所が大きい。
EAOには『獣使い』という職もあるのだが、これは比較的『◯◯の友』系の称号が獲得しやすいというだけで初期状態からペットモンスターがいるわけではないそうだ。
そう考えると、本人が喜んでいるかどうかはさて置いた話にはなるが、この子狼に懐かれた陣は非常に幸運と言えるだろう。
ちなみに、水穂が欲しがった所からも分かる通り『懐いただけ』の状態のペットモンスターは譲渡が可能である。ただこれも条件があり、何らかの餌を与えるとプレイヤーに帰属し譲渡不可になるのだ。
意図しない結果ではあるが、陣は全ての条件を知らずしてクリアしてしまったのである。
「とゆーわけで、その子はもうあにぃのものなんだな。
あにぃ、その子を大事に育てるんだよー。達者でなー」
「なんで俺が旅立つ展開なんだよ!?なんか今日はボケ倒しが酷いなお前!?」
よよよと嘘泣きする妹と、いつの間にかうとうとと船を漕ぎ始めた子狼。
どうしたんですのぉ?と玄武《対ぺたんこ決戦兵器》が走って近寄ってきた為、弾む胸に止めを刺された水穂が撃沈。スイカ、メロン、夏の果実、一夏の甘いアバンチュール、胸か、世の価値は胸なのか。と瞳のハイライトを無くしブツブツと呟いている。
「光彦がいねえのに、なんだこのカオス……」
ずり落ちそうになる子狼を抱え、ふらふらと陣は自室に向かう。
翌朝、空腹パラメーターが最低値まで減り自分で朝食を作ることも出来ず、糞不味いカロリーブロックを食べることになる事を彼はまだ知らない。
〓〓PKプレイヤー陣地〓〓
その頃スオウはPKプレイヤーの陣地目指して、一人哨戒を抜けだして向かっていた。
「朱雀め!本当に忌々しい女だね!
あのチート野郎に悪評を立てる絶好のチャンスだったと言うのに……。奴のせいで計画が全部台無しじゃないか!
アイザックも目を付けられた以上、最早背に腹は変えられない!」
荒々しく足音を立てながら、PKプレイヤー達の陣地へと到着。
物見に立っていたPKプレイヤーに、鬱憤混じりに怒鳴りつける。
「僕は『黄金福音』ギルドリーダーのスオウ!オウリ殿に話がある!
取り次いでもらいたい!」
監視に一人残し陣地へ駆け込むプレイヤーを眺め、逆転の機会を考えるスオウ。その目は血走り、尋常な様子ではなかった。
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「夜中に突然すまないね、『死神』のオウリ殿」
寝入った所を叩き起こされたオウリは、不快げにスオウを睨みつける。
「前置きはいいよ。それでわざわざ敵陣まで何の用だい?
敵の本拠地にのこのこやってきた肝っ玉に敬意を表して話だけは聞いて上げる。
でも、下らない話だったらここからは帰さないよ」
「下らないという事は無いんじゃないかな、お互いに利のある話だしね。
率直に言えば、僕は君達と共同戦線を貼りたいんだよ」
スオウはオウリの対面に座り、人払いを願い出る。
オウリは若干面倒そうに手下に手を振り下がらせ、机の上に足を乗せた。
手の中でコロコロと水晶を転がしながら、スオウに続きを促す。
「ふぅん、それで?」
「現状の戦況はPKプレイヤーが有利。だが、それは主要な二つ名持ちとの対戦を避けた上での戦果でもある。
個人としても強く指揮能力も高い『箱庭』のミオソティス。一人一人の力が突出した『四神会』の四人。朱雀に至っては一人で戦況を引っくり返す力を持っている。平均で見れば劣る一般プレイヤーも、個人で見ればそちらに優る。弱者が篩にかけられ名の知れたトッププレイヤーが自由に動きだせば、勝負の行方はまだ分からない。
現時点でいくら勝っていても、そちらが有利だとは決して言えないだろう?」
オウリはスオウの言を聞いているのか、気のないそぶりで相変わらず水晶を転がす。
「それでだ。
僕が一般プレイヤーの動向を君達に伝えよう。一人でいる場所、向かうフィールド、何人でいるのか。そういうの全部ね。
そっちは勝手に不意打ちでもなんでもやって、仕留めていけばいいんじゃないかな?
特に『格上殺し』の男は早めに始末して欲しい」
「スパイ、ね。それでそちらは何を得るの?」
「そちらの勝利が確定した段階で、勝敗を左右しないだけの数、PKプレイヤーをわざと僕に討伐させて欲しい。
その後、君と相打ちでも出来ればベターかな」
オウリは水晶を机の上に置き、腕を組んでスオウを睨む。
わざわざ自分達の主力を生贄に、勝利をこちらに譲った上でのこの条件。それがスオウの『利』だという。
「それは、君の一般プレイヤー内での評価を良くしたいって事かな?」
「当然それもあるけど、それ以上に『格上殺し』の評判を落としたい。
だから彼には早々に退場いただいて、『やっぱり剣銃士なんて役立たずじゃないか』って思わせたいんだよね」
そこからはスオウの独演会だ。
始めたばかりの初心者が血狼を討伐する、公式戦でMVPを取る、EAO史上初の伝説級武器を手に入れる。
それらは全て彼のチート行為によって行われたはずのものであり、真っ当な方法で名を上げたのではないと言う。それだけ汚い彼が、最近EAOの一部プレイヤー間で『英雄視』すらされ始めている。一人の『善良』なプレイヤーとして、彼の台頭を許すわけにはいかない。
だが、自分が考えていた『『道化師』ライトを殺した容疑をかけ、大規模戦から排除する』計画は失敗し、協力者のアイザックも役に立たない。だから、敵とはいえ手を結び、陣を陥れなければいけない。
そんな事を延々聞かされたスオウは、嫌気が差してスオウを制しながら立ち上がる。
「はいはい、分かった分かった。
僕の口から言うのもあれだけど、それこそ『証拠は?』って話だね。
まぁそれはいいとして共同戦線の話だけど、そんな事しちゃっていいのかい?僕等に勝利を譲るって事は、大した条件じゃないけど今後一般プレイヤーの不利になるって事だよ?」
「正直に言えば僕はそれに興味が無いんだ。
別に君達がどれだけ一般プレイヤーに被害を出そうが、僕がゲームを楽しむ事に障害が無ければそれでいい。
邪魔になれば全力で当たらせてもらうけどね」
「ふぅん……。あのおにーさんも随分とやっかまれたものだね。
じゃあ僕の答えだけど、当然」
ぱんとオウリが手を打つと、PKプレイヤーたちが雪崩を打って部屋に乱入。あっという間にスオウを取り囲む。
すたすたとスオウの前にオウリは立ち、懐から見せつけるようにゆっくりとナイフを取り出し、スオウの頬に当てる。
「なんの、つもりだ……」
「状況から分かる通り、答えは『ノー』だよ。
PKにはPKの通すべき筋があるんだよね。PK行為っていうのは、『そういうゲームの楽しみ方もある』っていう提案でもあるんだよ。僕らは身勝手にも『それを楽めない』人達にもお手伝いを願うから、この大規模戦みたいにぶつかりもする。でも、それを含めてお祭りなんだから楽しいじゃないか?でもね、それは独り善がりじゃいけないんだよ。
Massively Multiplayer《大規模多人数同時参加型》のオンラインゲームなんだからさ、程度の違いがあっても『皆』が楽しめるやり方じゃないといけない。僕らはそれを破ってはならないルールとして、好き勝手に楽しんでいるんだ。
そういう意味で君のはダメさ、話にならないって言っていい。君の欲望が充足され、相手を貶すことで嫉妬が晴れるかもしれない。でもさ、それを通して誰が楽しむの?君以外楽しめないじゃないか。ハラスメント行為でEAOから退場させられちゃう跳ねっ返りと一緒だよ。知ってるかい?その連中は今やPKプレイヤー達からも無視されて、運営からの断罪を孤独に震えながら待つ鼠になってるんだよ?君が言っていることはそいつらと同じことさ、自分自身の事しか見ていない。
そんな下らない事の片棒を僕達が担ぐって思われてたのは非常に不愉快だよ。そこまで見誤るとは、さすがの『節穴』だね。
それにさ、」
オウリは当てたナイフを軽く食い込ませ、満面の笑顔で続ける。
「君と僕ってなんかキャラが被るんだよ。ほら、話し方とか似てるし、キャラメイクもお互いちょっとショタ狙ってるでしょ?
だから、僕はそういう程度の低いプレイヤーと同じように見られたくないんだよね。虫唾が走るからさ」
机に置いた水晶をぴんと弾き、スオウの眼前で見せびらかす。
オウリに断られれば後がないと項垂れるスオウの髪を掴み、強引に水晶を視界に入れた。
「これは『煉獄』でしか入手出来ない『記憶石』ってアイテムでね。任意で映像と音声を記録できるんだよ。今の事はばっちり録画させてもらったから、これを証拠に君のお仲間へ引き渡させてもらうよ」
オウリの処刑宣言に、スオウは力なく崩れ落ちた。
〓〓一般プレイヤー陣地〓〓
一夜明け、陣が朝食として糞不味いカロリーブロックをもそもそと食べ終わった頃、哨戒に出ていたはずのスオウが戻らないと騒ぎになり始めてた。
生存者リストに名前はあるので脱落はしていないだろうが、ああ見えてもトップギルドのリーダーだ。光彦が抜けた穴という意味でも頼りにしているプレイヤーは多く、『まさか彼も』と陣地に不安な空気が蔓延する。
俺も探しに出るかなと陣がストレッチを始め門に向かった頃、スオウを捕虜にしたオウリがPKプレイヤーを引き連れてやってきた。
オウリは、輝くような笑顔で叫ぶ。
「今は戦う意思は無いよ!今より呼ぶそちらのプレイヤーと話がしたい!
まずは朱雀!」
朱雀は自陣の部屋で青龍に朝食を作らせ、優雅な朝餉を取っていた所だった。
何気に『なんでも出来る男、青龍』である。
面倒じゃのうと呟き、朱雀は部屋を後に門へ向かう。
「次にミオソティス!」
『箱庭』メンバーの朝訓練をしていたミオソティスは、後を側近の女性プレイヤーに任せ門へ向かう。
不利に立たされている自陣のプレイヤーにそれを悟らせまいと、『無垢薔薇』の仮面をその顔に被って。
「後は、えっと、おにーさん!」
「ちょっと待てテメエ!?俺はお前の兄貴じゃねえだけど!?つーか名前覚えてねぇのかお前は!」
「えーっと、ジミー?」
「ジしか合ってねえよ!ジンだよジン!」
「え……。それって新手の『ジンジン詐欺』?こわぁい」
「なんで本人が自分を騙らないと行けないんだよ!?」
たまたまスオウを探しに行こうと門の前にいた陣。彼を見て咄嗟にからかう事にしたらしい。
勿論、昨日あれだけスオウに演説を聞かされたオウリだ。これは冗談だろう。
にやにやと笑うオウリに、陣との掛け合いに苦笑するPKプレイヤーたち。
「それと、後はアイザックとかいうプレイヤーもおいで!
王の理を示すオウリの名において、この場での戦闘行為は一切行わないと約束するよ!
このスオウって男の事で話があるだけだ!」
スオウの発言から、物陰に隠れていたアイザックが顔を出す。
何事か諦めたように足取り重く、彼も門へやって来た。
女性二人も揃い、スオウがパンと手を鳴らす。
「大変結構!
じゃあ始めようじゃないか、この男の裏切りと断罪。『煉獄』に相応しい話をさ」
オウリは笑い、スオウはPKプレイヤーに立ち上がらされてこの場に集う。
不穏な動きをしていたスオウが行ったことが、一般プレイヤーたちに晒される時が来た。
ワンポイントオウリさんコーナー
今回オウリさんが語っている『PK論』みたいなものですが、これは自分が想像する(こうであって欲しいという)PKプレイヤーの姿だったりします。ですので、PKプレイヤーの姿としては少し綺麗過ぎるかもしれません。
ただ、今回オウリが語っているように『別の楽しみ方の提案』というのはMMOゲームをする上で非常に重要なファクターだと思っています。事実、自分がこのゲームは面白いとか長く続けたいと思うゲームはプレイヤーが様々な楽しみ方を提案し、各々が好きなスタイルで楽しむという事が多かったからです。
余談ですが、今までで二番目に長く続いたMMOゲームでは庭と呼ばれるプライベートフィールドのカスタムが活発で、自分もよくそれに参加して入り浸っていたりしました。プレイヤー主催でコンテストを開催し、司会をやったりとかw




