大規模戦・玄武、そして
〓〓『煉獄』・第一層:清炎の原野〓〓
「まずはモンスターの狩りでもして、お互いのバトルスタイルを見てもらおうかの?
即席のパートナーじゃからコンビネーションの向上までは望まんが、足を引っ張り合うのはお互い不本意じゃろうからな。
アタシ、青龍とパーティーを組んで四人で小手調べに向かうぞ」
「あぁ、それはその通りだな」
「はぁい、分かりましたぁ」
そんな会話の後に、陣達は四人で清炎の原野に来ていた。
時間は深夜だが『清炎の原野』は絶えずちろちろと青白く大地の燃えるフィールド。
昼よりは視界が利かないが、複雑な読み合いがある対人戦に望むので無ければ十分な明るさだ。
狙うのは『煉獄』に湧く通常モンスター、『憤怒の大蜥蜴』。
体長2m程のオオトカゲで、その巨体に見合わず素早い動きを得意とするモンスター。しかもプレイヤーから一撃でも食らうと『憤怒』状態に変わり攻撃力が極大化する上、特殊攻撃すら繰り出すようになる厄介なモンスターだ。
草原を掻き分けて進んで行くと、番いなのか、二匹の『憤怒の大蜥蜴』を発見する。
「まずは二体じゃな、何方が行く?」
陣は朱雀の言にすっと人差し指を自分の唇に当て「静かに」とジェスチャー。
ハンドサインで「先ずは俺が行く」と示し、静かに|『ネイリング』を抜刀、弾倉を水属性の物に変更する。
二体同時に視線を逸らした瞬間、陣は疾風のように駆け出した。
スライディングで一体の懐に飛び込み、頭の位置が低い『憤怒の大蜥蜴』の顎を柄の殴打でかち上げる。無防備な腹を晒した『憤怒の大蜥蜴』に稲妻のような唐竹割り一閃。
爬虫類特有の『KURYUEEEE!』という鳴き声を発し一匹目は粒子を撒き散らし爆散。
番いを殺られた怒りに、怒涛の勢いでもう一匹が突っ込んでくる。
陣は素早くセーフティーウォールを詠唱し発動。本来の低レベル結界魔法では足止めにもならないが、勢いを止められなかった『憤怒の大蜥蜴』と激突。粉々に砕けたセーフティーウォールと引き替えに敵を跳ね飛ばし、多少の距離を取ることに成功する。
開いた距離を活かし水の魔弾を連射、『万機剣銃士』になる事でステータスの上がった陣の弾丸は『憤怒の大蜥蜴』の皮膚を穿ち弾痕を刻む。だが、所詮はバランス職の豆鉄砲、大した痛手にはなっておらず敵の怒りを煽っただけに終わる。
そして、魔弾を食らったことにより『憤怒』状態へと移行した敵は、先程を倍する速度で突っ込んできた。
「万機!」
陣は『万機』でネイリングを切り変える。
この場に於いて求めるのは、切れ味に優れる片刃の武器。だが、打刀では重さが足りず跳ね飛ばされてしまうだろう。
ならばと、陣は巨大な青龍刀をイメージ。自分と同じ丈、6尺(182cm)ほどの青龍刀を具現化し大地に突き立て、その峰に右足を乗せる。
そして、『憤怒の大蜥蜴』の顔面と青龍刀が激突した。
がりがりと大地を削りながら後退し、敵の突進力が鈍ったその瞬間、青龍刀に置いていた右足から震脚、軽く撥条の乗った掌底を青龍刀の峰に当て敵を真っ二つに切り裂く。
相馬流組内術:劫火徹しを使った豪快な逆風斬りだ。
不自然な体勢からの不完全な徹し技、だがそれ故に通さずに青龍刀そのものに威力が乗った結果だ。これが完全な形での劫火徹しであれば五行で言うところの『火侮水』となり、ただ徹るのみでダメージを与えず、この攻撃は不発に終わっていただろう。
相馬の技では無いが威力は絶大。
陣からすれば格上のフィールドである『煉獄』のモンスター、それを一刀両断にせしめたのだから。
粒子が散ったのを確認し、青龍刀を剣銃に戻し納刀。
何故か嬉しそうな青龍が陣を盛大に褒めた。
「素晴らしい!素晴らしい攻撃でしたジン殿!
特に最後の攻撃!万機のお話は聞いていましたが、あそこで咄嗟に青龍刀を選ぶその戦術眼!
やはり一撃の美学を追い求めるなら青竜刀!青龍刀こそが至高の武器です!」
「ほう?それはアタシに喧嘩売ってるって認識でいいのじゃな?」
「玄武も微妙に煽られてる気がしますねぇ」
青龍は取り回しの良くない青龍刀という重武器使いであるにも関わらず『剣匠』の二つ名を持つ程に至った男。その男に褒められれば陣も悪い気はしない。
重攻撃を得意とするであろう女性二人に追い掛け回されている青龍だが、やはり嬉しそうに見える。
公式イベントで感じた『青龍マゾ疑惑』を更に深めながら、陣は玄武を引き止めた。
「んで玄武。あっちに『憤怒の大蜥蜴』一匹いるぞ。
次はお前さんの番だ」
「はぁい。ではぁ」
玄武は気が抜けそうな声を残し『憤怒の大蜥蜴』へ向かう。
「大丈夫なのかあの人」
「心配するでない、まぁ見ておれ」
朱雀に話しかけている間に『憤怒の大蜥蜴』の間合いに入った玄武は、ポールアクスの石突きで横っ面を引っぱたく。脇構えに移行し回転斬りの要領で胴体に刃を叩き込んだ。
しかし、深く食い込みすぎた玄武のポールアクスは『憤怒の大蜥蜴』の筋肉に挟まれ動かせなくなってしまう。陣が不味いと思った瞬間、玄武は柄を蹴り飛ばし強引に『憤怒の大蜥蜴』からポールアクスを引っこ抜き、その勢いの余勢を駆りポールアクスを更に叩きつけ前足を切り飛ばす。
陣とは違いプレイヤースキルのみでそれを行っているのだから大した物だ。そして、何処とは言及しないが揺れっぷりも凄まじい。あんな重い物をぶら下げてよくあれだけ動けるものだと感心する。
「上手い、が。酷く強引な戦い方だな」
「まぁ斧術士にスマートさなんてありゃせんよ。ほれ、玄武の本領はこれからじゃぞ」
先程の戦いと同じように『憤怒』状態に陥った『憤怒の大蜥蜴』が大きく息を吸い込み、玄武は咄嗟にポールアクスを背後に刺し大盾を構えた。『憤怒の大蜥蜴』の特殊技、『ファイヤブレス』が玄武を襲う。
「アブソーブ!」
灼熱が玄武を炙ろうとするが、構えた大盾がその攻撃を全て吸収する。
そして、構えた大盾をそのままに『憤怒の大蜥蜴』の顔面に叩きつけ、
「リリース!」
と叫ぶと、先程『憤怒の大蜥蜴』が放った『ファイヤブレス』を数倍にした炎が大盾より放たれ敵を襲う。
自分の属性である攻撃なのに耐性が低かったのか、『憤怒の大蜥蜴』はぶすぶすと燃え尽き粒子を散らした。
「玄武の得意技、『アブソーブ・シールド』じゃよ。
敵の技を吸収し、任意のタイミングで放つエクストラスキルじゃ。
ちょっとした制限はあるが『鉄壁』の二つ名を持つ玄武の防御、その防御力を攻撃にも転用させるという、奴にはお誂え向きのスキルじゃな。
あれが四神の玄天上帝、『北の玄武』という女じゃよ」
スキップでもしそうな程の呑気さで戻ってくる玄武はてとも実力者には見えない。人は見かけによらないを地で行く彼女を見て、まだまだ修行が足りないと胸中でぼやく陣だった。
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「しかしエクストラスキル持ちとはな。
これは俺が足を引っ張らないように頑張らないと」
「い〜え〜。
ジンさんも凄いですねぇ。玄武は剣銃士を引き出しが多いだけで弱い職だと思ってたんですが、あんなに器用に戦うんですねぇ。
良い意味でのオールラウンダーになり得るんだと初めて知りましたぁ」
「そう言ってもらえれば有難い。
それで連携についてだがな……」
陣と玄武はお互いのスタイルを参考に、連携方法を探っていく。
ぺらぺらと詳細を話してくれた玄武によれば、玄武のエクストラスキル、『アブソーブ・シールド』は嵌まれば非常に強力なスキルだ。
吸収した攻撃はエクストラスキルのレベル分の威力を掛け放出でき、詠唱も必要なく即時発動するスキルなのだそうだ。吸収時には盾さえ装備していれば正面を向いている必要はなく、全方位の攻撃を吸収出来るというからかなりのスキル。
それだけ聞けば有効なスキルだが『アブソーブ・シールド』で吸収出来る攻撃は遠距離の魔法、ないし特殊攻撃に限定される。吸収できる回数には制限が無いが、放出出来るのは最後に吸収した攻撃のみ。かつ、盾を振った時に当たる範囲に対象がいなければ放出が失敗する程の短距離攻撃に変わるそう。
なので使い勝手そのものは微妙なのだが、遠距離で打ち込まれた魔法を吸収し目の前の敵に放つと言った『乱戦』でこそ輝くスキルらしい。
如何にもギルド戦を数多くこなす『四神会らしい』プレイヤーだと言えるだろう。
しかし、敢えて朱雀がぼかして話したエクストラスキルの制限まで話してしまって大丈夫なのだろうかこのお姉ちゃんは。
「なるほどな。
じゃあ旋回系の武器使用は無し、遠距離攻撃に関しては物理系は叩き落とす感じで魔法は一声かけて素通り、基本は背中を守ってればいいか?」
「あらぁ、玄武を立ててくださるんですねぇ?
玄武はそのほうが有難いですけど、いいんですかぁ」
「ただでさえ悪評高い剣銃士ってのもあって殆どパーティー戦の経験も無い。
ここは先輩プレイヤーの顔を立てて、プレイヤースキルの見取り稽古でもさせて貰うさ」
陣と玄武が呑気に話していると、前を歩いていた朱雀が不意に立ち止まった。
ちろちろと地面が燃える音のみが響く、僅かな雑音があるせいでより際立つ『静寂』。その静寂の中、風もないのにかさと草ずれの音が鳴る。陣は音が鳴らぬよう、静かに抜刀する。
その陣をちらと見、訝しげな顔をした青龍が朱雀に声をかけた。
「朱雀様?」
「人の気配では無いからお主には分からぬか。
獣じゃな。囲まれておるぞ」
朱雀は懐よりナックルダスターを出し手に装着。青龍も慌てて青龍刀を抜刀し肩に担いだ。
玄武は大盾を構え後方を警戒、不測の事態に備え防御を優先したようだ。
いち早く準備が完了していた陣は、気配の元に向かい一足飛びに駆け、その正体を目にする。
「なっ!?」
その獣は薄暗き清炎の原野に於いて影となり、朱雀達に襲いかかった。
朱雀は迎撃しようと腰に拳を構え、
「お前ら!引け!」
陣の声が辺りに木霊し、朱雀は攻撃の機を逃す。
影達も朱雀達を攻撃すること無く、草原の闇へ飛び込み消えた。
朱雀は邪魔された怒りからか、その拳の先を陣に変え睨みつける。
「お主、今のはどういうつもりじゃ。
例え相手がモンスターといえど、この場で死ねば大規模戦から排除されるんじゃぞ?
それに、どんな相手だろうと全力で叩き潰すのがアタシの主義じゃ。今、お主はそのアタシの主義の邪魔をしたのじゃ。
いくら友誼を結んだお主とはいえ、返答次第によっては許さんぞ」
「待てって、俺がいる限り奴等は手を出してこない。
自分より弱い相手に無駄な殺生するのがお前の主義って訳じゃないんだろ?
お前も、なぁ!」
陣に呼ばれた影は、のそりと草の間から現れた。
その身は漆黒。所々に入った赤のメッシュも、この暗さではよく見えない。血走っていた目も、今は知性を宿す澄んだ目をしている。そこまで背が高く無い草の何処に潜んでいたのか、軽トラック程もある巨体を陣の前に横たえ、着ているコートに鼻を押し付け始めた。
陣がEAOで初めて戦った強敵、『血狼』との再会だった。
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陣の二つ名をナトリが決める際、彼女に求められて一緒にステータスを確認した事がある。
その時、彼が見た称号を血狼を見た瞬間思い出したのだ。その称号は『狼の友』。全ての狼族がノンアクティブになるという、フィールドによっては反則じみた効果を持つ称号だ。
称号の効果を話し、納得した朱雀達は武器を納める。
こうやって大人しくしていれば『人界』のボスモンスターといえどやはり犬科。動物特有のもふもふっぷりに女性二人が引き寄せられ、ぼふっとその毛に埋まった。
「こやつもっふもふじゃのう。
凶悪な見た目の癖に毛がさらっさらじゃ。
青龍、アタシこれ欲しい」
「無茶言わんで下さい朱雀様。玄武も埋まってないで朱雀様引き離して下さい。
例え今は大人しかろうと、モンスターですよそれ」
「無理ですぅ、玄武は今日ここで寝ますぅ」
陣は先程ドロップした『憤怒の大蜥蜴』《レイジングリザード》の肉を血狼に与え、服の襟首を掴んで二人を引きずり出す。
「はいはい、どこまで現実の習性に忠実か分からねえけど狼は群れるモンだ。
一匹狼になっちまう前に群れに帰してやりな」
狼は群れで狩猟し生きる動物だ。
その社会の掟は非常に厳格であり、時折その掟を破ったことで『はぐれ』となる固体が現れる。その狼は一匹で生きるため、必然的に凶暴性を増して行く。陣が出会った血狼は灰色狼の群れを率いているようにも見えたが、やはり別の個体種。一匹狼となったあいつが、目の前の血狼よりも強そうに見えたのはそういう理由もあるのだろう。
肉を食べ終えた血狼は陣に一つ礼をし踵を返し立ち去り、群れの気配も同時に遠ざかって行った。いくら称号の効果で敵対的ではなくとも、必要以上に馴れ合うつもりはないのだろう。
その威風堂々とした姿は、やはり血狼なのだなと思うに値した。
「よし、ちょっとしたイベントがあったが夜も遅い。そろそろ陣地に帰ろうぜ。
空腹パラメーターも少し減ってるし、夜食代わりになんか食おう」
陣も踵を返し、その場を立ち去る。
意外な出会いを嬉しく思いながら、またいつか、沸き立つような彼らとの再戦を誓いつつ。
「いや、綺麗にまとめようとしている所すまんのじゃが。お主のコートに食らいついてるそれ、どうするつもりじゃ?」
「気がつかないように頑張って無視してたんだから察しろよお前も!
おーい!血狼ぅ!お前ら自分の子供忘れてますよぉ!!」
いくら叫んでも彼らは帰ってこない。
そして、噛み応えを気に入ったのかどことなく幸せそうにコートを涎塗れにする子狼。
「帰ってきやしねえ。お前もコート囓るくらいなら肉でも食え肉」
ストレージからアイテム化した『憤怒の大蜥蜴』《レイジングリザード》をネイリングで削ぎ取ってやり与えると、やはり子供とは言え狼だからから喜んで食んでいる。
その平和な様子を見て、本気でどうするんだと久しぶりに頭を抱える陣だった。
ワンポイントもふもふコーナー
ついに禁断のもふもふに手を出してしまった(ぐるぐる目)。
ここで出そうと決めてはいたので予定通りではありますが、今回間章を挟まずに癒やし無しで続けて執筆していたせいで冗長表現が多すぎてやばかったです。我に返って結構な量削りました。もふもふの魔力恐るべし。
ちなみに玄武さんのエクストラスキルですが、正しく使いこなせればかなりのチートスキルです。一対一の戦いだったら光彦あたりの魔術師タイプは完封負け食らう恐れがあります。




