血狼
少女の声に触発されたのか、先頭にいた狼が陣に向かって飛びかかる。
襲いかかる牙に刀身を当て滑るように受け流し、切り返して柔らかな腹部に斬撃を加える。斬られた狼は痛撃になったのかパーティクルを撒き散らしながら爆散。群れは警戒レベルを上げ包囲が若干広がる。
「ッシ!」
そこに群れの弱気を見て取った陣は最も少女の近くにいた狼に特攻、苦し紛れの爪撃を避け切り上げ蹴り飛ばす、そのまま峰に手を添え銃撃で他の狼を牽制。離れた場所で蹴り飛ばした狼が爆散したのを横目で確認、ようやく二匹目かと冷や汗を流す。
しかし、動作の遅さが邪魔になり理想的な行動が全く取れていない。陣本来の動きからすれば3割にも満たない速度しか出ていないのだ。銃撃も着弾予測地点と実際の着弾地点のズレが大き過ぎるため武器として使えるレベルになっていない。下手すると相馬家で保管している骨董品の種子島より集弾性能が悪いんじゃないかという程だ。
「ジリ貧というかなんというか、お互い最善手が取れないってのは辛いよなぁ!」
狼にとっても力を溜める気を見せたと同時に銃撃が飛んでくるので、当たりにくいとは分かっていても迂闊に飛び込めない。数を頼みに襲いかかって来ても不思議は無いのだが、既に2匹も倒されているのが足枷になり警戒が解けないのだ。
「おい!こっちはこのまま時間稼ぎしてから適当に逃げる!そっちも早い所避難してくれ」
「いえ!剣銃士に助けられたと言っては名折れ!私が時間を稼ぎます!」
どんだけ剣銃士の立場低いんだと陣は呆れるが、状況は更に混迷の一途を辿る。兎を背後に逃した少女が参戦した事により安全に射線の確保が出来なくなり銃撃が使えなくなったのだ。
予想通り少女も初心者だったらしく、よたよたと剣を振るうが全く当たる気配すらない。逆に狼に馬鹿にされているのかひらひらと躱され続けている。陣にも硬直した状況を打開出来るだけのカードが無く、このままではジワジワと食い殺されるのは目に見えている。
『GUGYAAA!』
「え?きゃあぁ!」
業を煮やした少女が狼に突貫し、横手に回った別の狼が強襲する!
今から致命的に動作が遅いこの武器では間に合わないと悟った陣は、素早く剣銃を格納し狼に殴りかかる。
(せめて吹っ飛ぶくらいしてくれよ!相馬流組打術:炎錐!)
地響きを起こすかの如き震脚と共に、巻き手と呼ばれる特殊な握り方をした拳を叩き込む。メキっという枯れ木を折ったような音と共に狼は爆散、助けられた少女は何が起こったか分からないのか唖然としている。
「っし!こっちなら普通に使えるんだな!」
また死角からにじり寄ってきた狼に後ろ回し蹴り一閃、こちらも一撃で爆散する。
どうやら下手に剣銃を使うより、慣れ親しんだ相馬流の方が威力が高そうだ。ゲーム内の職武器より素手の方が強いってどういう理屈なんだろう?と陣は考えているが、実はこれも剣銃の仕様と陣が使う「相馬流」がシステム外スキルと判断された為だったりする。
剣銃は勿論システム内の装備であり、それを通常のスキルを使用して戦おうとしたので当然「剣銃マスタリーレベル」等の制限を受ける。翻って陣が相馬流を使った場合、システム外の仕様のためシステムアシストや体術マスタリーの恩恵は受けられないが、現実の陣と限りなく近い威力を出すことが出来るのだ。
なのでゲームであるという概念を捨てて、剣銃に関しても抜刀術と鉄砲術という形で「相馬流」で戦った方が強かったりもする。実際狼の攻撃を剣銃で受け流していたりするのだが、普通の剣銃士には「受け流しスキル」を習得し、それなりにスキルレベルが上がるまではそれすら出来ないのだ。
それに気がついていない陣は「体術効いたー!ラッキー!」くらいの認識でしかない。
「しっかし後何匹いるんだよ!なんか減った気しねえぞ!」
「なんで初心者の剣銃士が普通に灰色狼と戦えてますの!?
というか剣銃使ってない!?」
視界に入るや否や片っ端から殴る蹴るで倒しているのだが仲間を呼ぶ習性でもあるのか一向に狼が減らないし、さっきからレベルアップのファンファーレが鳴りっぱなしなのだが確認する余裕も陣には無い。
そうこうしていると狼の思考ルーチンが変わったのか、陣と少女を遠巻きにしながら集合し一斉に遠吠する。
『UOOOOOOOOON!』
「ック、うっせぇ!なんなんだ!?」
少女がグレイウルフと呼んだ狼が一斉に後ろに下がると、森の奥からノソリと一匹の狼が現れる。
「え…?なんでこんな所にブラッドウルフがいるの…?
こんなの、初心者MAPで出る敵じゃないじゃない!!」
現れた狼はグレイウルフの3倍は大きく、軽トラック程の巨体。筋肉のつき方も柔軟さと強靭さを感じさせ、体毛も黒を中心として所々に紅のメッシュが入り相当に強そうだ。
腹も減っているらしく、血走った目からは先ほどの狼のような戦略的にこちらを追い詰めると言う知性は感じられないが、食欲という本能が全開になっている容貌は野生の恐怖を感じさせる。
「まぁ強そうではあるが、出ちまったモンはしょうがねえだろ?
隙見て逃がしてくれるほどヤワな敵でも無さそうだ。
俺は戦る。お前は好きにしな」
「私だって逃げるのなんて無理よ!
攻略掲示板で見ただけだけど、ブラッドウルフは10層のフィールドボスなのよ?
10層なんてβ時代の前線じゃない…その時の攻略だってレイドパーティー組んで最大数の16人がかりでやっと倒せたって話なのよ…
夏休みに入って始めた私なんて勝負にならないわよ…」
「んじゃなるべく後ろに控えてな。俺に掛かりっきりになれば隙も生まれるかもだしな」
少女は慌てて兎を抱きしめ、後ろに走っていく。
十分安全だと思われる所まで下がったことを見届けた陣は、拳を鳴らしながら前に出て半身に構え一回深く呼吸をし、ブラッドウルフを見据える。
「ゲーム初日で強者と戦えるなんてのはなんて幸運だ!
さぁ、死合おうぜ犬っころ!」
ブラッドウルフは陣を敵と捉えたのか、荒い息を吐きながら身体を撓める。
『GUOOOOOOOOOON!!!』
陣VS血狼・開戦。
〓〓浮遊島第一層・名もなき森林〓〓
開戦の狼煙は陣の殴打から始まった。
「せいっ!」
相馬流組打術:炎錐
上半身の捻りから直線的に拳を叩きこむ、相馬流においては基本中の基本となる正拳突き。
ただ、基本だけにそれは良く練りこまれた『技』であり、決して侮れない威力を出す。
四肢を持つ動物の宿命として、重心を預ける手足にダメージがあると重心を上手く取れなくなる。特に獣の場合はその四肢が爪や殴打等の武器に直結している事もあって、まず陣はそれを削りにかかる。
弾丸のような拳打がブラッドウルフの前脚に突き刺さるが、グレイウルフと違いそこまでダメージを与えた手応えが無い。むしろ素手の仕様なのか陣に極小ながらダメージが入っている始末だ。
鬱陶しいとばかりにブラッドウルフが噛み付いてくるが、陣は素早くスウェーして距離を取る。
「硬いねぇ…やっぱ武器が使えないってのは痛い。
与えてるダメージとこっちの反射ダメージだと削り切る前に終わっちまうな」
陣が攻略法を練っている間にも勿論ブラッドウルフは攻撃してきている。
その動き自体は素早いのだが大振りなため余裕を持って避け、隙を見ては前脚に打撃を加えているのだが、やはりあまり通ってはいないようだ。陣にとってこれは修練が足りないと不満な展開なのだが、βテスト当時のトッププレイヤー16人がかりでようやく倒した敵にここまで戦えている段階で、やはり陣の地力は相当に高いと言えよう。
『GURA!!』
「よっと…って!がぁ!?」
明らかに自分より格下の相手に攻撃が当たらない。それに業を煮やしたブラッドウルフが陣に向かって体当たりせんと突進。避けた陣の背後にあった樹を足場に三角飛びで強襲をかける。気づいた陣もなんとか避けるが、掠っただけにも関わらずHPの半分以上を削られて吹っ飛ぶ。
実際にダメージを食らった時のように、若干体の自由が効かずよろよろと陣は立ち上がる。
勝利を確信したのかブラッドウルフがニヤっと笑った気がした。それを感じた陣は渋面になりながら、
「あの犬っころ嗤ってやがる。しかし、打開策も無く、掠っただけでこの始末じゃ厳しいな…
同じ殺られるなら、せめて剣銃士らしく剣銃使って逝くとするかね…」
と内心戦闘するなとアドバイスしていた光彦と、結局助けられそうにない少女に侘びを入れながら、納刀状態にしていた剣銃の柄に手を掛ける。
ここが勝負所だとブラッドウルフにも分かるのか、荒ぶっていたのが嘘のように力を溜め始めた。本来なら勝負所と定めたのは陣のみであって、圧倒的有利な立場のブラッドウルフがそれに合わせる必要はない。
そのまま追い打ちをかけ続ければ戦況から見て問題なくブラッドウルフは勝てるのだ。
そこに敵の誇りを見て取った陣は、「へぇ…」と思いながら全身の撥条を束ねる。
唐突に静寂が訪れたせいか、後ろに下がっていた少女がアタフタとし始める。少女には分からない張り詰めた空気も動物である兎には分かるのか、抱きしめていた少女の胸元から飛び出して一目散に逃げてしまう。
「ダメッ!」
叫声を合図に一人と一匹が激突する。
ブラッドウルフが大口を開けて噛み付いて来たのを突き上げ蹴りで強引にガチンッと閉じさせる。一瞬スタン状態になったのか力が緩んだ所を見計らい、素早く懐に飛び込んだ陣の居合がブラッドウルフの首筋に迸り抜けた。
攻撃に耐え切れなかったのか初心者用剣銃の耐久値が無くなり破損アイコンが点灯。
血を撒き散らしながらブラッドウルフが倒れる。
手応えから頚椎を断ち切った事を感じた陣は、静かに血振りを行い納刀。ブラッドウルフの傍らに膝を付く。
おこぼれに与るつもりだったのか、群れの首領の狩りを見届けたからか、遠巻きに様子を伺っていたグレイウルフ達が散り散りに逃げて行くのを確認した陣は、ブラッドウルフに最後の言葉を投げかけた。
「相馬流居合術、雨音。
蹴脚で態勢を崩して居合で切り抜ける技だ。
いい死合をさせて貰ったよ。感謝する」
ブラッドウルフは、やはり陣を見てニヤリと嗤い、静かに散って逝った。
『System Message:
Field Boss : Blood Wolfを討伐しました。
ユニークアイテム「血狼の長衣」を取得しました』
ブラッドウルフの討伐報酬はファー部分が赤い起毛の黒いトレンチコートのような防具だった。
誇り高かった敵との死闘を思い出し、「案外、あいつも何か証を残したかったのかもな」と思った陣は何故か晴れやかな気持ちになっていた。
「それブラッドウルフのユニークアイテムですわよね?
助けて貰った身で言うのも申し訳ないですけど、一見悪役のようでしてよ?」
安全になったのを見て、逃げた兎を再度捕まえ胸元に抱きしめた少女がやって来る。
初の強敵との死闘を切り抜けこのゲームも悪くないと感慨に耽っていた陣は、さてこの小娘にどう説教してやろうかと思案に暮れるのだった。