大規模戦・開幕
〓〓『煉獄』・第一層:清炎の原野〓〓
協議から一週間後、陣は大規模戦の舞台となる『清炎の原野』に立っていた。
オウリの口から不安視されていた、一般プレイヤー側が1000人も集まるのかという懸念は考えすぎだったのだろう。
復讐を望む者、力試しをしたい者、功名心で参加した者、お祭り騒ぎが好きな者まで。集うに集ったその数1000人。
ギルドで集まる者達、即席でパーティーを組む者達の中で、陣は一人だけ浮きに浮いていた。
半径10メートル以内に誰も近寄らず、こそこそと「おい、あれが格上殺しだってよ」「持ってる武器レジェンダリーだろ?いいよなぁ……」「さ、流石は魔王。黒いぜ……」等、勝手にイメージを押し付けられて辟易とする。
一挙一動で周りのざわめきが大小している所を見れば、彼じゃなくとも俺は珍種の動物かと嫌気の一つも差すだろう。
知り合いのプレイヤーがこちらに来たそうな気配を見せているが、各々有名なプレイヤーだけに身動きが取れないようだ。
参加者で陣の知っているプレイヤーは以下になる。
光彦、水穂、ミオソティス、プリムラ、朱雀、青龍、スオウ、そして協議の際に顔だけ知ったアイザック。
ナトリや金魚、そして微妙に戦闘能力で足切りされたソニアといった戦闘能力の低い者は不参加。金魚に関しては最後まで『司会者職がいなくてなんのイベントですか★絶対に行きますよ★』と騒いでいたが、強引に止められた。
時間の流れが変わるため、イベントに参加出来なかったプレイヤーが楽しめないという理由もあり、運営側よりイベント用のディスプレイが設置。各々好きな戦局を選んで見れるように配慮された。金魚はそちらで気になるバトルの司会をするそうだ。
プリムラに関しては一般プレイヤー側の装備を面倒見ると張り切っていた。PKプレイヤーに対して防衛策を持たない生産者、それを押しての参加に「漢前だな」と陣が言った所、凄まじい勢いでローキックを連発されたのが記憶に新しい。
早く始まらないかなぁと相手側の陣営を眺める。
PKプレイヤー達も、よくぞあれだけ強面の連中がいたものだと感心する数が集まっていた。
陣は勝手に男所帯のムサ苦しい集団と思い込んでいたのだが、よく見ればチラホラと女性プレイヤーも散見される。一般プレイヤーと違い露出過多な傾向にあるようだが、『普段と違う自分になれる』のもVRMMOの醍醐味だ。
何気に周囲に美人女性が多い陣。あんまり可愛いのはいないんだなと酷い感想を持っていたりする。まぁ、それを口にしたら大規模戦で集中攻撃、かつ一般プレイヤー側からも吊し上げを食らうところだっただろう。
両陣営が睨み合う中、丁度中央の距離にタナカが演台と共に現れる。
公式イベントの時にDr.ミカミが表示させていたモニターを空中に表示させ、後方のプレイヤーにも遍く見えるよう設置。
いよいよ、開幕が告げられる。
『本日は大規模戦にご参加下さり、運営としても嬉しく思います。ワタクシ、GMの一人でタナカと申します。
知っている方もいらっしゃいますが、この件に関しましてはDr.ミカミより直接の責任者として任命されました。この場に於いてはワタクシが全権代理者とお思い下さい。
また今回ですが日本ゲノムブレインからのプレゼントといたしまして、勝敗に掛けられています条件とは別にMVPプレイヤー用の粗品を用意させていただきました。今後のゲームプレイに於いて非常に役立つ品になります。ワタクシの立場で頑張ってくださいとは言えませんが、どうぞ最後まで後悔なきようプレイして下さい。
敵味方の確認用に、一般プレイヤーをブルー、PKプレイヤーをレッドとして識別カーソルが出るようにいたしました。有効にご利用いただければ幸いです。
最後に、自陣営の脱落者、及び生存者はイベントメニューから確認できる仕様になりました。後ほどご確認いただければと思います』
いいぞータナカ!といった声援が飛ぶ。
陣は知らないまま協議に参加したが、あのGMは結構な有名人らしい。
タナカは手を挙げ、静まるのを見計らって開始を告げる。
『では、予定通り今より一時間後から大規模戦のスタートとなります。
その間に自陣営の本拠地に籠もられるも良し、目的を持って動かれるも良しです。
では皆様、良きゲームを』
タナカは深々と腰を折り、その姿のまま消えていった。
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陣はタナカが消えると同時に『清炎の原野』を一人走っていた。
目的地は山岳地帯。いち早く動き出すため、団子状態になった幾人かのプレイヤーを飛び越えての強行軍だ。
『ライト:ジン!お前は何処に行く気だ!』
光彦からグループチャットが入る。
大規模戦の対象フィールドが『清炎の原野』と決まった段階で、彼の発案で二つ名持ちのプレイヤーは相互に連絡が取れるよう『グループチャット』が設定された。
当然、陣も対象に入っており、一人抜け出した陣に焦った体で連絡してきたのだろう。
『ジン:俺は剣銃士だからな。上位職になっても友軍撃ちの問題は解決されていない。
戦略的に見ても使い難いからな。こっちは勝手にやらせてもらう!』
陣はそう言い放ち、走るスピードを更に上げる。
この光彦との遣り取りは予定されていたものだった。わざわざ繰り返したのはグループチャットで陣の立場を伝え、遊軍として一人動くつもりだったからだ。これも、敵味方入り乱れる戦場では陣のポテンシャルが発揮できないとの光彦のアイディア。戦術眼は持っていても戦略に疎い陣に、状況を俯瞰視出来る光彦がアドバイスをする。その形が最も効果的だとお互いが認識していた。
陣は山岳地帯に突入し、時間のない中プリムラに用意してもらったギリーマントを頭から被る。
調度良い獣道を見つけ、離れた場所で待ち伏せ体勢。
そのまま時が経過し、大規模戦の開始時間を過ぎても身じろぎ一つしない陣。
慣れ親しんだ戦場の気配、鼻に馴染んだ鉄火場の香り。
一呼吸が、一鼓動が、瞬きの一つが、陣を純粋な者へと削ぎ落としていく。
やがて、3人1組みのPKプレイヤー達がやって来た。
パワーファイター型の両手斧の戦士、回復薬のヒーラー、杖を装備した魔術師とバランスのいいスリーマンセル。だが、自分が狩られる立場になるのに慣れてないのか、3人共及び腰で隙だらけだ。人数的有利さでカバーしあえないような者など、今の陣からすればいい獲物だ。
ネイリングを長銃に変え、最も厄介なヒーラーをヘッドショット。クリティカルヒットを食らったヒーラーは敢え無く粒子を撒き散らし退場する。それを確認しながら、死体も残らないのは簡単に過ぎると胸中で呟く。本来なら弾道の通り方から狙撃方位くらいは即座に特定されてしまうのに、何も残らなければその心配すら無い。事実、他の二人は慌てるのみで、次の手を全く打てていない。
魔弾を打った事でMPがガクンと消費されるが、素早く剣銃形態に戻しそれ以上のMP消費を止め、念の為に狙撃場所を特定されないよう動く。
しかし、この『万機』というスキルは兵装として非常に有益だ。本来であれば役割毎に兵装を選ばざるを得ず、手数の豊富さは機動力とのトレードオフとなる。だが、このスキルのおかげで剣銃一本でほぼ全ての役回りを演じることが出来る。MPという限られたリソースに気を配る必要はあるが、速度低下と比べれば如何程の事もない。
ヒーラーの次に厄介な戦士の後ろに回りこみ、ネイリングを短剣に変えて喉を掻き切り、返す動きで脇腹にえぐり込む。
流石に魔術師に気付かれたかと、戦士の退場を待たずに背後へ退避。
目の前で相棒を殺したプレイヤーが、ふっと消えたように魔術師には見えていた。
陰鬱な煉獄の雰囲気も相まり、魔術師の男にはフォークロアの世界に迷い込んだように感じた事だろう。
この空気は陣に取っても『自身の何か』を刺激するモノの筈だった。
だが、『海域』でのラハブ戦以降、その何かは今も沈黙を保っている。
派手に負けたことにより何らかの変化があったのだろうか。願わくば、それがいい変化であれば良いのだが。
いつの間に登ったのか。樹上から魔術師に襲いかかる陣は、翼を広げた悪魔のようであった。
〓〓PKプレイヤー陣地〓〓
大規模戦開始から4時間が経ち、オウリの元には続々と勝利報告が集まっていた。
一般プレイヤーとは年季が違う。攻略だ生産だと一般プレイヤーが遊んでいる間に、自分たちはひたすら対人戦の腕を磨き続けていたのだ。ただ、この結果は予想通りなだけに、オウリの心を弾ませるような意外性は何一つなかった。
「……という事なんで、報告を纏めれば既に100人ほどの一般プレイヤーをPK出来たようでさ。
こちらの被害は、そうとは知らずに二つ名持ちに手を出した馬鹿野郎が数名。
差し引きで考えたら、初日の成果としてはまずまずの具合っすね」
禿頭の報告に耳を傾けつつ、オウリは短剣を持て遊びつつ不満気な顔。
こんな簡単に成果を出してしまっては面白く無いのだ。
協議であれだけ煽った結果がこれでは収支がつかない。
そして、このままでは自分の出番すら無く大規模戦が終わってしまう可能性すらある。
本当に、オウリからすればつまらない展開だ。
いよいよとなったら強引にでも出てやるかと考えていると、『死神』子飼いの斥候が禿頭に何事か耳打ちする。
禿頭は渋い顔で、オウリに頭を下げて報告する。
「すいやせん。
こっちの被害を数名ってのは訂正させてもらいまさ。
どうにも山岳地帯の方が宜しく無いようで」
「何があったんだい?」
「へい。どうもあっちにトラップ仕掛けに行った、フリーのPKプレイヤー連中が軒並みキルされてやす。
確認に出した連中も、もうキルされちまってるようでさ。
あっち押さえられると旨くねえってんで数入っちまってて、既に50人はやられてやすね。
あそこに何人ぶっ込んだのか分かりやせんが、あちらにも目端の利く奴がいるようで」
禿頭の言葉に「ふぅん」と気のない相槌を取り、オウリは頬杖を付く。
確かに山岳地帯を押さえられると、自陣営の場所を考えれば背後に穴が出来てしまう。
だが、敵陣営からそこを利用とすると相当大回りになり、また見通しの利く草原を抜ける必要があるので現時点で恐れることはない。
夜襲の警戒は必要だが、こちらの陣営をどうこうできる人数の夜行軍に気が付かないほどこちらの警戒網は甘くない。
当然、敵側もそれは承知しているだろう。先に草原を押さえれてしまっていれば話は別だが、山岳地帯に大人数を出して押さえる必要は薄いのだ。
何らかの策が相手に有るのではなければ、山岳地帯を押さえたのは主戦力の指示系統から離れた少数。
しかも、戦力差を覆せるだけの腕利きだ。
誘ってやがると、オウリは内心舌舐りをする。だが、
「でも乗ってあーげない!
山岳地帯への斥候は止めていいよ。代わりに少人数でいいからあっちは監視してね。
念の為に浮いた分の人員は草原の監視ローテーションにまわして。鼠一匹見逃しちゃ駄目だよ。
それで、手が空いた人はご飯と睡眠取っちゃって。
あっちには対人戦の経験が少ない連中も多い。だから、今日は気が高ぶってなかなか寝れないだろう。寝ぼけた頭に向かって朝駆けと洒落込もうじゃないか」
まずは舞台を整えよう、そしてあのおにーさんと存分に殺り合おう。
その時を思えば、面倒な取りまとめも苦に感じないものだ。
〓〓一般プレイヤー陣地〓〓
PKプレイヤーたちが戦勝ムードなのに対し、一般プレイヤー側の指揮所は盆をひっくり返したような騒ぎに陥っていた。
開始早々に奇襲を受け、ギルドに所属していないフリーのプレイヤーが相当数殺られた。
遊び半分で参加したプレイヤーが篩にかけられた形だが、最序盤にも関わらず1割を持って行かれた為に動揺は大きい。
指示系統も良くなかった。
大手3ギルドのギルドリーダーをトップに動く合議制では後手に回ってしまいがちになり、一部中小の跳ねっ返りギルドが下につくことを良しとせず暴走を重ねた。それらが負のスパイラルを起こし、被害が拡大した要因になってしまっている。
事前に役割分担を明確にしていれば、もしくはPKプレイヤー達のように誰か一人が全体を統括するワントップ制であれば、ここまで深刻な被害が出ることは無かったであろう。
「ライトさん!草原の防衛網が陥落しました!
どうしたらいいですか!?」
「っちぃ!あそこは『蒼猪連盟』の受け持ちだろう!?連中は何をやっていたんだ!
力押しでは分が悪い、四神会に頼んで攻略組を向かわせろ!
毒沼と朧谷はどうなっている!トラップの設置は出来たのか!?」
その中でも、光彦は『黄金福音』の幹部として奮戦していた。
先の協議から、ギルドリーダーであるスオウの様子が可怪しかったからだ。今も、さっさと自陣に用意した部屋に引き篭もり、何一つ動こうとしない状態が続く。『黄金福音』のメンバーを何人か付かせてはいるが、これではトップギルドとしての面目が立たんと一人動くしか無かったのだ。
「こちらの動きは完全に読まれてるな……。
ジンだけは順調そうなのは救いだが……。朱雀はオウリが現れた時の切り札、ミオソティスは恐慌しているプレイヤーの面倒で動けん。手練の数が少なすぎて盆を返せないか。
おい、そこのお前!敵の手が引いたら予定通りローテーションで休憩に入るよう伝えてくれ。被害が出ているグループへの人員分配を忘れるなよ。
私も暫し休憩を入れる、何か合ったら呼べ」
出せるだけ指示を出し、自分に充てがわれた部屋に向かう。
煮だった頭では良案など浮かばない、ちょっとでも仮眠を取りリフレッシュする必要を感じていた。
自陣は既に敗戦ムード。空腹パラメータを満たすためだけのカロリーブロックを、不味そうにもそもそと食べるプレイヤー達。
美味いものを食ってりゃ割とどうにかなるもんだ、そう笑った陣の顔を思い出す。この有り様を見れば、その言葉は実感として理解できる気がする。人は、ネガティブな空気で不味いものを食えば、自身の境遇を突き付けられより動けなくなるものなのだ。
この段階で今更料理スキルを上げさせることなどは無理だ。だが、今後の事を考えたら『黄金福音』でも料理出来るプレイヤーを増やす必要がある。
そんな事を考えながら部屋に入ったのがいけなかった。ベッドがあるだけの薄暗い簡素な部屋、そこに一人のプレイヤーがいる事に気づかず、無防備に足を踏み入ってしまった。
誰かに胸ぐらを捕まれ、強引に部屋に引きずり込まれ床に叩きつけられる。
こうなってしまったら、魔術師職の光彦には何も出来ない。肉体能力の低さから抵抗が出来ないのだ。
「誰だ!」
光彦の誰何に相手は答えず、見せつけるように両手剣を逆手に持ち、一気に光彦の首へそれを落とした。
今回から、ちょっとした話ごとのポイントとかを書いていこうと思っています。
ワンポイントゲリラ戦コーナー
今回のゲリラ戦はベトナム戦争等であった密林タイプのゲリラ戦を想定しています。都市型ゲリラ戦ならまた様相は変わると思うのですが、密林タイプのゲリラ戦ではかなり経験が物を言うイメージがありまして(あくまでサバゲー等を通じた自分なりの経験則ですが)。経験者にギリースーツなんて着られた日には、本当になにも分からないうちに一方的にやられてしまったりします。
達者な人は『ゴムナイフ一本でスタート、終了時には鹵獲した武器で完全武装のコマンド』みたいな方もいらっしゃいました(汗。
サバゲーに関しては、自分がやっていた当時はあまり評判も良くなく風評被害にも会ったものですが、最近ではトレーニング等の一環として人気が出てきているという話も耳にしました。このまま市民権を得るようならいずれ復活したいなぁと思ったり。
修正
バーター → トレードオフ (表現的によりこちらが適正ではとご指摘がありました。確かにと思いましたので謹んで訂正させていただきます)




