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協議

「さぁ、それじゃあ協議を始めようかおにーさん」


 オウリは両手を合わせ、にこにこと陣に話しかけた。

 邪気の無さ故に気が削がれそうになるが、彼はこの雰囲気のまま人を殺せる男なんだと陣は思う。

 渋面になりながら陣は答えようとするが、このままでは『一番の代表者』が陣になってしまうという焦りから、スオウがそれに待ったをかけた。


「申し訳ないが、その男は我々の代表では無いんだよ。

 実協議になるなら僕と取り決めてもらいたいんだけど」


 オウリはすっと冷たい目線をスオウに投げ、興味ないとばかりに言い放つ。


「黙りなよ節穴。

 僕を見つけることも出来なかった人が代表ってどんなコメディ?

 いくら普段はマスクつけてたって言っても、分かる人には分かるモンだよ」


 ねーっとオウリは陣を見やり、俺を巻き込むなとそっぽを向く。


「ちょっと待てくれ!そんな言い草が許される訳……」


「だから黙りなって。君じゃ力不足だって言ってるの」


 いつの間に抜いたのだろうか。

 スオウの喉元にはシェービングナイフがひたりと据えられ、その鈍い輝きは『余計なことを言えば殺す』と語っていた。

 冷や汗を感じながらスオウは恐怖を感じるが、彼はこの感覚に覚えがあった。

 公式戦の取り決めの時、陣から放たれた『殺気』。それとは質も量も違うが、同種のものだと感じた。


 そしてスオウは確信する。

 自分たちの『煉獄』(インフェルノ)攻略を何度も何度も妨害した、『死神』(リーパー)の男はオウリであると。


『オウリさん。

 ここは協議の場ですので、会話以外での諍いはご遠慮下さい』


「はいはい、このバカが引っ込んでくれれば大人しくしますよ。

 僕は、僕が選んだ人としか話をするつもりはない。それくらいは理解してね?」


 両手を上げて一歩下がるオウリ。その手からは魔法のようにナイフが消えていた。

 陣の目には種も仕掛けもある手品と見えていたが、普通は『消えた』としか感じないだろう。

 殺気に当てられたのか、かすれた声でスオウが聞く。


「……我々がその男を代表だと認めなかったら、君はどうするつもりだい?」


 ん?とオウリは小首をかしげ、下からスオウを睨めつける。


「そんなの、この協議自体無しにするに決まってるじゃないか?

 僕等は再び野に戻り、規制が実施されるその日までねぶるようにPKを楽しませてもらうよ。

 規制が実施されちゃえば楽しみもなにもない。EAOに面白みを見出だせなくなるプレイヤーを中心に、未発表のバグと裏技をもって思いつく限りの行為に走らせてもらおうかな。

 当然、EAOに残ったPKプレイヤーは今と違った形の嫌がらせをし続けるだろうね。そういう連中は別にPKが楽しくてやってるんじゃない。君達が悔しがったりする姿を見るのが楽しいから、今の所最も悔しがらせられるPKをやってるだけなんだからさ。

 ま、君たちが協議を反故にしたって情報は流すからさ。少なくとも今ここにいるプレイヤーはどっちもみんな、今後楽しくゲームは出来なくなるだろうねー」


 同じ笑みの形で、『EAOに嵐を起こす』と宣言するオウリ。

 その笑みを陽性のものだと思う者は最早いない。目の前で見ているスオウからすれば、悪魔の微笑みにすら見える。


 オウリはくるりと回転し、ミオソティスを指さし告げる。


「そっちのおっぱいおねーさんは特に気をつけてね?

 僕個人は『釣り返し』には大笑いさせて貰ったけど、あれを逆恨みしちゃってる連中も多いからさ〜。『ほら、一皮むけば僕等と変わらないじゃないか!』ってハグでもしながら大歓迎するべきなのに不思議だよねー?

 ま、警察とか怖くない人生捨てちゃってるヤツもいるからさ。『っく!体は自由に出来ても心までは!』的なエロ展開が嫌なら、協議を反故にした後は『箱庭』の女の子ごと隠れてた方がいいと思うよ」


「とことん下衆だな……」


 堂々としたハラスメント宣言に、ミオソティスはゴミでも見るような目線をオウリに向ける。

 先程から煽られ続けているのでいい加減頭に来てるのだろう。レイピアに手をかけ、今にも斬りかかりそうな気配を漂わせている。


 オウリは何処までも巫山戯た態度だが、これは完全にポーズだろう。軽さや挑発で相手のペースを崩し、自分に有利な状況を整えているのだ。一般プレイヤー側に心情が傾いてるタナカがそう簡単に心変わりするとは思えないが、怒りに任せ斬り掛かれば心象を悪くするのは免れない。少しでも協議を有利にすべく、最も『突ける点』を持つミオソティスを槍玉に上げるのは間違いではない。


 冷静な相手には通じないので乗るかどうかは運次第というやり方では在るが、未だ生傷癒えぬ彼女には非常に有効だろうだろう。探りを入れる戦術という意味では中々の挑発だ。

 それにわざわざ乗ってやる必要も無いのだが、陣にしても聞き流せない話でもあるのでちょっと介入しようかと動き出す。

 具体的には、オウリの顔面にわしっとアイアンクローをかます。


「おにーさんやめて!軽く洒落にならない量のDOTダメージが!」


「いや、つーかよ。程度の低い挑発かますのは大変結構なんだが、『箱庭』には俺の妹もいるんでな。それをターゲットにするって話だと立場的に放置するわけにはいかんのよ。

 いいか、念のためもう一度言うぞ?

 俺 の 妹 も い る ん で な」



『ジンさん。

 ここは協議の場ですので、会話以外での諍いはご遠慮下さい。

 オウリさんも、必要以上の挑発行為は控えて下さい。

 先だってアナウンスさせていただきました通り、ハラスメント行為を行える可能性があるバグは既に除去されております。これはDr.ミカミの主導の元実行されましたので完璧であると保証致します』


 タナカの注意にぱっと手を離す。いたたた、とオウリは顔を擦っているが自業自得だ。

 ミオソティスはオウリの発言が『挑発』だったと気付きレイピアから手を離す。

 陣が怒った事が嬉しいのか水穂アクアが『いやんいやん』と体をくねらせている。最近妹がよくわからない。


 完全に放置されたスオウは顔面蒼白になり手を震わせる。

 その様子を見かねた光彦ライトがスオウの肩に手を置き、頭を振って告げる。


「スオウ。気持ちは分からないでもないが、今はお前の出る幕ではない。

 他の3ギルドも、私にだって分からなかった事だ。お前の責任はないさ。我らは我らの役目を果たし、トップギルドとしての分を全うすれば良い。

 この場はジンに任せよう」


「……」


 後に光彦は彼の前に立ち目を見ていればと後悔することになる。

 スオウが無言で睨んでいたのは彼に恥をかかせたオウリではない、陣だったのだ。


 スオウは肩に置かれた手を払い、元いた場所へ歩いて行く。

 顔面蒼白のままふらふらと歩く様は、まるで幽鬼のようであった。


 今まで後方に控え、まったく協議に参加する素振りを見せなかった四神の二人はこそこそと話しあう。


「朱雀様……」


「分かっておるよ。

 全く、『福音』のも穢らわしい匂いを撒き散らしておるわい。腐臭が漂ってきて鼻が曲がりそうじゃ。

 青龍?」


「っは!心得ております」


 後ろに控えた青龍にひと声かけ、朱雀は舌打ちする。

 酷い茶番だと見てはいたが、いよいよそれも極まってきたようだ。


「ふん、立場じゃ功名心じゃと下らん遣り取りに付き合わされた挙句、終いにゃ馬鹿が身の程知らずに踊り始めそうとはの。

 気に入らぬなら正面から当たればいいものを、自身の実力をああまで勘違いすると哀れよな。ここまで来るとオウリが可愛らしく感じてくるわい。

 あぁ、それにしても臭い臭い」


 朱雀は手で顔を扇ぎながら独り言ち、青龍はタナカに断り協議を中座。朱雀の意図を遂行すべく『人界』(トレジャー)へと戻っていく。

 こんなことならば来なければよかったと、一人嘆息する朱雀だった。



※---※---※---※

※---※---※

※---※


 話が横道に逸れ続けることに業を煮やしたのか、タナカが皆に声をかける。


『お互いの思う所も出尽くしましたでしょうか。

 そろそろ、この協議の主題である「着地点を見出す」という話に移らせていただきたいのですが?』


 陣とオウリは頷き、お互い中央に進み出る。

 先ずは陣から口火を切った。


「さて、んじゃお互いの主張を纏めようか。

 俺ら一般プレイヤーは『煉獄』(インフェルノ)の攻略を安全に進めたい。だから今のPKプレイヤーの無差別PKを辞めて欲しい。バグ等を利用した悪質な行為は言わずもがな、だな。

 PKプレイヤーは自分たちのゲームプレイを楽しむために止めるつもりはない。

 俺もちょっと調べてきたんだが、実際PKプレイヤー専用職があったりで『ゲームを楽しむ』って意味でも一般プレイヤーの『PK行為そのものを自重しろ』って主張は飲めないんだろう?」


 オウリは陣の言に肩を竦め、地面に座りぱたぱたと足を鳴らす。


「そうだねー。楽しみ云々は置いておいても、PK専用職は『何人PKしたか』ってのが転職条件だったりするしね。専用のスキルスクロールなんかもゲット出来なくなっちゃうし、消耗品なんかもPKで一般プレイヤーを倒さないとなかなか出回らない。これから先の種界でPKフィールドが用意されてる保証も無いし、はいそうですかと止めるわけにはいかないかな。

 話せる範囲でいいけど、そこらへんどなのタナカさん?」


『はい。次の種界の話は出来ませんが、全域がPK可能というフィールドは「煉獄」のみになります』


 タナカの発言に陣は頷き、やはり落とし所を探すのが難しいと感じる。

 バグ技等で一般プレイヤーに被害を出すのは論外ではあるが、PKプレイヤー達に『PKするな』というのは『ゲームを楽しむな』と言っているに等しい。陣にした所でEAO内で相馬の技が使えず、修行にならないと感じればゲームを続けていなかっただろうからだ。彼らPKプレイヤー達が引けないという主張も分からない話ではない。

 ただ、既にタナカの発言にあった通り、規制が実施されてしまえば立場的に弱くなるのは彼らだ。だからこそ宣戦布告するような強行手段を取ったのだろうが。


「んー……。タナカさんにちょっと伺いたいんですが、こんな事は可能ですか?」


『本国への確認が必要になりますが、仕様的には可能かと』


 陣はタナカに耳打ちし、自分が考えた方法が実行可能か確認する。

 一つ腹案があるのだが、それはPKプレイヤーの存在を認める案にもなってしまう。一般プレイヤー代表の中では唯一、身内に被害者を出したミオソティスは中々頷けないだろう。逆に、彼女が認めるのであれば大騒ぎするだけのアイザックも認めざるを得ないだろうし、あまり興味がなさそうな朱雀も反対しないだろう。

 陣はプライベートチャットでミオソティスを呼び出し、腹案を話してみる。


『……という訳なんだがな。俺としてはここらへんが落とし所だろうと思うんだが、ミオソティスの心情を思えばどうなんだろうと思ってな』


『私も落とし所としては妥当だと思います。

 元々、私はPK行為そのものは否定していませんから。楽しみ方は人それぞれ、それを許容できない程に狭量では無いつもりです。

 ハラスメント行為や、対人戦に興味の無い一般プレイヤーに被害が出ないのであればいいと思いますよ』


 ミオソティスの言に問題ないかと頷き、挙手して口を開く。


 PKプレイヤー達も一般プレイヤー達も、どちらか一方が優遇されない形の手段は……。


「こんなのはどうだ?

 例えば一日の内でPK可能な時間とフィールドを設定して、その時間以外は一方的なPKは行えないようにする。

 それでPKプレイヤーを一般プレイヤーが倒した場合、通常モンスターよりも多い経験値と確率でレアアイテムを手に入れられるとかな。

 PKされたくない、対人戦をしたくないプレイヤーはその時間そのフィールドに行かなきゃいいし、経験値とレアアイテムが欲しいプレイヤーは率先して行くだろう。

 そうすりゃPKプレイヤー達も一方的に狩るんじゃなくて、自分達が狩られる可能性もある『歯応えのある対人戦』が出来るんじゃねえか?」


「あっはっは!

 そりゃいい、おにーさんはEAOに『リベンジシステム』なんてちゃちな報復じゃなくて、PKKプレイヤー・キラー・キラーの概念を持ち込もうって言うんだね!

 確かに今まではPKに対するPKKの旨味は殆どなかったから不平等だったよ!」


 オウリの好感触に両陣営から不満の声が上がる。

 一般プレイヤーからすればPK行為そのものを無くして欲しいのだし、PKプレイヤーからすれば『一方的に狩るのが面白い』のだから不満も当然だろう。特にPK行為で一般プレイヤーがドロップする金や装備を落とすという仕様も、PKKを狙うのであれば対処されてしまうだろう。PKプレイヤーの旨味は一気に無くなるのだ。

 一般プレイヤーでそれに不満を言うのはアイザック。PKプレイヤー達はほとんどが不満の声を上げている。


「お前ら黙りなよ。

 獲物を狩る者は、等しく獲物に狩られる覚悟を持つべきだ。

 無抵抗の相手しか嬲れないチキンなら、家に帰ってママのオッパイでもしゃぶってな。

 元々規制されちゃえば何も得るものが無かったのは僕等の方なんだからね。色々煮詰める必要があるとは言っても、おにーさんの提案は十分現実的だよ?」


「アイザックさんも我慢してくれないか?

 PK行為の完全排除をしたいんだろうが、それじゃあ落とし所なんて永遠に見つからないぞ」


 アイザックを抑えながら、陣はオウリの発言にちょっとだけ彼を見なおしていた。

 常々『楽しんでPKする連中のメンタリティが分からない』と感じていた陣だったが、今のオウリの発言は『自身が狩られる事をも覚悟する』狩人のそれだ。オウリが狩人なのであれば、陣は思う存分『狼』になる事ができるだろう。


『はい、今のお二人の感触から落とし所としての材料が見つかったと思います。

 ただ、PKプレイヤーの皆様はまだ不満があるようですので、こういった条件でいかがでしょうか?』


 タナカの言う条件を要約するとこうなる。

 

『煉獄』(インフェルノ)フィールドの1層を舞台に、一般プレイヤー1000人対PKプレイヤー1000人が大規模戦を行う。

 一般プレイヤーが勝利した場合、陣が出した条件をそのまま採用。

 PKプレイヤーが勝利した場合、アカウントに紐付けられている装備の類もドロップする仕様に。これにはアイザックを筆頭に一般プレイヤー側からはかなりクレームが入ったが、この仕様が無いとPKK側が有利過ぎる。プレイヤー側が勝利した場合はPKK側が『プレイヤーIDに紐付けられる、ドロップしないユニークアイテムで装備を固める』といった対策が取れる仕様になるという事で納得させられた。

 一般プレイヤーがそのままPKKプレイヤーになる訳ではないというアイザックの主張もあったが、それは最もだがそもそも彼の主張は『PK行為根絶』なので最初から相容れる訳も無かった。


 また、『煉獄』(インフェルノ)に土地勘の無い一般プレイヤーが不利では無いかという意見から、大規模戦が開催されるまでの間はPK行為そのものが出来ない仕様に変更されることとなった。


 勝敗関わらずPKプレイヤーもエリアシティでの制限が解除されることになった。

 今まで消耗品の買い物ができない等、色々と面倒な制限が彼らには掛かっていたのだが、これを続けるとPKKプレイヤーも同じ不都合が発生する。また、勝敗如何に関わらずPKプレイヤーがPK行為を行える場所も時間も制限されるため、不平等が大きいと判断されたためだ。


 大規模戦が長時間になった場合参加者に強いる負担が大きいということもあり、タナカが全権代理者としての権利を行使。特殊フィールドを展開し現実時間の1時間が体感168時間になるように加速。感覚値では7日間の大規模戦となる。

 それ以外の仕様は『煉獄』《インフェルノ》準拠という事で話は纏まった。


 そして、いよいよ勝利条件のくだりに差し掛かった所で、今まで後ろにまわり黙っていたスオウからタナカに提案される。


「勝利条件だけど、総計2000人の戦いを続けるというのはいくらなんでも数が多すぎるし、PKプレイヤーに負けた場合装備をドロップする仕様がそのままだと流石に参加者が集まらない。

 単純に討伐数を競う形にして、敗北した場合は特殊フィールドから排除。エリアシティに戻る仕様にして、敗北した場合は装備品を落さない仕様にして欲しいのですが。

 また、自陣営に敵方のプレイヤーが入り込んだ場合、アラームが鳴るように設定して欲しい」


『最終的に生存者が多い陣営の勝利として、生存者と脱落者が分かる仕様を用意すれば問題ないかと思います。

 一点、体感時間が違うため脱落者と生存者の連絡がつかなくなることがネックでしょうか。

 それを除けばワタクシは良いご提案だと思いますが、オウリさんは如何でしょう?』


 タナカに振られたオウリは暫し考え、ぱっと手を広げて答える。


「ん〜?

 節穴クンの言うことを聞くのはなんだかなぁって感じだけど、意見としてはアリかな。

 参加者数に関しては多ければ多いなりに楽しめそうだけど、装備品に関しては『それを気にして負けた〜』なんて後から言われても興醒めだしね。

 対人戦に忌避感の無い一般プレイヤーを1000人集められるかも疑問だから、参加者集めに必要だって言うならいいんじゃない?

 アラームに関しては、各陣営の陣地が安全地帯にならないならいいと思うよ」


『では、確認が取れたということでそのように。

 決定した事項を元に後ほど開催日と条件を公式にアナウンス致します。

 参加者のご都合もあると思いますので、1週間後の休日を目処に調整致します。

 それでは、長々と拘束してしまい申し訳ありませんでした。

 これにて協議の方を終了させていただきたいと思います』


 タナカはそう言ってログアウトしていった。


 スオウはアイザックにひと声かけ、共に種界門へ去って行く。

 他の一般プレイヤーも種界門を潜り、PKプレイヤー達も思い思いにその場を去って行った。


 陣は次々去っていくPKプレイヤー達の姿を見ながら、感慨深い思いに浸っていた。

 意識せず恨み恨まれの『修羅道』に足を踏み入れた者達。その意味が示す先を、ようやく突き付ける時が来たようだ。


 その場を立ち去ろうとした時、光彦ライトから声がかかる。


「ジンよ、どこに行くんだ?」


「いや、折角『煉獄』(インフェルノ)に来たんだから見て回ろうと思ってさ」


 陣の言に光彦ライトは呆れ顔になり、横に並んで歩き出す。


「あれだけ好き勝手に色々決めて、その上で観光とは随分と呑気なものだな」


「別に付き合う必要ないんだぞ?」


「いや、ナトリがリアルタイムで攻略サイトを更新していたから、今頃『人界』(トレジャー)は大騒ぎだろう。囲まれてもあしらいが面倒だから今はあちらには戻りたくない。

 ゆっくり『煉獄』(インフェルノ)を見れる機会など今まで無かったからログアウトするのも勿体無いしな。ま、付き合うさ」


 そう歩く二人に水穂アクアとミオソティスが合流し、滅多に見れない煉獄観光を始める一行だった。

 種界門前に、あまりの暇さから眠りこけたプリムラを一人残して。




〓〓『海域』(ラグーン)・第五層:飛島の入江〓〓


 スオウとアイザックは『人界』(トレジャー)には戻らず、人気の無い『海域』(ラグーン)のフィールドに居た。

 折角の美しく輝く入江であるのに、二人はその光景に目を向けない。

 アイザックは憤り、スオウは鬱々とした気配を放つ。


「まったく!あのクソ共など問答無用でEAOからBAN(追放)してしまえばいいのだ!

 何故わざわざ配慮してやる必要がある!

 勝敗など関係ない!連中が大人しく対人戦を楽しむだけで済ます筈がないだろうがっ!」


 暑苦しく叫ぶアイザックを横目に、スオウはぼそぼそと言う。


「……それもあるけど、それよりも気になっていることがあるんだよね……」


 人気の無いフィールドであるにも関わらず、周りの目を気にするようにスオウはアイザックに耳打ちする。

 アイザックはみるみる顔色を変え、驚愕の目でスオウを見る。


「……なんと、それは本当か?」


「……じゃないと諸々の説明つかないんだよ。

 このままだと不味いの理解してもらえたでしょ?

 こちらもグレーな手段を使ってでも、止めなくちゃいけない。

 だからね……」


 そのまま耳打ちされ、アイザックの顔に理解が浮かぶ。

 彼は胸をどんと叩き、スオウに大きく頷く。


「相分かった!

 このアイザック、スオウ殿に助力仕ろう!

 獅子身中の虫、なんとしても排除せねばな!」


 スオウは『単細胞は扱いやすくていい』と内心ほくそ笑み、策を練り込むためにログアウトする。

 アイザックもログアウトし、その場には顧みられなかった美しい光景と、一羽の鳥だけが残った。

ミステリーや陰謀ものでは無いので、スオウ君が裏でやってる事は割りと丸見えです。

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