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エピローグ

〓〓『煉獄』(インフェルノ)・第一層:エリアシティ・酒場〓〓


「いい加減そろそろ一般プレイヤーも力つけてきやしたし、あんまり旨味も無くなってきやしたね。

 運営もうちらの制限に乗り出すって専らの噂っすし、どうしやすかボス?」


「ん〜?」


 うら寂れた場末の酒場で、禿頭の男が対面に座る男に声をかける。

 ボスと呼ばれた男は、目の前の鳥の丸焼きからナイフで器用に肉を削ぎ口に運ぶ。

 印象の薄い男だが、むしろ圧倒的に強そうな見た目の禿頭の方が冷や汗をかく。

 不興を買えば次の瞬間喉を掻き切られてもおかしくない、その事実を痛い程知っているからだ。


「そうだねぇ。

 でも今後、自由にプレイヤーキリング出来る種界があるかどうかって言ったら怪しいしね。

 煉獄ここはいい遊び場だったから、単に明け渡すのは悔しいなぁ」


「では?」


 ボスと呼ばれた男は手首の力だけでナイフを鳥の丸焼きに突き立てる。

 力を入れたようにはとても見えないにも関わらずナイフは深々と刺さり、やる気なく頬杖を付く。


「他のPKギルドのマスターを集めよっか?最強のPKギルド、『死神』(リーパー)のオウリが呼んでるってさ。

 折角だからお祭りにしようよ。どでかい花火を上げてぱーっと騒ぐのもいいじゃない」


 そう言うオウリの顔は、とてもいい満面の笑顔だ。

 だが、プレイヤー達と遊ぶ顔ではない。プレイヤー「で」遊ぶつもりなのがありありと分かる。


 禿頭は一つ頷き、渡りを取るべく店を出る。

 オウリはナイフを引き抜き、ペロリと肉汁を舐めとった。


「Humpty Dumpty sat on a wall,

 Humpty Dumpty had a great fall.

 All the King's horses, And all the King's men

 Couldn't put Humpty together again!」


 上機嫌に歌う彼を、最強最悪のPKプレイヤーとして名を馳せる男だと思うものはいないだろう。

 悪意という名のスパイスを振りまき、次の戦場が蠢きだした。



 〓〓???〓〓


 Dr.ミカミはこの結果に満足していた。

 呼応者(レスポンダー)である相馬陣が、自分の狙い通り縁を作ったNPCに止めを刺したこと。

 感謝で彼に抱きついてキスしたいくらい、嬉しい嬉しい『望み通りの結果』だった。


 渾身の力で書き上げたプログラム。ありとあらゆる伝手を使い、血を吐くように築き上げた方法論。

 それはようやく実を結び、積年の望みまで後一歩に迫ったと実感している。


 深い深い森のフィールドの、更に深奥。

 一本の巨大樹に、ついに『アンゼル体』を縛り付けることに成功したのだ。

 アンゼル体は常にラグが走り、隙あらば逃げ出そうとしている。だが、何らかの強力な束縛が彼女の体を縛り付け、容易に逃げ出せる状況ではないようだ。


「はっはっは!

 素晴らしい!素晴らしい結果だよ陣君!ついに終わりが見えてきたじゃないか!

 これも貴方の情報のお陰です!陣君のパーソナリティーが分からなかったら、ここまでスムーズなこの結果は無かったでしょう!

 貴方と出会えたのは偶然とはいえ、神の采配というのを信じたくなりましたよ!ギャラを弾んだ甲斐がありました!」


 樹木の影にいた男が一つ頷き、嗤った気配を残し消える。

 アンゼル体にも見えるよう展開したスクリーンをそのままに、愛おしそうに彼女を見やるミカミ。

 その姿は狂的でありながら、どこか美しい絵画を思わせた。


「あぁ、本当に長かった。

 本当に……ようやく、ようやくだ……」


 ミカミは陣の映ったスクリーンに手を添え、アンゼル体へと向けていた目線と同種の愛おしい眼差しを陣へ向ける。

 彼は一つのファクターでしか無いとはいえ、その成り立ちの根源はミカミと『近しい』のだ。


 それを『彼』から聞いた時、まるでこれは天啓かと思ったものだ。

 相馬陣という特殊な生まれとは言え未だ学生の彼と、世界規模への影響力を持つ『天才』(ジーニアス)と自他ともに認めるミカミが、これほど似ているとは思いもよらなかったのだ。

 その親近感、シンパシーをどうやったら彼に伝えられるだろう。


「もう一歩、もう一歩で『最後の選択』ウルティムス・エーレクティオーが成されます。

 僕達は世界にそれを突きつける権利と資格がある!

 それでようやく幸福と絶望の等配分が行われる!

 そうじゃないといけない。そうじゃないですか、相馬陣君?」


 狂的に嗤うミカミと、モニタールームで悲しそうにそれを見る秘書。

 水面下で静かに、歯車が動き出した。



〓〓『人界』(トレジャー)・第一層:エリアシティ・プリムラ武具店前〓〓


「ほらジンさん!今度はネイリング構えて見栄を切って!」


「お、おう?こ、こうか?」


「ちっがーう!

 ほら!他の人のスクリーンショット参考にして!こうよこう!」


 陣はプリムラとの約束通り、『刺し貫く者』(ネイリング)の作成費代わりとしてモデルをする羽目になっていた。

 流石に門外漢だけあって上手く進まず、先程からプリムラにいいようにおもちゃにされている。

 というかプリムラの目が先程から段々腐れてきてる。


「よーし、次は血狼の長衣を脱いで上半身裸になってみようか!

 それでネイリングを掻き抱くように!大丈夫!絶対似合うから!先っぽだけだから!

 モアーモアー!」


「どこの絶滅した鳥だ!?

 いい加減兄貴を腐臭漂う道に落とすのはやめれ!

 兄貴も借りがあるつってもそこまでしてやることありゃしませんから!」


 今回全く出番のなかった剣歯ソードトゥースの激しいツッコミを受けて正気に戻るプリムラ。

 陣は「ようやく終わった」とほっと息をついてネイリングを仕舞う。

 慣れてないこととは言え、腐臭漂うお耽美な道へ引きずり込まれる所だった。


「すまんな剣歯」


「まぁあっしも、なんでそんな楽しげなパーリーに呼んでくれなかったのかとか色々言いたいことあるんすけどね。

 そっちは情報に鼻が効かなかったんでしょうがないと諦めるとして、なんつうかその剣銃のせいで噂になっちまってますよ。

 黒尽くめの見た目と四神の朱雀と互角にやりあったって出処不明な噂もあって、二つ名は『魔王』の間違いじゃね?とか言われて始めてやすぜ」


 魔王ってと頭を抱える陣。

 朱雀とやりあったのを知っているのはパーティー参加者だ。噂の出処としてはナトリか金魚が怪しい。

 にやりと笑う二人の姿を想像し、如何にもやりそうだと地面に突っ伏す。


「お前を呼んでたら佐清化してたのは光彦ライトじゃなくて多分お前だったんだがな……。

 とりあえずプリムラ、義理は果たしたぞ」


 なんとか気を取り直し立ち去ろうとした時、血相を変えた金魚が走りこんでくる。

 はぁはぁと苦しそうに息を整え、陣の胸元を掴み詰め寄ってきた。


「た、大変です★『煉獄』(インフェルノ)のPKプレイヤー連中から宣戦布告されました★

 こんな所で油売ってる場合じゃないですよジンさん★」


 それを聞いて、プリムラはスッと目が座り、剣歯はついに来たかと額を叩く。

 どうどうと金魚を落ち着けている間に、剣歯の首根っこを捕まえプリムラは自分の武具店に。


「来な、出っ歯。

 あんたの武具先にやっちまおう。

 攻略組みに引っかかるプレイヤーとしちゃあんたにゃ期待してるんだ。

 これから忍者職の諜報能力が絶対必要になる」


「わぁってるよプリムラの姐さん。

 兄貴、すいやせんが俺らはこれで。

 兄貴にも間違いなくお声がかかりやす、何か準備あるなら早めにしといたほうがいいっすよ」


 光彦から概要は聞いていたが、やはりPKプレイヤー達とは戦わざるを得ないようだ。

 ガツンと拳を打ち合わせ、来るべき時に向け気力を漲らせる陣だった。


 秋も深まり冬の気配が漂う頃、避け得ぬ糸が彼を絡み取り始めた。

このまま二章の後書きも連続投稿いたします。

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