ラハブ
文字数少ないのですが、ここで切るのが良さそうだったので……。明日も投稿するということで一つ。
陣はラジエルの書を手に持ち、海岸線に立つ。
時は夜。辺りは月光に照らされ、戦うに十分の明るさを保つ。
この日のために用意した弾倉を剣銃に叩き込み、その瞬間を待ち侘び目を閉じる。
小波と風の音が砂浜を抜ける。
この砂浜の音というのは不思議なものだ。生の息吹に溢れ、騒がしい程の音の洪水であるにも関わらず、時にそれが『静寂』にも感じる。
陣はこの静寂が好きだった。そして同じ位嫌いになった。
この音は、昔を思い出すから。
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一人の少年が砂漠に座りナイフを研ぐ。
一人の少女がそれに寄り添い歌を歌う。
一人の少年がそんな二人を見て微笑む。
空には満月、負けじと光輝く満天の星。
渡る風も、夜の砂漠の寒さも、辺りを照らす光も、穏やかに包み込む。
こんな日が続けばいいと少女が言う。
こんな日は続かないと少年達が言う。
それでも少女は嬉しそうに歌を歌う。
その歌は風に乗り、どこまでも続いているかのようだった。
サァサァと風が吹く、少女の祈りを乗せて風が吹く。
――サァァ
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ザァァ――
陣は僅かな違和感を感じ刮目する。一気に潮が引き、それに合わせて陣が疾走を開始。
シェルビーチで不覚を取った大津波の前兆。
遠浅の海面、その先にラハブが巨体を見せる。
『SIGYAAAAAAAAAAAAA!!』
ラハブの吠え声と共に、一気に大津波が陣を襲う。
「二度も同じ手を食らうかよ!」
陣は剣銃を地面に構え魔弾を連射。
その属性は土。砂浜を盛り上げ、陣の足場を作る。
素早くラジエルの書をアイテムストレージへ放り込み、陣は身構える。
脆い足場は大津波に勝てるはずも無く敢え無く流されてしまうが、陣にしてみれば初撃さえ凌げれば良いと割り切っていたため問題はない。
崩れきる前に陣はラハブに向かい飛翔。
「おおおおおおおおぉ!」
『ソノSYOヲYOコセェ!』
空中で陣の剣銃とラハブの牙が激突し火花を散らす。
陣VSラハブ・開戦。
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陣は何度も剣銃を振るうが、ラハブは器用に牙や顔のヒレでそれを受け止める。
渾身の横薙ぎをあえて牙に叩きつけ距離を取り、空中で弾倉を風属性に交換。
風の魔弾を周囲にばら撒きラハブを牽制しつつ、アイテムストレージから伐採した木を物質化。それを足場にラハブに跳躍する。
今度は本命の顔面ではなく、隙の多い胴体へ斬撃。
これがNPCとプレイヤーの差なのか。カル達ではかすり傷一つ付けられなかったラハブの身体を、陣の剣銃は容易く引き裂いて行く。
『SIGYAAAAAAA!』
ラハブは血を撒き散らしながら胴体を撓らせ、陣に体当たりを食らわせようと暴れ回る。
その行動を読んでいた陣はいち早く胴体を蹴って跳躍、先程のように魔弾をばら撒きながら木材を足場に立体機動。暴れているせいで動きが荒くなったラハブに冷静に斬撃を叩き込む。
しかし、ラハブはダメージこそあるものの、その傷は瞬く間に回復してしまうようだ。最初に付けた傷はもう既に快癒してしまっている。
「出鱈目な回復力!流石神話の生物だな!」
ラハブは陣が足場にしている木材向かって水流を吐き出す。あたかもそれはレーザーのように陣を襲い、寸での所で陣が回避。
新たな木材を出し弾倉を変え、再度跳躍した陣は自分が足場にした木材へ魔弾を射出。
その属性は火、油分を含んでいた木材は派手に燃え盛り、一瞬ラハブの注意はその炎に向く。
その瞬間、陣は更に別の足場から特攻。ラハブの鼻っ面に柄頭で痛撃を与える。
相馬流歩法:葉散。
その戦いに於いて『全く意味のない牽制』をする、その名の通り注意を散らし、相手の隙を生み出す技だ。
ダメージこそ直ぐに回復するものの、やはり鼻に痛撃を加えられたのが気に入らないのか、ラハブが目茶苦茶に暴走。それは何かしらの意図がある動きではなく、単純に暴れまわっているだけなので却って読みやすい。相手が嫌がることをするのは常道とばかりに、陣は執拗に鼻を狙い斬撃を繰り出す。
怒り狂ったラハブが水流を交えて陣を狙うが、冷静では無い攻撃など当たるはずもない。徐々に狙いも荒くなり、既に避けずとも構わないほどに逸れている。
陣はチャンスとばかりに、アイテムストレージに木材を一つだけ残し全て物質化。
海面に浮かんだそれは足場とするに十二分であり、これで場は整った。
浮かべた木材の一つに乗り、陣は勝負を決する時と見た。
「しまっ……!」
頃合いかと全身の撥条を弛めた時にそれは起こった。
陣が足場にする木材を突き破り、ラハブの尾が陣を打ち据える。
ラハブは怒り狂っていたのではない、冷静にこれを狙っていたのだ。
高々と打ち上げられ、未動きが取れない陣にラハブが頭から体当たり。
少しでも身を守ろうと構えた中級者用剣銃は砕け散り、真正面から食らった陣はそのまま海面を突き抜け、海中にまで叩きつけられる。
(くっそ、しくじった……)
辛うじて体力が残るも、海中はラハブの領域。
ただでさえ勝ち目の薄い戦いではあったが、これで陣の負けは確定してしまっただろう。
海中を漂う陣を、ラハブは潜ってじっと見つめてくる。
(怒り狂ってたのは『フリ』かよ。モンスターの癖にクレバーな奴だ。
今だってこっちの余力が無いか探ってやがる、絶対的有利でも慢心しない心構えは俺も学ぶべきだろうな……。
畜生、息が苦しくなってきやがった)
海面に上がろうにも大ダメージを食らって一時的に麻痺していてまともに身動きが取れず、例え身体が動いたとしてもラハブがそれを許すとも思えない。
陣の体はゆっくりと海中に潜って行き、EAOでも窒息死はあるのか段々と苦しくなってくる。
死を覚悟したその瞬間、どくんと陣の鼓動が激しくなった。
陣は身動きが取りにくい海中にあって、それでも全力で自らの胸を叩く。
(出てくるんじゃねえよ!お前はお呼びじゃねえんだ!)
衝動と共に意識が遠退き、いよいよもうダメかと覚悟した時、陣の目の前に何かのウィンドウが開いた。
中身も見ず、陣は邪魔だとばかりに何かのボタンに拳を叩きつけウィンドウを消す。
ラハブは敵だ。だが『自分を倒した敵』だ。その死に様を見る権利が奴にはある。
(ラジエルの書は渡せねえがな。何度やられようが、必ずカル達の恨みは晴らす。
今度はもっと調べてしっかり準備してから再戦に来てやるからな)
遠のく意識を流れに任せようとしたその時、システムメッセージが流れた。
『System Message:プレイヤーの許諾により上位職へ転職致しました』
情報が一気に流れ込み、一気に意識が覚醒する。
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意識が覚醒した陣はごぼりと空気を吐き出し、海上に向けて一気に泳ぐ。
木材にしがみつき荒れた息を整え、足場の上に立ち上がった。
中級者用剣銃は破損し、既に手元から消えてしまっている。アイテムストレージから刺し貫く者を実体化。その説明を見て陣は一つ頷く。
前回調べた時『???』となっていたスキル名が表示されている。刺し貫く者は『剣銃士の上位職用専用武器』だったようだ。
何故転職に至ったのかは不明なのだが、剣銃士の上位職になることでマスタリーとスキルを手に入れていた。
はっきり言って通常のプレイヤーからすれば『単なる剣銃士より更に地雷職』の認定を受けそうな物であるが、陣からすればこれ以上『使える』スキルもそうは無いだろう。
今だラハブ戦の勝ち筋は見えていない。だが、これでようやく『勝負』にはなりそうだ。
ラハブは海上に姿を現し、厳かに告げる。
『コレ以上ノ戦イハ無益。
貴様ノ持ツらじえるノ書ヲ渡スガ良イ。今ナラ命ダケハ助ケテヤロウ』
ラハブは、必要以上の殺生は望まないという。
元天使と呼ばれる存在なだけはある。如何にも怪物といった姿であるにも関わらず、その姿は荘厳であり峻厳。
しかし、何故助命の機会を与えるのだ。
ならば何故、ゴドフリーにあれだけの運命を背負わせたのだ。
何故カルを、自らがモンスターに変貌するような絶望を与えたのだ。
陣がプレイヤーだからか、カル達がNPCだからか。
やはり、このラジエルは『作り物の存在』なのだ。どこか、歪な思考構造。
いや、この傲岸不遜こそがラハブの本質でもあるのだろう。かの怪物はラジエルの書を回収して返還した後、神を裏切り粛清される運命にある存在。自らを至高と思えばこそ、そのような行動にも出れるのだ。
だが、だからといって、その理不尽を陣が許してやる理由は欠片も無い。
「その台詞はカル達にこそ言ってやるべきだったな。
そもそも本当にコレが欲しいなら呪いなんて使わずに、素直に宝の一つでも報酬にして助力を願えばよかったんだ」
『不要。
塵芥ノ者ナラバ我ニ使役サレル誉レヲ理解出来ヌカ。
聞カヌナラソノ身ヲ食イ千切リ、奪イ取ルマデ』
「応!こちとら最初からドタマに来てるんだよ!
御託はいいからかかって来い蛇公が!蒲焼きにしてこっちが食ってやらァ!!」
陣はネイリングを矢筈に構え、手に入れたばかりのスキルを使う準備をする。
『万機剣銃士』相馬陣 VS 『神話の怪物』ラハブ・戦闘再開




