三迫
ラハブについての説明回です。
最近説明回多いですね、もうちょっとさくさく進行出来ればいいのですが……。
〓〓心葉大学・学生寮・自室〓〓
三迫のたっての願いで自室で話すことになった陣。
自分の部屋に女性がいる絵というのは不可思議なものなのだが、この三迫、容姿自体は整っており割りとグラマラスな肢体、20代後半と妙齢の女性ではあるのだが、研究一筋だったせいかあまり化粧っけも無く色気を感じさせない。
陣もあまり色恋に興味が無いとはいえそこは20歳の青年。自室に女性がいるとどうしても落ち着かないものはあるが、三迫のように女性を感じさせない相手であれば招くのに不都合は無い。
「それで、早速本題に入りたいのですが……」
「まぁ待て!」
三迫は手で制して、陣の部屋を見渡す。
くんくんと鼻を鳴らし匂いを嗅ぎ、うむと一つ頷く。
「20歳という性欲を持て余している若者の部屋に、妙齢の女性が連れ込まれる。
そして準備万端、俺はやる気だぜとばかりに若者は風呂上がり。
さて、己は何をされてしまうのだろうな?」
「俺の部屋がいいって言ったのアンタですよねぇ!!」
「うむ、そうだな。よし、とりあえず脱ごうか」
「脱ぐな!というか話が繋がってねえ!?」
いきなりブラウスを脱ぎ出す三迫。というか目を離した隙にどんどん脱衣が進行している。既に上半身は下着のみという有り様。
あまり三迫を視界に入れないよう苦労しながら、陣はシーツを被せる。
「何で脱ぎ続けてるんだアンタは!?
とりあえず服を着てくれマジで!」
「ぬ、着衣プレイがお好みだと?
秋とはいえまだまだ暑い。汗だくというシチュエーションが好きなのかもしれんが、あまりお薦め出来ないぞ?」
「何のこと言ってるかは分かるけどそんなつもりねえから!
いいから服を着ろ!話が進まねえ!」
つまらんとブツブツ言いながら服を着る三迫。
確かに三迫が変態だとは聞いていたが、こっちの方向に振れている変態は初めてだ。陣の周囲にこういうタイプの人はいなかっただけに、どう反応したらいいのか分からない。
普段とは違う徒労感に嘆息する陣。
「三迫先生は経験豊富なのかも知れませんが、こっちはそうじゃないんですから。青少年をからかわないで下さいよ。
真に受けて襲われたらどうするんですか」
「失礼な。研究熱心が祟って機会がなくてな、己は未だに処女だぞ?
このまま干物女化するくらいなら、いっそこの場で奪ってもらって一向に構わん!どんと犯りに来い!」
「本格的にダメだこの人……。
いいから本題に入らせて下さいよ!」
陣の絶叫に何事かと寮の隣人が部屋に飛び込んでくるも、「ああ、三迫先生か」とスルーしていく。
どれだけ色々とやらかしているんだこの人は。むしろこれだけ積極的なのによくぞ今まで未通であったものである。
もそもそと服を着た三迫は陣に向き合う。
「まぁいい。改めて自己紹介すると、己が宗教学講師の三迫だ。
ライブラリーデータから察するにイザヤ書を中心にした十字教周辺で質問があるのかな?」
「ようやく本題に入れるよ……。
そうですね、イザヤ書にも記述されているラハブという怪物についてをちょっと調べています。
リヴァイアサンと同一視される事もあるという所までは調べたのですが……」
陣の言に三迫は一つ頷く。
心葉大学において宗教学は不人気学科、あまり熱心な学生がいないだけに三迫は微妙に嬉しそうだ。
「確かにラハブという存在を調べようとすれば十字教の知識だけでは片手落ちになる。
メソポタミア文明、またそれに連なる宗教学の知識も必要になってくるな。
心葉大学のライブラリーがいかに充実していようが、そこを連想して考えられなければ正体は見えてこないだろう」
「なるほど……」
三迫の話を要約すると、ラハブはかなり不可思議な変遷を辿った存在になる。
バビロニア神話におけるティアマトの娘、海の沈泥を表すラハムがその大本となる。
当時のユダヤ教はバビロニア神話に対向するためにそのエッセンスを次々に吸収していた時があった。
創世記やノアの方舟に当たる原型になったと思われる部分や、似通った点も多く存在していることからもそれは伺える。特にティアマト=レヴィアタン(リヴァイアサン)説もあり、ティアマトの娘、ラハムもその関係性の近さからラハブ=リヴァイアサンという説があったりするのだろう。
また、ティアマトの伴侶、アプスーは後にメソポタミアの大地夫神『エンキ』に変わっていくのであるが、海のリヴァイアサンと対になる地のベヒモスも雌雄一対の存在として描かれることもあるそうだ。ティアマトは後に策謀を巡らし、自らの息子・娘の手によってアプスーを打倒するのだが、リヴァイアサンとベヒモスも殺し合うという描写があり、確かに関連が深いと納得出来る部分がある。
そして時にエンキと同一視されるエアの息子、マルドゥクによってこのティアマトも討ち滅ぼされる。アプスー=エンキ=エアなのであれば、伴侶の連れ子にティアマトも殺されることとなる訳だ。
ただでさえ古代神話は残酷な話が多いのだが、かなり業が深い関係性だ。
「…………とまぁざっくりと掘り下げるだけでこれだけの情報が出てくるわけだ。
当時のバビロニアの事情やモーセからキリスト登場以降のユダヤ教、そして後の十字教による他宗教吸収の歴史等など認知して置かなければならない歴史は多岐に渡る。ラハブという存在一つとってもそうなのだから全体像を見ようと思えば言わずもがなだな。
オカルト的な話も枚挙に暇がないぞ。ラハブが見つけ出し、アダムに返還したとされる『ラジエルの書』、後のエノク書の記述に大いに影響を与えたとされ、紆余曲折を経てソロモン王の手に渡り、有名なグリモワールである『ソロモンの鍵』の源になったとすら言われている。この書は十字教的に重要な天使とされるメタトロン発祥にも関わりがあると言われているな。
まぁ、ここらへんの話に腰を据えて学ぶつもりがあるなら宗教学の講義に来なさい。そのテーマであれば教授に掛け合えば単位を上げられるぞ」
考えておきますと断り、陣は暫し黙考する。
ラハブという魔物が複雑な変遷を遂げたことは分かったが、具体的な攻略方法には結びつかない。
ここまでの会話で三迫がかなりの知識を持っていることは分かった、ここは彼女に聞いてみたほうがいいだろう。
「例えばですが、仮にラハブという存在が現実にいたとして、それと人類が戦うとしたらどんな方法が考えられますか?」
「ふむ?
……まず神話の存在が実在するという段階で荒唐無稽な事ではあるし、ラハブは元天使、ようは堕天使だとされる存在でもあるからな。天使が霊的存在だと仮定しても人類がそれを打倒するというのはかなり困難だろうな。
神話においても神に打倒されたという記述はあるが、人が対抗したという話はない。
またこれはバビロニア神話においてもそうだな。英雄神マルドゥクによってラハムも打倒されるのだが、それにした所で神の一柱の手による訳だ」
この仮定そのものに意味があるかは置いておいてと一言断り、三迫は言を続ける。
「一点考えられるとしたら、リヴァイアサンのように『いかなる武器も通用しない』という記述が無い事。
ティアマト=リヴァイアサン、ラハム=ラハブなのであれば、同一視されることはあれ別存在だと仮定できる。ならば武器が全く通用しないという事もないだろう。
またラハブがラハムと同一存在なのであれば、その母であるティアマトの死に方、『口の中に剣を突き立てられる』が弱点になるのかもしれない。どうやって口中に攻撃するかは分からないがな」
カル達がゴドフリーで大砲を打ち込んだのは外皮に当たる場所。これは全くと言っていいほど効果を見いだせなかったそうだが、確かに口中というのは動物にとって弱点である場合が多い。
確かに『どうやって』という問題は残るが、突破口が一つもないよりはいくらかはマシだろう。
「とても参考になりました。有難うございます。
夜も遅いですし、ご自宅までお送りしますよ」
陣は三迫に礼を言うと、三迫は落胆した表情を浮かべた。
「なんだ、もういいのか!?
これからアダルトタイムと胸をツンツンさせて待ってたのに!!」
「何をツンツンさせてたんか知らねえけど色々台無しだなマジで!?
いいからもう帰れ!」
陣は三迫を自室から蹴り出し嘆息する。
スラスラと疑問を解いてくれる辺りやはり知識に関しては素晴らしいのだが、知性という一点においてその存在を疑うようなキャラクターだ。特に陣は色恋に関しては『鈍い』と自覚していることもあり、ああもオープンに性的な方向に持ってこられると対処が分からず戸惑ってしまう。
「こういうゲームは神話を元にして作られるって話だから、参考になりそうな事も聞けそうなんだけどなぁ……」
三迫がああいう方向に残念でさえなければ、オブザーバー的な立場で色々とアドバイスして欲しい所ではあるのだが。
そう独り言ち、陣はトレーサーを被るのだった。
※---※---※---※
※---※---※
※---※
※
陣がEAOにログインすると、それを待っていたかのようにプリムラからプライベートチャットが入る。
『あぁ、ジンさん!ようやくインしたね!
武器は出来てるんだけど、ちょっと相談したい事もあったから待ってたのさ』
「もうかよ!?
随分と早いな、さすがトップ生産職だ。
それで相談ってなんだ?」
陣の疑問に暫しプリムラは言い淀むが、意を決して口を開く。
『まず、この武器を使うメリットとデメリットの説明。そしてその上でどうするかを相談したいのさ。
メールに添付して送るよ』
そして、プリムラから一つの武器が送られてくる。
添付データから具現化、漆黒の鞘に収められた刀型の剣銃。
反りはほぼ無く、細身の直刀に近い。
刀身も漆黒。鎬に浅く彫りが入り、そこだけが血のように赤黒い。
鍔に簡素な銃機構、柄には荒く革紐が巻いてあるのみ。
禍々しく、それでいて質実剛健。
暫し無言で、時に相馬流の技を織り交ぜて素振り。
以前使っていた剣銃と比べ、そのバランスが素晴らしい。
銃機構があるせいか今までの剣銃は持ち手に重さが偏っており、どうしてもバランスが悪いと感じていたのだ。
だが、この剣銃は違う。細身の見た目に反して刀身その物が重いらしく、今までの不満が解消されている。
その分剣銃その物も重くなっているが、鍛え込んでいる陣には『程良い』と感じられた。
直刀である分居合には向かないようだが、その分突きの相性には特筆するものがあるようだ。
風音もさせず大気を貫く様は、この剣銃が相当な威力を持っていることを予感させる。
だが、狙ったわけでも無いのに黒い装備ばかり集まるのは何故だろう?
血狼のコートも黒色が主体であり、どんどん『どこぞの悪役』のような見た目になっていってしまっている。
「プリムラ、ありがとう。
大分いい感じの剣銃のようだ、大事に使わせてもらうよ」
『あー……。うん、もう物質化して使っちゃってるんだね。
そりゃあいいんだが、相談もさせてもらっていいかな。
その剣銃、観察スキルで内容見てもらえるかい?』
プリムラの言に従い、手に持つ剣銃に観察スキルを使ってみる。
『System Message:剣銃「???」に観察スキルを使用しました。
剣銃名:『刺し貫く者』
レア度:10・伝説級
耐久度:100(モンスター討伐により耐久度回復)
特殊効果:スキル「???(現時点で未取得)」使用時に特殊効果を発動。
魔弾発射時に貫通効果を付与。
竜族種に特効効果。
製作者:プリムラ
説明:ベオウルフ王が所持した魔剣。伝説では竜との戦いで破壊されたと言われているが、後にその弱点を克服するため過剰に強化されており、現在では対竜特効の効果も併せ持つ。』
「……なんつうかあり得んモノが見えるんだが、特にレア度。
モンスター討伐で耐久度回復ってどんな魔剣だよコレ」
『よし見たね、間違いないね、今更見てないとか言わさないよ?
それは錯覚でも何でもなく、間違いなく伝説級の武器だよ。
はいおめでとー、多分EAOでも初めての伝説級武器の所持者だね!
それで、まぁ、あれなんだけどね。
相談事にも通じるんだけど、メリットは当然そんだけの武器を使える事さね。自慢するわけでも無いけど、プリムラ印の伝説級武器ってのもあって相当自慢できるよ!前に問題になった耐久度もそれなら問題解決間違いなし!』
意図的にハイテンションなプリムラが胡散臭過ぎる。
聞きたくないなぁと思いながら、渋々陣から切り出すことにした。
「……んで、デメリットは?」
『……まぁこれも当然なんだけど、相当な嫉妬を買うだろうね……。
ただでさえ最近のジンさんは活躍し過ぎている。公式イベントのMVPに始まり、有名プレイヤーと次々仲良くなるとかね。
その上、今度はゲーム初のレア武器を持ち歩いた日には、当然のように目立つわけだ。
それが単純な羨望とかなら良いんだけどね、いらぬ面倒事を引き寄せる可能性もある。それが根拠の無い逆恨みの類であってもね。
今は隔離フィールドにいるから使っても問題ないんだけど、戻ってきたらそうはいかなくなるだろうね』
一度口を開けば覚悟が決まったのか、プリムラは次々に問題点を話す。
『ここからが相談なんだけど、アタシは生産職の倫理にかけてこれを発表せざるを得ない。
今後のEAOの攻略にも関わることだしね。なんでこんな浅い『第三種界』までしか開放されていない状況で伝説級武器が作れたのかも疑問があるし、こういう情報は秘匿せず公開して、広く情報を募ったほうがいい。
これが古参で有名なプレイヤーならこんな事は言わないんだけどね。でも、初心者を脱したばかりというプレイ時間しか無いプレイヤー相手に、そんなデメリットを押し付けるというのにも疑問が残る。
もしもジンさんが、その武器を使わない、アイテムストレージの肥やしにしてくれるって言うなら、この情報を黙っていてもいいと思っているんだよ』
プリムラの様子から、余程大事になるのかと身構えていた陣だったが、その話を聞いて肩透かしを食らった気分だった。
面と向かって言ってくるので無ければ、言いたい奴には言わせておけばいい。目の前で何か言われれば丁寧に事情を話せばよいし、理解されないのだとしてもそれ以上関わらなければ良い。もしそれでPVPでも挑んでくるなら尋常に勝負するだけだ。
プリムラが何を躊躇っているかは分からないでもないが、陣からすれば問題事は望む所であって忌避する事ではない。
「何事かと思ったらそんな事か。
別に構わねえからどんどん発表しちまえ。
というか、それを切っ掛けにして剣銃士が増えるなら結構な事じゃねえか。
皇帝亀の卵は苦労しそうだけど、皇帝亀の産卵地はここだけじゃねえだろうしな」
あっけらかんと話す陣に、呆れたようにプリムラは肩を竦める気配。
陣からすれば、これを機会に弱職とされる『剣銃士』に光が当たればいいと思うだけなのだが。
『はぁ……。なんか気を使ったこっちが馬鹿みたいだね。
じゃあナトリちゃんに連絡して攻略サイトには載せて貰うから。
戻ってきたら調整するから一度アタシに見せる事、後スクリーンショットをアタシの店に飾りたいから撮らせてもらうよ』
「は?なんでそんなこっ恥ずかしい事しなきゃいけないんだ!?」
『アタシの店の宣伝になるからだよ!黙ってる必要無いなら当然協力してもらうよ!』
陣からしたら嫉妬されるよりも勘弁して欲しい状況である。
無理やり約束させられ、プライベートチャットは切られてしまった。
「はぁ……。面倒事よりも厄介だぞマジで……」
陣はネイリングをアイテムストレージに仕舞う。
確かにネイリングは伝説級の武具。その威力も押して知るべきだが、使い慣れてない武器はいまいち信頼が置けない。
まずは使い慣れた中級者用剣銃で一当するつもりだった。
陣は三迫より聞いた情報から一つ戦略を思いついていた。
その準備をするため、辺りの木を伐採し、ある属性の弾倉を作成する。
「さて、三迫先生から情報も聞いて、新しい武器も手に入った。
待ってろよカル。お前の無念、俺が肩代わりさせて貰う」
陣は剣銃を抜刀し、ラジエルの書を手に海岸に向かう。
思えば色々と遠回りしてしまったが、いよいよ強敵との戦いが始まる。
いよいよ次話から決戦になります。




