最弱
〓〓EAO・Start up〓〓
問題のあったオープニングも越え、いよいよログイン画面まで到着する。
ゲーム自体とは全く関係のない所で相性の悪さを感じている陣だったが、祖父怖しの思いだけで渋々ログインコールをした。
「説明書だと初期チュートリアルにガイドが付くって話だけど、どこにいるのかね」
『既に隣におりますが』
「うぉっ!ってなんでいちいち唐突に湧いて出るんだこのゲームは…」
陣はいつの間にか中世フランスの片田舎にあるようなあばら屋に転送されていた。
ゲーム内時間は夜なのか無駄に揺らめくオイルランプや、初期チュートリアルにしか現れない筈の女性型ガイドすら中世風町娘の服を着込んでいる等、妙に芸が細かい。
『Eden Acceleration Onlineにようこそ!
まずはプレイヤー様のキャラクターネームを教えて下さい』
「キャラネーム…?ようは偽名か…?
しまった。全然考えてない…」
元々においてVRMMORPGに限らずオンラインゲーム自体未経験の陣である。まったくその手のゲームを知らない訳でも無かったが、本名以外を名乗るという事自体慣れてないのだ。
キャラクターネームは偽名では無いのだが、その差異をあまり理解出来ない陣は深く考えずに本名でいいかと決める。
「じゃあ陣でいいよ、漢字で陣形の陣で。
いい名前も思いつかないし、別に本名でも構わないだろ?」
『陣様…サーバーサーチしました。
重複はありませんでしたが、こちらは本名なのでございますね。
現実世界においての陣様の情報が不特定多数に公開される要因にも成り得ますので、別の名前をお薦めいたします』
「…無駄に高性能なAIだなオイ。
まさか駄目出しされるとは思わなかったぞ…。
だったら片仮名でジンでどうだ?」
『ジン様…サーバーサーチしました。
重複はありません。こちらで決定いたしますか?』
なんで名前つけるだけで苦労してるんだと幾分げんなりし始めてる陣は、ひらひら手を振りながら「それでいい」と気軽に答える。
陣のこの反応も俗に言う「リアル割れ」を恐れていないというのがある。中学生、高校生の時代は相馬流という武術宗家の跡取りであることを知るやんちゃな方々から、倒せば名が上がると日常的に喧嘩を吹っかけられて育ったからイマイチ危機感が希薄なのだ。
リアル割れの弊害を知る光彦あたりがこの場にいればそういった陣の知識不足も上手くフォローも出来るのだが、本人に危機意識が無いのだからこれは如何ともし難い話だろう。
「んじゃジンで決定で。
他に何か決めることあるのかい?」
『後決めなければならないことは、外見を現実の外見以外に変更する場合はそれらのセッティング。それと職業を決定する事です。
性別に関しては現実世界の性以外はシステム上選択出来ません。
初期に選んだ職業は後に変えることが不可能ですので慎重にお決めになることを推奨します。
ゲームが進行いたしますと副業に就く事が出来ますのでいくらかの範囲はフォローできますが、職業程の恩恵は受けられませんのでご注意下さい。
こちらが決められる職業のリストになります』
半透明のプレートが空中投影され、細かい字でリストが表示される。ざっと見ただけでも数百種類の職業があるらしい。剣士や魔術師等のオーソドックスな職業から釣り師や絵描き等の趣味職らしき職業、果てはエルフやドワーフといったそれは職業ではなくて種族では?というものまで多岐に渡る。
ようやく「それ」らしくなってきたと気を持ち直し、リストを食い入るように見ていくものの、どれもピンと来る職業が見当たらない。即断即決が常である陣にしては珍しく悩んでいると、時間経過でアシストする設定でもあるのかガイドが陣に提案する。
『宜しければEAOインストール時にアナライズしたパーソナルデータから適正職業を推薦する事も可能ですが』
「そんな事までやってくれるのか。
参考までにどんな職業か聞かせてくれ」
『畏まりました、アナライズデータからジョブデータのマッチング率を算出中…
ジン様に最も適正が高い職業は剣銃士になります』
ご丁寧に展開されていたプレートの内容が剣銃士の詳細に切り替わる。
剣銃士
剣銃と呼ばれる銃と剣が一体になった特殊な武器を使い戦う。遠距離戦・近距離戦・魔弾と呼ばれる特殊な弾を使用することで魔術戦も行える万能型の職業。全ステータス・パラメータが同列に成長する事で安定した行動を取れる。
陣が習得している相馬流は武芸十八般、所謂「抜刀術」や「銃砲術」もその範疇に含まれる。それらを考慮すれば確かにこれほど似合う職業も無いだろう。魔弾という要素もファンタジーと割り切れば楽しめそうではある。
欲を言えば組打ちに属する要素も欲しかった所ではあったが、それらは拳闘士か剣闘士に存在する素手補正しか無いらしい。補正が無い、イコール使用不可能という訳ではないというのをガイドに確認した陣は、自分の職業を剣銃士にする事を決めた。
「よし!じゃあ剣銃士で始めることにするよ。
外見は特に変える必要ないからこのままでいいとして、これで設定は終了かい?」
『はい、全項目を無事に設定完了いたしました。
他に何かご質問はございますか?』
「友人とゲーム内で待ち合わせしているから、連絡方法だけ教えてくれ」
プライベートチャットの仕様と、最低限知っておくべき運営スタッフとアクセスする方法を聞き、とりあえず知っておくべきことを全て知った陣はもうこれでいいと告げる。
ガイドは深々と腰を折り、初期チュートリアルの終了を知らせた。
『これにてガイドを終了させていただきます。今後は何か不明点がありましたらヘルプコマンドにて検索下さい。
ジン様がEAOを楽しめますよう、スタッフ一同心よりお祈りしております』
「あぁ、ありがとうな」
『最初のフィールドに転送いたしますので、目を閉じて下さい』
言われた通り目を閉じ、開いた時には草原に一人、陣は佇んでいた。
〓〓浮遊島第一層・名もなき草原〓〓
『なるほど、それで陣は「ジン」というキャラ名にしたと。
お前らしいと言えばらしいが、随分と安易な名前だな』
「いや、光彦だから『ライト』ってのもあんまりだと思うぞ?
光らせるのはメガネだけにしておけって」
早速光彦と連絡を取る陣だったが、選んだ職業が剣銃士だという事を聞いた光彦は渋面になる。
『しかしまぁ、選りに選ってピンポイントで剣銃士を選ぶとはな…』
真面目な光彦の顔に陣も聞く姿勢を整える。
普段は自分の趣味を隠そうともしない光彦ではあるが、本性としてはかなりの切れ者。巫山戯てる時は辟易とする事も多いが、真面目な一面を出した光彦に対しては全幅の信頼を寄せるに足る。その本性を出しているのがゲーム内というのも些か情けないものだったりもするのだが。
「まぁ殆どガイドの推薦なんだがな。
剣銃士の適正値が高いって言うんでそのまま選んだんだけど、何か問題でもあるのか?」
『問題だらけ、と言うよりむしろ問題しか無い。
不慣れだというなら尚更、ゲームを始める前に攻略サイトで情報収集する位の事はしておけ。
いや、これはジンが不慣れだというのを知っていたにも関わらずそう指南をしなかった自分のミスだな』
光彦の言ではよほど剣銃士という職業には問題があるらしい。
元々自発的に始めたわけでは無いゲームだ。オープニング時の問題といい、何かしら呪われているんじゃないか?と陣が考えるのも当然の流れだろう。
『ジンの居場所はマーキングしたから、大至急そちらに向かう。初期MAPは自分からちょっかいを出さなければモンスターも襲っては来ない。
合流したら詳細を話すから、間違っても興味本位でモンスターと戦おうとするなよ?』
「了解、まぁゆっくり待ってるわ」
プライベートチャットのウィンドウを閉じると、陣は草原に寝転がる。
「作られた自然」ですら無い偽りの草原ではあったが、のんびりと休むこと無く修行に明け暮れていた陣にとって、この時間は新鮮なものだった。
しかし素晴らしく爽快な気候だ。頬を撫でる風にしろ、草いきれの匂いにしろ、これが全てパラメータと電気信号で制御される世界だとは信じ難い。
プレイ時にも半睡眠状態でゲーム内でも寝るってどういう事なんだろうなぁとぼぅっと考えている内に、自然と目蓋が落ちる。どうせ暫くは光彦も来ないだろうと本格的に寝る姿勢になった時、何かの鳴き声が陣の耳に届いた。
「ん?何かいるのか?」
陣は反動をつけて跳ね起き、辺りを警戒する。
…やはり遠くから何かの鳴き声が聞こえる。
どうやら1匹2匹では無く複数の「何か」がいるようだ。光彦に「戦うな!」と念を押されていた事を思い出した陣だったが、それでも偵察だけはしておこうと剣銃の柄に手をかけひた走る。
想像以上に鳴き声の元は遠く草原を抜け岩石砂漠帯に辿り着いた陣は、全身を隠せる岩から身を乗り出し辺りの様子を観察する。
どうやら数匹の兎型モンスターを、狼型モンスターの群れが襲っているようだ。狼型のモンスターは俊敏な動きで兎型のモンスターを翻弄している。ヒエラルキーに従うがごとく圧倒的な実力差があるようだった。
よくよく観察すると狼の後方には子供の狼が数匹おり、狼の群れは家族群のようだった。これはAIで自動的にプレイヤーを襲うわけではなく、自然の営みがゲームそのものに組み込まれている事になる。言うまでもなくこれはリソースの無駄遣いであり、それだけこのEAOにその無駄遣いを許せるだけの余裕が存在する事になる。
色々とあって不満気味だった陣もこれには驚愕し、改めてこのゲームを見なおした。
これが自然と同じであるなら、あの兎達は狼の夕餉になり子狼が成長する糧になるだろう。厳しいようだが当然の光景に見えており、助けに入るつもりは無い。マクロ的に見れば人であっても、何時捕食、被捕食の関係が逆転するとも限らない。心ゆくまで暴れ抵抗し、それでも食われるならしょうがない。陣はそう考える男だった。
いよいよ狼の狩りも佳境に迫り、追い詰めた兎に狼の牙が刺さろうとしたその時、影が割って入る。
「うさぴょん逃げて!」
「は?う、うさぴょん?」
影は少女だった。少々切れ過ぎる金眼と、背中まで垂れた美しいプラチナブロンド。全体的にスラっとした体躯。これで耳が長ければエルフか?とも思うような美しさだが、綺麗というよりは可愛いと評すべき雰囲気。外見年齢は妹の水穂とそう離れていないように見える。
うさぴょん呼ばわりに一気に脱力する陣だが、状況自体はかなり悪い方向に推移した。
被捕食者が兎からその少女に変わっただけ。しかも助けに入った少女もそれほど強くは無いのか、構えた剣の様子を見ても明らかに不慣れだ。あれではそれほど経たずに狼の腹の中だろう。
これが自然の営みなら無視して見捨てる所ではあるのだが。
「まぁ、見ちまったモンはしょうがない。
これが初陣ってのもどうにも締まらないけど、ヤルとしますかね」
助けに入る事を決めた陣は、不意を突くため目立たぬよう準備を開始する。
初期装備の剣銃の名前は『ビギナー・ガンブレード』。RPGに疎い陣には分かりかねるが、それでもはっきり低いと分かる性能。流石の初期装備といった所だが、セットでついてきた『魔弾マガジンLV0+5・無限弾』はマガジン・リロードの動作を取れば最低レベルのショック弾をいくらでも使用できると言った物だった。
陣は剣銃にマガジンを叩きこみ慎重に構える。
狼をサイトに入れ呼吸を整えるとシステムアシストによりターゲット・スコープが出現、呼吸に合わせ拡大縮小するスコープを睨みつけながらタイミングを合わせトリガーを一気に引き絞る。
ドズッと一発、重い音と共に放ったショック弾が魔煙を棚引かせながら狼に奔る。
陣は命中を見届けずに群れに向かって疾走。弾丸の当外に関わらず状況を動かしたそこからが本番、少しでも良い位置取りをしなければ折角割って入った意味が無くなってしまう。
『GYU!』
陣の放った魔弾は無事に狼に命中したらしい。しかしそれは群れの最後部、狙った狼はまさに少女に襲いかからんとしている最前列の一匹だったので相当外れている。
「なんちゅうピーキーな武器だ!これじゃ狙撃どころか同士討ちが怖くてまともに撃てねえぞ!」
群れに突っ込み、初期の剣銃斬撃スキル『スラッシュ』を使うも呆れるほど遅い。
狼は素早い動きで斬撃を避け、乱入者を警戒して一旦散る。だが諦める気そのものは全く無いようで少女と陣を取り囲んだまま唸りを上げ、飛び掛からんと力を溜める。
陣は横目に少女を確認し、狼に対処するため剣銃を構える。助けられた少女は怯える兎を抱きしめながら陣に向かって。
「なんで初心者の剣銃士が乱入してくるのよ!?
弱職なんだから隅っこで震えてなさい!」
「助けられた身のヤツからいきなり罵られたよオイ!」
この出会いが、なんだかんだと腐れ縁の一つになるとは、流石の陣にも見通せなかった。