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鬼継祭②

連日投稿3。自分はクーラーが苦手なので扇風機で夏を過ごすのが定番なのですが、ちょっと心が折れそうです。

「それでなんで鞠子と勝負なんて事になってるんだよ……。

 しかも公衆の面前で踊りで勝負って意味分かんねえんだけど」


「踊りでは無く『舞い』ですね。

 水穂さんに感謝なさい。問答無用で問題にされてもおかしくない事態だったのですから」


「そうだぞー。かとうっちがグダグダ言い始めてたから面倒だったなんて事はないんだぞー」


 朗らかに笑いながら無理難題をふっかける権江。

 褒められて嬉しいのか、陣の頬をピースサインで突いてくる水穂。いや、本音はもう少し隠せ妹よ。

 陣は嘆息し、権江に文句を言う。


「いや、舞いだろうが踊りだろうがこの際大差無いだろうが。

 俺にそんなもの求められても習ったこともやった事もねえぞ……」


「自業自得です。

 自己の問題を認識できているのに、律することも飼いならすことも出来ない陣さんの落ち度ですよ。

 今回は事が大きくなる前に自分で始末を付けられたので及第点、ですがそうなる前に律する事を心がけなさい。

 勝負方式を決めたのは三善、更に鞠子さんは舞に関しても達者だそうです。

 たまには派手に恥をかいて反省すると良いですよ」


 ぴしゃりと言い切る権江。これはもう自分一人がどう言った所でどうにもならんと、陣は開き直ることに。

 そう考えてしまえば、三善が誇る天才児との勝負。どんなモノを見せてくれるのかと楽しみになる陣だった。



※---※---※---※

※---※---※

※---※


「全く面倒よな。儀式でも無いのに、態々《わざわざ》舞いを指さねばならんのだ。

 しかも勝ってもあの鬼を貰えるわけでもなし、特に何もないではないか!

 そも、加藤が発端であろう?お前があの鬼と勝負すればよいではないか。

 そうよな!今からでも相馬の当主にそう言ってこよう!」


「お、お待ちください鞠子様!

 いくら相手が汚れし鬼と申せ、正式な勝負ともなれば次期当主相手に使用人の私では釣り合いが取れませぬ。

 また、万が一にも負ける訳には行きません。舞いであれば鞠子様の勝利は確実。ここは鞠子様のお力が必要かと」


 ぶちぶちと文句を言う鞠子を、必死に言い聞かせる加藤。

 それもそうだろう。折角勝てる勝負になったのに、今更加藤と陣の勝負になってしまえばそれも御破算だ。

 鞠子にさえその気になってもらいさえすれば、相馬に完膚なきまでに勝利し、さすが三善と客人に認識させる絶好の機会なのだ。


 こういった所で相馬の恥を晒し、三善の得点を稼ぎ続けるのだ。いずれは連綿と続く争魔の歴史を継ぐのは三善が相応しいとなり、権勢も増していくだろう。暗部を担う三善の発言権が強まれば、それこそ裏から国を牛耳るのも夢物語ではない。

 その三善を裏で操るのは私だと、加藤は内心ほくそ笑む。旗頭に据えている鞠子とて所詮は小娘、いざと成れば表舞台から退場してもらえば良い。現当主の紀文とて高齢だ、いつまでも生きているわけではない。


 だらしなく頬が緩む加藤を見て、鞠子や女中がドン引きしているが、これもいつもの事である。


 そんな加藤達を遠くから眺め、紀文はその場を去る。

 その表情は先ほどまでの好々爺然としたものではなく、怜悧な刃物のよう。実権を孫娘に奪われかけ、隠居寸前の当主とはとても思えない姿だ。

 人目につかぬ裏道に入ると、何処からか黒尽くめの一団が現れ紀文の後に控える。


 紀文からすれば今回の加藤の行動は失笑するしかない。そう思い通りに進むのであれば、そもそも相馬から三善が出奔する理由などないのだから。


(全く、相手を貶めること自体は常道ではあるが、相馬を相手に如何にも『三善』というやり方は感心しないぞ加藤。

 何故我らが分家という立場に甘んじているのか。その真なるを知りえる立場では無いにしろ、一派を率いる者として余りにも軽率に過ぎる。

 身内の膿を出すのには丁度いい小物ではあったが、増上慢にも目が余ってきた所。まとめて始末するには丁度良い頃合いかも知れぬな。

 息子たちが死に急ぎさえしなければ……わざわざ何も知らない鞠子を出すまでも無いのだが。どれだけ絵図を引こうが、運命にだけは勝てぬか)


 黙考しながら歩く紀文に黒尽くめが声をかける。


「紀文様、宜しいので?

 聞けば陣様は舞いの嗜みなど無いとの事ですが」


「構わんよ。むしろお前達も良く見ておきなさい。

 次代の争魔、図るにはいい機会だ」


 はっと一声残し、黒尽くめたちは現れた時のように音もなく姿を消す。

 紀文は嘆息し、祭壇に向かうのだった。




〓〓奥多摩・三善本邸・祭壇〓〓


 勝負は三善の祭壇で執り行われることになった。

 時に神楽の奉納などを行うこともあるそうで、設営する手間が省け都合が良かったのだろう。


 一応決まり事だからと衣冠に着替えさせられた陣は、内心お雛様かよと座りの悪さにもぞもぞとする。

 隣に座る鞠子はこう衣装に慣れているのか、上品な上掛けを纏った単姿も着こなし、小生意気な澄まし顔だ。


 和楽器での演奏も終わり、場に静寂が訪れる。

 和服に着替えた尾道礼子が祭壇中央に進み、綺麗な所作で礼。


「本日はご多忙の皆々様にも関わらず、相馬陣様の次代継承の宣誓式にお集まり頂き有り難うございます。

 本来であれば場を移し野点や宴となっておりましたが、相馬、三善両家の提案で余興を執り行うことに相成りました。

 次代相馬当主、相馬陣様。次代三善当主、三善鞠子様による舞い勝負。お楽しみ頂ければと思います

 審査員は現相馬当主、相馬権江様。現三善当主、三善紀文様。政治家代表であらせられます織田様、警察代表であらせられます鴻城こうじょう様。そして私、尾道礼子の5名。各人が票を持ち、最終的に得票が多かった方の勝ちといたします」


 こういう場に慣れているのか、すらすらと口上を述べて下がる礼子。

 スーツの時はスレンダーで格好いい人だと思っていたのだが、なるほど、確かに茶道の人だ。

 和服姿で挨拶する姿は妙な色気があり、エロ爺共を中心とした観客の下世話な視線も涼やかに受け流している。

 というか、藤堂も後ろでだらしなく鼻を伸ばし、それを目聡く見つけた水穂が肘鉄をお見舞いしている。


「では、私から。

 後から演る鬼には悪いと思うが、演順を決めた紀文と権江殿を恨むが良いぞ」


 そう言って鞠子は壇上の中央へ進み出る。

 その姿からは自信が見て取れ、なるほど、確かに舞い達者なのだろうと思わされる。


 いよいよ、陣と鞠子の舞い勝負が始まる。



※---※---※---※

※---※---※

※---※


「初手は私、三善鞠子が務めまする。

 演目は三善に伝わる神楽、『十種神宝』(とくさのかんだから)

 陰陽道を誇る三善が神楽とは?と疑問に思われる方々もいるかもしれませぬが、かの高名な陰陽師である安倍晴明も神楽を舞い、神事を執り行っていたと言われています。

 私も先達にあやかり、一指し舞わせていただきとう思います」


 鞠子は懐より扇子を取り出し、胸の前に水平に構える。

 とんと軽く床を鳴らすと、奏者達が演奏を始める。


 流麗な動きで体を回転させ円を描き、手に持った扇子も回す。

 両手で握った扇子を前に出すと、軽く跳び懐に仕舞う。

 さぁとニワトコの葉を撒き、それを散らすように上掛けを払う。


「沖津鏡、辺津鏡、八握剣、生玉、死返玉、足玉、道返玉、蛇比礼、蜂比礼、品物之比礼。

 一二三四五六七八九十、布留部、由良由良止、布留部」


 祝詞を唱えながら鞠子は踊る。

 いつしか鞠子の存在は希薄になり、奏者の鳴らす笛と小堤の音、舞い踊る布や葉、扇子しか見えなくなっていく。


 十種神宝とひふみ祓詞。

 小道具と神宝に見立て、ひふみの祓詞と合わせてのその踊りは、死者すら蘇ると言われた布瑠の言に通じる。

 術の三善の真骨頂。その名に恥じぬ、現代に生きる呪術と思える何かがあった。


 最後に、小堤の音に合わせ鞠子は跳び、ダンと着地。

 その瞬間、祭壇場を風が通りぬけ、散らしていた葉をすくい取り去っていく。


 最後は偶然ではあろうが見事な舞いに観客は唖然とし、それを見た鞠子はしてやったりと笑みを浮かべる。

 楚々とした動きで舞台から去り、遅れて拍手が鳴り響く。


 鞠子による先制攻撃。分かっていたことではあるが、陣にはいよいよ後が無くなった。



※---※---※---※

※---※---※

※---※


 奏者に演目は?と聞かれた陣は演奏を断り、三善の使用人に刀を一振り所望。

 ぶっきらぼうな使用人から借り受けた一振りの刀を手に持ち、陣は壇上に上がる。

 そもそも舞いの演目など一つとして知りはしない。下手に演奏など付けようものなら着いて行けずに悲惨なことになるのは目に見えている。

 ただ音がないというのも味気ないだろうと、奏者の一人から鈴を借りて手に括りつけている。


 壇上に上がると期待の目と嘲るような目。鞠子の舞いが素晴らしかっただけにその余韻が強いのだろう、所々に小声で話しているのも陣の耳に届き、概ね加藤の思惑通り「相馬の恥になるのでは」的な事が聞こえてくる。

 そして、その意見は正しい。何を考えて権江は陣をこの場に送り込んだのか、それを良しとしたのだろうか。


 考えても始まらないと中央で正座し、しばし瞑目し口を開く。


「さて、まずは鞠子殿の素晴らしい舞い。感服に値する見事なものでした。

 翻って私、相馬陣。根っからの武辺者にて舞いなど舞ったことは御座いません。

 祖父であれば剣詩舞の一つでも舞ったでしょうが、生憎と私にはその心得も御座いません。

 故に、舞とも呼べぬ拙き芸では御座いますが、今までの修練をお見せする場と心得て励みたいと思います」


 借り受けた刀を両手で捧げ持ち、鞠子の舞い始めと同じく胸の前に。


 陣が刮目した瞬間、紗蘭と鈴が鳴り居合一閃。

 思わず観客の間から「おぉ」と声が上がる。

 陣の手には刀と鞘、それが平行上下に構えられている。いつ抜き、いつ払い、いつ戻ったのか。

 それを示すのは鈴の音だけであり、まるで手品のように抜刀されていたのだ。


 スッと鈴も鳴らさず立ち上がり、目の前に敵が居るかのように剣気を迸らせる。


 正眼の構えから滑らかに切り上げ、八相の構えに。

 八相の構えから袈裟斬り、体を巻き上段の構えに。

 上段の構えから唐竹に、刀を反らし下段の構えに。

 下段の構えから切り上げを、体を回転し脇構えに。

 脇構えから左に薙ぎ、左手の上に刀身を乗せる変則の矢筈受け。


 古風な衣冠の服と鈴の音が相まって、どこか幻想的に映る抜刀術。

 変則の矢筈受けから相馬流抜刀術:氷柱つららの突きが見えざる敵を貫き、横払い。


 時に穏やかに、時に激しく。無骨ながらもどこか流麗な刀の舞い。


 紗蘭と鈴の音を残し後ろに跳躍、そこは図ったかのように元の壇上中央だった。

 その場で深々と礼をし納刀、壇から去る陣。


 一瞬の出来事に呆然としていた観客が、鞠子へのものと変わらぬ拍手を送ってくれる。

 自分の役割は終わったと安堵の息を吐く陣を、鞠子が興味深そうに見ていた。



※---※---※---※

※---※---※

※---※


「さて、見事な冴えを見せてくれた両人にまずはお礼を言いたいと思います。

 余興とは名ばかり、見応えのある素晴らしいものでした」


 尾道礼子が壇上に戻り、挨拶をしている。

 精神的に疲れた陣はそれを眺めているのだが、悔しそうな顔をしている加藤が遠目に見えた。

 よほど大失敗することを期待していたのだろう。


「甲乙付け難いと思いますが、これも一つの勝負事。

 早速票を入れていっていただこうと思います。まずは政治家代表の織田先生、どちらが優れていると思いましたか?」


 紹介された政治家の織田。

 小太りの狸のような風貌、見るからに小役人という感じなのだが相当な大物らしい。

 もう肌寒さを感じ始める季節なのに、流れる汗を拭き拭き壇に上がる。


「えー、ただいま紹介に預かりました織田でございます。

 私の票ですが、当然と言えば当然、三善に入れさせてもらいます。

 まぁ、あれですね。健気な幼女が頑張って踊ってるというだけで、こう、ぐっと!ぐっと来るものがありますね!」


 誰だあれ代表にしたの!黙らせろ!という声のもと、壇上から引きずり降ろされる織田。

 いや、あれ政治家にしちゃいかんだろと思うが、光彦とは馬が合いそうな御仁だと陣は思う。


「えっと、珍しく私を厭らしい目で見ない人だと感心していたのですが、炉裏魂ロリコンという病の方でしたか。

 ……とりあえずではありますが、票は票ですので鞠子様に一票と言うことで。

 後、これをスキャンダルにしようとしている先生方、一応ノータッチですので難しいと思いますが頑張ってください。

 次は警察代表の鴻城様、いかがでしょうか」


 今度は厳しい面構えの中年が壇上に登る。

 藤堂が小さくなって隠れているので、よっぽど怖い人なのかもしれない。


「警視長の鴻城だ。

 相馬陣君と同じく、現場叩き上げの武辺者。華美な舞いなどわからんが、陣君の斬線はブレもなく見事なものだったな。

 芸なんぞとうそぶいちゃいたがとんでもない。俺も剣道をやってるから分かるが、あの域になるまで何万、何億と刀を振っている事だろうよ。だからこそ出来た舞い、堪能させてもらった。

 その努力に敬意を表し、相馬に一票入れさせていただこう」


 言うだけ言って轟然と壇を降りる鴻城。あまり重そうな体躯にも見えないのに、覇気が凄まじいからか階段がミシミシと音を立てている。

 あまりの迫力に拍手も無い。静まり返った場に冷や汗を流しながら礼子が口を開く。


「は、はい、ありがとうございました。

 ちなみにですが私は三善に一票入れさせていただきます。

 なかなか見られない見事な神楽、素晴らしかったですよ」


 礼子の発言を聞き、当然と鞠子が頷き、三善の人間が一斉に歓喜する。

 順当に考えれば紀文は三善に票を入れ、権江が相馬に票を入れるだろう。

 思ったよりも陣が良い舞いを舞ったので、当初の予定よりはいい勝負になってしまった。礼子の票の動きで勝負が決まると思われただけに、今の投票で鞠子の勝ちは決まったも同然となったのだ。

 加藤などは喜びすぎて、周りの使用人をぶん殴っている程。


「何を喜んでいるのか知らんが……」


 壇に紀文が上がり、冷めた目で周囲を睥睨し口を開き。


「私は陣君に一票入れさせてもらおうか」


 その喜びに冷水を浴びせるように冷笑を浮かべた。

ちょい役のくせにいい味出してる織田。彼にはいずれどこかに出てもらいたい所。

段々と「リアルがファンタジー」タグがその全貌を現してきました。


ちなみに指摘がありそうなので書いておきますが、鴻城の「何万何億と刀を振った」というのは、それくらい濃密な修業をしたであろうという暗喩です。実際にその数の素振りをした訳ではありません。

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