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鬼継祭①

連日投稿2。自分は暑さに負けて夏バテ気味です。

〓〓奥多摩・三善本邸前〓〓


 奥多摩。

 東京都内にありながら、深い緑に囲まれた穏やかな場所。

 そんな場所に三善の本邸はあった。


 藤堂が駐車場に車を入れ、玉砂利の敷き詰められた門前の庭を歩く。

 時代がかった門扉の前に、黒尽くめのスーツを着た三善の者が並んで待っていた。


「ようこそいらっしゃいました」


「うむ、早速ですが当代の三善殿に挨拶させていただきたい。

 案内してもらえますか?」


 頭を下げる三善の者に対し、鷹揚に頷く権江。

 こちらですと案内された庭の先に、パンツルック姿の凄まじい美女が一行を待ち受けていた。

 綺麗に揃えられた濡羽色の長髪、切れ長の瞳とスッと通った鼻梁、薄い唇に僅かに紅。

 体型はスレンダーで女性らしさには欠けているが、妖艶な色気を感じる女性。


 当代の三善当主は男性の筈だけど、と陣が首を捻っていると藤堂が「あれがお茶の先生ですよ坊」と声をかけてくれた。


「あらあら、権江さん。とんとお見限りでしたわね」


「さすがに老体に京都は遠いですよ。

 今日は無理を言ってすいませんでした」


 権江が深々と礼をするのを見て陣は驚愕する。

 政治家や警視庁のお偉いさんに対しても滅多に頭を下げない男なのだ。


「あら、お孫さんには初めて会いますね。

 初めまして、茶道の師範をしています尾道礼子と申します」


「初めまして、相馬陣と申します。

 今日は宜しくお願いします」


 互いに挨拶し握手をするが、礼子の所作が綺麗過ぎて陣が如何にも無骨に思えてくる。

 決して陣が礼儀知らずという訳ではないのだが……。流石はお茶の先生といった所だろうか。


「さぁさ、紀文さんも随分とやきもきして待っていらっしゃいますので行きましょうか」


 礼子はそう言って、寝殿造りの家屋に入っていった。



※---※---※---※

※---※---※

※---※


 三善の本邸は立派だ。というかこのご時世で寝殿造りというのは、いかにも「私達は権勢を誇っています」と主張しているように見え、逆に趣味が悪いのではないだろうか。

 担当する部署が違うのか、先程まで張り付いていた黒尽くめのスーツ姿だった者達も消え、今は小袖を着た女性が何人かついている。ただ、その女性たちも明らかに素人ではない。体幹に芯が通った動きで、足音一つ立てずついてくる。有事の際には彼女らも戦闘員に様変わりするのだろう。


 幾つかの渡り廊下を進むと、一際大きな部屋に通される。

 御簾の奥に誰かが座り、その前に優しい面立ちの男性が控えていた。

 男性が権江に声を掛ける。


「権江殿、久しいな!

 お互い年を取ったが、ご健勝のようで何よりだ」


「紀文殿もお変りなく」


「おお、そこに居るのが陣君か?

 君が赤ん坊の頃に一度会っているのだが覚えてはいないだろうな。いや好青年に育ったじゃないか。

 これは権江殿も安心だな」


「いやいや、まだまだ至らぬ小僧で」


 三善紀文。

 年は70を越える筈だがあまり老齢という印象は受けない。年齢相応に白髪頭で顔の皺も深いのだが、陰を引き受ける三善にしては妙に陽性な性格をしている。

 戦後拡大した三善の権勢を更に押し広げた手腕からやり手という印象を持っていたのだが、実際目の当たりにしてみるとそういう印象も受けない。だが、光彦の親父さんもそうだが、得てしてそういう人物の方が怖いとも思う。


 権江と談笑する紀文を見て、はてと陣は首を傾げる。

 三善は相馬を恨んでいる。これは両家に共通の認識であり「禍根」と呼べるほど根深いもののはずなのだが、二人の様子からだとそうは感じられない。実際は違うのか、陣の人を見る目が足りないのか。


 にこやかに談笑を続ける権江達だったが、ふと御簾を見て紀文に問う。


「それで、その御簾の中には何方がいらっしゃるのですか?」


「あぁ、それを説明しなければね。

 今日は陣君の次代当主としての宣誓式もあるのだが、それとは別に三善の次代も紹介しようと考えているのだよ。

 我が孫にして三善の歴代を見ても最高の才と言われている、鞠子様だ」


 するすると御簾が上がり、中には一人の幼女が座っていた。

 顔には白粉と真っ赤な紅を指し、濃い化粧で年齢は分からないが幼年である事は間違いないだろう。

 巫女服に身を包み、頭には豪奢な髪飾りを乗せ、どこか遠い眼差しで周囲を睥睨している。


 鞠子が陣を眺め、ゆっくりと口を開く。


「紀文よ。そこにおるのが争魔の鬼か?」


 これが相馬陣と三善鞠子、因縁渦巻く最初の出会いであった。





〓〓奥多摩・三善本邸・祭壇〓〓


「本日は私、相馬陣の為、お集まり頂き感謝の念に絶えません。

 初代より1200年以上続く相馬の血筋、汚さぬようより一層の研鑽に励む所存で御座います」


 陣は祭壇に正座し、この日のために用意した宣誓文を読み上げる。

 集まった客人は50人ほどではあったが、政府要人や警視庁の上役。当然、一言も発せず陣を見るプレッシャーも半端ではない。

 だが、その空間を通る朗々とした響きは澄み切り、重圧の一つも感じていないようであった。


「ここに次代相馬の宣誓と代えさせて頂きます。

 何分不肖の身。先達のご指導、ご鞭撻の程、宜しくお願い申し上げます」


 最後に深々と一礼し、宣誓文を書いた巻物を権江に手渡した。

 式が終了したことに安堵の息を吐く陣の元に、笑顔の紀文がやってきた。


「陣君、お疲れ様でした。立派な宣誓でしたよ。

 いや、三善の者の暴走で話を大きくしてしまったので不安だったのですが、これなら文句を言う者もいないでしょう」


 自ら三善が話を大きくしたと暴露する紀文。

 陣は渡りに船と、抱いていた疑問を聞くことにした。


「そこなんですよ。

 失礼ですが、紀文様は相馬に恨みを抱いていないご様子。なのに何故、事がこうも不穏に、疑おうと思えば三善の家を疑えるよう進んでしまったのかずっと疑問に思っていたのです。差し支えなければ事情をお聞かせ願えないでしょうか」


 紀文は一つ嘆息し、肩を落とす。

 よっぽど苦労があるのか、一気に老け込んだように覇気を無くしてしまった。


「身内の恥なのですけどね。今、相馬本家への三善の感情は二分してしまっているのですよ。

 私を筆頭にした穏健派と、鞠子を旗頭にした急進派。

 穏健派は、この時世に相馬も三善も無い。住み分けが出来ているのだから、過去の怨み辛みで角を突き合わせるよりも仲良く存続すれば良いという思想です。というよりも、相馬を三善が一方的に嫌っている図式ですので、いい加減みっともなく、また疲れてしまったというのが現状です。

 翻って急進派。その怨み辛みが行き過ぎた連中が、天才であって歴代で最も隆盛を誇るであろう鞠子の代で相馬を潰せと息巻いているのですよ。連綿と続く争魔の歴史は、三善こそが継ぐに相応しいと思っているのですな。

 私も多忙を理由に鞠子を顧みなかった所があるので責めれられないのですが、乳母や教育係にいいように傀儡にされてしまっていて……」


「なんとまぁ……」


 陣も紀文と同じく嘆息する。

 確かにそれはお家の恥というか、大手を振って吹聴できない理由だ。

 実際に収拾をつけることが出来ず大事にされている所を見れば、急進派の勢力のほうが強いのだろう。だが、まさか当主が蔑ろにされている事態にまでなっているとは、想像の埒外だ。


 権江と紀文の仲が良さそうだったのは演技ではなく本当の事なのだろう。

 そうなると三善の好きにさせろと言った権江の思惑が全く分からないのだが……。三善の窮状を見せて何をさせたいのだろうかと更なる疑問が湧いてくる。


「三善の恥を晒すのはそこまでにして欲しい」


 軽薄そうな男性の声が陣達の会話を遮る。

 陣と紀文がこそこそと話しているのを見て、鞠子がお供連中を引き連れてやってきた。



※---※---※---※

※---※---※

※---※


「加藤?争魔の鬼は敵なのであろう?何故、三善の神域にその鬼がおる?」


「鞠子様。我らが度量を見せる機会に御座いますので。

 鬼にも引かぬ姿を見せれば、さすが三善、さすが鞠子様よとご威光も強まります故」


「そんなものか?

 まぁ良い、苦しゅうない。鬼よ、平伏し恭順せよ」


 傍らに控えた加藤という男に愚痴をいう鞠子、それを窘める加藤も慇懃ではあるのだが、どこか子供に言い含める口調。

 幼少の頃からそうやって育てられれば、我儘な性格にもなるだろう。


 しかし、鞠子は完全に陣を「陣として」見ていない。

 彼女からすれば陣は憎むべき相馬の者、そのアイコンでしか無いのだろう。

 まともに相手する気も無い陣は、適当に相手をしてやり過ごす事に。


「はいはい、鞠子ちゃんは凄いですねー。偉いですねー。

 ただ人と話すときは相手の名前を言おうねー。

 俺は陣って言うんだよー」


「な!鞠子様になんという!?

 貴様!不遜にも程があるぞ!」


 横から口を出した加藤をちらと見、陣は肩を竦める。


「不遜って言うなら主家筋に当たる相馬に対して、その口調は不遜じゃねえのかよ?

 今更主家も分家も言うつもりなんざねえけど、口調に気を使うべきはそちらさんじゃねえのかい。

 少なくとも俺は悪意を持って接する相手に、畏敬の念を抱いて応対するほど人間出来ちゃ無えよ」


「ぐぬ……」


 急進派の陣に対する今までの態度は、それこそ不遜と呼ぶに相応しい。

 正論を言われ言葉も無い加藤を見て、紀文はパンと手を叩く。


「はい。そこまでにしておきましょう。

 加藤もいい加減控えなさい、今の姿を政治家の先生方が見たらどう思われるか位分かるでしょう?」


「っち……。鬼ごときにへつらう腰抜けめ。

 鞠子様、参りましょう」


 加藤は口汚く舌打ちし、踵を返し去っていく。

 鞠子は陣をじっと見つめ、女中に促されしぶしぶ去ろうしたが、何か言い足りないのか振り返って鞠子が陣に言う。


「争魔の鬼と言うから楽しみにしていたのに、案外大した事無い。

 使えそうなら式にでもしてやろうと思ってたのに、この調子じゃ無理そうよな。残念」


 そう呟いて、鞠子は加藤の後を追う。

 加藤は、陣に聞こえよがしに鞠子に話かけた。


「鞠子様、あんな汚らわしい存在を高尚な三善の式になど考えないで下さい。

 所詮は心ない鬼、女性が襲われていても目の前の戦いを優先するような連中です」

「おお怖や怖や、もう人ではありませぬなぁ」

「むしろ嬉々として参加されるのではないですかぁ?畜生にも劣る所業ですなぁ」


 加藤の言に追随する女中共、その悪意。

 それを聞いた瞬間、陣の目の前が真っ白になった。


 吹き荒れる風の音、砂の不快な味、蔓延する血の匂い。

 兵士に殺された母、兵士に犯された娘、兵士の下卑た笑い声。

 絶望の中の一粒の希望、それすらも許されなかった、地獄の釜の底の底。


 陣の中に巣食うモノが語りかける。

 何をお前は我慢している?目の前の下衆達を、「殺せ」と。


 自然と陣の殺気が漏れだし、髪が逆立ち地面の玉砂利がパチパチと弾け出す。


 殺気に気付いた紀文が「お、おい陣君!」と呼びかける、陣は自らの髪の毛を掴み、必死で抑えこむ。


(お前はお呼びじゃ無えんだよ!出てくるんじゃ無え!)

「が……A……」


 口から漏れ出る声が、変質し始める。


 異常に気がついた鞠子と加藤、女中が振り返る。

 女中はひぃと声を上げ腰を抜かし、加藤は殺気に気付き顔色を真っ青に変え、鞠子は嬉しそうに声を上げる。


「ほう!流石は鬼と呼ばれる存在よ!それがお前の正体か!」


 その嬌声は、今の陣にとって耳障りなものでしかない。

 よろと一歩前に足を踏み出せば、バチンと足元が弾け飛ぶ。


 不味いと紀文が陣の前に立ち塞がり、構えを取る。


「権江殿から聞いてはいたが、陣君……。君はなんてモノをその身に抱えているんだ……」


 このままでは紀文も含めて、この場に居る人間全てを殺害してしまうだろう。

 陣は、僅かに残る理性を総動員して、自らの胸部を殴りつける。

 その一撃は陣を吹き飛ばし、その身を壁にめり込ませ沈黙させる。


 呆気に取られる一同を前に、何処にいたのか権江がすっと前に出る。

 昏倒する陣を肩に担ぎ、「よく我慢しましたね」とぽつりと呟き、紀文達に頭を下げた。


「不肖の孫がご迷惑をおかけしたようですね。

 皆さん、大事ないですか?」


 気圧されたことを恥だと思ったのか、巫山戯るな!とか、問題だぞこれは!と大騒ぎする加藤を紀文は睨みつけ黙らせる。

 権江に頭を下げ、紀文は言う。


「いえ、三善の者が先に粗相をいたしました。

 相馬憎しの念があるとは言え、やっていい事と悪いこと、言ってはならぬ一言というのがある。

 いや、そんな家筋の問題よりも、人として余りにも無様。これも三善の手綱を握れていない私の不徳の致す所。

 加藤には重い沙汰を言い渡しますので、何卒ご容赦を」


「いえいえ、陣にも問題がありますので。

 このようなハレの日に我を失うこいつの方が悪い、どうぞ加藤さんにも温情の程を」


 顔色を赤くしたり青くしたりしていた加藤は、権江の執り成しで処分が温そうだと気づくと、それを笠に着て言う。


「いいや、これは確かに大問題ですぞ相馬の当主!

 力を持たない者に対して暴力を振るおうというのは、武に生きる相馬に在るまじき事!

 私に失言があったと言うならそれは認めましょう!しかしながらその程度の事で我を失うとは、相馬の次代当主として相応しからぬ振る舞い!

 そんな方を三善は、主家の次代当主と認めるわけには参りませんなぁ!」


「黙れ加藤!三善の当代は私であって貴様では無い!

 鞠子の影に隠れて、三善の代表は自分だというような発言は止めてもらおう!

 陣君に責任があるというなら、自分たちの暴言にどう落とし前をつけるつもりか!」


 激昂する紀文をニヤニヤと加藤は眺め、厭らしく話す。


「いくら鞠子様が紀文様のお孫だとは言え、鞠子『様』と言っていただきたいですなぁ。実質、三善最大派閥の長は鞠子様、既にして三善は鞠子様の下に動いているのですからなぁ。

 鞠子様?どんな沙汰が妥当だとお思いですか?

 私としては今の相馬次代当主の有り様を本日お集まり頂いたお歴々に公開し、正式に相馬家より謝罪を頂くといった所が妥当かと思いますが」


「ん?私はその鬼を式にしたいぞ?加藤は争魔の鬼を汚らしいとずっと言っていたが、随分と面白そうな男ではないか。

 相馬の当主、そいつ私にくれないか?」


「一応こんなでも私の孫ですので、差し上げるのは無理ですねぇ」


 鞠子様ぁと絶叫する加藤、のほほんとしている権江、額に手を当てる紀文、おもちゃを欲しがるようにキラキラとした目で陣を見る鞠子。状況は全ての思惑を越え混迷の一途。


「話は聞かせてもらったのだ!ここは勝負でけっするがよかろ―!」


「おやおや、水穂さん。一体どこにいらしたのですか?」


 一緒に来ていたはずなのに姿の見えなかった水穂が登場し、場はもうどうしようも無いほどの混沌カオスへと移行する。

物語に次なる幼女が!

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