動き出す現実
スマホから投稿です。不備があったらすいません。
〓〓心葉大学・学生寮〓〓
―翌日の夕方。
翌週に迫った相馬流の会合の打ち合わせで、陣は内弟子である藤堂と相談をしていた。
『……とまぁ参加者はこのくらいになりました。当初の予定数より大分増えちまったし、集まる面子も大物が増えちまったんで師匠に相談したんですが、有難い事にお知り合いの茶の先生が振る舞いに関しては面倒見てくれるそうで。
師匠も私もそっちは完全に門外漢なんで、先生にお任せしようって話になってます』
藤堂の声は申し訳無さに満ちていた。
元々、ちょっとしたお偉いさん程度は来る予定ではあったが、そこは勝手知ったるいつもの面子。会合と名前は硬いが、会合後の身内ノリの宴会が主目的だという軽いもの。そのため必要な準備も酒やつまみを用意するだけという軽いものだったのだが……。現当主である権江が、昔世話をしたという政治家が参加することになって様相が一変。政治的なパワーバランスの兼ね合いもあり、『では私も』『ならば私も』とどんどんお偉いさんの参加者が増えていってしまい、当初考えていた『軽いノリ』では済まない規模に膨れ上がってしまったのだ。
当然、武術一辺倒の権江や陣、藤堂にそんな方々への『もてなし』など分かるはずもなく、知り合いの伝手を頼って形式だけは整えようと奔走していたのだ。
「本当にすいません……。たかだが年一回の恒例行事だと自分も甘く見ていました。当日は自分も挨拶にあがりますので、お茶の先生にはくれぐれも宜しく伝えてください。
それで場所はどういう事になりました?その人数だと予定してた場所だと収容しきれないですよね。お偉いさんが増えてくると、格の問題であれこれ言う人も出そうですし」
当初予定していた場所は東京にある相馬流の道場か、藤堂の勧めもあって警察機構の武道場を借りるかのどちらかだった。
だが参加者の質、正式にもてなさなければならなくなった事情も鑑みると、その二つではどうにも不安が残る。よっぽどの人格者を別にすれば、開催場所等の格一つで丁重に扱われた・見下されたと極端な過剰反応をする御仁も多くなるのだ。それを加味すれば陣の心配も最もだといえる。
『これがどうも腑に落ちない話になってまして。
どこぞの政治家センセイの肝入で「三善」がそこは仕切るって話に何時の間にかなってるんですよ。師匠も苦笑して「彼らがやりたいんなら任せましょう」って言うだけで』
「三善家、ですか……。確かにそりゃ面倒ですね。爺も強引に断りゃいいのに……。」
三善家。
相馬開祖の力、武術と陰陽。
現在の相馬はその思想は取り入れつつも、武術の発展に寄与する事を第一義にして活動している。だが三善は違う。
かつて陰陽の力を持って政治の世界に入り込み、その権勢を欲しいままにした『陰陽師』。相馬にも流れるその血を重要視し、栄光を取り戻さんとする一派がいた。だがそこは相馬の事。権力者に擦り寄ることを良しとはせず、その一派に賛同することはなかった。
時は1900年台初頭。世界大戦への参加を余儀なくされた主家の隙を突き出奔。軍閥で構成されていた権力者に取り入ることに成功していた彼らは、自分たちの意見をすげなく断った主家への恨みを果さんと暗躍を続けた。だが大戦にて武功を上げ続ける相馬家に対し、国内で気炎を上げるのみの彼らは次第に旗色が悪くなり、一旦表舞台から退場することに。
大戦が終わり文民統制の時代が到来すると、彼らは再び暗躍を開始する。
前回の失敗を活かし自分たちが表舞台に立つことはせず、一部政治家が懇意にしていた占い師や相談役にとって変わるということをしてのけた。それ以降は権力者の影となり、その役割を引き受ける集団となったのだ。
武の相馬、術の三善。そう言われる関係になるのに、さほど時間はかからなかった。
陣からすれば『お互いに表舞台に立たないんだし、むしろ相馬より主家らしいことをしてるんだからもう自分のお家立てればいいじゃん馬鹿らしい』となるのだが、いささかに複雑な『大人の事情』というものがあり一方的にライバル視されているのだ。
「遠山に日の当たりたる枯野かな、じゃあるまいし。このご時世に角突き合わせても意味なんかないんですけどね。
いい加減隣の芝が青く見えているだけって気付いて欲しいんですが。枯れ木も山の賑わいって言いますし、仲良くすりゃあいいんですけどね」
『高濱虚子ですか、あんまり聞かない解釈ですね坊。まぁ、あちらさんからしてみれば具体的な武力で名を馳せた宗家、相馬ブランドのご威光ってのは羨ましいんでしょう。連中も自分たちが「口八丁の成り上がり者」って影で言われてる意識がどっかにあるんじゃないですかね?
ちょっと気になるのが時期が時期って事ですか、変にミソ付けるつもりじゃなければいいんですけど』
藤堂の疑念ももっともだ。
通常の会合は年に一回の恒例行事ではあるのだが、今回に関しては陣の次期後継者としてのお披露目も兼ねている。関係筋への挨拶回りくらいの話ではあるのだが、労力的な問題でお披露目も一緒にやろうという話になっていたのだ。そこでこの横槍、強制的に大事にされた感があり、なんらかの思惑があるのでは?と疑おうと思えばいくらでも疑える状況ではある。
「心配ごもっとも。ですけど、爺がいる所で下手は起こさないでしょう。
相馬は曾祖父さんの代を最後にお上の筋からは身を引いてますし、問題起こして事が大きくなったら名前に傷が付くのは三善です。自分たちは礼儀に不慣れな没落者だと笑われるだけでしょうが、あっちは見栄も面子もあるからそうも行かないでしょうから。
爺が好きにさせておけって言うなら好きにさせておきましょうよ」
そう言って笑い飛ばし、他の細々とした相談を終わらせて電話を切る。
EAOの事もあって、本当に最近厄介事付いているなと嘆息。
「さてと、じゃあさっさと飯食ってログインしますかね」
そう、今日はあの島の探索に乗り出す。出来るだけ長時間ログインしていたいので、早めに夕食を取ることに決めていたのだ。
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―同刻
「光彦坊ちゃま、それでは失礼致します」
「ミシェルさん、有難うございました。宜しくお願いしますね」
光彦は大学を休み、実家の幸田家に戻ってきていた。
執事のミシェルに頼み事をし、コーヒーを一口含む。
幸田家。
戦前より続く旧華族であり、現「幸田インダストリー」を擁する旧財閥でもある。大戦後の財閥解体により一時期は業績悪化もあったが、その後の経済復興の波にのり隆盛を取り戻し、今では新興財閥の雄として名を覇している。
光彦はその幸田家の長男。本来であれば帝王教育を施され次代の会長として教育を受けなければならないのだが、VR技術の天才でもある光彦の才能を惜しんだ父親、幸田源治郎から『将来的に幸田グループにVRエレクトロニクスの部門を新設し、業績の中核となるよう成長させる』という約束で比較的ではあるが自由の身を得ていた。
光彦は自室のコンピューターの電源を入れ、早速検索を開始する。内容は昨日、友人である陣より聞いた20年前の研究とやらを調べること。心葉大学の学生寮に構築している環境ではマシンパワーが足りず、よりハイパワーな環境を求めて帰省する事にしたのだ。
だが、予測はしていたのだが結果は芳しくない。
「ふぅむ……。まずもってゲノムブレインの社歴からしておかしいと言えばおかしいのか」
ゲノムブレイン。VR技術という天下の宝刀もあり、ここ十数年で爆発的に業績を伸ばした新興企業。その圧倒的なマネーパワーは大恐慌寸前まで陥っていたアメリカ経済不況を一社で立て直したと揶揄されるほど。実際、政財界にも相当深く食い込んでおり、一部では『既にアメリカの黒幕』とアンダーグラウンドシーンで噂されるほどなのだ。噂の出処としては信憑性に欠けるのだが……。時流に乗ったとは言え、信じられないくらいの短期間でそう思われるだけの業績を上げたのは事実だ。
その業績を上げた理由の一つ。コアである『トレーサー』のパテントは開発者であるDrミカミが持っており、一時期は独占禁止法違反等で訴訟も絶えない企業ではあった。ただ、ある日を境に本社が置かれるアメリカを中心に訴訟が激減する。
それは『作れるものなら作ってみろ』とばかりにDrミカミがトレーサー技術についての情報を公開し、『作れるものならインセンティブは要らん』と公言。実際に参入しようとした企業が軒並み開発に失敗、安全性が担保できず事故が多発するという事件があり、ライバル企業が『トレーサー周りの開発よりコンテンツ開発に参入したほうが金になる』と判断し撤退した事が理由。
これは光彦にも想像できていて、『トレーサー本体・接続するインフラ・提供されるコンテンツ』の整合性が取れていないと脳負荷が上がりすぎて悪影響を及ぼす。これはコンピューターにCPUが乗り、適正なOSと最適化されたソフトウェアが走っていなければ熱暴走を起こすといった事に似ている。
その整合性を取るための技術も公開されているのだが、その構築に圧倒的なバランス感覚が必要であり、今の所その開発が出来るのがDrミカミのみといった具合なのだ。
何がおかしいのかというと、元々においてゲノムブレインは売れない1ゲーム会社だった。
人気ゲーム会社からの下請け、孫請け仕事で糊口を凌ぐような弱小企業であり、今のような規模など夢にも思わぬような会社だったのだ。だが、これがDrミカミの登場により一変する。
オペトレーニングと様々な疾患を持つ患者への社会復帰プログラムの開発で医療業界。
VRスペースの展開でアーティストのイベントや協賛企業のCMで人を集めた広告業界。
そして、ミッションシュミレーターや無人機制御、新兵の軍事教練プログラム等で軍事業界。
各業界へ圧倒的なシェアを持つことで一気に企業規模が拡大。僅かな期間を持ってして大企業へと変貌を遂げた。
そして『原点に立ち戻る』とばかりに出された……。
「それがEAO、Eden Acceleration Onlineという訳か。そしてゲノムブレインに登場するまで全くと言ってよいほど名前の知られていなかったDrミカミ。無名の研究者が新技術を引っさげ表舞台へ……。VR技術そのものが夢物語と言われていた時代に、唐突に現れたパイオニア、……か。そしてその過去ははっきりとは分からないと」
ゲノムブレイン参入前のミカミの足跡は、不思議なほど分かっていない。だが彼の持つ技術者としての天才性は確かであり、ぽっと出の人材には行えない事をしてのけているのだ。
これは本腰を入れて潜るしか無いかとワークチェアに座り直した時、光彦の部屋をノックする音。
「光彦、いいかな?ミシェルさんから呼ばれて来たんだけどね」
そう言って入ってきたのはミシェルと幸田源治郎。
源治郎は光彦の父親であり、幸田グループの現会長。そして先代より受け継いだ幸田グループを、一代で新興財閥と呼べるほどに盛り返した男。経済界での渾名は『豪腕源治郎』。そう呼ばれるにはあまりにも人当たりのいい、陽性の笑みを浮かべたナイスミドルと呼べる風体。
ミシェルは長身白髪の老人、だがその背筋はピンと伸び、何らかの武術を修めた者特有の『油断ならない』目をした男。だが今はその目を緩め、父子の触れ合いを見る祖父の相。
「父さん、わざわざ来ていただかなくても宜しかったのに。ミシェルさんも」
「いやいや、最近源治郎様とお会いになられていなかったようですので。たまにはいいのではないかと」
好々爺然としたミシェルはそう答え、僅かに口元を緩める。
源治郎に椅子を勧め、ミシェルは二人にコーヒーを配る。馥郁としたコーヒーの香りは場をリラックスさせる。卒なくそういう配慮が出来るのは、ミシェルが執事として優秀な証拠だ。
手に持ったコーヒーに口を付けず、源治郎は光彦に尋ねる。
「それはそうと、何か話があったんじゃないかな?」
「そうでした。ちょっと父さんにも話を通しておきたいことがありまして」
現在、どうやら陣が自分が紹介したことを切っ掛けに厄介事に巻き込まれつつあるかもしれないということ。彼の性格からして、今更それから逃げることはしないであろうこと。自分はそれを手助けするつもりだが、相手はアメリカに籍を置く大企業であり、最悪手助けを求めるかもしれないこと。
それらを包み隠さず、光彦は源治郎に話た。
「そうですか……。そんな事が。
結果を論じても意味はないんですが、光彦にしては軽率な事をしましたね。
ある程度の損害は大目に見ます、折角だからゲノムブレインの弱みの一つでも掴みなさい」
「申し訳ありません、ありがとうございます」
光彦は源治郎に頭を下げ、作業に戻り、源治郎はミシェルを促し、光彦の部屋から出て行った。
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「旦那様、宜しいのですか?」
ミシェルは源治郎が光彦の行動を許したことを不審に思い、そう源治郎に問いかけた。
源治郎はちらとミシェルを見て、自由にさせた理由を話す。
「そういえばミシェルさんが来たのが5年前ですから、幸田家に来る前の出来事でしたね。
光彦。いや幸田家は、相馬陣君に対して返しきれない程の借りがあるんですよ。
相馬権江さん、陣君の祖父なのですが、この人は傑物でね。その借りをこちらが感じることは無いと仰られている。でもね、人としてそれはいかんでしょうよ。解体されて旧が付くとは言え、幸田は華族。家名の誇りにかけて、借りや負債は返さないとね」
そう言って、「いざとなればお願いします」とミシェルの肩を叩いて源治郎は去る。
ミシェルはそれを見送り、内心疑問に思いながらぽつりと呟く。
「新興財閥の雄と古流武術宗家との繋がりですか……。
字面だけ見れば随分ときな臭い繋がりですがそういった感じではないんですよね。
まぁ拾っていただいた恩もありますから、お給金程度の仕事はさせていただきますけど」
ミシェルは踵を返し台所へ向かう。
何やら事情は分からないままではあるが、執事の仕事は多忙を極めるのだ。分からない事に拘泥して考え込んでしまうより、コーヒーの一つでも淹れた方がまだしも有意義であろうと。
げ、現実サイドは遊びがない…。




