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蠢動


〓〓心葉大学・学生寮〓〓


「ってなんで実家帰ってるんだあのドメガネは…」


 さすがの扱いに苦情を入れようと思っていた陣だが、光彦は自主的に一日早く休講期間に入り実家に帰ってしまっていた。別れてからの経過時間的に寮に寄る余裕が無かったにも関わらず、自室の前に「EAOで会おう★」という書き置きと共に最新型トレーサーキットが置かれているのが確信犯を伺わせる。

 陣は脱力しながら「まぁ、ここまで来たらやるしか無いか」と独り言ち説明書を捲って見ると、トレーサーが如何に優れた次世代機なのかを理解する。


「へぇ、セーフティマージンを取るためにある程度のバイタルサインが出たら自動ログオフまでするんだ。

 夢中になって漏らすとかの惨劇は回避されるようにってのは親切なんだか何なんだか」


 トレーサーシステムでEAOにログインしている間、プレイヤーは半睡眠状態に固定される。ゲーム内でどれだけのショックを受けても目覚めることは無いが、システムログオフ・外部からの接触・尿意や空腹などのバイタルサインをトレーサーが感知すると安全に目覚めることが出来るというシステムだった。

 トレーサー黎明期の頃には脊椎下部分の脳波信号をシャットアウトし、覚醒状態のままシステムログインするという手法も取られていたのだが、ログイン復帰からVRと現実の区別が付かずパニック状態になるという問題が極低確率で起ったため、様々な検証の結果「白日夢・覚醒夢」の状態に置くのが一番安全だという事になった。


「インストールから何から全自動ね、とにかくまずは”遊べ”って事か。

 下手に無視してまた要らないこと爺さんに吹きこまれてもたまったもんじゃないし、やるしかないかね…」


 トホホとベッドに横になり、トレーサーを起動する。


〓〓Tracer System Boot Up〓〓


System Installation 0%...100%


Network: Shinyo-University Global Network.

Network connect start...Completion.


Personal Analysis Start---


Body Analysis start...Completion.

Brain waves Analysis start...Completion.


Personal data Analysis all Completion.


Tracer system Connect.


Local Settings Start---

Location: Shinyo-University Dormitory.

---Language Type Jp.


【Welcome to Eden Acceleration Online】


 ロゴが燃え落ち画面がブラックアウトする。

 そこから始まるオープニングムービー、プレイヤー視点で展開される風に揺れる草原や、煌めく海。

 まるで高レベルのパルクールを追随体験しているような都市部MAPでの立体機動。陣が見るそれらは、確かに話題に成るに相応しいクオリティで迫る。


(凄いなこりゃ。

 先端技術を惜しみなく使ったって前評判に偽り無しって所か。光彦に礼を言うのは癪だが、あいつが大騒ぎするだけの事はある)


 ムービーは進み戦闘シーンへ。派手な魔術の打ち合いと眼の覚めるような激しい剣戟。

 武術の専門家である陣にとっては幾分「緩い」ものでもあったのだが、激しい戦闘そのものは平和な日本において経験できない事でもあり、否が応にも期待が膨らむ。


 敵の群れを切り抜け、崖から飛び降りプテラノドンを模したような飛行型の敵に斬りかかった所でそれは起こった。


『ジジ…ジジジ…ザァァァァァァァ…ヴン』


「うぉ!?」


 突如視界がホワイトノイズに侵食され、暗闇に落ちる。

 一瞬焦るが、トレーサーの電源そのものは生きているようなので問題は無いはずだと余裕を取り戻すと、微かに何者かの気配を捉えた。


「なんだ…誰かいるのか?」


 相変わらず視界は一面の闇、完全に視界が閉ざされた状態だ。

 朧に捉えた気配だったが、薄皮を削ぐように気配が濃厚になっていく。

 陣は皮膚感覚に集中し気配を「捉えた」その瞬間、真っ白い空間に放り出される。


「なんだここは?空も無いし地平線まで真っ白…

 システムメッセージも何もないし、いきなり過ぎて笑えないな」


『それは失礼しました』


「は?」


 気がついた時には目の前に少女が佇んでいた。

 服も髪も肌も、何もかも新雪を散らしたかのように白い少女。蒼穹のような青の瞳だけが、少女に色彩を与える。

 先ほどの濃密な気配が嘘のように、その存在は「薄」かった。陣ですら気づかないような存在感の薄さは、少女がこの世の者では無いことを知らしめていた。


「お前さんは『何』だい?

 明らかに生きてない、なのに死んでるようにも見えない。

 ゲームの世界って割り切るにしても、俺にはハイブローすぎて理解不能だ」


『生も死もこの場では意味を持ちません、そして問の答えも私は持ち合わせません』


 全く答えになっていない返答を聞き、陣は途方に暮れる。

 元々において大学生になるまで武術一辺倒な男だ。女性とのコミュニケーション能力は押並べて低いと言わざるを得ないし、人外など以ての外である。

 これが何かにつけて絡んでくる強面のお兄さんだったり、女性の扱いが不得手というのを逆手に取ろうとする小悪魔を気取る女性だったり、相馬道場に稽古に来る姦しい少年少女であればまた話は違うのだが、会話が成り立たず表情も読めない少女相手では勝手が違う。


「じゃぁ何も答えられないって言うお嬢ちゃんは、俺に何の用があって声をかけたんだ?」


『…』


 じっと少女は陣を見上げる。その青い瞳は、無表情なのにも関わらず陣に何かを訴えかけていた。

 1分、2分、激しい修練によって相応な忍耐力を身に着けている陣ではあったが、さすがに5分を過ぎた頃にはいたたまれなくなり声をかけようとすると、少女は振り返り白い地平を指差した。


『画一化された無謬の果て、その「楽園」の終わりで、貴方を待っています』


「ちょっと待て!何言ってるのかちゃんと説明しろ!」


 陣が少女の肩を掴もうとした瞬間、凄まじいビープ音が頭に叩きこまれ視界が暗転する。

 倒れ行く陣を見る少女は、どこか申し訳なさそうな、淋しげな目をしていた。


System message:Unlawful access.

System message: Dis connect.


〓〓心葉大学・学生寮〓〓


「ッツ!ッハァハァハァ…」


 陣はトレーサーを毟り取りベッドから跳ね起きる。

 普段のトレーニングでは絶対にかかないであろう嫌な汗を垂らし、傍らに置いておいたミネラルウォーターを一気に飲み干す。


「なんだありゃ…

 いくらなんでもあれがファーストイベントっつうなら遊びになんてならんだろ…。

 トレーサーは安全性確保してますっていう説明はどこ行った…光彦め、ちゃんと説明する気あるんだろうな…」


 そのままドサっとベッドに横になる。

 妙なイベントが発生するまでのEAOの世界が素晴らしかった反動からか、体力に自信のある陣をして異様に疲れ果てていた。

 頭痛は幾分落ち着いたものの、もう一度トレーサーを着ける気分になれなかった陣は「いきなり酷い目に会った。説明しろやメガネ」と光彦にメールを入れ寝入ってしまった。


−−翌日・早朝−−


「そんな訳で酷い目に会ったんだがよ?これって史上稀に見るバグじゃないのか?」


 陣は昨日あった経験をオンラインチャットで光彦に報告する。

 あわよくば今回の事で祖父・権江への光彦の密告を無かった事に、ないし以降の被害を軽くすることを陣は目論んでいたのだが、光彦も手慣れたものでそこまで甘くなかった。


『VR技術の鬼才、Dr.ミカミが人体に影響を及ぼすような稚拙なバグを放置するはず無いだろう。

 現象事態は聞いたことが無いから演出を兼ねたレアイベントか何かだと思うぞ。

 むしろラッキーだと思え』


 妙に自信たっぷりの光彦の言に、内心そんな感じでも無かったとは思いつつ無理矢理納得させる。

 光彦はミカミ博士の事を出すと基本的に人の話に耳を傾けなくなるため、突っ込んでも意味が無いことは重々承知してるのだ。


『まぁEAO自体がまだまだ隠し要素の多いゲームだ。特段、アップデートしている訳でも無いのに日々攻略の報告や新要素の発見がある程だからな。

 取り急ぎ、陣が体験したイベントはEAOの攻略フォーラムに上げておくから、気にせずゲームを楽しめばいいだろう。

 ちなみに水穂嬢にも陣がEAOを始めるのは通知済みだ!楽しみに待っているそうだぞ?』


「そういやなんで光彦が水穂の連絡知ってるのか聞いてないぞ?」


『はっはっは。あーばよーとっつぁーん』


「テメエ!棒読みでル○ンごっこやってるんじゃねえぞコラ!?って回線落としやがった。

 ったく、水穂にも今度あったら変態に個人情報教えちゃいけませんと言わねえとな」


 光彦に「今度会う時お前の本体を握り潰す。メガネを洗って待っていろ」とメールを入れ、陣にしては珍しく、恐る恐るといった体でトレーサーを突く。


「どうにもミカミ博士って信用出来ないんだよなぁ」


 確かにVR技術においてはミカミ博士は天才だろう。

 それは陣から見て限りなく紙一重でアウトな方の天才・光彦の言と、付随する業界筋の評判からも分かる。新鋭のテクノロジーを扱うゲノムブレイン社の技術顧問というのは、伊達や酔狂で務まるような仕事では無いのだ。勿論、多大なる責任に対して支払われるギャランティも凄まじい。一説では「小国の年間予算レベル程度の資産」くらいは軽く持っているとも言われている程なのだ。

 ただ、能力・名誉・権力・資産と揃ってる人間にも関わらず悪い噂を聞かない事自体に陣には胡散臭さを感じてしまう。ある程度はそれらを潰せるにしても、人の嫉妬心というものは想像以上に深い。根も葉もなくてもそういう噂は聖人だろうがなんだろうが立つ時には立つものなのだ。

 トレーサーに対して特別に悪感情がある訳ではないのだが、先日の現象とミカミ博士への漠然とした不信感も相まっていまいちモチベーションが上がり切らない。


 このまま二度寝してやろうかと横になると、光彦から「メガネは毎日音波洗浄しているが?ちなみに今日もログインしなかったら権江さんにご連絡差し上げる」と明確に脅しなメールが入り、否が応にもトレーサーを被る事になる。


 ちなみに、2度目のオープニングムービーはちゃんと(?)飛行型の敵を両断し、スタート画面に切り替わるという凝ったものであった。


〓〓???〓〓


「秘匿サーバーから極東地域サーバーに不正アクセスがありました。

 ディメンション・ブロックのパラメータ増大を確認、現状収束しております」


 多数のモニターが朧気に部屋を照らす。

 見る者が見れば驚愕したであろう最新設備の数々。変動するパラメータがそれらに異変があった事を知らせる。

 しかし報告した者、それをされた者にとってそれらは全く興味をそそる物ではなく、パラメータが変動したという事実そのものに珠玉の価値があった。


「随分と早い反応デスネ。予定では後10年『呼応者』(レスポンダー)は現れない予定デシタのに。

 順風満帆笹持ってコーイってヤツデスネー、Gooooooood!」


「ボス、笹持って来いは商売繁盛です…

 それよりなんでネイティブスピーカーよりも流暢に日本語で会話できますのに、いちいち変な訛りを入れるんですか?」


 金髪金眼、アクセサリーも付けず白衣姿にも関わらず華美(ゴージャス)に過ぎる雰囲気の男は、華麗にサムズ・アップしながら、


「趣味デース!」


 と下手な俳優より整った美貌を無駄に煌めかせる。

 私は何も聞いていないというアピールをしながら、秘書は報告を続ける。


「取り急ぎIPアドレスからアクセス先の特定。極東地域に配布したトレーサーの追跡から監視網の構築に成功しております。


 アンゼル体の次回アクションまではこのまま監視のみ行いますので、こちらサイドからアプローチを試みる場合はご指示下さい」


「OK、Very Goodデス。ヤブを突いて元の木阿弥はイヤデスから暫くは放置デース!

 しかし、これからが楽しみデスネー!」


 そう言ってくつくつと笑う男を、秘書は心底気持ち悪そうな目で見ていた。

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