争奪戦
うぉ、予約投稿に失敗してました。変則時間ですが投稿します。
突発的に始まった『紅玉蟹』争奪戦。
ベースキャンプになるポイント設営の後、参加者達は自分が決めたポイントへ散っていた。
勝者への栄光となる『紅玉蟹』をアイテムボックスに放り込んだ陣は、シェルビーチの砂浜を一人歩いていた。EAO内に於いても現実に則した体躯。細身のように見えて鋼のような筋肉を鎧う陣の体を、僅かに足を沈ませながらも支える砂浜。
良いトレーニングになりそうだと走り出したい衝動に駆られながらも、さすがに野暮だろうと参加者の姿を探す。
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最初に発見したのは朱雀とプリムラ。
というより彼女達はベースキャンプで準備をし、目の前の浜で釣りを始めたのだから最初に見つけるのも当然だ。
用意のいい事に安全用のライフジャケットを着こみ、波の反射で浮きを見逃さないためのサングラス装備と本格的。ジャケット背面には毛筆体で『釣魂』のプリント、イベント関係なくかなりの釣り好きを思わせる。だが、朱雀の白のスクール水着とは絶望的に合っていない。プリムラの水着とも決して合っているとは言い難いが。
「お前らは釣りで勝負か?
食い道楽なイメージなかったから参加しないものと思ってたぞ」
「あたしゃ作成した竿の調子を見ようと思ってね。
いい具合なら大物狙いで行こうと思ってるよ!」
「釣りはウチの唯一の趣味なんじゃがのう…。やろうとすると四神のイメージが壊れると青龍共が邪魔するんじゃよ。
食い物なんざ食えりゃあ味に頓着せんわい。せいぜいが、不味いよりゃ美味い方がいい程度じゃな。
まぁ『紅玉蟹』は有名じゃし、食ったことがないから興味はあるがのう…。
っと!フィイイイイッシュッ!」
朱雀が握る竿を勢い良く引き、穂先が大きくしなる。
今にも折れそうなほど曲がっているのだが、驚異的なバランスで均衡を取っているようだ。
陣は『趣味としての釣り』は経験が無いので竿の良し悪しは分からないが、朱雀の腕というより道具がかなり良さそうだ。『四神会』はEAOギルドとしては最大手、もしかしたら良い品を献上されたのかもしれない。この場でプリムラの竿を強奪した可能性もあったりするが。まぁ仲良く隣で釣ってるので、そうであっても遺恨はないのだろう。
獲物もかなり強力な引き込みをしていたのだが、さすがに相手は高レベルプレイヤーの腕力。程なく諦めたのか引きの力も弱くなり、僅かに竿を撓らせるのみ。
「ほうれ!終いじゃ!……ほぇ?」
朱雀が釣り上げた獲物は見た目2m弱はあろうか。かなりの大物であり、ビチビチと暴れる勢いから見ても活きも良さそうだ。
だが、しかしだ。
「なぁ、朱雀。俺はEAO独自の食材には疎いんだがな……。これ、食うのか?」
「うん、流石にあたしも、例え美味かったとしてもこれは食べたくないねえ……」
朱雀が釣り上げた獲物は、人魚というか半魚人というか。
魚の顔と胴体を持ち、筋骨隆々とした人間の手足が生えているというものだった。
これは魚じゃない、何かのモンスターだ。
「……とりあえず捌いてみるかのう」
「「海に返しなさい!」」
陣の手により海に投げ込まれ、ザッパザッパとクロールで遠ざかっていく半魚人(?)。
EAOはある意味では真っ当なゲームなのだが、たまにこういった『名状しがたいネタ』を仕込んでくるから油断出来ない。
いくらゲームとは言っても何考えてるんだ運営、とその悪ノリに呆れつつ「モンスタードロップでもいいから、精神的にも食えるもん釣ってくれ!」と朱雀に頼んで浜辺を後にするのだった。
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次に発見したのはミオソティスとソニア、そして『箱庭』ギルドメンバーの方々。7人と大所帯だ。
いや、ミオソティスは先ほどまでと同じ扇情的な水着姿なのだが、ギルドメンバーの女性プレイヤーが色々おかしい。
ソニアまで全員ダイバースーツ姿で、縄を打って何やら罠を仕掛けているのだ。
陣が暫く唖然としていると、仕掛け終わったのか一斉に砂浜に上陸してくる。
ソニアがギルドメンバー勢の代表なのか、ミオソティスに報告する。
「ミオ様!追い込みの仕掛け完了致しましたわ!」
「うふふ……。じゃあ始めましょうか……」
ミオソティスはどこからか取り出したアイパッチを装着、ベレー帽を被り俯く。
顔を上げた瞬間、先程までの色気など欠片も見えない、一人の軍人がそこにいた。
「全員まずはご苦労!貴官らの働きにより想定より5分早く準備を終えられた!
それでも慢心してはならない!敵は離反者アクア、及び攻略Wiki管理者のナトリ!
奴等は情報戦で既に優位に立っている!だが案ずることはない!奴等が情報で戦うなら我が軍は物量で押し潰せばいいのだ!
総員最後まで傾注せよ!
今より蟹奪取作戦を開始する!」
『イエス!マム!』
「動け動け動け!」
一糸乱れぬ動きで敬礼、海へと飛び込んでいくギルドメンバー達。
腕を組んで仁王立ちするミオソティス。
時々沖合で水柱が上がっている所を見るとどうやら罠に魚を追い込んでいるようなのだが、傍目には爆雷が爆発したようにしか見えない。
頃合いと見たのか、ミオソティスが何やら呪文を詠唱している……。
「……を示せ!『雷豪雨』!」
風属性の広域破壊魔法、『雷豪雨』《サンダーレイン》。強力な雷を、文字通り豪雨のように降らせる高位魔法だ。
自然災害のような光景が過ぎ去った後、感電した魚がプカプカと浮かび上がってくる。ついでに範囲を見誤ったのか何人かのギルドメンバーも感電して浮かんでいる。あ、ソニアも巻き添え食らったようだ。
余談だが、現実では『電気ショック漁』はほとんどの漁場で禁止されております。
「あ、あの。ミオソティスさん?
ちょーっとやり過ぎじゃ……」
陣が後ろから恐る恐る声をかけた瞬間、ミオソティスが反転してレイピアを抜刀一閃。ぎりぎりで避けるも何本か前髪をさらっていった。
陣の身体能力で避け切れ無いというのはどれだけ本気なんだ。浜辺の美神やってた貴女は何処に行ったんだ。
「失敬、ジン殿でしたか!
見て下さい我が軍のこの圧倒的な戦果を!
もはや『紅玉蟹』は頂いたも同然!」
無事だったギルドメンバー達が浮かんでいた魚を回収、ミオソティスの傍らに積み上げていく。
ついでに感電していたソニアを含むギルドメンバーも回収されて来る。『衛生兵!』と叫ぶのはテンプレートなのだろうか。ノリが良いと言うかなんと言うか……。
そこまでして『紅玉蟹』食いたいんだろうかこの姉ちゃんは。
「誰が休んで良いと言った!時間までにシェルビーチの魚を狩り尽くすぞ!動け動け動け!」
駄目だこりゃと見なかったことにして、陣は次の参加者を探しに行くのだった。
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次に発見したのは椰子の木に寄りかかったナトリ。
先ほどのミオソティス情報からすると水穂と組んでるはずなのだが、今の所彼女の姿は見当たらず、ぽつんと木陰に座っていた。
「ん?ナトリ一人なのか?
水穂と組んでるって聞いたんだが?」
「アクアなら私の指示に従って食材を狩りに行ったの。
彼女はいい手駒なの」
人の妹捕まえて手駒って…。とも思ったがナトリは明らかに知的労働向け、所謂『軍師タイプ』なんだろう。見るからに体力も無いし、情報さえ提供してもらえばノンストップで狩れる水穂とはいいコンビだ。
「そういえば『紅玉蟹』は酢味噌でいただくととても美味しいの。
是非酢味噌を用意しておいて欲しいの」
「酢味噌って趣味が渋いな……。本当に中学生かよ。
それはいいが、もう勝ったつもりか?ミオソティスの所とかヤバい狩り方してたから、勝ったつもりになるのは早いと思うんだが」
ナトリは不敵に嘲笑うと、水平に片手を出す。
おお、芭蕉扇が幻視るようだ。
「彼女らがやれる策なんて、レア度の低い雑魚を大量に狩るくらいなの。
この勝負はレア度が高いほど有利、必然的に量より質で勝負するほうが有利なの!
そしてシェルビーチの採取ポイント、レア素材を知り尽くしたわたし!情報を押さえたわたしに敵は無いの!」
おお、幻視ていた芭蕉扇が光り輝く。
素晴らしく悪い笑顔だ。確かにこの勝負は獲得数だけではなく、レア度で乗算的にポイントが上がる仕組みにした。
ポップ時間等の要因もあるのでそこまで単純ではない筈だが、レア度関係なしで大量獲得を狙うミオソティス勢より、ピンポイントでレアを狙うナトリ勢は有利だと言えるだろう。
だが、ナトリ。それは甘いと言わざるを得ない。
「あ、言っとくけど、水穂の好物カニ玉だから」
「……っ!?」
「今更ナトリに言うことじゃないが、知っての通りEAOでは1つの食材から2品は作れない。ここらへん融通効かなくて困るよな。
それで、水穂がうちの家に於いて食物的階層最上位だから。
例え勝ったとしても、最終的にカニ玉になると予告しておこう」
おお、幻視ていた芭蕉扇が震える。
水穂は自分の食欲に忠実だ。例えば彼女の好物であるオムライスに纏わる事件でこんなエピソードがある。
ある日、水穂がオムライスが食べたいと言い出した日があった。
だが、たまたまその日は権江の誕生日だった事もあり、権江の好物である刺し身にするつもりで海産物を取り寄せていた。相馬家は山奥にあることもあって、新鮮な魚介類は取り寄せないといけないのである。そして相馬家は家訓として、「食卓では皆同じものを食す」というのがあった。
オムライスは明日作ってやるから我慢しろと料理を開始した陣。その隣にずっと居るのである。小声で「オムライス食べたいな―、じじいもきっと食べたいな―、海鮮一杯オムライス食べたいな―」とエンドレスで呟き続けるのである。見かねた権江が「さすがにオムライスに刺し身は食い合せが悪いので、今日はオムライスにしましょう」と譲り、その日は変則の海鮮パエリアを卵で包むという、豪華ではあるがそれオムライスなの?という不思議メニューになった。
埋め合わせに余った食材で酒の当てを大量に作り、その日は事なきを得たのだが……。例え権江相手であっても食欲に妥協しない、それが相馬水穂という少女なのだ。
来年には高校生となるのに、いつまでも我儘ばかり言ってると困るのだが……。食べ物以外の事に関しては割りと聞き分けが良かったりもするので難儀なのである。
光彦から色々言い含められていた陣は、リアル割れしない程度にボカしてその事件を話してやった。
おお、幻視ていた芭蕉扇が折れた。
「『紅玉蟹』は酢味噌がいいの……。カニ玉だと風味が消し飛ぶの……。
あぁ、敵は身内にいたの……。引き入れる味方を間違えたの……」
敵を知り己を知れば百戦危うからず。敵を知り、己(情報)を知っていたのに、身内(水穂)を知らなかったせいで余計な戦いをする羽目になったのだ。策士策に溺れるというやつだろう。そこまで言ってしまうとちょっと可哀想かもしれないが。
「まぁ全ては勝った後の話だがな。
第二ラウンドまで持ち込んだら運勝負になるように一緒に説得してやるさ」
ぽんと一つ肩を叩き、陣はその場を後にする。
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最後に発見したのは金魚だった。
「よう金魚。お前はソロで挑戦なんだな。どんな調子よ?」
「あ、ジンさん☆わたしだと職能的な意味でも今回の争奪戦は不利なんですよね〜★
シラけさせるのはチェアマンとしても不本意なんで空気読んだんですけど、あんまり頑張って狩るつもりないんです★」
どうやら金魚は争奪戦には参加しないようだ。
一番『紅玉蟹』を食べたそうにしていたのは金魚だったので、陣が不思議そうに金魚を見ると。
「ここが川だったら声量拡張魔術を使って偽ガチンコ漁みたいな事も出来るんですけど、砂浜だと正直潮干狩りくらいしか出来ないんですよ〜★他の人達が優秀過ぎて潮干狩りじゃ勝負にならないですし、聞く人いないんで実況しても〜ですし、今回は見てるだけですね♪」
「……お前、空気読む能力なんてあったんだな……。
ま、あんだけ盛り上がってて自分は不利だから不参加と言ったら不評を買うか。
確かに他の面子と違って戦闘職じゃない金魚には配慮が足りなかったな。申し訳ない」
「いえ〜☆『人界』のエリアシティからほとんど出ない『ゲーム内引き篭もり』みたいになってたんで、『海域』来れたのだけでも楽しかったりするんで気にしないでください☆
ライトさんに拉致られた時は何事★とか思いましたけどね〜☆」
いえいえ〜と顔の前で手を振る金魚。口では残念そうに言っているが表情は明るく、彼女なりにこのミニイベントを楽しんでいるらしい。『海域』仕様にマイクをデコるのだと貝殻を拾いながら口を開く。
これがEAOに詳しい光彦の発案であれば、そういったハンデも加味した企画を立てるのだろうが。未だそういった点での知識が浅い陣にはそこまでの配慮が出来なかったのだ。せめて思い付きでルールも決めてしまう前にナトリに相談すべきだったと陣は反省する。
ちなみにミオソティス達と同じく、現実では『ガチンコ漁』も禁止されています。
金魚は未遂ではあるのだが、なんで揃いも揃って禁止されている漁で勝負しようとするのだろう。
「もともとチェアマンってPVPとかイベントとかでしか顧みられないんで、派手に見えて結構寂しい職なんですよ★
ジンさんの剣銃士ほどじゃ無いと思いますけど、パーティープレイに向いてるとかも無いんで★
だから何も無いときにEAOにログインしても誰かと狩りに行ったりとか無いんですよね〜★
なんでこうやって連れ出してもらえたのは嬉しいんですよ〜☆」
話している内容の割に金魚の顔は明るい。
陣は最初から人間関係が構築されており恵まれた環境にあったが、何も無い状態からその関係性を作れと言われたら剣銃士の身では難しかっただろう。まぁ、その人間関係が無ければEAOを始めてすらいなかった訳ではあるが。
彼女は彼女なりにEAOで司会者をやる理由があって、それを悔やんだり振り返るつもりは無いのだろう。
「その節は駄眼鏡が失礼した。
まぁ、夕飯は腕を振るうから楽しみにしててくれよ」
は〜いと返事を残し、金魚は「慣れない事言ったから喉が乾きました★」とベースキャンプへ向けて歩いて行った。
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金魚に限らず、EAOでプレイする人間は様々な事情があるのだろう。陣のような者、ゲームを楽しむ者、他の『何か』を求める者。ゲームの楽しみ方も様々だ。料理に心血を注ぐ者もいたし、攻略に血道を上げる者もいた。自分のスタイルを貫くために周囲から白眼視される者も。
今回集まった14人、そのたった14人に的を絞っても、そこにいる理由は決して一致しない。況や10万を越えるEOAのプレイヤーともなれば、その理由は膨大となるのだろう。
「『画一化された無謬の果て』……ねぇ。
概念的なものかも知れんが、あの嬢ちゃんが言ってる『楽園』っていうのは何処の事なんだか。
字面通りに捉えればぞっとしない話だがな……」
初の公式イベント『防衛戦』。
イベント終了時、陣には意識がなく覚えがないのだが、その正体不明の少女が現れたと光彦から聞いていた。
一度だけならバグとして放置も出来た。だが二度あればそれは偶然ではなく必然とも思える。
所詮ゲームの出来事と放置するのもすっきりしないなぁと、ちょっとだけ真面目に考察するつもりになっていたのだ。
陣が思い出すのは最初にEAOへログインした際のトラブル。
正体不明の少女に言われた台詞。
『画一化された無謬の果て、その「楽園」の終わりで、貴方を待っています』
そのまま意訳すれば、過ち無く存在が一様に揃えられた世界が『楽園』であり、その『楽園』の終わりで陣を待っている、という意味だろうか。
その意訳から受けるイメージは一時期流行した『ディストピア』だ。
人の意思が統一され、自己欲や競争が無い世界。ある種のユートピアを目指して争いが淘汰されいる代わりに、人としての向上心を失い社会の発展が望めない世界。その世界が何らかの限界を迎え、崩壊しているからこその終わり。
しかし、それらも推論とも呼べぬ当てずっぽう。かつ概念的に過ぎる話であり、待てるような『場所』ですらない。
そもそもに於いて、ゲームにおいても人が介在する以上は多様性に満ちる。その意思が真の意味で『画一化』される事はないのだ。
強いて言えばEAOのシステム、プレイヤーの成長の仕方、スキル発現の仕方は『画一化』されていると以前に光彦から聞いたことがある。しかしこれも短絡的に『EAOが楽園』と考えるにはこじつけに近く、その少女の発言とリンクしている手応えが無い。
まぁ『EAOが楽園』と考えた場合は、『終わり』とはグランドクエストの最終フィールド、種界『楽園』をクリアした先なのだろうが……。名称自体は一致するが、陣の直感は『それは違う』といっていた。
「あ〜、駄目だ。考えるにもピースが足りてる感じがしねえや。
ま、今は小難しい事考えるより俺も食材調達しておこうか」
金魚が不参加になった経緯が配慮不足だった事もあって、ちょっとした罪悪感もあった。
せいぜい美味いもの食わせてやろうと、陣も狩場へと向かうのだった。
多忙に付き感想やご指摘に返答出来なくてすいません。ちょっと落ち着いたら一気に返信いたします!




