プロローグ
第二章開始です。
どこまでも美しく白波立つ波間。
そぞろ歩けば気持ちよく鳴るホワイトサンド。
遠くから聞こえる海鳥の声、砂浜を撫でる風、リズムよく聞こえる波。
もうすぐブルーモーメントを迎えるであろう空は、綺麗に青から橙へのグラデーションを見せる。
ラブロマンスを得意とするような映画監督なら、その情景を見ただけでインスピレ―ションを得るだろう。
仮想空間だからこそ可能な、まるで天国のようなビーチ。
「なんで俺はこんな所にいるんだ…」
そこで陣は一人、泣きながら焼き魚を貪り食っていた。
〓〓『人界』・第一層:エリアシティ・プリムラ武具店〓〓
―3日前―
「いやージンさん!最近ご無沙汰だったじゃないか。
どうしたんだい?また何か作成の依頼かい?」
所はプリムラ武具店。
夏期休講も終わり大学生活に戻った陣は多忙になり、EAOへのログイン率も低下していた。
季節は秋。
学祭を控える心葉大学。陣も学祭で演舞を披露する事になっていて、演舞場の使用権をかけた激しい戦いを繰り広げていたりしていた。相馬流の会合もある。分家への橋渡し、武術指南を行っている警察や自衛隊関係への折衝。当然未だ学生である陣である、陣頭指揮は内弟子である藤堂が取っているのだが、次期後継者という事もあり回避できない雑事も多かったのだ。
それらの準備もようやく終わり、陣は久し振りにEAOにログインした。
その時ふと思い出したことがあり、プリムラの元へと足を運んだのだ。
「いやさ、そういえばプリムラ。剣歯から手に入れたウーツで俺に武器作ってくれるって言ってたじゃんか。
流石にそろそろ出来てるんじゃないかと思ってな」
「……」
「天下のトップ生産職が作ってくれた剣銃だからな。その能力も折り紙つきだろう。
最近プライベートが忙しくて色々おざなりになっているからな。料理道具の素材も欲しかったし、剣銃受け取ったらちょっと格上の狩場でも行こうかと思ってるのよ」
にこにこと陣が期待を語ると、プリムラは大量に汗をかき始める。
あちこち目をそらし、挙動不審に拍車がかかる。
「そうえいばジンさん!聞いたよ!二つ名ついたんだってね!『格上殺し』って物騒でいい名前じゃないか!」
「ありがとう…ってプリムラ、メールでそれ聞いたぞ?」
「そういえばジンさん!料理道具作れるようになったんだってね!道具作るのにいいスキルあるんだけど、スキルスクロール融通してあげようかね!」
「ありがとう、それは助かるんだが…。さっきから露骨に話逸らしてるな…?
まだ出来てなかったりするのか?」
プリムラは逸らしていた首をぐりんと回し、白目をむいて正面の陣を睨みつけ叫ぶ。
「めっさ無理やねん!剣銃レシピなんて元から研究されてないんや!レシピ見つけるんにウーツなんぼ無駄にしたと思うとる!?
突破口見つけた思うたら、しまいにゃ素材に超レア必要とか何の冗談や!?
嫌がらせか!?あたいへ恨みでもあるんか!」
「怪しい関西弁で逆ギレすんじゃねぇよ!
それでなんの素材が必要なんだ?
最近あんまり使ってないから資金もそこそこあるしな、市場で買うなり知り合いに譲ってもらうなり出来るだろうし、それ入手すれば作るのに問題無いんだろ?」
プリムラは白目のまま、呆けたように動きを止め。
「市場になんか出てないちゅーねん。ジンさんの知り合いだって持ってる人おらへんわ。
何せ、レシピには載ってるから実装されてるのは確実なんやけど、今まで発見されたことがないレア素材が必要ってなんやねん…」
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話を聞いて飛んできた光彦と水穂、暇だったとついてきたミオソティス。
4人が揃って頭を抱える光景は珍しい。
なんだかんだでEAOにおけるトッププレイヤー達だ、そんなに難しい素材なのかと陣も怪訝な顔になる。
「あにぃもよりによって、なんでそんな素材引くかなぁ。『インペリアル・カーバンクル』とか聞いたことないのだ…」
「私もギルド所属の娘達に教えるために色々勉強していますが、初めて聞くアイテムですわね…」
「うむ。水穂嬢もミオソティスも知らない、いわんやプリムラすら知らない素材というのはよっぽどだぞ?
私達が揃って知らないという事は、可能性があるのは攻略に絡まないレアなクエストの報酬か、未発見モンスターのドロップアイテムなのだろうが…」
今更の話ではあるのだが『サイトで情報を集める』事を知った陣。だが確かに『EAO攻略Wiki』にもその素材の情報は存在しなかった。
ようやく初心者を脱したような陣だ。そこまで高性能な武器を求めているわけでも無かったし、剣歯から巻き上げたような形の素材から端を発した物。そんなに難しいのであればと陣は口を開く。
「いや、そこまで難しいアイテムが必要ならウーツ使わない剣銃でもいいんだぞ?
俺の戦い方だと既成品では無理があるってのが元々の原因だしな。壊れさえしないならもっと性能低い物…」
「何言うとるんや!なんぼウーツ無駄にしたと思うとるってさっき言うたよな!
大損や!今諦めたら大損なんや!諦めたらあかん!試合が終わってしまうん!」
プリムラは白目を剥いたまま、陣の胸ぐらを掴んでガクガクと揺さぶる。
投資が回収出来ないからとムキになって更に投資を続ける。完全に相場師が大敗を喫するパターンだ。
そろそろ正気に戻れと、プリムラの脳天に軽く手刀を入れ引き剥がす。
「というかだ。トップ層も含めた一般プレイヤーが分からない事を、雁首揃えて考えた所で結論なんか出ないだろ。
ここはプロの意見を聞いてみようか」
そう言って、陣はメールで最近知り合った『EAO攻略Wiki』の管理人、ナトリに連絡を取るのだった。
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「というわけで来たの。
『インペリアル・カーバンクル』とは、また面倒くさいアイテムが必要なのね」
『EAO攻略Wiki』の管理人、ナトリ。
見た目完全に低学年の小学生、服装もそれを助長させるようなロリータ・ファッションなのだが、そんな姿にも関わらず中学生という女子プレイヤーだ。
情報屋としての側面も持ち一般プレイヤーへの顔も広く、こういった事柄においては非常に頼りになるのだ。
また、陣の二つ名である「格上殺し」を名づけたのも彼女である。
「やはりナトリも聞いたことがないか。ここはジンの言う通り他の剣銃にした方がいいのではないか?
と言うより、実験用ウーツの放出のし過ぎでそろそろ私の懐がヤバい」
ウーツはダマスカスシリーズの武具を作るのに必要な素材。今に至っては一線級とは言い難い武具ではあるのだが、生産者の腕や強化の仕方によってはまだまだ攻略前線で使える武具になる。一線級から外れたこともあり産出量が落ち、効果の割にはそこそこ高値になってしまったという素材だ。
ウーツを巡る一連のどたばたにおいて、光彦はプリムラにウーツの提供を約束してしまっていた。いくらトッププレイヤーとは言えども無尽蔵に資産が有る訳ではない。そろそろ寂しくなってきた懐を思えば、いい加減諦めて欲しいのが光彦の本音である。
そして、現在確認されている一線級の武具であっても、当の『インペリアル・カーバンクル』を要求されるような物は無い。プリムラが見つけた剣銃のレシピというのも、本当にダマスカスシリーズの剣銃なのか怪しくなってきているのだ。
「いつ誰が分からないと言ったの。わたしは『面倒くさい』と言ったの。
『辞典』スキルでサーチしてるからもう分かるの」
『辞典』。EAO内における『実装されている全ての情報』を検索する事が出来るスキル。
情報を見るスキルに『観察』がある。このスキルはモンスターやプレイヤーの情報を見るために存在し、EAOをプレイするのに初期に入手したほうが良いスキルの一つだ。陣もEAOログイン初日に、このスキルを修得するスキルロールを光彦からプレゼントされている。
その『観察』スキルの系統を成長させて行くと、最終的にナトリの言う『辞典』スキルを入手する事になる。
ただこのスキル、強化成長させて行くことが『難易度が高い』事で有名。
『観察』はモンスターやプレイヤーを注視する事で成長していく。だがその次の系統である『察知』は自分より高レベルのモンスターを発見する事で成長するのだが、条件としてモンスターが『潜伏』スキル持ち、かつ自分は気づいていない状態でスキル発動という非常に面倒なシチュエーションを要求される。
そこからの系統も『結果として対象を察知・発見するのだが、何も考えて無ければ対象が見つからず、かつ自分はそれに気づいていない状態でスキル発動』という『ある種矛盾したシチュエーションを常に要求される事』もあって成長が非常に難しい。
また、それだけの労力が必要な割には『情報を探す事』にしか使えず、攻略サイトを見ればある程度情報が揃うことから、ほとんどのプレイヤーはこのスキル系統を熱心に育てることをしないのだ。
ナトリは攻略サイト管理者の意地としてこのスキルを育てており、先日ようやくスキルレベルが最大成長したのだそうだ。
「わかったの。
インペリアル・カーバンクルは『海域』に出現する皇帝亀の卵なの。
でも、これ皇帝亀のドロップアイテムじゃないの。クエスト報酬かもしれないけど、そこまではアイテムの説明見ても分からないの。
皇帝亀自体あまり出現しないレアモンスターだし、行動ルーチンもあまりよく分かってないの。
やっぱり手を出すには少し面倒なモンスターなの」
「『海域』…か。名前からすれば海の種界なんだよな。
…よし!今夜はシーフードだ!」
陣の気持ちは海産物に向かう。
舞台は『人界』から『海域』へ。
そこで陣は、相馬流後継者・相馬陣としてではなく、EAOプレイヤーの剣銃士・ジンとして試練を味わうことになるのだが、それを彼はまだ知らない。
第二章始まりました。
まだアップ状態なので緩めのスタートとなります。
プリムラの似非関西弁はあくまでも「似非」ということで、正しくなくても勘弁してやって下さい(汗




