二つ名
ついにステータスが明かされます。
〓〓『人界』・第一層:エリアシティ〓〓
激戦だった公式イベント後、まだまだモチベーションが上がらない陣がエリアシティを歩いているt。
「いや、いい加減それはポーズだろう。
実はそれ気に入り始めてないか?」
光彦が呆れ顔で陣に声をかけた。
陣はひょいと肩をすくめ、光彦に向く。
「いや、実際あんだけ戦えば疲弊するだろ。つーかあの後も色々あってさっぱり休めた気がしないんだが」
「まるで信用出来んことを言うな。
ただでさえ修行だトレーニングだと体を鍛えるのが大好きなお前のこと。次の戦闘を心待ちにすることはあれ、戦闘で疲れたなんぞポーズとしか思えん。
まぁいい、お前に客だ。頼み事があるんだそうだ」
まるで人を戦闘狂のように表現するとは、全く失敬な眼鏡だ。
客?と陣が眉を顰めると、光彦の着ているローブの後ろから大凡10歳前後の幼女が顔を覗かせる。まだ第二次性徴を迎えていないのだろう、ふっくらとした丸顔はあどけない。ただでさえ長身の陣とは50cm以上の身長差があり、逆光になる顔は見えているかも怪しい所。
陣は悟った顔で親友の肩に手を掛けると、何度か頷いた後言う。
「いつかやると思ってたんだ。さぁ、俺と一緒に交番に行こうか」
「おまわりさん、自分です!って馬鹿を言うんじゃない!このナトリがお前に用があるというから連れてきたんだ!
ナトリよ、ジンはリアルでも私の友人だ。気兼ねせずになんでも言うがいい」
光彦に紹介されたナトリは引っ込み思案なのか、彼のローブを握るその姿は『頼れる兄に縋る幼女』、その相手が光彦だと何故こうも犯罪臭がするのだろうか。普段の行いって大事。
「んでナトリちゃん?だっけ。俺に何か用かい?」
ナトリに対して陣の長身では怖いだろうと、屈んで声をかけると恥ずかしいのか隠れてしまう。
もにょっとした顔で陣が顔を上げると、呆れたように光彦は嘆息し近くのNPCが運営するカフェを指差すのだった。
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「はぁ!?二つ名ぁ?なんだその厨二テイスト香るソレは」
「素っ頓狂な声を出すんじゃ無い。二つ名は二つ名だ」
「いや…ぜんっぜん意味分からねえんだが……説明端折り過ぎだろう。
つーか光彦、素っ頓狂ってまた言い回しが古風だな…」
ラウンジに場所を移し用件を聞くと、一部のプレイヤーから陣に二つ名を付けろという要望があったらしい。
「二つ名」の名付けはプレイヤーが主体となって行っている活動であり、ある程度有名になったプレイヤーに通り名を付けることで「いつかは自分も」と各々のモチベーションアップを図ったり、二つ名持ちのプレイヤーごとに活躍を攻略サイトにまとめ、エンターテインメントとして楽しむといった風潮がある。
似たようなシステムで「称号」がある。
「称号」は戦闘や日常の行動で取得することが出来、またステータスにも微力ながら影響がある。
武具やレベルとは関係なく手軽に強化が出来ることから、プレイヤー間で活発に研究されているジャンルだ。
光彦はカフェのテーブルに肘を付き、陣を見る。
「まぁあれだ。伊達政宗公の『独眼竜』や織田信長公の『第六天魔王』のようなものだな。
ちなみに私は『道化師』、水穂嬢は『剣舞姫』と二つ名がついている。他にも名前の売れているプレイヤーには大体ついているからな。有名税みたいなものだと思えばいい。
さすがに公式イベントでMVPを取ったプレイヤーが二つ名無しだとな。色々と示しがつかないのであろうよ。
せいぜい痛々しい名前をつけてもらって苦しめばいいのだフハハハ」
何か嫌な思い出でもあるのか、光彦の眼からハイライトが消えている。
「いや、戦国武将の通り名と一緒にすんなよ…。
まぁ俺が拒否する事で周りが萎えるつーなら協力するのに否はねえんだけどな。
んで俺にその二つ名付けるのがこのナトリ?って子なのか?」
ナトリは同じテーブルについてはいるのだが、先程から一声も発しないで幸せそうにこくこくとメロンソーダを飲んでいる。
陣と光彦に見られていると気付き、取られるとでも思ったのか急いで飲む姿は大変可愛らしくはあるのだが…。そのナトリが名付け役と言われても不安しか湧いてこない、その姿をみてほっこりしている光彦の将来にも不安しか湧いてこない。
「…なんで幼女がそんな役目になってるんだ?」
「いや、ナトリはこう見えてEAO攻略サイトでも人気を誇る『EAO攻略Wiki』の管理者でな。
他にも影響力を持つ方々がいるんだが、今回は久し振りの大口名付けだという事で皆張り切ってしまったそうでな。
名付け権の取り合いになり、壮絶なじゃんけん大会の末、このナトリが勝利したそうだ。
私を名付けたのはむさいおっさんだったからな。幼女に名付けられるとは羨ましい限りだ、喜べジン」
後から聞いた所によると、光彦にしても血狼の長衣の一件や、陣が何故かリアルでの力量で戦っているという秘密もあり、彼がEAOで悪目立ちすることを歓迎してはいなかった。だが実績があるにも関わらずに二つ名が無いというのが逆に目立つと思い、ナトリへ陣を紹介することを拒まなかったのだそうだ。
閑話休題。
当のナトリはみるみると顔を赤くし、バンとテーブルを叩いて椅子の上に立つ。
「さっきから黙って聞いてると、幼女幼女と失礼なの!」
「「シャ、シャベッター!?」」
「二人共本気で失礼なの!こう見えてナトリは中学生なの!というかそこの眼鏡は知ってるはずなの!」
ぶすくれている顔といい、ドンと座っても背が足りずぷらぷらさせている足といい、どう見てもナトリは低学年の小学生にしか見えない。
人間の未知は奥深いと陣が驚愕していると、ナトリはぶすくれたまま告げる。
「いい加減眼鏡に任せてると話が進まないの。眼鏡光らせるしか芸が無いんだからちょっと黙れっつーの。
ジンさんの二つ名を決めるに当たってちょっと困ったことになってるから協力して欲しいの」
最近のあれこれに引き続き、また厄介事の匂いを感じ嘆息一つ。
どうせ暇だしいいかと気を取り直し、陣はナトリの話を聞くことにした。
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ナトリは憮然とした顔のまま、EAOにおいてどのように二つ名が付くか説明する。
「担当者によって趣向が違うから差異はあるけど、名付けについての一般的なプロセスはあるの。
大体、自然発生的に渾名がついてそれを分かりやすく、ないし助長したものが『二つ名』になるの。
眼鏡が言った有名所以外だと四神会、朱雀さんの『破壊神』。箱庭、ミオソティスさんの『無垢薔薇』なんて分かりやすいの。
アクアさんの場合は『姫』って渾名がついてて、職の剣舞士から連想されて『剣舞姫』って二つ名になったの」
水穂は姫というより馬子だ。ほら暴れ馬とかじゃじゃ馬とか。皆『馬子にも衣装』で騙されてるんじゃないかな?
後、ミオソティスの二つ名はなんか納得行かない。あのお色気姉ちゃんが『無垢』とかなんの冗談だ。
それはさておき、話し始めればナトリは見た目と違い饒舌だ。
先程の引っ込み思案な姿はなんだったのだろう。
「だから基本的に二つ名を付ける事で問題が起こる事は少ないの。
ありうるとしたら名付けられた後に不本意な名前だとかで揉める事があるくらいなの。それでもその二つ名を利用して紹介されたりとメリットも大きいから、大事になることはほとんどないの。
名付け役は大体大手の攻略・情報サイトだから、よほど馬鹿じゃなければ心象悪くするデメリットくらいわかるの」
「へぇ、そういう部分はそこそこ考えられてるんだな。
ちなみになんだが、そこの眼鏡をナトリが担当してたらどんな二つ名を付けてたんだ?」
「『閃光眼鏡』なの」
陣は一瞬呆気にとられた顔でナトリを見つめ、がっしりと彼女の手を握った。
「分かってるじゃねえか!『道化師』なんて小洒落た二つ名よりよっぽど光彦を表してるな!
そこのウェイトレスさん!このレディにメロンソーダのおかわりを!」
「ご理解いただけて嬉しいの。後、手を離して欲しいの」
ナトリはレディ扱いされたのが嬉しいのか、はたまた自分の二つ名のセンスを褒められて嬉しいのか。表情を笑顔に変え、運ばれてきたソーダをこくこくと飲み始める。
うん、陣にはロリコン趣味は無いのだが、やはり子供は笑顔の方がいい。その理由が光彦の眼鏡にあるのはとてもアレな話なのだが。
「話を元に戻すけど、プレイヤーに付いた渾名を膨らませるのが一般的な手法なの。
それで個人的にジンさんと付き合いのありそうなプレイヤーから渾名のアンケートを取ったのだけど、ちょっと困ったことになっているのね。ちょっとコレを見て欲しいの」
ナトリはアイテムストレージからアンケート用紙を取り出し陣に差し出す。
どれどれと陣が見たところ…。
『奴の特性か?そうだな…。一言で表わすなら「鈍感筋肉」だな。女心には鈍感だしトレーニングを愛しすぎている。そのうち筋肉が恋人になる日も近いのではないか?』By 眼鏡
『あにぃの料理はとてもおいしいのだ!だけどあたしにわからないように緑のキャツ(※グリンピース)を入れてくるのだ!あにぃなんて「緑の大王」でいいのだ!』By 永遠の妹
『あ?ジンさんの事か?当然兄貴だ!…いや、ただの兄貴じゃねえな。そんな生っちょろいモンは超えてらぁ。そうだな、「超兄貴」!超兄貴だ!』By 歯
『あの剣銃士ですか…。失礼な人ですけど…、価値観の軸があるというか…。人によると思いますが、ブレない姿には好感を持っていますわ』By サンダーソニア
『ジンさんにも二つ名付くんだねぇ…。出っ歯との対戦でも賭けの胴元で稼がせてもらったし、今後とも繋がりを持ってればいい「金蔓」になってくれそうさね!(ニチャ』By ドワっ娘
『そ、そんな渾名なんて恐れ多い!あの方は私に道を照らしてくれた「御使い様」なんですから!』By 黒の僧侶
『ほう?彼の渾名ですか。彼とは是非、共に食の頂に立ちたいと願っています。そう、栄養の神いまします「食神」の域へと!』By 生ける伝説
「全部出すと切りが無いからここらへんにしておくけど、まぁ見事にバラバラなの。普通はバラけていてもある程度は似通うものなのに。
他にも『哀しき男(By 庭の主)』だの『修羅の友(By 破壊神)』だのいちいち要領を得ないの」
陣は猛烈な頭痛に襲われ、頭を抱えテーブルに突っ伏す。
最近、なんかこういう事多いなぁとデジャブを感じる上、これは色々と酷い。
「いや、あんまり女に興味ないのは確かだけど筋肉を愛するってなんだ眼鏡!?水穂は好き嫌いせずにちゃんと食べなさい!超兄貴ってなんだそりゃドイツでジャーマンなアレか出っ歯!?ソニアは感想しか言ってないからね訳も分からんし!?金蔓ってプリムラ裏で懸けやってたんか!?ウルフゥお前の厨二ワールドに俺を巻き込むんじゃねえ!ミオソティスも朱雀も何言ってるのか分かんねえしブランチはまた一緒に料理しような!」
「…いや、ジンよ。ワンブレスで律儀に全部に突っ込んだな。久し振りにお前は凄い奴だと思ったぞ。
どうでもいいが、お前の生ける伝説への好感度の高さはなんなのだ…。正直、彼が言ってる事もウルフの酷さと大差ない気がするし、感想というか目標な気がするのだが…。
それでナトリよ。渾名がバラけているのは分かったが、ジンにそれを話して何をして欲しいというのだ?」
ナトリは表情を暗くし、ただでさえ小さい体を更に縮こまらせて言う。
「今まで沢山のプレイヤーを名付けてきたけど、恥ずかしい話だけどジンさんに関しては客観的なパーソナリティーが分からない、名付ける糸口が全然掴めていないの。
だから、ヒントとしてジンさんの取得称号を知りたいの」
光彦はナトリの言を聞いて「それは確かに聞きづらい」と苦笑する。
EAOに限らないのだが、VRMMOの世界に於いてステータスは秘匿とまでは行かない迄も公言するようなものではない。余程仲の良いプレイヤー同士でも無ければおいそれと開示するものではないのだ。
それは「称号」という直接的な影響が少ないと思われるものでも大差はない。「称号」を知れば対象プレイヤーのプレイスタイルや、大凡のスキルレベル等も推測することが出来てしまうのだから。
またタイミングも悪い。一向に進まないEAOの攻略を一歩前に進めるため、『煉獄』に本拠を置くPK達と近く会談を設ける事になっている。
これは日に日に悪質になるPK手法と、攻略が進まないために起こる客離れの二つを懸念したゲノムブレイン社、EAOの運営サイドも同席する事が決定している。プレイヤーの活動に介入することが無い運営サイドのスタンスを考えれば、イレギュラーである『公式』の会談なのだ。
その会談の結果がどうなるかは分からない。だが、PK達やDr.ミカミの性質を考えれば『大規模戦』に準ずるような事態になることは想像に難くない。
勿論だが陣に於いてもメリットはある。
協力すれば攻略サイトには出せない極秘情報と交換出来る可能性もある。情報を日々集める事によって構築された、ナトリの持つネットワークの利用。所謂「腕の良い情報屋」と繋がりが出来るのも、陣にとって決してマイナスにはならないだろう。
ただ、一角の高レベルプレイヤーとして名を馳せている光彦と違い、未だ無名のプレイヤーである陣にはデメリットもある。
職による違いは多少あるものの、ある程度以上のレベルになれば構成は似通う。高レベルプレイヤーの光彦のステータスはその分『特に情報がなくとも』推測し易いものであり、今更秘匿する価値は低い。
翻って陣のような始めて間もない低レベルプレイヤー、かつ二つ名持ちともなればPK達からすれば『美味しい獲物』になってしまうのだ。その『美味しい獲物』のステータス情報が出回れば当然対策も取らる。
本来であれば最弱職の剣銃士であるというのも相まって、より集中的に狙われる結果を招くことだろう。
それが分からない|『攻略サイトの管理者』《ナトリ》ではない筈。無理を言ってる自覚があるからこそ、それが失礼な行為に当たると分かっているから体を小さくさせているのだ。
EAOを始めた当初と違い、ある程度知識もついた陣も渋い顔をしている。
自覚的に目立つ事を良しとする男でも無い。今後『血狼』を討伐するというような無茶も減ると思えば別の意味で安心する光彦だったが、さすがにこれは自分が間に挟まないと話が進まないだろうと口を開く。
「ジン、確かにメリットもある話だが無理をすることは無いんだぞ?」
「わたしも無理を言ってるのは分かってるの…。断られて当然の話をしているんだから…」
陣は更に渋面になり、所在なく指を空中に彷徨わせた末に途方に暮れた顔で光彦を見る。
「いや、そもそもな話なんだがな。称号ってなんだ?」
「「は?」」
「いや、今ヘルプ画面見て確認したらステータスに表示ってなってるんだが、まずステータスの出し方が分からん」
思わずコケる光彦とナトリ。光彦に至っては派手にコケすぎテーブルに頭突き、「がぁぁぁ…」と地面を転げまわっている。
「えっと…ジンさん…まさか今までステータスを確認せずにプレイしてましたの?」
「おう!必要を感じなかったからな!」
「元気一杯で結構な事なの…。メニュー画面のプレイヤー情報からステータスをタップすればステータス画面が表示されるの…」
ふむと頷き、何も考えずに陣は言われた項目をタップする。
■―――――――――
名前:ジン
主職:剣銃士(LV30 /NEXT EXP:398)
副職:料理人(LV10 /NEXT EXP:0・主職のレベルアップでレベルアップ可)
パラメーター:
L HP:1500
L MP:300(+30)
L STR:30(+6)
L VIT:30(+3)
L AGI:30(+6)
L DEX:30(+3)
L INT:30(+3)
装備:
L 主武器:中級者向け剣銃
L 副武器:万能包丁(料理にのみ使用可)
L 胴:血狼の長衣(防具セット)
L 腕輪:小人族の胴輪
L 指輪:―
■―――――――――
所持マスタリー:
L 剣銃マスタリー:898
L 魔法マスタリー:108
L 料理マスタリー:976
所持スキル:
L スラッシュ(剣銃斬撃):LV1
L 魔弾発射(炎・氷・風・土):LV5
L 弾倉生成(炎・氷・風・土):LV1(装填数6発の弾倉生成可能)
L 結界魔法:LV2(セーフティーウォール)
L 回復魔法:LV2(ファーストエイド)
L 観察:LV3
L クッキング:LV MAX
L 調味料生成:LV5
L 料理道具生成:LV1
■―――――――――
所持称号:
???(???)
戦闘称号:
拳王(素手による攻撃にプラス効果)・血狼殺し(血狼討伐の証明・AGIが微アップ)・巨人殺し(巨人討伐の証明・STRが微アップ)・殺戮者(短時間多数討伐の証明・主職の主要ステータスが微アップ)
生活称号:
鈍感(状態異常耐性がアップ)・ややむっつり(MPが微アップ)・狼の友(狼族モンスターがノンアクティブになる)・キーの友(人界のNPC好感度が上がる)・クッキングキング(クッキングスキルLV MAXの証明・作成料理がちょっとだけ美味しくなる)
■―――――――――
「「「…なんじゃこりゃ(なの)…」」」
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ずらっと並んだステータスに3人共言葉が無い。
各々暫しぷるぷると震え、その思いが爆発する!
「なんなんだこの『ややむっつり』ってのは!俺はむっつりじゃねぇぞ!何を理由にこれついたんだよオイ!?」
「ミオソティス嬢に絡まれた時に胸でもチラ見したんじゃないのか?
いや、それより天下の往来でステータス見せるとは何やってるんだジン!」
「そんなこまけぇことはどうでもいいの!何このステータス!?色々ピーキー過ぎて突っ込みきれないの!
なんで剣銃士なのに剣銃士関連の称号無いの!?称号見たって今までどんなプレイしてきたのか全く分からないの!むしろ本当に剣銃士なのか怪しくなってきたの!それより『???』ってなんなの!?」
さもありなん。
今に至って陣はゲームに危機感を抱けていないので、ステータスを余り人に見せないものであるなどとは思っていない。そして相馬流で戦いスキルを使わずにいる以上、近接スキルのレベルは一向に上がらないのだ。その理由でスキルレベルが5になれば派生するはずのスキルも近接スキル関係は発生していない。
であるにも関わらず『質の高い戦闘』そのものはしているので、マスタリーレベルはモリモリと上がる。
異様に高い料理マスタリーとスキルの正体は、ブランチと共にクッキングスタジアムで料理を作り続けたことで、意図せずパワーレベリングされていた結果である。
「はぁ…。まぁジンだしな、もうこれ以上私は突っ込まんぞ」
「それで済まされてしまうのもある意味凄いの…。
というかNPCに好感度があるとか始めて知ったの。NPCショップによる経済活動や受けられるクエストなんかにも影響してくる可能性もあるの。この情報、わたしの攻略サイトで公開しても?」
呆れた顔で言う二人を前に、あまり興味も無い陣は軽く答える。
「よく分からんが、なんか使えるなら構わんぞ。
むしろ街のNPCに傍若無人やらかしてる連中の牽制になるなら積極的に公開してもらって構わない。
っと、これでいいならそろそろいいか?
料理道具作れるようになったのステータス見てて思い出したから、ちょっと素材集めて作ってみたいんだ」
ナトリは苦笑し、この色々とぶっ飛んだプレイヤーともう少し話してみたかったと思いながら言う。
「だいたい知りたいことは分かったの。
このステータスは勿論公開しないし、ステータス情報を守るやり方も一杯知ってるから相談にも乗ることを約束するの。
そして、他の担当者ならいざ知らずわたしは変な二つ名は付けないから安心して待っていて欲しいの。
お手間を取らせてごめんなさい、ありがとうなの」
さっとNPCに支払いをし、「んじゃなー」と手を振り陣は去っていく。「おいちょっと待てジン!お前に改めて常識的なプレイヤーのだな…!待てこのむっつり!」と追いかける光彦。
「ここの支払いはわたしがするつもりだったのに、さらっと会計持って行かれちゃったの。
イベントMVP取れちゃうくらい強くて、それでいて振る舞いがスマートってモテても良さそうなのに、鈍感ってなんてテンプレな主人公補正なの?
うーん、ああいうプレイヤーの二つ名かぁ…」
ナトリは残ったメロンソーダをこくこくと飲み切り、情報収集をするためにログアウトした。
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〓〓『人界』・第一層:エリアシティ・中央広場〓〓
―後日―
料理道具生成で作ったいびつなフライパンを水穂に見られ、「料理作るならあたしはオムライスをしょもーす!」とせっつかれ中央広場で料理をしている所に、光彦が嬉しそうな悔しいような複雑な顔をしてやって来た。
「おいジン!ナトリから連絡があったぞ、ついにお前の二つ名が決まったそうだ!真っ当な名前だぞチクショウ!」
「おー、ついにあにぃにも二つ名がつくのかぁ〜。
まー、時間の問題だとおもってたがな!」
手元でチキンライスを薄焼き卵で包みながら、陣は「あぁ、そういやそんな事あったな」と思い出す。
あまり興味のある事でもなかったし、今の陣は料理を作るのでとても忙しいのですっかり失念していた。たとえVRの世界であっても、さんざん水穂にリクエストされて作り慣れたオムライスであっても、手を抜けば栄養様に顔向けが出来ないのだ。
ケチャップ(的な何か)をかけぴょんぴょん跳ねる水穂にオムライスを手渡し、光彦に向き直り聞く。
「まぁ精神的にクル名前じゃ無ければ俺はなんでもいいんだけどな。
それで、結局ここまで引っ張ってなんて名前になったんだよ」
光彦は眼鏡をキラリと光らせ厳かにローブを翻し、周囲にいるプレイヤーに告げる。
その声は声量拡張魔術を通し、余すところなく広場に響き渡った。
「『EAO攻略Wiki』の管理者ナトリ嬢が名付け、僭越ながら『道化師』・『黄金福音』ライトの立ち会いの元、ここに新たなる『二つ名持ち』が誕生した!
彼は最弱職である剣銃士でありながら初の対人戦では上位職のプレイヤーを圧倒し、公式イベントではMVPを取るという快挙を成し遂げた!その活躍に相応しい二つ名が贈られた!
プレイヤーはここに居る剣銃士のジン!二つ名は
―『格上殺し』!」
中央広場前に集まっていたプレイヤーから歓声が上がる。
光彦に紹介された陣はあっという間に見知らぬプレイヤー達にもみくちゃにされ、肩を叩かれたりヘッドロックをされたりと手荒い祝福を受ける。
そこに「所詮最弱職」といった陰性の感情は無い。ここ最近の攻略停滞で鬱屈した空気を感じていたプレイヤーたち、彼らからしても二つ名持ち誕生の報は久し振りの明るいニュースであり、そんな空気を一時であっても吹き飛ばしてくれる喜ばしいことなのだ。
「早速『EAO攻略Wiki』で『格上殺し』の情報が公開されたようだぞ!詳しいことは是非そちらを見て欲しい!
これにて二つ名持ち誕生の宣言を終え、私からの言祝ぎとさせて貰う!」
『EAO攻略Wiki』を見た、今まで知り合ったプレイヤー達からメールが次々と届く。
振り返ればEAOに於いても戦いの日々。陣にとってそれは修練であり、決してこの世界に楽しみを求めていたわけではない。
だが、その日々が「悪くなかった」と実感できた瞬間でもあった。
「これはお祝いだな!さぁ料理を作るのだあにぃ!」
「そうだな、お祝いだ。さぁ料理を作れジン!
料理マスタリーカンスト寸前の『格上殺し』が祝いに振る舞ってくれるそうだぞ!喜べ!」
先程より倍する歓声。この欠食児童共がと陣は苦笑し叫ぶ。
「食材は持ち込みだからなお前ら!持ってきたやつから作ってやるからじゃんじゃん持って来い!」
リアルの季節は巡り、駆け抜けた夏を終え秋の気配が漂い始める。
陣を中心とした世界はまだまだ騒がしさを見せそうだ。
というわけでついに主人公のステータスが明かされ、二つ名が付きました。
称号による「微アップ」は対象ステータスが1割アップする効果としています。また重複可能としています。
あまりお話の本筋とは関係ない箇所ですので、今後もあまりステータス表示は無いかと思います。
このお話で出てきたナトリは今後も登場予定です。
次話から本編が開始されます!




