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開幕

〓〓心葉大学・中央広場〓〓


「だから何度言われてもゲームなんざやってる時間取れないって言ってるだろ光彦。

 道場継ぐ為に休校期間に入ろうが遊んでる時間なんて無いんだって」


 彼の名は相馬陣。

 年は二十歳。180cmを越える身長と鍛錬によって引き締まった体躯、正中に一本芯を通したような姿勢から彼を数字以上に大きく見せている。その恵まれた体格に見合わぬ眠たげな目付きと、必要がなければ本気を出さない性格から『眠ってる虎』だの『本気出したら凄いナマケモノ』だのと不名誉な渾名で呼ばれていた。

 実家である相馬家は抜刀術・組打ち術を始めとした武芸十八般を戦国時代より伝える『相馬流古武術』の道場を営んでいる。

 陣は現当主でもある祖父「相馬権江」の「世の中の見聞を広げていらっしゃい」という鶴の一声により、不承不承ながら大学生をしている若き武術家である。


 21世紀も半ばを迎え、世界情勢は変わらずキナ臭さを残しながらも『表面上は概ね平和』な時代。

 心地良い風が吹く東京の端、辛うじて東京都に属する田舎。交通の便も悪く都心に出るまで2時間近く電車に揺られなければならない辺鄙な場所。

 そんな所に陣の通う心葉大学は在った。


 穏やかな環境に違わぬ自由な校風なのだが、才能に対し対価を厭わない方針のため天才・鬼才が数多く集まり研鑽を積む場所としても有名だ。

 彼らと共に学ぼうと、教えを請おうと、いっそ自派に取り込もうと有象無象が集まった結果、妙に偏差値の高いエリート大学になってしまっていたのは皮肉だろう。そうなってしまえば天才達にとって心葉大学は、能力もないのにプライドだけは高い場と興味を惹くようには映らない。

 年々受験生の偏差値だけは上がり続け、反比例して実績は下がり続けるという事態を重く見た心葉大学理事会が捻り出した解決案が、「受験生”全て”を一芸入試にて判ずる」というぶっ飛んだものだった。

 何かの一芸に秀でた者であれば成績に関係なく入学させ学ばせるという方針を打ち出した事で、良くも悪くも尖った人材を確保。そっぽを向いた天才達の興味もある程度戻ったのは良いが、ジェットコースターのような方針転換は「日本一ピーキーな大学」としても心葉大学を更に有名にさせた。


 翻って、陣は決して頭は悪くない。

 むしろ特定の分野においては思考の回転も早く切れ者とも言えるのだが、大学には行かず本格的に修行に入る心積もりであったがため当然のように受験勉強などしていなかった。急遽大学進学を考えなければならなくなった陣にとって心葉大学の方針は正に渡りに船。『古来武術の家系、将来は後継者』という一芸で申請し、演舞実演で合格を勝ち取ったのも良い思い出だ。


「それは何度も聞いているが、去年に権江さんから目録を授かったのだろう?

 切り紙5年、目録10年、免許20年とも言われる世界だ。本格的に始めたのが15歳からという事を考えれば随分と収めるのが早い。そう焦ることもないんじゃないか」


 そう声をかけるのは幼少時代より交友のある陣の幼馴染、幸田光彦。

 理知的な顔に切れ長の目、眼鏡が涼やかに飾るその風貌は陣と違って押しも押されぬ2枚目。身長も陣と並ぶ程高くスラっとしたスタイルでさぞかし女性から人気も出ようといった感なのだが、如何せん彼は重度の『趣味人オタク』である。よって、彼の趣味を知らない新入生か『同好の士』からしか好まれないという弊害があり『ガッカリイケメン』や『見てるだけでいい人、いやマジで』等呼ばれている。

 光彦はバーチャルリアリティの天才『候補』として心葉大学に合格している。VR技術に関してはまだ成長過程のジャンルでもあり、何を以ってして『天才』とするのかの基準が曖昧なためだ。


「大体、陣は権江さんから見聞を広げろと言われて心葉大に入ったんだろう?

 それが2回生になっても未だに修行・修練・鍛錬のフルコンボだ。これでは何のために入学したのか分からぬでは無いか。

 相変わらず婦女子とも付き合う気配もないしな」


「お前が言うと『腐女子』に聞こえるから止しなさい。ただでさえ光彦の『同好の士』から変な目で見られてるんだからよ。

 ん〜…ゲーム、ゲームねぇ…

 まぁ光彦は知ってるだろうけど、大学に進学する気は無かったからねぇ。勉学に励むってのはいいんだけど流石にゲームとかは気を抜きすぎって思っちゃうんだよなぁ…」


 陣が光彦に誘われているのは新進気鋭の『Eden Acceleration Online』というVRMMORPG(擬似現実空間による大規模多人数同時参加型オンラインRPG)だ。


 トレーサーと呼ばれる脳波観測機能を持った特殊なヘッドマウント装置を使い、擬似的に別世界に行けるというのが売りである。元々のトレーサーは脳損傷をした患者のリハビリ等に使われる医療分野、特殊なシミュレーション・危険な実験を必要とする科学分野で使われていた技術だった。

 これがVR技術のオーソリティーである『ゲノムブレイン社』の「5感を完全に再現する」という技術開発成功により状況が一変する。

 広告・旅行・外食業界等がこぞって参入を始め、限りなく現実に近い海外旅行や『宇宙旅行』、VRホームと呼ばれる集積サーバーエリアでは恒常的にメッセやイベントが行われるようになった。食に関しては勿論VRなので栄養が取れる筈も無いのだが、この時代はサプリやカロリーブロック等で『完璧な栄養バランス食』を実現出来ていたので、VR食は好意的に受け入れらていた。


 そんなVR技術だが、ゲームとだけは相性が悪かった。後に判明するのだが『現実とのごく僅かな差異』が認識能力に負荷を与え続けてしまい、VR環境へ脳が適応する前に重度の酩酊状態(VR酔い)になる現象が起こっていた。欠陥では無いのか?といった世論の流れにプライドを刺激されたゲノムブレイン社所属の技術顧問にしてトレーサーの生みの親、ミカミ・G・トレーサー博士がゲーム用のグラフィックスの描画・触感や味覚、匂いといった5感を再現する物理エンジンを強行開発。

 海外スタッフとのコミニュケーションに齟齬が出たという理由だけで環境言語すら共通化し、翻訳ソフトを通さずに意思の疎通すら図れるようにチューニングしたというから悪乗りも極まれりといった所か。


 そんなミカミ博士を総合プロデューサーに据えて開発された最初のゲームが『Eden Acceleration Online』通称『EAO』だ。

 当然、ミカミ博士の知名度は日本でも知れ渡っており、トレーサー生みの親が肝煎りで制作したVRMMORPGを心待ちにしていた全世界のゲーマーはこれに飛びついた。

 αテスト、βテストは文字通りプラチナチケットになり、抽選から外れたゲーマーはプレイ権利を入手しようと脅迫まがいの犯罪まで起こす事態にまで激化。そこまでの反応を予測できなかったゲノムブレイン社は、急遽正式サービスは極東地域である日本を限定的に行いモデルケースにする事を発表。当然苛烈な反発が起こったものの「ゲームそのものが無くなるよりかは…」とネガティブ寄りの賛同が得られ事態は収束した。

 正式サービスが開始されて3カ月。ニュースメディアの情報からだと大分画期的なゲームになっており、ゲーマーは言うに及ばず、タイアップを考える企業等からも好意的に迎えられているらしい。


 光彦はVR技術の天才『候補』なのでゲノムブレイン社からテスターとして『EAO』に招かれている。

 ミカミに会ったと年甲斐もなく(むしろ歳相応に)大はしゃぎしていた光彦に、突っ込みを入れた事を陣は思い出していた。

 あまり乗り気では無いと見て取った光彦は、人の悪い笑みを向けながら最後通牒を伝える。


「というかだな陣。実はお前に拒否権は無いのだよ。

 既に権江さんにはこの事はお伺い済みだ!『大丈夫だ、問題無い』と懐ゲーキャラ、イー○ックバリの快諾をいただいている!

 そしてお前の妹である水穂嬢も既に勧誘済みだ!というかβテストから参加してもらっているのだよ!」


「な、ちょ、マテやこの残念メガネ!

 何で爺がOKだしてんの?世の中の見聞広げるってバーチャルも当てはまる訳?

 水穂を勧誘ってなんであいつゲームやってんの?あいつ来年受験だろ?つーか何でお前が水穂のアドレス知ってんだよ!殆ど交流なかっただろお前!?」


 陣の妹、水穂は今年で15歳になる。中学がミッション系のジュニアハイで基本的にエスカレーター式に同系列の高校に進学出来るのだが、高い学力・教養を有していないと進学させないという厳し目な方針を取っていた。兄の贔屓目で見ても頭の出来は宜しくない妹は、友達と別れたくないと実家で猛勉強してる筈だった。

 慌てる陣に光彦は素晴らしくイイ笑顔で答える。


「はっはっは!水穂嬢は夏季休講の間はゲーム内で遠隔家庭教師(?)をするという条件で『釣った』!

 彼女は中々の逸材だな、ルックスは良いし戦闘勘も悪くない。『EAO』βテスターの間ではちょっとしたアイドルだったぞ?もちろん正式サービスでも活躍してくれる事だろう。

 権江さんには特に何もしてないな、最近のお前の行状を伝えただけだが?」


「オイ残念、水穂のアドレスなんで知ってるのか抜けてんぞコラ?

 爺になんて言ったんだよ。基本的にこっちは放任って約束になってるし、そういった事にいちいち口出す性格じゃないんだけど」


 アイドルって…何やってんだ妹よと頭痛がしてきた陣を尻目に、外堀は囲った!とメガネを煌めかせながら光彦は絶望を口にする。


「ついにメガネすら消えたな…

 いや、何。陣は大学に入っても修練ばかりの武術馬鹿で、サークル活動も女性とのお付き合いもしてませんよと。

 見聞を広げるというのは実家以外の場所で修練する事だったんですか?と質問しただけだ」


 それを聞いて陣の血の気が一気に下る。

 青い顔になった陣の肩を光彦が叩き、


「それで、何処に行っても修行漬けならいっそゲームでもとご提案した訳だ。

 ちなみに権江さんから『休校期間中に必ず実家に寄るように。お話があります』との事だぞ?死なない程度に頑張れ★」


 光彦は魂が抜けて呆然とする陣にひらりと手を振って脱兎の如く駆け出す。

 陣が我に返った時には、親友の掌で転がされた陣しか残っていなかった。

2014/08/17 修正いたしました。

陣の容姿についての記述を変更。(3枚目についての指摘があったため)

陣が高校を修了した記述を変更。(今後のプロットと齟齬があったため)


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