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戦い終わりて


〓〓心葉大学・学生寮〓〓


「ハァッハァッハァ…クソ…やっちまったか…」


 陣はトレーサーをもぎ取り、大量の脂汗を流しながら跳ね起きる。

 悪霊と化した影響か、まだ『憤怒』の残滓が体に纏わりついて離れない。

 直ぐ様自室に備え付けられている風呂場に駆け込み、冷水のシャワーを浴びる。夏場ということもあり、それは幾分温いものではあったが、滾った感情が水と共に流れ落ちていくのが分かった。

 ようやく落ち着く事が出来、ミネラルウォーターを飲みながら風呂場から出ると、陣が個人的に所有している映像通信デバイスに着信が来ていた。発信者は光彦、悪霊と化した陣を心配して掛けてきたのだろう。


「おう、光彦か」


『陣よ、お前、大丈夫なんだろうな』


 開口一番、光彦は陣に問いかける。

 その眼は細まり、相手の「思考の深奥」まで見透かすよう。

 あ、こりゃキレる寸前だ。と陣も表情を改め言う。


「あぁ、大丈夫だ。

 昔と違って、不思議と振り回されるほど残ってなかったな」


『なるほど、お前も多少は成長しているという事か』


 光彦は幾分表情を和らげ、陣がどこまで覚えているかヒアリング、その後何があったかを説明する。

 陣は自身が倒れるまでの記憶を覚えていた。その後のミカミとのやり取りを聞いて、今度は陣が渋面になる。


「おいおい、人様の過去を勝手にバラすなよお前。

 まぁ水穂が可を出したならしょうがねえか。

 んでなんだ、その『Angel』(アンゼル)『呼応者』(レスポンダー)ってのは?」


『恥ずかしながらヒントが少なすぎてさっぱり分からん。

 だが、Dr.ミカミのやる事だ。良しにしろ悪しきにしろ、大事であるのは間違いないだろう。

 それでお前の処遇だが…』


「あー…そうだな。これで大学にもいられん、か。

 爺に殺されなきゃいいが」


『いや、水穂嬢と相談して今回の事は誰にも話さない事にしておこう、という話になった。

 お前の様子次第ではあったのだが、昔と違って飼い馴らせは出来ないまでも、後には残していないようだしな。

 幸い夏期休講という事もあって心葉大学うちの寮にはお前くらいしか生徒が残っていない。

 楽観論と言われるだろうが、少なくとも『今は』問題ないだろうよ。

 さて、それでEAOの事だが』


 光彦はいつもの人の悪い笑みになり、眼鏡の奥を更に細ませる。

 あ、これは汚い光彦だ。


『Dr.ミカミがどんな悪巧みをしているのか分かるまで、お前はEAOを辞めるな』


「な?お前、あんな事態になってまで、まだやれっつーのか!?」


『ああ、いやちゃんと理由はあるぞ?

 Dr.ミカミとの話で、どうもお前自身が悪巧みのキーになっているようなんだ。お前がEAOを辞めることで、現実世界リアルワールドで干渉してくる事も十分に考えられる。

 現に彼は『シャドウサービス』という名称を口にしているからな。どんなサービスかは知らんが碌でもない物であるのは想像に難くない。

 正直、お前を餌にするのは悪いと思っているが。お前をEAOでプレイさせて時間を稼いでいる間に、俺はEAO内と現実世界リアルワールドの両面から探る』


「お前…、またやらかすつもりだな?」


 光彦はにちゃっとプリムラのような陰性の笑み。


「ってマジか!?お前、捕まっても知らんぞ!?」


『はっはっは、知っての通り俺は『魔術師』(ウィザード)だぞ?露見するようなヘマはしないさ。

 そして陣。お前には選択権は無い!EAOを続けるのは今回の件を黙っている『交換条件』(バーター)だと思え!』


「お前の方が相馬より鬼じゃねえか!?いい加減に普通の修行させてくれよ…」


 しゃわしゃわと蝉が鳴く夏の日。

 陣の普通の日常は、まだ遥か遠く先にあるようだ。


〓〓『人界』(トレジャー)・第一層:エリアシティ・南区:イベント広場〓〓


 イベントから1日後。

 余りの混乱から後日ということになった表彰式。

 憮然とした朱雀が2位、哀しそうな表情をしたミオソティスが3位のトルフィーを運営より授与される。

 まったく活躍してないにも関わらずギルド貢献で4位に滑り込んだスオウも、それこそお祭り好きなキャラクターからすればはっちゃけそうな物だが、何処か白けた顔をしている。

 壇上1位は空席。陣は結局、表彰の場に姿を表わすことがなかった。

 陣に会えると喜んでいた朱雀はあてが外れ、同じく会えると思っていたミオソティスは落胆を隠せない。

 どこか締まらない空気の中、淡々と表彰式は続いていく。


〓〓『人界』(トレジャー)・第五層:黒樹海〓〓


「ハッハッハ、フー…スー…」

 陣は呼吸を抑え、ターゲット・スコープを合わせ狙いを付ける。

 敵は森を我が物顔で闊歩する、相変わらずの群れているコボルト達。


 ヒュボ、空気を吸うような軽い音と共に、炎弾が群れに着弾。

 急襲に足並みが乱れた群れが、敵を見つけられずに右往左往する。


『BOWBOW!』


 コボルトリーダーが群れを統率、陣形を組み直そうとする。コボルトリーダーの個体が分かった陣は魔術を発動。


「セーフティーウォール!」

『BOW!?』


 モンスター・スタンピートを一人で押さえ込んだ陣は、膨大な金(Gold)とドロップ品を取得していた。

 光彦ライト水穂アクアと話し合い、グレンデルから入手したユニークアイテム『小人族の胴輪』(ブリシンガメン)や一部のレア品以外を全て売り払っていくつかのスキルスクロールを陣は入手していた。『小人族の胴輪』(ブリシンガメン)は体力と筋力のステータスを上げてくれるチョーカーのようなアクセサリー。今回、陣が使った『セーフティーウォール』は補助魔法に連なるスキル。モンスターの攻撃を数度耐えてくれる後衛必須の魔術の一つなのだが、これを応用するとモンスターの足止めが可能になるのだ。


『小人族の胴輪』(ブリシンガメン)は異様に水穂アクアが欲しがったのだが、プレイヤー帰属の属性がついていたため譲ることが出来なかった。正直いい思い出が無いので捨ててしまいたかったのだが、『それを捨てるなんてとんでもない!』とメッセージが出て捨てられなかった。まぁアイテムに罪は無いと装備しているのだが、光彦曰く「お約束」なのだそうだ。


 素早く取り巻きのコボルトを切り伏せ、コボルトリーダーの眉間に剣銃ガンブレードを構える。


「今までよくも手こずらせてくれたな。これで終わりだ」


 セーフティーウォールが消えた瞬間、剣銃の銃口から火が吹く。

 コボルトリーダーは火達磨になり、崩れ落ち粒子が爆散。


『System Message:

 Quest:《コボルトの群れを撃退せよ》のクリア条件2《群れの殲滅》を達成しました。

 依頼主に報告して下さい』


「…もう報告するヤツはいないんだよ…」


 陣はメッセージに独り言で答え、その場を後にする。

 モンスターがいなくなった樹海は静寂を取り戻す。もしかしたら、今の陣を癒せるのは、この痛いほどの静寂だけなのかもしれない。


〓〓『人界』(トレジャー)・第一層:エリアシティ・北区:教会〓〓


 粗末な教会の裏手に、小さな墓地がある。

 そこに陣はキーの墓を購入していた。ゲームの登場人物であるキーに死体は無い、代わりにキーのリンゴを墓に収めたのだ。

 湯気の立つアップルパイを供え、陣は目を瞑り手を合わせる。


「キー。約束だったからな。コボルトリーダーは倒したしアップルパイも持って来た。

 お前の魂がどこに行くのか知らないが、そっちで腹一杯食え」


 そう呟いた時、システムメッセージが表示される。


『System Message:

 Quest:《コボルトの群れを撃退せよ》をクリアしました。

 《信頼の証(黃)》を取得』


 キーが陣に渡したかった物はこれなのだろう。素朴な木彫りの人形を胸に抱き、陣は少し泣いた。


※---※---※---※

※---※---※

※---※


 イベントのお疲れ様会をやると言うので、待ち合わせをした陣は西区にある酒場サルーンの扉を開く。

 と同時に陣は回れ右と踵を返し出て行こうとするのだが、行動を読んでいた光彦ライトに肩を掴まれる。


「はっはっは、何処に行こうと言うのだね」

「いいから見逃せ、俺はここに入りたくない」


 そこは阿鼻叫喚の地獄絵図。基本酔っぱらいしか存在しない。

 プリムラは一気飲みしてるし(目が座ってる)、朱雀は青龍を椅子にしてコップを傾け上機嫌でバクバクとチョコ食ってるし(青龍号泣してるからヤメロ、Mで喜んでるならゴメン)、ミオソティスは壁に話しかけながらワインっぽい何かを次々開けてるし(怖ええよ)、スオウは誰も居ない所でなんか演説してるし(イマジナリー・オーディエンスか!?)、出っ歯(ソードトゥース)はなんか泣きながら飲んでるし(キメエよ)、金魚は上機嫌に酌して回ってるし(誰が呼んだ!?)、水穂アクアとソニアに至っては酔っ払った様子でモリモリとチョコを食べてるし…。


「って水穂アクアにソニア!?お前ら未成年だから酒飲めないだろうが!?つーかそういや朱雀も未成年だろ!?

犯罪コード(クライムコード)』食らって反省部屋行きだぞ!?」


「にゃははは、ウィスキーボンボンなら大丈夫なのだ!現実の法令守ってれば文句言われないんだな!

 あにぃも四の五言わずに酔っ払えばいいのだ!」


 と酒瓶とコップを渡してくる。

 さすがにこの場で一人素面は辛すぎる。害が無いならまぁいいかとカウンターに座り手酌で飲み始めると、朱雀が隣に座り腕を組んで枝垂れかかってきた。


「お主、強かったのう。

 良ければこの後一戦、嫌じゃったらウチのギルドに入って暴れんか?」


「あら、朱雀さんだけずるいですわ。ねぇジンさん、一度『箱庭』のギルドホームにいらっしゃらない?

 歓迎いたしますわよ?」


 ミオソティスが陣の背中から抱きつき、豊かな胸を押し付けてくる。

 朱雀はまだ(外見上は)幼女のようなモノなのでスルーできたが、ミオソティスは成熟した女性の肢体。柔らかな感触を、陣をして静観する事が出来ず慌てて逃げ出す。


「ちょ!?なんなんだいきなり!?」


 朱雀とミオソティスは顔を見合わせ、片や悪意のある笑顔、片や爽やかな満面の笑みで答える。


「いや、お主。単独でイベント1位を掻っ攫っておいて今後何事も無いと思っておったのか?

 フリーの実力者なんて美味すぎて涙が出るわ。今後実力のある大ギルドや一発逆転を狙う中小ギルドから、お主を狙って争奪戦じゃぞ?」


「そうです。今回のイベントで話題性も抜群ですし、引き合いは激しいですわよ?

 その前にギルドに所属してしまえば煩わしさから開放されますし…」


 マジ?と陣は光彦ライトを見る。

 マジ。と光彦ライトは陣に頷く。


「ですから、それなら是非『箱庭』(ガーデン)にと思いまして。

 アクアちゃんのお兄さんなら信用出来ますし、女の子しかいないからハーレムですよ?」


 とスススっとミオソティスが陣に近寄る。

 朱雀がミオソティスに足払いを食らわせ、ころんと倒れた隙に朱雀が腰にしがみつく。


「イヤじゃイヤじゃ。これはウチのじゃ。ウチだったらバトルし放題!前線にも良く行くから装備だって整え放題じゃ!

 特別に褥を共にする事も許してやろうぞ?のう」


 幼女にあるまじき艶然とした笑みで朱雀が見上げ、青龍が「朱雀様!」と叫ぶ。

 ミオソティスがようやく立ち上がり、勝ち誇った顔で告げる。


「まぁ!女を武器に出来るほどの歳じゃないでしょうに、随分と積極的ですわね。私赤面してしまいますわ」


「なんじゃと!この…」


 朱雀が振り返り、腕を組んだミオソティスの轟然と聳え立つ双丘を見た瞬間、朱雀の目から光が消え失せる。

 範囲攻撃スプラッシュダメージを食らったソニア・プリムラが、哀しそうに自分の胸を撫で、水穂アクアに至っては絶望して四つん這いになっている。頑張れ妹よ。まだお前は成長期だ。

 その胸もぎ取ると朱雀が追いかけ、楽しそうにミオソティスが逃げる。


 あ、あれも微笑ましいのか?と陣が見やっていると、黙々と飲んでたはずの出っ歯(ソードトゥース)が何時の間にか陣の横にいた。


「兄貴ぃぃぃ」


「うぉ!?って出っ歯(ソードトゥース)か?どうしたんだお前?」


 出っ歯(ソードトゥース)は男泣き。コップの中身を飲み尽くし、ドンとカウンターに叩きつける。


「この剣歯ソードトゥース、不覚にも昨日居残りででイベント参加出来なかったんスよ!

 兄貴の勇士を見そびれました!どうやって詫びたらいいのか…」


「いや!そんなイイもんじゃ無かったからね!?俺死にかけてるからね!?」


 いや、本気で、なんなのこのカオス。と陣は頭痛を感じて頭を抱える。

 ついに朱雀に捕まったミオソティスが服を剥がされそうになってるし、青龍はそれを止めようとして朱雀に吹き飛ばされてるし、金魚はそれを楽しげに実況してるし、水穂アクアはまだダメージから回復できてないし、プリムラとソニアは何かイケない物に目覚めたのか百合百合しくチョコを食べさせ合ってるし、剣歯ソードトゥースはおんおんと泣いてるし、スオウは相変わらず何かに演説してるし。


 光彦ライトが陣の肩を叩くと満面の笑みで言ってくる。


「な、陣よ。この馬鹿騒ぎが本来のEAOだ。楽しいだろう?」


「お前一回病院行って精密検査してこい、主に脳。

 つーかそういやお前の本体メガネぶっ壊すって約束だったよなぁ…。久しぶりに切れちまったぜ、外行こうや外」


「お~っと☆第一回公式イベント覇者と黄金福音の『道化師』(マッドピエロ)の一騎打ちですか!?

 好カード過ぎます☆是非アナウンスさせてください!」


「だぁぁぁ見せもんじゃねええぇぇ!」


「それはいいが金は持ってるんだろうな?」


「えー★お金取るんですか〜★」

 金魚が膨れっ面になり、


「お、喧嘩か?ウチも混ぜてくれ!」

 朱雀はワクワクとした顔で近寄り、


「あらあら、うふふ」

 ミオソティスは微笑み、


「プレイヤーのプレイヤーによるプレイヤーのための…」

 スオウは訳がわからないし、


「兄貴!精一杯応援させてもらいやす!」

 剣歯ソードトゥースは握りこぶしを作り、


「金の匂いがするよ!胴元はアタシがなるさね!」

 プリムラはニチャっと笑い、


「ちょっと!私の出番が少ないわよ!」

 ソニアは憤慨し、


「あにぃ〜、光彦ライトっちに負けるな〜」

 妹はニコニコと笑っている。


 場の皆がなんだかんだ笑顔でいられるというのは幸せなことなのだろう。

 たった2週間しかいない世界だが、あまりの濃さに長い間こいつらに付き合ってる気さえする。


 姦しく騒ぎが広がり、賑やかさに陣の鬱屈した何かが晴れていく。

 漂っていた砂の匂いは遠く消え、どこからか少年キーの笑い声が聞こえた気がした。


※---※---※---※

※---※---※

※---※


 街を俯瞰出来るほどの上空に、白い少女は浮かんで陣達の様子を見ていた。


『この終焉に向かう楽園の終わりで、貴方を待っています。

 早く来て。この世界が終わる前に…』


 少女はそう言い残し、微かな粒子を散らして消えていく。


※---※---※---※

※---※---※

※---※


 闇に照らされた部屋の中で、ミカミはドンと机を叩く。


「アンゼル体の解析急いでください!捕獲は叶わなかったとは行っても具象化したんです!今までとは比較にならない情報が取れたはずです!」


 イライラと机を叩くミカミ。アンゼル体の観測を初めて早10年。ようやく掴んだチャンスなのだ。

 オペレーターの悲鳴のような声が木霊する。


「監視サーバー、EAOサーバー共にデータ痕跡ありません!

 ディメンションサーバーの一部極大化は認められますがアンゼル体の物証を示す物は確保出来ませんでした!」


 ミカミは「Shit!」と机を叩き、憮然と腕を組む。


「そろそろお固いアンクルサムも動き始めるでしょう。

 残された時間は少ないです。皆さん、どんな動きも見逃さないでください」


 ミカミは華美な動作で椅子から立ち、悠然と部屋を後にする。


「『Code:ヴァルハラ』。私は諦めるつもりはありませんよアンゼル?」


 そう呟いた声は、誰の耳にも届かず消えていった。

後一話で第一章は終わりです!


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