悪霊
■■エリアシティ:種界門前・司会者席■20:50
「ジンさんボロボロですね〜★いくらなんでもソロで防衛している所にボスはやり過ぎだったんじゃないですか★?
おーっと!アッパー、チャージからの膝蹴りと鉄板の肉弾戦!案外スタンダードな格闘戦ですがサイズが違う!
ついに北区を守っていた門が破壊★そろそろ突破されそうです★」
「ン―。マズこの状況を想定してませんでしたカラねー。
レイドイベントでソロのプレイヤーが最高得点叩き出すってワタシにもワカリマセーン」
嘘だ。
陣が都合よく単騎で防衛しているのを見て、プログラムを即興で改竄したのだ。
ミカミにだけ見えているスコアでは、『黄金福音』か『四神会』の元にイベントボスが出現するはずだった。だが、それではこのイベントそのものの意味が無い。
苦戦している姿は想定通りで、ボスは『煉獄』の次の種界に出現するエリアボスレベル。ただでさえレイド戦になる上、現状あのレベルのボスにソロで勝てるプレイヤーは存在しないのだ。これだけ条件が揃えば、待望のアンゼル体を直接観測する機会がやってくるかもしれない。期待に胸も踊ろうかと言うもの。
しかし、単騎で戦う彼にベオウルフ叙事詩のグレンデルとは、自分で作ったAIながら皮肉が効いている。
「あ!ついにNPCに被害が出ました★!
ジリ貧ですね〜★逃げ切れればいいんですけど★」
その時、ボスが北区に出現したことを知った他区域のプレイヤー達が種界門に到着する。
光彦が到着するや否や運営スタッフに詰め寄る。
「おい!今直ぐイベントを止めろ!あれじゃ公開処刑だ!シャレになってないぞ!」
『そんな事言われても自分たちには権限無いんですよ!Dr.ミカミに言って下さい!』
光彦に今の状況が公開処刑だという認識は勿論無い。洒落にならない状態だというのは確かだが。
ソニアに付き添われた水穂がふらふらと光彦に近寄り、服を掴んで首を振る。
「光彦さん、もう遅い…
例えNPCでも兄様には『仮想』だって認識は薄かった…。顔見知り程度でも仲の良かった子供が死んだ…。それだけで十分…。
全部終わったら出来るだけ早く駆けつけるしか無い…」
畜生と光彦は吐き捨て、スクリーンを睨み付ける。
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ゆらりゆらりと陣はグレンデルに近寄る。
陣の様子が変わったのが分かるのか、グレンデルは門を破壊する手を止めて首を傾げる。
相対距離は10m。この瞬間駆けたとしてもまだ間がある。グレンデルは先程のように石を拾いぶつけてやろうと、目を離した一瞬、視界から陣の姿を見失った。
はてと周りを見た瞬間、腹に猛烈な痛みと熱さ。陣の手刀がグレンデルの腹に突き刺さっていたのだ。
『GUOOOOOOOOO!』
遮二無二に手を振り回し陣を遠ざけようとするのだが、ゆらゆらと避ける陣に一発も当たらない。
むしろ避け様に手首や肘に掌底が叩きこまれ、徐々に関節が破壊されていく。
このままでは殺されると敢えて陣の好きにさせる。また腹に激痛を伴う手刀。
だがその瞬間、冷静に陣の動きを見ていたグレンデルは腹筋に力を込め、手を筋肉で封じ込める。そのまま陣を握り高々と掲げる。どんなに相手がちょこまかと素早くても、握ってしまえば力勝負。その土俵で自分に勝てるものなどいない。
「GYA!?」
激痛に陣を取り落とす。手を見れば親指の付け根に銃創のような穴が空いている。陣が指を突き刺したのだ。
陣は地面に着地すると、ゆらりと近寄り脹脛に『炎錐』そして脛に回し蹴り。
初めは余裕で耐えたコンビネーションだが、今度は違った。拳は見事に突き刺さり筋組織を断裂。蹴りは足の骨を粉砕する。
堪らずグレンデルは倒れこみ痛みに耐える。
ばたばたと血を撒き散らし足掻くグレンデルを陣はじっと見ていた。
まるで感情を感じさせない、冷たい双眸でじっと見ていた。
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「ジンさん逆テーン☆
あの状況から一気に盛り返しちゃいました☆!
ミカミさん☆あれもミカミさんの言う工夫やセンスなんですか?♪
すごいですね〜☆まさにロマンの世界です☆」
「ソ、ソウデスネー!ミナサンもガンバッテクダサイね!
でもそろそろボスのHPもハンブン!思考プログラムのルーチンが変わりマスよ」
ミカミの内心はそれどころではない。
倒せない筈なのだ、無様に負ける筈なのだ、それが道理な筈なのだ。
混乱の極みの中、ミカミはシャドウサービスの話を思い出す。まさか、アレが『悪鬼』か!?
アンゼル体も未だ出現していない。何も目的を達成していない。このままでは終われない。
手元のコンソールを素早く叩き、ミカミはプログラムを実行する。
観客の中に不審に思う目がある事に気づかずに。あれほどミカミを信奉していた光彦が、疑惑の目を向けていることに気づかずに。
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グレンデルが緑の光に包まれる。緑の光は回復系のエフェクト、足が折れた筈なのに何事も無く立ち上がる。
傍らの地面が盛り上がり、剣の柄が現れる。グレンデルは一気にそれを引き抜き、岩で出来た大剣を装備。元々の肉体と原始的な武器が妙にマッチする、正しく『古代の勇者』の姿。
グレンデルの一撃を、陣はゆらりと避ける。ブンブンと風切り音をさせる攻撃は大振り、だがその巨大さも相まって容易に陣を寄せ付けない。
範囲攻撃判定もあるのか、地面に剣を叩きつければ鋭く尖った石が周囲に飛び散る。
それすらもゆらと避け、陣は何も無い所で震脚。砂埃が巻き上がった場所にグレンデルの一撃。爆発するように砂埃が舞い散る。
気がついた時には陣は岩剣の上に立ち、するすると走りこんでくるではないか。
陣は岩剣の付け根で震脚、岩剣に罅を入れそのまま高々と飛び上がる。
グレンデルの顔中央に胴回し蹴り一閃。鼻を強打されたグレンデルは思わず剣を取り落とし悶絶。
グレンデルの肩に降り立った陣は、そこから飛び上がりこめかみを猛打。
どうとグレンデルが倒れ、着地した陣がグレンデルの顔を覗きこむ。
「GURURU…」
グレンデルは初めて、その時陣の顔を見た。何も感情を反映させない目、凪いだような無表情。だが、その内にあるのは全てを焼き尽くさんとする『憤怒』。感情などプログラムされていないAIに、初めて『恐怖』が生まれる。
陣がこの戦闘で初めて、身体を引き絞るような構えを取る。ぎりぎりと体中が悲鳴を上げるまで捻り込み、同時に丹田に気を練り込む。
地面を陥没させるほどの震脚、その衝撃は柔軟な膝関節を伝播し腰に伝える。練り込んだ気を衝撃に乗せ背中、肩と通し拳に乗せる。そのあまりの衝撃に自身の拳すら破壊しながら、グレンデルの顔面にソレが突き刺さる。威力を受け止める事ができずにグレンデルの頭が粒子を撒き散らし爆散。体も後を追うように粒子状に消えてゆく。
相馬流組打術・極之壱:地獄之業炎。
『相馬』が『争魔』と呼ばれていた遥か昔。鬼仙の道を歩んだ祖先が生み出した業。気を操る才無くば習得できず、それ故世に受け入れられず鬼よ怪よと歴史より追放された罪の技。
遠き昔、平安。名も無き異形の男がこの世に生まれ落ちる。身の丈6尺(2m)あまりの巨体に筋骨隆々とした体躯。武家に生まれれば一角の武士として名も残したであろうが、男は貧しい村落の出だった。
迷信深い地方の事。怪物よ、妖怪よと恐れられ男は石持て矢持て村を追われる。
そして自らを決して受け入れぬ世を放浪する内、男はその身に業深い鬼を住まわせる。初代『争魔』の誕生だ。
その力、『天上天下唯我剛力』。その巨体と剛力より治安を乱すと断ぜられ、武士共に狙われる日々。
男が負けることは無かったが、殺伐とした日々に疲れ果ていっそ自害でもしようかと思案しだした頃、噂を聞きつけやってきた一人の女陰陽師と男は出会う。
出自を知り、あまりに哀れと女は天敵である筈の男と寝食を共にする。いつしか男は女の式となり、女は男の子を儲ける。
子は父母から『剛力と陰陽』を受け継ぎ、次代へと繋げるために武術を学ぶ。
平安には悪鬼と呼ばれ、戦国には鬼神と呼ばれ、大戦では悪魔と呼ばれ。
時代の暗部となっても一族は絶えること無く、連綿と恐れられ続ける『鬼』の一族と相成った。
権江の手により近代化され一般にも触れる事が出来るようになったが、その深奥は未だ闇にある。
修練が浅い身ながら、その一族の次代当主、相馬流古武術、60代目『争魔』が陣なのだ。
『System Message:
イベントボス『Grendel』を討伐しました。
イベントは終了しました、種界門までお戻り…』
陣はそのメッセージを見ること無く、意識が闇に沈んでいく。
EAOの安全マージンから強制シャットダウンされるはずのトレーサーが稼働を続け、安全だと言われているEAOの内部であるにも関わらず陣は気絶する。本来の仕様から見れば由々しき事態だ。トレーサーの根幹を揺るがしかねない事なのだ。
しかし、悪霊となる前に相当量のダメージがあり、それに体がついていけず気絶したのは幸運とも言える。
悪霊となった陣には、マインドセットがなければ目の前の人間が敵か味方かの区別もつかない。そうなった陣を現時点で止めることが出来るのは、陣以上の実力者である権江等か、妹の水穂しかいない。
仮に異常からトレーサーがシャットダウンし、現実世界で陣が悪霊のまま目覚めていたら、大惨事になる恐れすらあったのだ。
戦場となり荒涼とした大地の上、気絶し倒れ伏す陣の傍ら、いつの間にか白い少女が佇んでいた。
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「な、なんと!ジンさんウィーーーーン☆!
大番狂わせです!誰がこの結果を予想したでしょう☆!
EAOを初めて2週間の初心者が!皆最弱だと思っていた剣銃士が!イベント覇者になりました!
最後にはビタイチ剣銃使わないで素手で勝利とか、もう金魚にはついて行けません★!
とにかくおめでとうございます!
司会者席に乱入された3大ギルドのリーダー達にもお話を伺って見たいと思います☆
まずは四神会が誇るロリババア☆こと朱雀様、どうでしょう!?」
「コロスゾコムスメ!
コホン…。まぁ良き地獄、良き戦場よな。まっこと興味深い。
ヤツがソロプレイヤーと言うなら是非手合わせかウチのメンバーになって欲しいものよ。ヤツと共に作る鉄火場はなかなか楽しそうじゃ。
のう『福音』の?」
「正直ボクはゴメンだね。突出したプレイヤーがいるとパワーバランス崩すし、彼はちょっと不気味に過ぎる。
何よりお祭りにならないよ。公式にチートじゃないって言うけど、それだとあの強さの理由が分からない。
個人的な意見になるけど、グレーゾーンな人はやっぱグレーなんだよね。潔白とは言えない。
ルールの中で面白おかしくやりたい僕からすれば、ある種の敵みたいなものだよ彼は。
うちの幹部の友達みたいだから手は出さないけど、積極的にお友達になりたい人種だとは思えないかな。
『箱庭』も女性ばっかりだしそういう意見なんじゃない?…って何泣いてるのミオさん!?」
「なんと哀しい魂でしょう…。絶望的な戦いが終わり、倒れ伏すあの人に涙が禁じえません。
あぁ…癒して差し上げたい…」
「はい☆カオスなコメントありがとうございます★
ってなんかミオソティス様、目が逝っちゃってますよ!?チョロイン枠狙うならプライベートでお願いしますね★
さて、最期に主催者のDr.ミカミからもコメントを頂きたいと思います!ミカミさんどうぞ♪」
「出たな『Angel』!」
ミカミはエリアロックを解除、コンソールを操作し北区へジャンプする。
光彦は「今だ!」と叫び、水穂を抱え北区へ走り出す。
「えっと!?なんと主催者が消えました★
ちょっとどうすればいいんですか!運営さ~ん!なんとかしてくださ〜い★」
残された者達は意味もわからず右往左往するしかなかった。
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白い少女は倒れた陣をじっと見つめる。
『貴方は何?なんで怒ったの?貴方の事を教えて欲しい』
気絶した陣は何も言わず、少女を見る事も無い。
『そう…。守れなかったのね。悲しかったのね。だから戦ったのね。
そこまで深い関係性を構築していないコミュニケーションの中で、そこまで深く想えるのは何故なのか。
とても不思議、もっと貴方の事が知りたい。もっと教えて欲しい』
「そこまでです『Angel』!
大人しく捕まりなさい!」
ミカミはコンソールからEAO運営本部室にGoを出す。
瞬時に隔離プログラムが走り、少女に激しいラグが起こる。
『ザザ…無駄…なのに…ザザザ…私はここにいて…ザ…ここにはいない…ザザ…ヴン』
コンソールには「隔離失敗」の文字。
少女はラグを撒き散らし消滅してしまう。
「Shit!千載一遇のチャンスだったのに!
何が足りなかったんだ!『呼応者』だけでは足りないと言うのか!答えろ『Angel』!」
「その『Angel』と『呼応者』というのを教えてほしいな。Dr.ミカミ」
背後には追いついた光彦が水穂を下ろしているところだった。
水穂は陣の元に駆け寄り、必死に回復スキルを使っている。
光彦はキツイ目でミカミを睨みつける。その目は「虚言・詭弁は許さん」と言っていた。
「hmm…幸田光彦君…でしたよね。
君がVR技術のジーニアスとして認定される時、一度だけ会ったことがあります。将来有望な若者との出会いは、私としても胸躍る経験でした。
さて、『Angel』と『呼応者』を教えろですか…」
ミカミは陣をちらと見、ぽんと手を叩いて光彦に言う。
「では交換条件。相馬君について教えて下さい。情報に見合った内容を開示して上げましょう。
おっと、聞くだけ聞いて逃げるなんて無粋はしませんよ?Dr.ミカミの名にかけて、必ず等価の情報を上げましょう」
光彦は水穂を見る。水穂は陣の看病をしながら、頷くのが見えた。
「いいだろう。
と言っても俺は当事者じゃないからな。又聞きだから情報深度も足りないだろうが。
簡単な話だ。そこにいる陣と妹の親父が、人類最低レベルの人でなしだっただけだ」
そこから語られる光彦の話を要約するとこうなる。
陣と水穂の父親、烈が権江が提唱する近代相馬の方針とぶつかる。あくまで「初代の悲劇を繰り返してはならない。人に寄り添うべし、鬼仙としての争魔ではなく人としての相馬として生きるべし」と唱えるのに対して、烈の「争魔の本質はあくまで鬼。いつか神殺しに至るまでその鬼を磨くべし」と思想が相反したのだ。
ただ、当代争魔・権江の力は烈からしても絶大。不利を悟った烈は子供である兄妹を、匿われていた相馬本家より攫い出奔。
まだ5才だった水穂を人質にして、10才だった陣を戦争に突入させたのだ。そして陣は烈の手により、争魔の本質としての「鬼」の教育を無理やり受けさせられ続けた。
紛争地帯を渡り歩いた陣は、いつしか敵味方に「悪霊」と恐れられる存在へと変貌を遂げる。
圧倒的戦闘力で敵を殲滅し、また烈がどんな陣営であろうとも投入するため今日の味方が明日の敵。
そんな生活を5年、陣15才の時に居所を掴んだ権江を始めとする相馬一派が烈のアジトを強襲。兄妹は助けだされたのだが、烈はその時を境に消息不明に。人間らしい生活をさせず地獄に身を置き続けた陣と、人質として多感な時期を監禁されて育った水穂は精神が擦り切れ、二人共心神喪失といった有様だったそうだ。
同じ5年をかけて徐々に人らしさを、表面上であろうとも兄妹は取り戻す。
陣は権江に付き正当な相馬を学び、守れる力を欲して修行に打ち込んでいった。水穂は本質的には立ち直ったとは言いがたい。だが、表面上でも明るく取り繕う事で周りとコミュニケーションを取る方法を覚える。
その経過を、幼馴染だったという事もあったのか、権江に頼まれた光彦は監視もかねてずっと見ていたのだった。
深層意識の淵に沈んだ悪霊が万が一目覚めた時。直ぐに権江か水穂を呼ぶために。光彦が実家に戻った今も、あらゆる手段で陣は監視されている。平和な日本にとってはその存在はあまりにも危険。実家に戻った光彦以外の人間も、今も心葉大学の寮にいる陣をあるいは見守り、あるいは監視しているのだ。
「俺の持っている情報はこれくらいだ。さぁ、そちらの番だぞ」
「Oh、モーレツですね。まさにキラー・エリートを作る教本のようなプロセス。ウチのシャドウサービスにも見習わせたい程です。
さて、こちらが出せる情報ですが」
そうですねとミカミは呟き、一言だけ告げる。
「『Angel』は突如現れた正体不明データです。『呼応者』はその名の通り『呼応』する者です。情報価値という意味ではちょっとオマケしてあげたくらいですね。
VRジーニアス、これをヒントに探してみなさい」
「ちょっと待て!それだけか!?」
ミカミに光彦が詰め寄るも、ミカミは華麗にサムズ・アップしてログアウト、その場から消えてしまう。
呆然とする光彦と、倒れ伏した陣。啜り泣く水穂だけがその場に残った。
勝者の興奮や歓声、称賛などそこに無く、寂寞とした空気だけが漂っていた。
ついに相馬流の根源が明かされます。陣の過去も。
彼の精神性のルーツはここにあります。
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