巨人
■■エリアシティ:種界門前・司会者席■20:30
「イベントも中盤ですねー☆
初めは東西南と無双過ぎて盛り上がり的にどうなんだろうと思っちゃいましたが、北区のジンさんがオンステージ状態でちょっと面白いです☆レポーターが派遣されてないのが残念ですね★」
「イエース。ワタシがいなかったら見逃してたんですから、カンシャしてクダサイね〜」
四方を映すスクリーンでは相変わらずの激戦が繰り広げられているが、やはり北区だけは一線を画して派手だ。決して他のエリアが劣ってるわけではない。むしろジンの所だけ「無駄」にピンチな位なのだが、やはり単独で一区画守ってる陣はインパクトが違う。先程までは罵声を浴びせていたプレイヤー達から、次第に歓声の声が上がるようになった。
「誰か知らねえが頑張れよ剣銃士!」
「だな!番狂わせで三大ギルドブッチギってMVP取っちまえ!」
「ぶっちゃけワタシも応援してますよ〜☆
もう北区の事情なんてどうでもいいんで、いっその事防衛しきっちゃって下さい☆」
皆の意見が陣に好意的になったのを見て、ミカミは相好を崩す。
当然だ。自分のプロジェクトに於いて彼の存在は果てしなく重要。下手に鼻つまみ者になってしまいEAOを去られてしまっては困るのだ。
ミカミは手を打ち鳴らし、爽やかな笑みで告げる。
「サテ、エンもタケナワですしそろそろサプライズ!
ミナサーン!今から出るメッセージを見逃しちゃダメですよ!」
ミカミはそう言うと手元にシステムコンソールを出現させ、司会者席でコメントしながら作成していたプログラムを実行した。
〓〓『人界』・第一層:エリアシティ・全域〓〓
エリアシティを中心に東西南北を分断する形で壁がせり上がって来る。その壁はエリアシティ内に留まらず、第一層を貫くような長さ、雲に届かんとする高さ。何事かと右往左往するのはプレイヤーだけではない。壁の出現に巻き込まれたモンスターも粒子を撒き散らしながら消滅。たまさか壁の上に乗ってしまったプレイヤーは不幸の極みだ。システム制約の高度限界まで強制的に持ち上げられ、何もすることも出来ずにその身を散らす。
壁の出現が終わり、戦闘が再開せんとしたその時、全プレイヤーのチャットウィンドウと空そのものをスクリーンにしてメッセージが表示される。
『WARNING・WARNING・WARNING!
イベント後半に合わせて各区域への移動が制限されました。
20:45に最も高ポイントを獲得したプレイヤーがいる区域にイベントボスが出現します。
その区域のプレイヤーが全滅、ないしボス討伐と同時に当イベントは終了になります。
敗北した場合、防衛していた該当区域は陥落いたします。
ボスが出現しなかった区域のプレイヤーには中継を行いますので、種界門前まで是非お集まり下さい』
システムメッセージは一連の文章を数度表示させ消える。
陣、水穂、光彦にとっては、悪意が牙を剥いた瞬間だった。
■■エリアシティ:西郊外■20:30
「やられた!!」
光彦は指揮所の壁を殴りつけて呻く。
これで、どんなに素早くこの場を処理した所で陣の元へ駆けつけることが出来なくなった。
「クソっ!これでは水穂嬢も陣の元へは行けないか!?
この事態、余りにも都合が良すぎるな。誰かしらの思惑があるとでも言うのか…」
いや、あまりにも被害妄想に過ぎるかと頭を振り、遠く北区の方角を眺める。
「お前をEAOに誘ったのは私の早計だったのか?
せめて忘れて楽しくやれと願っただけなのに…頼むから早まった真似はしてくれるなよ…陣…」
■■エリアシティ:東郊外■20:33
「なんで!?なんでこの壁壊れ無いの!?
頼むから通してよぉぉぉぉ!!!」
水穂は双剣で出現した壁を滅多斬りにするが、壁には破壊不能属性が付与されており欠片も壊すことが出来ない。
次第に斬りつける力も弱くなり、ついに両手から剣を取り落とす。
「兄様…」
「どうしたんですの水穂!しっかりしてくださいまし!」
振り回されていたソニアは、何故かは分からないが崩れ落ちた友人になんと声をかければいいかそれ以上思いつかず、ただ襲い来るモンスターから彼女を守るために剣を構える。
■■エリアシティ:南郊外■20:31
「ほほっ!ミカミとやらも興が分かっておるではないか!
青龍!他の連中に美味い所を掻っ攫われては敵わん!ウチらも出るぞ!」
「ッハ!」
朱雀はナックルダスターを装備した拳を鳴らし、悠々と敵の群れへ進軍する。
朱雀はドンと踏み切り、華麗に宙を舞い、モンスターの群れの頭上で急降下。着地様に力任せに地面を殴りつける。
瞬間、目も眩むほどの爆光、自軍のギルドメンバーは爆風で吹っ飛び、周囲のモンスターは蒸発する。
「邪魔じゃ邪魔じゃ邪魔じゃ邪魔じゃぁぁぁ!!
役に立たぬ雑魚はすっこんでおれ!四神が朱雀の出陣ぞ!!」
分かっていれば最初から自分が出たのにと、興奮を抑えきれない様は子供のようであり、凶悪に嗤う顔はさながら羅刹のようでもあった。
■■エリアシティ:北郊外■20:40
片膝をついた陣は息を荒げて整息を待った。
既にどれだけのモンスターを倒したのだろう。100を過ぎた頃には数えるのを止めた。
あれだけ持ち込んだ剣銃も全て折れ、握る錆が浮いた剣は敵から奪い取った粗悪品。数合もしない内にこれも折れるだろう。
血狼の長衣だけは未だに健在だが、いよいよ残る武器は拳のみになりそうだ。
だが、それを敵が斟酌する事などあり得ない。
掌ほどの大きさの虫型モンスターが陣に群がり、持続ダメージを与えてくる。
「だぁぁ!ウザってえぇぇ!!」
陣は剣の持ち手を左手に変えると、敵のいない場所に鋭い回し蹴り。その勢いを利用し大振りな後ろ回し蹴り。
勢いに耐えられなかった虫が弾き飛ばされ、飛び込み様に右正拳一閃。雨のような激しい打突で次々と虫を屠っていく。
相馬流組打術:廻灯籠
牽制の回し蹴り、本命の後ろ回し蹴り、避けられた場合の無数の打突と続く三段構えの技だ。
本来ならば敵の隙を誘い決まり手を狙う技なのだが、陣はこれを殲滅に利用した。
最後に処理し損ねた虫を踏み潰し、周辺の敵は全て一掃。まばらに数匹は見えるものの襲ってくる気配はなく、イベントが始まって初めて人心地つける状態になった。
そして、余裕が出た所でようやく様子が一変している事に気づく。
「うぉ!?なんだあの壁!?」
周りの状況を鑑みること無く戦っていた陣は、先程のシステムメッセージを完全に見落としていた。
彼にとっての不幸は、そのメッセージを見る余裕が無かった事に始まるのだろう。
突如として暗雲が立ち込め落雷。一体の人型モンスターが出現した。
その場でしゃがみ込みクラウチングスタート。まるで短距離選手のような美しいフォームで北門目掛け駆けて来る。
「…時間的にあいつが最後か。一体だけって事はボスってヤツか?その割に武器も持ってねえし普通っぽいけど…
ってオイ、ちょっと待てや!縮尺おかしいだろお前!?」
地響きを上げながら迫り来るソレは、粗末な服を来た男性と言った風体。だがサイズが明らかに違う。
少なくとも陣の3倍、優に6m前後の巨体。筋骨隆々とした肉体と巨体は勇壮な蛮族の勇者と言った体。ターゲットフォーカスして分かった名は『Grendel』、レベルは相手が高すぎるのか、陣の解析スキルのレベルが足りないのかUnknown表示。
グレンデルはイングランド最古の叙事詩である「ベオウルフ」にある醜悪だとされる巨人。だが、始まりの人アダムの息子カイン、その系譜に連なる「カインの末裔」と伝承に謳われる強敵の面目躍如と言った所か。アングロサクソンを思わせる美貌は美しく、峻厳な顔付きは鋭い剣鋒を思わせる。
みるみる距離を詰めるグレンデルを見やり、陣は呆然と錆びた剣を構える。
「アレと戦えってか、冗談も過ぎると笑えもしねえぞマジで。
てか物理的に倒せるんかアレ?巨体を支えるとかで骨密度まで高かったら詰むぞ…」
伝承の怪物が勝つか、歴史の作った武術が勝つか。『首都防衛戦』最後の死闘が開幕する。
陣VSGrendel・開戦。
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後手に回れば不利と、陣は組内術:炎錐をグレンデルの脹脛に叩きこむ。
筋密度だけではなく思った通り骨密度まで高いのだろう、まるで鉄を殴った時のような鈍い手応え。そのまま脛に左回し蹴りを一閃。だが、それも打ち負けて跳ね飛ばされる。グレンデルはなんの痛痒も感じていないのだろう。ポリポリと攻撃された箇所を掻き、邪魔だとばかりに踏みつけ攻撃。巨体が示す通り動きはそこまで早くは無いのだが、踏みつけに地震効果もあり陣は体勢を崩す。
「しまっ…!」
体勢を崩した陣にグレンデルはアッパー気味に拳を叩きつける。
陣は剣を前に出し防御するが、元々ボロボロだった剣はついに限界を迎え粉砕。まともに攻撃が直撃した陣は北門の門扉に叩きつけられ意識が混濁する。
VRの世界でも脳震盪起こすのなと頭を振っている陣に、グレンデルが走り込み様に猛烈な体当たり。
「がっ…!」
『GURAAAAAAA!』
門扉とグレンデルに挟まれた陣が苦悶の表情を浮かべると、グレンデルは動けない陣に膝蹴り。
耐久限界を超えた門扉が破壊されると、グレンデルは陣の頭を掴み区域内に放り込む。
地面を何度も跳ね、それでも止まらずに砂利まみれの道を滑り、家屋の壁に叩きつけられ放射状の罅を入れた所でようやく止まる。
猛烈な吐き気に、いっそ吐けば楽になると何度もえづくが、陣の口からは何も出てこない。
妙に現実的な癖に、こういうところだけはバーチャルなのなと少し笑いが込み上げる。
グレンデルはその巨体ゆえに北門を通ることが出来ず、門壁を殴り続けている。
程なく突破されるだろうが仕切り直す時間は出来そうだ。
緒戦の感触では間違いなく血狼以上の強敵。まともに打ち合えばこちらが打ち負けるのははっきり理解出来た。相手は陣の技すら及ばない強敵だが、幸いな事に残り時間は10分弱。それだけの時間を耐え切ればタイムアップになりイベントも終わるだろう。「爺に見られたら、無様過ぎて殺される」と呟き、フラつきながら立ち上がる。
「兄ちゃん!なんでそんなにボロボロなんだよ!あの怪物はなんだよ!?」
その時、今一番聞きたくない声が聞こえた。何故、キーがここにいるのか。中央に隠れたはずではなかったのか。
幼い子供の甲高い声に触発されたグレンデルが門壁を殴るのを止め、じろりとキーを見たのが分かった。グレンデルは足元に転がっていた一抱えもある石を手に取り、無情にもキーに向かって投げ付ける。
「キィィィィ!逃げろォォォォ!!!」
グレンデルの姿に身を竦ませ、身動きを取ることも出来ないキーに投石が激突する。
キーは、激流に飲まれた木の葉のように宙を舞い、どさりと落下した。
陣はフラつき、足を引き摺りながらキーに近寄る。
キーは胸骨が陥没、おこりのように身を震わせ、口元からは引っ切り無しに血の泡を吹く。
現実なら明らかに致命傷、だがここはファンタジーの世界だ。まだ救えるとポーションを飲ませようとするが、キーは咳き込んで吐き出してしまう。
「キー!俺のアップルパイ食うんだろ!コボルト倒したら父ちゃんの手伝いするんだろ!まだやりたい事あるんだろ!!逝くんじゃない!!!」
陣は残り少ないMPを全て『ファーストエイド』に回し、キーを回復し続ける。
だが、陣のスキルレベルが足りないのか、他の要因があるのか。キーの怪我は治る気配は無い。
キーは震える手で陣の服を握り、吐血しながら訴える。
「兄ちゃん…友だちの妹が何処にもいないんだ…俺、探してたんだけど、見つからないんだ…」
「喋るな!待ってろ、今GMコールしてこんなイベント止めさせる!助けてやるから頑張れ!」
「ボクはもういいんだ…。生きててもお腹は空くし、いつも誰かに殴られるだけ…だし…。
兄ちゃん…とも…妹を…助けて…。
あぁ、でも…兄ちゃんのアップルパイは…もう一回…食べたか…たなぁ」
「いくらでも食わせてやる!食わせてやるからここで死ぬな!」
陣が必死に呼びかける。コンソールからGMコールのボタンを連打するも、無情にも「イベント中のGMコールは出来ません」とアナウンスされるだけ。
畜生と地面を叩いたと同時、キーの手がパタリと落ちる。
「おい、キー。冗談だろ!なぁ!」
血に塗れ激痛の中逝った筈なのに、不思議と、キーの死に顔は穏やかだった。
「あ…あぁ…」
その顔を見た瞬間、陣は過去を思い出す。
忘れようと足掻き、次は守れるようにと修行に打ち込んだ、最初の願いを思い出す。
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※
泥沼の戦争。
砂と銃と敵と陣。そこにはそれしかなかった。
悪意に満ちた戦場を、子供だった陣が行く、地獄の庭をひた走る。
子供だった陣が走る。敵は陣の姿を見失う。
少年だった陣が撃つ。砂漠に血の華が咲く。
怪物だった陣が吠る。怯えた目で敵は見る。
小さな村落を敵は襲っていた。陣は蹂躙しながら歩を進める。
小さな家屋に下卑た表情をした敵が居る。銃弾を叩き込む。
小さな家屋には殺された女と、健を切られ逃げられず犯された娘がいた。
死にたいかと陣は言う。殺してくれと陣に言う。
神よ、感謝しますと言い残し、眉間を撃たれ娘は逝く。
死んだ娘の目を閉じて、子供だった陣が泣く。
死んだ娘の手を組んで、少年だった陣が泣く。
死んだ母娘の墓を掘り、怪物だった陣が哭く。
生の息吹は其処に無く、少年だった陣が去り、悪霊のような陣が往く。
砂と銃と骸と陣。そこにはそれしかなくなった。
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「あぁぁ、あああ、あああアアアAAAAAA!」
子供の骸を抱きしめて、陣の慟哭が木霊する。
少年の骸が軽くなり、粒子を巻いて消えていく。
光は空に舞い上がり、綺麗にふわと消えていく。
陣がゆらと立上がり、眠った怪物が目を覚ます。
守れなかった哀切に、消えた筈の悪霊が舞戻る。
「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
悪霊VSGrendel・再開。
陣、覚醒。
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2013/08/13 誤字修正