決闘、その後
決闘(PVP)話にようやくケリがつきます。
この終わり方にするか悩みましたが、今後の展開も考えてこういう結論にしました。
〓〓『人界』・第一層:エリアシティ・プリムラ武具店〓〓
場所は変わって『プリムラ武具店』の店内へ移動した一同。
へたり込む出っ歯を横目に、陣へ詰め寄る光彦とプリムラを「どうどう」と手で抑えながら、陣は説明を始める。
「まず順を追うぞ?
1:俺と水穂がプリムラさんに武器制作の依頼に来て断られる。
2:出っ歯も断られる。
3:俺と水穂の話に興味を覚えたプリムラさんが呼び止める。
4:情報提供の事もあって武器制作の依頼を受けてもらえる事になる。
5:それを気に入らなかった出っ歯が俺に喧嘩を売る。
6:店内で揉め事になるよりはと俺が喧嘩を買う。
ここまではいいな?」
「あぁそうだったね…、なんかもう随分と前の話な気がするよ。
間違っちゃいないけど、それがどう繋がるんだい?」
「まぁまぁ、もうちょっと続くからな?
7:光彦が乱入、出っ歯と勝敗の取り決め。
8:プリムラさんが受諾
9:PVPで俺が勝利、んで掛け金代わりにしたウーツ?ってのを貰おうとしているのが今。
間違って無いよな、光彦?」
話の流れに予想がついた光彦が渋面になりながら首肯する。
一方話の予測がついていない出っ歯は相変わらず涙目だ。
EAOプレイヤーの年齢分布は高校生・大学生を中心とした若年層が最も多く、次いで社会人・中学生という順番だ。出っ歯の態度が大きかった為同世代以上だと思っていた陣だったが、もしかしたら想像以上にずっと若いのかもしれない。
「んでこっからが大事なんだがな、俺が積極的に受諾してるのは前半の『喧嘩を買う』所までで、後半の『掛け金決める』って話は受諾してないんだよ。能動的に拒否もしてないけどな、出っ歯が納得行かずに渡したくねえって言うならいらねえよ」
出っ歯は泣きっ面に喜色を湛え、陣へ希望の眼差しを向ける。
野郎から熱い視線を送られて喜ぶ趣味は陣には無いが、水穂の手前もある、前言を翻す積もりは陣には無い。そしてこんな茶番に付き合うのにも陣は飽きていた。どうせなら先程通った店群での買い食いや、初めて来る『エリアシティ』の散策がしたいと思っている。
光彦は陣の性格から、ここから何を言っても聞かないだろうなとは思いつつも、その行為が初心者である陣にはあまりにも勿体無い事もあって言い募る。
「そうは言うがな、ウーツと言えばダマスカスシリーズの素材だ。上手く強化すればまだ一線級の武器。そして製作者はプリムラ嬢。私が言うのも違うだろうが、中級層のプレイヤーに取っては垂涎の品だ。そこの出っ歯も分かってるだろうが、持っているだけでもステータスになる。
そう安々と権利を手放すのはもったいないぞ?」
「はっはっは、まぁ作るって言ってくれたプリムラさんに失礼なのは認めるが、彼女だって途中から悪乗りしてたんだから否とは言わねえだろ。ほぼ引っ掻き回しただけだけど、光彦にも豆粒くらいは感謝してやるよ。
さぁ水穂行こうか。俺腹減っちまったよ」
「あい〜」と答えた水穂の肩を押し、陣は『プリムラ武具店』の扉に手をかける。
そうそうと陣は振り返り、未だへたり込んだままの出っ歯に近寄り目線を合わせる。
「いい試合だったぞ出っ歯。またやろうな」
出っ歯の肩を叩き身を翻す。
「この剣銃貸しておいてくれなー」とプリムラに言い残し、今度こそ陣はひらひらと手を振って武具店を出て行くのだった。
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「気持ちのいい男じゃないか、いい友達持ったねえライトさん」
「まぁ柔軟性が無く、あの通り頑固なのが玉に瑕だがな。
ああ言い始めたら梃子でも考えを曲げないだろう、助かったな出っ歯」
光彦は座ったまま何事か思案にくれている出っ歯に声をかける。
プリムラは柏手一発、気分を切り替えて二人を追い出す。
「さぁさぁ商売の邪魔だよ二人共!
店再開するから出て行っておくれ」
「いや、ちょっと待ってくれプリムラさんよ」
出っ歯は立ち上がると、プリムラにウーツを突きつける。
意味が分からないプリムラが小首を傾げると、出っ歯は苦笑しながら訳を話す。
「初心者だ剣銃士だと舐めてかかって下手コイたのはオレだよ。
兄貴はああ言って許してくれたし甘えてえ所だけど、あんな無様なPVPを『いい試合だった』って言われちゃあな。
約束通りウーツは渡す。兄貴にいい武器作ってやってくれよ」
唖然とするプリムラの手にウーツをねじり込んだ出っ歯は、「じゃあ兄貴追っかけるわ、またな!」と店を走り去る。
あんぐりと口を開けた残された二人、ぽんぽんと手の中でウーツを弄びながらプリムラは言う。
「兄貴…ってジンさんの事かい?
また、どんな心境の変化かねぇ…。
まぁちゃんと礼儀通せるヤツだってんなら、そのうち何か作ってやるかね」
「陣はああいう時には腹芸をせず、本気で話すからな。
何か思う所があったのだろうが、変われば変わるというか…。
しかし、男にモテてどうするつもりだヤツは」
光彦の言に「そんなモンかね」とプリムラは呟き、「あっ」っと気づく。
出っ歯にウーツを賭けさせた「ニチャ」っとした陰湿な笑みを光彦に向け―
「そういやライトさん。ジンさんはあの通り気持よく去って行って、出っ歯はあんなでも仁義を見せた。アクアはそもそもアタシの店に連れてきたってんで役割果たしてるね。それでアタシはこれからジンさんの剣銃作ってやると。それでライトさんはどうするんだい?
このままだと一人で場を引っ掻き回した悪モンだよ?」
「んな!?終わり良ければで上手くまとまったではないか!?ええぃ!その鬱陶しい笑顔を私に向けるんじゃない!!
…分かった分かった、剣銃の制作費用と足りない素材の提供をしよう。剣銃は生産絶対量が少なく、実験・研究が必要だろう。そんな少量のウーツでは元から足りぬのだろう?」
光彦は「大損だ」だと項垂れ、プリムラは「はい毎度あり」と今度は自然な笑顔を浮かべるのだった。
〓〓『人界』・第一層:エリアシティ・西区〓〓
「んであにぃ!おなか減ったって何を食べたいのだ?」
「んー、なんでもいいけど折角EAOってVRワールドの中にいるんだ。
現実世界に無いモンか、日本じゃ滅多に食えないモンがいいな」
「お任せ下さい兄貴!オレが案内しますよ!」
陣と水穂が振り返ると、満面の笑みを浮かべた出っ歯がそこに立っていた。
敵対していた先程までは人相風体の悪い小物にしか見えなかったが、そうして笑顔でいると不思議と愛嬌のある顔立ちに見える。色眼鏡で見ると本質を見失う、本来は今見えている通り「どこか憎めない気のいいヤツ」なのかもしれない。反省だなと陣は胸中で呟く。
「兄貴ってな俺の事か?てかお前プリムラさんの所はもういいのかよ?折角ウーツだっけか、の権利譲ったんだから頼み込んで武器でもなんでも作ってもらえばいいのに。
あの流れだったら頼み込みゃ作ってもらえたんじゃねえの?」
出っ歯は笑顔を崩さずに、陣へずいと一歩近寄り伝える。
「へい!いや、ウーツはあそこに置いて来やした!
あそこまで言われて持って帰る訳には行かねえッスよ!」
それに、とスススと出っ歯は陣に近寄り、声を潜めて陣に言う。
「それに兄貴、さっきのPVP相当手ぇ抜いてたでしょ?」
「な…お前分かったのか…?」
「へぃ、これでもEAOじゃ準攻略組ですから。
対戦なんてするとどうしても、多かれ少なかれ緊張するし、強いプレーヤーは殺気なり重圧なりが駄々漏れなんでさ。まぁいくら強者つってもゲームでの話ッスから、小説の剣豪や殺し屋みてぇに気配を殺したりなんざ出来やせん。
でも兄貴は違う。さっきのPVPん時ゃ全然プレッシャーも何も感じなかった、それこそEAOの中で強い訳じゃねえと言わんばかりだ。
何の理由かは分かりやせんが、本当はオレなんて瞬殺出来たんじゃありやせんか?」
ちょっと目端の利くプレイヤーなら分かりまさ、と出っ歯は言う。
光彦の言から相馬流を内緒にしておきたい陣は、こりゃ参ったと天を仰ぐしかない。ちょっと脅しておこうかとも思うが、そこは頑固な陣の事。出っ歯に「頑固者の同類」としての匂いを感じ好きにさせるしかないと腹を括る。
「んで、お前はどうしたいんだよ?」
「へぃ、兄貴のその『得体の知れねえ』強さと、レアアイテムよりも人情を通す姿勢に惚れやした。
舎弟にでもしてもらおうと追っかけてきた次第でさ」
「いや、舎弟って…んな時代錯誤な子分なんていらねえよ!?
…せめてフレンドくらいで勘弁して下さい…」
いや、そんなとか異様に恐縮する出っ歯をなんとか説き伏せ、フレンド登録してもらう事で許してもらう陣。
水穂は水穂で「アタシのあにぃはあにぃだけだ!」と不機嫌になり、出っ歯の「うるせえぞ『剣舞姫』!テメェにゃ言ってねえ!」という言葉にカチンと来たのかぎゃぁぎゃぁと喧嘩しだす。
陣は「いや、俺腹減ってるんだけど…おーい…」と言うも完全に無視される。一体何時になったらゲーム内での飯を堪能出来るようになるんだろうか…。
〓〓相馬本家〓〓
昨夜はあれからも大変だった。出っ歯は相変わらずまとわりつき、不機嫌になった水穂が今度は出っ歯にPVPを吹っかけ瞬殺するとか。エリアシティ西区の出店を冷やかしながら買い食いしていた所、唐突に陣が「料理スキル」を取得し水穂が目を輝かせてみたり。陣のレベルがサブジョブの取得可能レベルに至っていたので、今度取得クエストに挑戦する事になったりと盛り沢山だった。
プリムラからも連絡があり、剣銃を制作してくれることになった事を伝えられた。目処がついたら改めて連絡をくれるらしい。費用の話が出た時は「そういやそうだ」とゲーム内では無一文に近い陣は焦るが、結局光彦が全額持つ事になったと聞き、彼への感謝が大豆ほどからそら豆ほどにはなった。
―そして翌日。
「それじゃあ俺は寮に帰ります!」
「はい陣さん、次に会うのは東京での相馬流総会の時ですね。
今年は『次期当主候補』の貴方が成人になって初めての総会でもあります。貴方の父親の話もあるでしょう。
気負わぬよう、達者で良く精進なさい」
陣は短く「はい」と返事をし、踵を返し相馬本家を後にする。
権江の言から一抹のきな臭さを感じながらも、夏の香り色濃き道を歩く陣には不安は無かった。
陣が去ったのを見届けてから、権江は道場に向かう。
途中でピタと止まり、襖越しに居る気配に声を掛ける。
「水穂さん、陣さんは帰りましたよ。
挨拶しなくて良かったんですか?」
「…」
「そうですか、では私は藤堂くんに修行をつけてますから、何かあったら道場にいらっしゃい」
襖越しの気配が去り、シャワシャワと鳴く蝉の音と通り抜ける風の音。そんな田舎特有の静寂を辺りが取り戻す。
その騒がしい静寂に紛れるように、権江はぽつりと言葉をこぼす。
「もう5年になるというのに…未だに呪縛は続きますか。
陣は足掻き、水穂は沈める。どちらにせよあの兄妹は本当に哀れです…。
息子とは言え、貴方を殺さなかった事は未だ間違いだと思っていますよ、烈…」
静寂に溶け消えていく言葉。
権江の悩みも同じように消えぬものかと夢想し、何を惰弱なと頭を振り気を取り直す。
手助けはするし気を揉めども、彼らを助けるのは彼ら自身でしか無いのだ。
しかし、なんだかんだで可愛い孫達だ。出来る事はしてやろうと改めて誓う権江だった。
まさかの出っ歯手下化。
2013/08/06
ここまで一気に推敲しました。今後の展開もあり一部セリフ回しや設定を変更。合わせて微調整を行なっています。