武具屋
10話目です、章としては折り返し地点です。
〓〓『人界』・第一層:エリアシティ・メインストリート〓〓
「すっげぇ人波だな、これ全部プレイヤーなのかよ!?」
陣はエリアシティに入場し、まるでそこが有名な祭りか花火大会の会場の様になっているのを見て驚く。
EAOは待ち望まれたVRMMOのビッグタイトルとはいえ、未だ日本でしかサービスインされていない。そしてプレイするのに必須な『トレーサーの品不足』という現実もあり、1000人も遊んでれば多い方という先入観があったのだ。
エリアシティのシンボルである巨大な『種界門』や『種』のモニュメントは遠く霞む程にこの街は広大、そして途切れること無く続く人熱れ。少なく見積もっても30万程のプレイヤーがそこにいるように見えている。
「ん〜、半分以上はノンプレイヤー・キャラクター(NPC)だからな〜。多分10万ちょい?くらいだと思うぞ!
今の時間はごはんも食べおわってみんなが一番あつまるからここまで混んでるんだな〜」
「10万人ってそれでも凄い数だな。
他の『種界』にもエリアシティはあるんだろ?そっちも同じくらい混んでるのか?」
水穂はコテっと小首をかしげ、プルプルと首を振ってサイドテールを揺らす。
「ん〜ん、あっちはほとんどNPCしかいないぞ〜。
物作るひとたちが『人界』で露天出してるからな〜。みんなこの街でお買い物して、好き勝手にどっかいくんだ!」
要約すると『海域』や『煉獄』にも当然エリアシティはあるのだが、武具の生産やアイテム製造等を行う生産職のプレイヤーは『人界』を拠点に活動をしている。その為、まずは『人界』で出発の準備を整え各々の目的地へ向けて出発して行く、と言いたいらしい。
「はぁ〜…。そりゃ一極集中するのも分かる。
商売するにも情報拾うにも人口密度が高い方が断然有利、って事なんだよな」
「こまけーことはどうでもいいのだ!
光彦っちにもメールしたから、インしたらおっとりがたなでくるだろー。
その前にあにぃの武器を新調しておどろかせてやるのだ!」
水穂はそう言って、ぐいぐいと陣を引っ張る。
周りを無視して突っ込むものだから、そこらにいる人にぶつかりまくっている。水穂の言が確かならその半分以上はNPCの筈なのだが、一様に投げつけられる迷惑そうな視線が痛い。陣は周りに頭を下げながら、ずるずると引き摺られて行くのだった。
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『人界』のエリアシティは中央に『種界門』と『種』モニュメント。そこから東西南北にエリアが分かれ、それぞれに別の機能を有し運営されている。
冒険者ギルドや教会、闘技場や一般アイテムを販売するNPCショップ等のゲームに密接する施設が多い東区。
プレイヤーメイドのアイテムを販売する露天や、ギルドホームやマイホーム等のプレイヤーに開放されたエリアの西区。
運営会社への窓口と、公式イベントで使用される広場等の運用系施設が置かれた南区。
そして、それが何故存在するのか分からないが、スラム街の様相を呈し現実の歓楽街のようになっている北区がある。
今回水穂に連れて来られたのは西区。
あちこちから鋼を打つ音や露天の呼び込み声、所々で何かを料理する匂いが漂う活気ある区画だ。
水穂は慣れた様子で、一見ログハウス風の渋い店の扉を開けスタスタと入って行く。
ここは「プリムラ武具店」。
生産系トップの一角として名高いプレイヤーが運営する店だそうで高レベルの生産スキルと豊富なEAO武具知識、また「納得がいかない相手には作らない」と豪語するスタンスも相まって、品質にこだわる攻略組等のトッププレイヤーから贔屓にされている武具屋なのだそうだ。
店内はこれぞ『ファンタジー』、長剣、両手剣、槍、鎧や盾等のオーソドックスな武具は言うに及ばず、巨大な鎌や鉄球の付いた鈍器等が雑然と置かれている。店構えの渋さに反して流石生産系トッププレイヤーの店、人気があるようで中は複数のプレイヤーで賑わっていた。
水穂はβテスト時代からの「ちょっとしたアイドル」という光彦の言葉通りなのか、チラチラと男性プレイヤーからの視線を浴び、機嫌良さげに愛想を振りまきながら奥へと向かう。
店の奥まった場所に小さいカウンターがあり、小柄な水穂よりさらに「ちんまい」女の子がちょこんと座っている。知り合いなのかにこにことしながら水穂が話しかける。
二人共色気とは無縁の体型なのだが、見ている分には微笑ましい。
「プーちゃ〜ん!
あにぃ連れてきたよ〜!さぁ武器をくれ!」
「アンタねぇ、突然チャットしてきたと思ったらなんなのさ?
アタシん所が忙しいっての知ってるだろ、他に順番待ちのプレイヤーもいるんだ。いくらアンタの頼みでも飛び込みの依頼は聞けないよ」
陣が観察スキルで見た所、彼女が店主の「プリムラ」らしい。
この前のソニアといい、なんでこう花の名前をキャラネームに付けたがるのだろう?と陣は内心首を傾げるが、これはβテスト時代にEAO女性プレイヤーの間で流行った事なのだ。
βテスト時代の攻略組に、一人の花の名前を冠した女性プレイヤーがいた。彼女の強さ、また可憐さに憧れた女性プレイヤー達はこぞって自分のキャラネームにも「花の名前」を付けるようになったのだ。
その時代を知らない陣は当然この事を知らない。水穂はそういった流行にあまり関心が無く、光彦が名付け親になるという暴挙に至ってしまったのだろう。
「しかも用意すんのは剣銃って言うじゃないか?
アタシも初心者の頃に手慰みで作った事があるだけだし、不人気職の武器だから生産素材の『定石』も無い。アンタん事だから当然素材もアタシ頼みで用意してきてないだろ?
突っ込んで研究した事が無いカテゴリーの武器には興味はあるけど、正直気が乗らないねぇ…」
「…そういう訳なら他を当たろうか。
何、所詮は昨日今日始めた初心者だ。元から背伸びしてこういった店で武具を揃えるっていうのは、分不相応な話だろう。
アクア、今日はプリムラさんに会わせてもらっただけでも良しとしようや」
プリムラは「話が分かる人で助かったよ、すまないね」と片手を上げそう言い残し、店内にいた出っ歯が目立つプレイヤーと言い争いを始める。漏れ聞こえる話から「作れ!」「作らん!」と喧々諤々やっているので、断られたのが陣だけでは無いらしいと納得する。
しょうがないと陣は水穂の頭を乱暴に撫で店外に出ようと促す。水穂は納得行かないのか膨れっ面で陣を見上げるが、守らなければならないマナーは、やはり守らなければ白眼視されてしまうだろう。
「さぁ、膨れてないで行こう。生産品じゃ無ければ剣銃だってあるんだろ?」
「あにぃ、そうはいうけどNPCの武具は初心者用のに毛が生えたてーどの性能だぞ…。
初期装備も修理不可にしちゃったんだから、生産品にしないとこれから厳しいと思うのだ…。
プーちゃんも、あたしの武器は作ってくれたのになぁ…」
水穂の言が聞こえたのか、プリムラが「ん?」と怪訝な顔をし、陣達を呼び止める。
「アクア、ちょっと待っとくれ。
初期装備の剣銃壊したってどういう事だい?」
「どうしたもこうしたも。この通りの有様なんだが…」
陣はプリムラの前に戻り、ごとりと壊れた剣銃をカウンターに置く。
プリムラは剣銃を手に取り、目を細め点検する。それほど最大耐久度は減っていないにも関わらず修理不可能フラグが付いているのを見て取ったプリムラは、呆れた顔をこちらに向け、陣のキャラネームを観察スキルで見て告げる。
「はぁ、えっと…ジンさん?
アンタどういう使い方したらこんな風に出来るのさ?
頑丈さだけがウリの初期装備を、こんなぶっ壊し方したの初めて見たわ」
「…んっと。
普通に戦ったらそうなったんだが?」
一瞬正直に血狼と戦った事を告げようとした陣だったが、光彦から内緒にしろと言われたのを思い出し、普通にモンスターと戦った事にする。
プリムラは疑問を深めたのか眉間に皺を寄せながら、「知らない内にまた仕様が変わったんかねぇ…」と呟いている。それもその筈、生産職であるプリムラにとってEAOの仕様変更は死活問題だ。例えそれが生産品の情報では無かったとしても、武具関係の情報は「重要性」という意味では無視出来ないものなのだ。
「そろそろ行っていいか?
代替の剣銃を探しに行かなきゃいけないんでね」
陣はそう言い、壊れた剣銃をプリムラから返してもらう。
剣銃を腰に吊り下げ店から出ようとする陣に、再度プリムラから待ったが掛かった。
「いや、ちょいとお待ちったら!
アクアが言った事は間違っちゃいないよ。仕様が変わったのかどうかは検証しないと分からないけど、初期装備をこんなぶっ壊し方するプレイヤーにドロップ品やらNPCの店売り武器を装備させた所で、同じ壊し方させるだけだと思うわ。
生産品の武器なら『摩耗』ってパラメータがついて定期的に研がないといけなくなるけど、ドロップ品や店売りと違って修理不可能フラグは立たないからね」
プリムラが小さい体を反らしながら、ニコッと人好きのする笑みで陣に向かい、
「改めて初めまして、『ドワーフ』やってるプリムラってモンだ。
アクアの顔を立てるのと面白いモン見させてもらった礼として、アンタの剣銃はアタシが面倒見るさね」
そう言ってくれたのだった。
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無事に剣銃を作って貰える事になった陣に対して、納得がいかないのがプリムラに生産を断られた出っ歯のプレイヤーだ。顔を真っ赤にさせた出っ歯がプリムラに詰め寄る。
「おいおい、ちょっと待てプリムラさんよ!
俺には作れねえってホザくのに初心者の、しかも剣銃士なんぞに作ってやるってのはどういう了見だ!?」
胸ぐらを掴まんとするほど激昂する出っ歯に、身長差を物ともせずにプリムラが答える。
「剣銃士なんぞと言うがねぇ、それこそアンタなんぞに使われたらアタシの子供(生産品)が夜泣するわ!
そういうセリフは『四神会』の威光なんざ借りずに、自分自身の行動でアタシを認めさせてからお言いよ!」
プリムラが啖呵を切り、気風の良さに聞いていた他の客達が喝采を上げる。
面子を潰された出っ歯は更に顔を赤くし、プルプルと細かく震え始めてしまった。
「なぁアクア、『四神会』ってなんだ?」
「ん〜?『四神会』はEAOで一番大きなギルドなんだぞ」
『四神会』
攻略組に居る4人のトッププレイヤーを筆頭に、構成員1000名を越えるプレイヤーが参加する巨大ギルドだ。
自分達の強さを磨く事に余念が無く、またレイドパーティーにおけるトップを除く「その他12人」の枠を巡って、熾烈なレギュラーメンバー争いが起こるギルドでもある。自らの強さを追い求めるあまりに攻略情報の秘匿は言うに及ばず、周りのプレイヤーへの迷惑行為等が多く問題視されているらしい。
リーダーの4人が放任主義なのと、巨大過ぎるが故に監視の目が行き届かないことをいいことに、この出っ歯のような傍若無人な行動を取る輩が多いのだそうだ。
出っ歯は怒りのあまり、今にもプリムラを殴りかからんとする勢いだ。
街中ではダメージを与えられないのは分かっていても、見物人の手前引っ込みが付かないのであろう。
陣としても水穂がプリムラの知り合いだったから生産を引き受けて貰える身。出っ歯と立場的に大差がある訳ではなく、なんとか穏便に済ます手は無いかと思うのだが。
「どうでもいいけど、作るのはプーちゃんなのにちょっとエラそうなんだぞ」
「アクアの言う通りだねぇ。
それにアンタ、今の状況を客観的に見たらどう見えているのか分かってるのかい?
顔を真赤にして幼女に迫る変態としか見えないよ?」
「変態さんだね〜」
「んな!?」
「「ねぇ、お兄ちゃん。「プリムラ」「アクア」怖い…(ぷるぷる)」」
二人による息の揃った悪ふざけ、周りのプレイヤーも『四神会』に良い感情を抱いていないのかニヤニヤと見ているだけだ。
陣は落とし所を見い出すことが出来ず嘆息する。多分に出っ歯の自業自得なのだが、からかわれる彼は見ていて哀れだ。
出っ歯の怒りがいよいよ頂点に達したのか、紅潮していた顔を蒼白にして引き攣った笑いを浮かべる。
「よぉぉぉっし!分かった!力を示しゃいいんだな!?
そこの剣銃士ぁぁ!決闘だ決闘!表出ろや!」
「ちょっとアンタ!何勝手な事抜かしてるんだい!?ジンさんにゃ関係ないだろう!?」
「あ”ぁ”?オメエの言い様なら、俺には作れねえでアイツには作ってやるって段階でアイツの方が強ぇって事だろうが!?ならアイツに勝って俺の方が強ぇって事になったら文句言わずに作るって事だよなぁ!?」
「アタシは行動で認めさせろとは言ったけど、腕っ節の強さの話しはしてないよ!
そんな理由でアタシが仮に作ったとして、気持よくいい仕事が出来ると思う程アンタは馬鹿なのかい!?」
事態は更に混迷の度合いを増す。
もはや付き合わざるを得ないだろうと、陣は出っ歯に「外に出るぞ」と目線で伝える。
出っ歯は引き攣った笑みのまま、外に出ようと扉に手を掛けた時――
「話は聞かせてもらったぞ!その決闘、『黄金福音』のライトが取り仕切る!」
扉を蹴り破り出っ歯を跳ね飛ばしながら、馬鹿が嬉々としてやって来た。
美味しいところは光彦が持って行く。
軽く凹んでたのと、風邪で体調が悪く筆が進まなかった事で投稿が遅くなりました。
気を取り直して頑張ります。
2013/08/19 脱字修正