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プロローグ

初めまして、俵屋文吉と申します。

数多くの投稿小説の中から当作品に目を通していただいてありがとうございます。

願わくば貴方の暇をちょっとでも潰せることを!


 人は誰でも負い目を持っている。それを克服しようとして進歩するものなのだ。

『大日本帝国海軍軍人:山本五十六』


 可能性の限界を測る唯一の方法は、不可能であるとされることまでやってみることである。

『SF作家:アーサー・C・クラーク』


 未来は予測するものではない、選び取るものである。

『科学者:ヨアン・ノルゴー』


  ・

  ・

  ・


 この終焉に向かう楽園の終わりで、貴方の事を今でも待っています。

『楽園からの手紙・散逸した古代文書の一部より』


※---※---※---※

※---※---※

※---※


〓〓浮遊島第三層・ココロッカ草原〓〓


「はぁはぁはぁ、なんでこんなついてねぇんだ今日はよぅ!」


 見渡す限りの広大な草原を一人の男が全速力で走る。

 引き連れるは無数のゴブリンとコボルトの群れ。

 コボルトはもこもこした毛を持つ犬で、ゴブリンはナイフ程度の武器を振り回し、見た目こそおっかないが人間ヒューマの腰にも届かない身長のモンスターだ。普段、コボルトはその愛くるしい見た目から魔獣使い(テイマー)に飼いならされるような低レベルモンスターだし、ゴブリンも低レベルな冒険者に取っては脅威にもなり得るが、ここ『ココロッカ草原』を狩場とするような冒険者に取っては雑魚でしかない。


 しかしそれも一対一に限った話だ。男が引き連れるモンスターの数、合わせて50匹以上。揃って目を血走らせている所から見ても明らかに暴走状態スタンピード。男も全速力で駆けてはいるが、何の恨みがあるのかモンスター達が諦める様子は微塵も無い。

 男が背中に担いだ立派だったであろう槍も酷く刃毀れしていて、多少重い棒としてしか役に立たない。むしろその重量から逃走の邪魔にすらなっている。


「だぁぁ!エリア深部まで行かなきゃ良かった!!」


 叫び声だけ聞けば自業自得だが、後ろから迫るモンスターにそんな泣き言は勿論通じない。

 悲痛なその声に興奮したのか、突出したコボルトが男に踊りかかる。


「ッヒィ!」


 もう駄目だ、今日はもう諦めて死亡デスペナルティを食らって出直すしか無い。そう男が諦め頭を抱え蹲った時、前方から光が走った。


『ギャン!』


「は???」


 魔術展開された薄い膜に激突し、コボルトが吹き飛ぶ。

 吹き飛んだモンスターに連続して着弾、あっという間に敵が消滅する。

 何が起こったのか分からず、パニック状態になりかけた男の背後から声がかけられた。


「なぁアンタ。また派手にトレイン状態だったけど狩り(ハント)のお邪魔だったかな。

 見たとこ範囲スキル持ちの槍士ランサーさんのようだったから要らないお世話かとも思ったんだが、無理そうだったら手伝うぜ?」


 片刃の長剣に無理矢理にライフルの機構を組み込んだ特殊な武器、剣銃ガンブレードから魔煙を棚引かせた青年が男に尋ねる。


 魔術によるシールドを張って男を救った青年は10代後半から20代前半、黒尽くめの装備をしたプレイヤーだった。随分と若い印象だがここは新進VRMMORPG「Eden Acceleration Online」の世界。10代前半から50代まで幅広いプレイヤー層が存在する中では特筆した年齢ではないし、顔は整ってはいるものの眠たげな目元があまり精悍なイメージを持たせない。黒い髪も良く言えば無造作ヘアーだが、無骨に跳ねた無造作に過ぎる髪型だ。身体つきも180cm程の身長と細身ながらバランスよく引き締まった体躯だが、ゲームのキャラメイクで如何様にも調整出来るので実力には比例しない。

 それにしても無頓着に過ぎる容姿だった。ゲームの常で背伸びした格好を好むプレイヤーが多い中では珍しいタイプ。

 男は一瞬助かったという顔をしたが、彼が持つ剣銃を見てまだ絶望が去っていないことを知る。


「助けてもらったのは礼を言うが剣銃士ガンブレーダーにゃこの群れは無理だ!

 俺はポーション切れでSPも回復できねえし、折角助けようとしてくれた相手をMPKするにゃ忍びねえ。

 奴らが俺をタゲってる間に逃げてくれ!」


 男がそう言うのも仕方がない事だ。全ての職業ジョブの中で剣銃を装備出来るのは剣銃士のみ。

 そしてとある理由で剣銃士はゲーム内最弱・全職中で最も不遇・地雷と呼ばれパーティプレイもなかなか呼ばれないという負の大三元が揃った職業ジョブなのだから。


 男の言葉はこのゲームの世界では好意的な方だとも言えた。

 トレインしたモンスターによるプレイヤーキル、通称MPK。モンスターを引き連れ別のプレイヤーの前で死亡する事でターゲットを擦り付け相手のプレイヤーを諸共に殺す行為だが、これはゲーム内において恥ずべき行為とされる。だが実力の伴わない助太刀で勝手に自滅する分は流石にその限りではないだろう。他のゲームだと転送アイテムによって擦り付ける行為もあるようだが、「EAO」においてはモンスターにターゲットされている間はその類のアイテムは使用できないため、MPK狙いの悪質行為が起こらない事はまだ救いといえるかも知れない。


 その間もコボルトやゴブリンは次々と魔術で出来た膜に体当たりをし続け、ついにひび割れが入り始める。

 彼は男の反応を見て、ニッっと人好きのする笑みを浮かべた。


「それじゃあここは俺が引き受けても文句無いな?後で横殴りだとか言われても知らんぞ」


「そりゃぁ…構わないが…アンタも物好きだな…わざわざデスペナ食らう事も無かろうに…」


 男が呆れ返っている正にその時、ガラスを砕いたかのような音と共に魔術で張った膜がついに限界を迎える。

 もはやこれまでと目を瞑った男の耳に、青年の鋭い声が聞こえた。


「じゃあ始めようか!『相馬流組打術:劫火徹し』!」


 ズンと腹にくる地鳴りと共に、魔獣の悲鳴と何かが跳ね飛ばされる轟音が響く。

 絶望に目を瞑った男が恐る恐る目を開くと、そこには「EAO」では考えられない非常識な光景が広がっていた。


「こりゃぁ…一体何事が起こったんだ…?」


 あれだけ無数にいた魔獣が今の一瞬で半数ほど掻き消えてしまっていたのだ。状況から考えれば剣銃士の彼が討伐したはずなのだが、一般的な剣銃士の能力を考えればあまりにも信じられない光景だった。


「ま、槍士さんは気楽に見てろって、今片付けてくるからさ」


 そう声をかけた彼は、残ったモンスターの中で一際巨大なゴブリンの前に立つ。

 離れた位置にいる男にも分かるくらい明確なプレッシャーを放っているのだが、剣銃士の彼は柳に風とばかりに受け流していた。

 あのゴブリンこのエリアでも強敵に数えられる『ゴブリンリーダー』だ、いくらなんでも無茶が過ぎると男が警告しようとした時、睨み合いに飽きたのかゴブリンリーダーが鈍く光る大斧を振り上げ、体重を乗せて振り下ろす。


『グォゥ!』


「ほいほいっと」


 必殺の筈だった攻撃を避けられ態勢が崩れた一瞬の隙に彼がゴブリンリーダーを切り刻む、その連撃に体力自慢の敵も力尽きズンと倒れSE音を撒き散らしながら砕け散る。消えていく魔獣を見て実力差を理解したのか残ったモンスターもうの体で逃げ出して行くが、去る者を追う趣味は無いのか彼は「おー逃げ足はえー」と気楽な様子だ。


 危機が去った事を見て取った男は、ほっと安堵の吐息を出しながら冷静に剣銃士の彼を観察する余裕が出来た。


 どうも武具に関しては無頓着なのかほぼ店売り品だった。まぁガチガチに装備を固めても剣銃士の攻撃力・防御力を上げることは並大抵ではないから、これはしょうがない事だろう。むしろ防具にはこだわらないで軽い物を選び、回避能力を上げるというのは数少ない剣銃士の常道というものだから理解は容易い。しかし群れを半数消し飛ばしたスキルにせよ、今のゴブリンリーダーとの鮮やかな戦いにせよ、不人気職である剣銃士からは考えられるものでは無い。


 レベルからしたら槍士の男からそう離れているようにも見えないのだが…。

 妙にトリッキーな動きではあったものの、剣銃士の彼が攻略最前線にいるプレイヤーに劣らぬ実力を持っていることは疑いようがない。


「おっ!!」


「な、なんだ!?」


 彼を見ながら思案に暮れていた男は、唐突に彼が上げた声にビクっと身を竦ませる。

 彼は嬉しそうにホログラフメニューを見ながら、


「いや、今のゴブリンリーダーが『ゴブリン勇士のバッジ』落としたんだよ。

 これでクエスト終わるわ~。あいつあんまり再湧き(リポップ)しないから面倒だったんだよねこれ」


「そ、そうか。

 まぁ俺もデスペナ回避出来て万々歳だ。もうちょっとでレベル上がりそうでな、無理に奥まで行ったらあの始末だよ。

 助けて貰った礼もしたい。これからエリアシティの酒場サルーンにでも行って一杯奢らせて貰えないか?」


 純粋な礼というのもあるが、男には彼の動きの秘密が知りたいという打算とちょっとした目的もあった。


 全職でも最も弱く、扱いも難しい剣銃士がどうやったらそこまで強くなるのか。もしかしたらそれが自分にも通じるのでは無いか。

 男に限らず、ゲームにおいて多数のプレイヤーは『強くなること』をモチベーションにしている事が多い。強くなればPKプレイヤー(プレイヤーキラー)から身を守れる、強くなればより上位の狩場に行って贅沢をしたり良い装備に買い換える資金を作ることも出来る、攻略組と呼ばれる上位プレイヤーの一員にでもなれば尊敬を集めることすら可能だ。

 その分、強くなるための情報は「EAO」でも貴重であり、俗にプレイヤースキルと呼ばれるノウハウは中々攻略サイトでもやり取りされない事が多い。秘匿性を高くすれば情報を知る一部の人間だけが良い目を見ることが出来る。そしてその秘匿された情報が公開される頃には、独占していたプレイヤーにとっては旨みがなくなっていて公開しても問題ないという寸法だ。もちろん公開された情報にはプレイヤーが群がるため、後発組には旨みが全くないなんて事もザラだ。


 酒を奢るという行為にも勿論意味がある。

 この時代のVR技術の発展は凄まじく、痛覚や視覚だけではなく嗅覚や味覚・味蕾情報までも再現出来る。よってゲームとはいえアルコール摂取をすれば擬似的に酔う(限りなく実際に酔うのに近いが)事も可能になっている。剣銃士の彼が酒に酔った程度で強さの秘密を漏らしてくれるとも限らないが、それに期待するくらい『情報』は魅力的なのだ。


 余談だが、擬似的にせよ限りなく実際に酔うという事から、現実の法令通り未成年がアルコール摂取をすると『犯罪コード(クライムコード)』が適用され通称『反省部屋』に強制移送される。『反省部屋』では『EAO』運営会社の『|Genome Brainゲノムブレイン社』から派遣されたゲームマスター謹製の『反省文』を延々朗読させられるという地味に嫌な罰が待っている。

 これはまだペナルティが軽い場合で、無理矢理飲ませたプレイヤーやセクシャル・ハラスメントを働いたプレイヤー、より違法性の高い違反を行ったプレイヤーは『犯罪者部屋』に送られる。ここでは『GB社』の専属スタッフが監視・行った違法の重度によってペナルティを付与する。軽いものでもレベルダウン、悪質な場合はゲームアカウント消去、それが現実の犯罪と結びつくような場合は『GB社』の警備部門が対応したり警視庁が動くこともありえる。

 PK行為(プレイヤーキル)に関する事は別途あるが、それはまたいずれ。


 閑話休題《話を元に戻そう》


 一杯奢ると言われた剣銃士の彼は一瞬きょとんとした顔をした後、


「あぁ、槍士さんも大した怪我も無いみたいで何よりだ。

 得る物もあったし礼とかは要らないんだけど、クエスト報告にエリアシティには戻らないと行けないからな。

 狩りを引き上げるなら一緒に行こうか」


 剣銃士の彼はそう言うと、右手を差し出し男と握手する。


「俺はジン。見ての通りでしがない剣銃士ガンブレーダーだ。よろしくな」


※---※---※---※

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※---※


これはそう遠くない将来「英雄」(ベオウルフ)と呼ばれる一人の青年と、「終焉へ進む楽園」の物語。

感想、叱咤激励、誤字脱字や矛盾の指摘等お待ちしております。

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