第一話「鬼ごっこ」
〈201X年、7月1日、午後4時〉
「ハァ…ハァ…くそっ…!!どこいった!?あのガキ!!…ぜってー逃がさねェ…!!」
立ち止まり、右腕で汗を拭うと、制服姿の少年は再び走り始めた。
―――時は、少しさかのぼる。
〈7月1日、午後3時〉
△△高校一年三組、チャイムが授業の終わりを告げる。
「ねぇ、嬰人“えいと”!!今日の授業、会議で、午後からの授業無くなったらしいから、もうかえっていいらしいよ!だから、いっしょにかえろ?」
「…いいよ。メイ。」
初夏の暑い日。
俺はいつも通りのハイスクールライフを送る。
中学校の頃から付き合っている、誰もが憧れるクラスのマドンナで、俺の彼女の神田メイ“かんだめい”とは、登校も下校も一緒だ。
ついでに家はかなり近所。
チャリで飛ばせば軽く二分程度の距離だ。
「よし、帰んぞッ!」
そんなメイといつも通り一緒に帰ろうと、メイに手を差し出した時だった。
廊下の方から誰かに見られていた…ような気かした。
「嬰人ー?どうしたの?」
「ん…?あぁ、何でもない…。」
きっと気のせいだ。…そう、思っていた。
ついでに言えば、俺、桜井嬰人“さくらいえいと”は、ここらじゃ少しは有名な不良だ。
自分で言うのも何だが、学校のほとんどの奴らはビビって俺に目もあわそうとしない。俺の相手する奴なんて、メイぐらい…の、はず。
だから、たぶん気のせいだと、そう思ってた。
〈―――午後3時30分〉
「送ってくれて、ありがと!嬰人!」
「送るっつっても、俺ん家もすぐそこだろ?」
「…ふふっ、そうだね!」
メイは少し笑うと、カバンからひとつ絆創膏を取り出して俺のカッターシャツの胸ポケットに入れた。
「…え?絆創膏…?」
「いつも、あたしに言い寄る男とかと、ケンカしてるんでしょ?あたし知ってるよ?皆に聞いたから…。…それで、ケンカばっかりしてるから、嬰人、キズだらけでしょ?…だから、ケガしたらあたしがちょっとでも治療してあげれたらなって、思って…。…絆創膏ぐらいしかしてあげれないかもだけど…。」
「メイ…。…ありがとう。…俺、お前を死んでも守るよ…!…まぁでも、お前に絆創膏はってもらったら、死んでても生き返りそうな気がするけどなっ!」
「ちょっと!大げさだってば!」
「はは…、とにかく嬉しいよ。ありがとな。……ん?」
(今…向こうの電柱から誰か見て……)
「キャッ!?」
(――――ッ!!!?)
少し振り返っただけだった。
後ろの電柱に気をとられて振り返ったときには、悲鳴とともに、メイは消えていた。
「メイ!!」
「…呼んでも無駄だよ。…だって、彼女はもう、数キロ先の廃ビルの地下室に移動したから……ふん。」
「なっ…お前、どっから…!!」
「今、来たの。ここに」
ずっと見ていたのに気づかなかった?…イヤ、本当に、今、目の前に一瞬で現れた?
理解はできないが、確かに分かるのは、今いきなり目の前に、身長140センチぐらいのガキがまばたきもしないうちに現れ、メイの居場所を言いはなったこと。
「てめぇッ!!何が目的だ…!!…メイを返せ!!」
「あんな女、どうでもいい。…お兄さん、僕と鬼ごっこしようよ。…ふん。」
「…鬼ごっこ?」
「何、簡単なゲームさ。僕を追いかけてればあの女のどこに着く。…僕が見えればの話だけどね。」
「見えればって、どうゆう……」
「こうゆうこと。」
一瞬だった。奴は俺の視界から消え、気づけばさっきの電柱の上に立っていた。
「嘘…だろ?」
「残念だね、お兄さん。これは嘘でも夢でも無いよ。…さぁ、僕を、追いかけないと、女を殺しちゃうよ?…じゃあ、ゲーム、スタート!」
まばたきをすると、すでにそこに奴の姿はなく、跡形もなく消えていた。
「くそっ…ガキが…!!」
〈―――午後4時〉
(あれから30分、町内を走り回ったが、…いくら探してもさっきのガキの姿はなかった…、一体どこいったんだ…)
「…ハァ…ハァ…くそっ…!!どこいった!?あのガキ!!…ぜってー逃がさねェ…!!」
“商店街の××薬局から学校方面へ50m行った先の角を左折その先100m直進。そこに、彼はいる。”
「え?」
…頭の中で声…?
“急いで。彼は移動している。”
「あっ…あぁ。」
訳も分からず、走り出した。
もう、こんな幻聴を信じることぐらいしか、メイを、あのガキを、見つける術はなかったからだ。
わらにもすがる思いで、その言葉のまま走った先には…あのガキがいた。
「本当に…いた…!?」
「…ん?…なんだ、見つけられたの?…ふん、どうせ偶然だね。…だってお兄さんは、ただの“凡人”だもん。…ふん。」
「おい!テメェ!メイを返せ!」
「はいはい、僕に追い付けたらねー。…バイバイ。」
(…!!また消えやがった…!!)
“その先ひとつめの曲がり角を右折。…そこから見える大きな廃ビルへ向かって。”
(…また、あの声!?)
「…お前、何なんだよ!?どっから話しかけてる!?」
“今は…言えない。…でも、あなたと私は、出会う運命にある…。『GAME』は、もう始まっているもの…。”
「『GAME』…!?」
(…何だよどいつもこいつもゲーム、ゲームって!!)
“とにかく、ビルへ向かって。そこに彼と彼女はいるわ。”
「…くそッ!!」
訳わかんねぇ…!!…とか、言ってる場合じゃないほどの異常が今、俺の周りで起こっている。
ガキが瞬間移動して、メイを連れ去った?
頭の中で、俺を導く謎の女の声がする?
…そんな話、誰が信じる?どいつもこいつも、俺がイカれた野郎だと思うに違いない。
とにかく、今日で俺の人生が変わることには違いない。
いつも通りのハイスクールライフは、みごとに崩れ去った。
…あの、意味わからねェガキのせいで…!!
「メイに手ェ出してやがったら…ぶっ殺す!!」
〈――午後4時32分〉
「ハァ…ハァ…。」
(すぐそこに見えてたようなのに、廃ビルまで、こんなに時間がかかるとは、おもわなかった…!)
廃ビルの立ち入り禁止のテープを破り捨て、地下室へ続く階段へと向かう。
地下室のドアをこじ開け、俺が目にしたのは、妙な沈黙の中、ナイフを持ったあのガキと、椅子に座らされ、ロープでくくりつけられ、さるぐつわされたメイの姿だった。
メイの目には布が巻かれ、身動きがとれないメイは、まるで、今から拷問を受けるかのような姿だった。
「…メイ!!」
返事はない。…どうやら眠らされているらしい。沈黙だけが流れる。
沈黙を破り、メイに駆け寄ろうとする俺に対し、ガキはメイの首筋にナイフを突き立て、ニヤリと笑った。
「…いいのかい?この女、殺しちゃうよ?…ふん。」
その目には、何のためらいもなかった。
「…何を、すればいい…。」
「んー、そだね。そこで、黙って見てるといいよ。…ふん。…ふふふっ。」
言うと、ガキは狂ったようにナイフを振り回し、メイの服をズタズタに切り刻み始めた。
「…あははっ!!…まだ、服だけさ!!…この後は、顔を切り刻んで、体もズタズタにして、血で化粧してあげるのさ!!…あはっ!あはははっ!!!!!!」
(イカれてやがる…!!まるで殺人鬼の考えじゃねーか!!…こんなガキ相手に、何も出来ねぇなんて…!!…クソッ…メイ…!!)
「あははっ!!…ほら、このキレイな首から真っ赤な血が!!…これを見るときがたまらないんだよ…!!」
「クソッ…メイ!!メイー!!」
「…ふん。…黙ってろって、言ったよね?お兄さん。…もういいや、目障り。先に殺しちゃおう。…さよなら。」
気づけば、ガキは俺の後ろでナイフを突き立てていた。
(…死ん――――、)
『グサッ』
生々しい音とともに、地面に血は流れ落ち、俺の脇腹には深々とナイフが突き刺さっていた。
「い…てェ……な…クソガ…キ…。」
意識はもうろうとし、体は動かなくなっていく。
(くそ…俺、死ぬのか…?…大切な人一人救えないで、こんなとこで死んでくってのかよ…!!)
倒れこむ俺の手は、あるものを無意識に握っていた。
(…あ…メイがくれた、絆創膏…。)
そうだ。
…俺、メイに死んでも守るって、約束したんだ…。
メイを守れずに…死んでる場合じゃねェ!!
(…メイは、俺が…死んでも守ってみせる!!)
“そう、その覚悟が、あなたを強くする。…さぁいきなさい桜井嬰人。あなたには“力”がある。”
「…ぬ…おぉぉおぉっ…!!」
「何っ!?ちゃんと殺したはずだったのに、まだ生きてたの?…ふん。…まぁでも、すぐトドメをさしてあげるよ!!」
(…ッ!!来るっ…!!…………えっ?)
…見える!?
俺の方へ、ゆっくりと近づいてくるガキの姿が
、確かに見える。
(アイツは瞬間移動すんじゃ、なかったのかよ!?)
“…そう、あの子の“力”は瞬間移動なんかじゃない。目に見えないスピードで、移動しているだけ。そして、その姿が見えるようになったのは、あなたが、それを越えるスピードで移動出来るようになったから。”
「なっ……!?」
“あなたの“力”は…『音速移動』あなたは、人知を越えた音速で動く事ができる。…だから、今のあなたなら、あの子の動きも、亀のように鈍く、遅く見えているはず。…今のあなたなら、その子を倒せる。さぁ、見せて、あなたの力を!!”
「殺してやる!!ふはははっ!!」
(…見える…、右手後方からナイフを持って突進。)
「…クソガキ、お前の負けだ。」
「ひっ…!?」
振りかえり、ガキのナイフを片手でいなし、振りかぶった右手でガキの腹に0,1秒間に五発もの拳をありったけあびせる。
すると、ガキはそのまま反対側へぶっ飛び、地下室の壁に激突しそのまま気絶した。
「…はっ…のびてやがる…。…ざまあみやがれ…。」
ガキが気絶している事を確認すると、力が抜けたように膝から崩れ落ち、俺はその場に倒れこんだ。
(メイを…助けないと…。)
「…ハァ…ハァ…メイ……」
ナイフの刺さった腹を抑え、血まみれの体を引きずってメイの元へ少しずつ近づいていく。
(ダメだ…血を失い過ぎた…意識が……)
「メ…イ…」
ありったけの力を振り絞り、メイの椅子に繋がれているロープを解いてやると、俺はそのまま、意識を失った。
〈――午後6時20分〉
気づけば、そこは病院だった。
近所では一番大きなその病院は、偶然あの廃ビルからそう、遠くない距離にあった。
(窓からあの廃ビルがみえる……)
「ってゆーか、誰が助けてくれ……、」
「嬰人…!!あたしだよっ…?」
「…メイ…ッ!!………ッ痛!?」
「あっ、バカ!!動いちゃダメだよ!!傷口開いちゃうよ!?」
心配そうな顔をするメイを俺は抱きしめた。
「メイ……よかった…。」
「嬰人……。」
「…そんで、助けてくれて、ありがとうな?」
「…ううん、お礼を言うのはあたしだよ!!目が覚めたら、目の前に血まみれの嬰人が倒れてるし、ほんとビックリしたけど、ケータイ持ってたから救急車呼んで、場所が分からなかったけど、ロープがほどけてたから外に出られたの。そしたら近くに病院が見えたから…。…あのロープ、ほどいてくれたの嬰人なんだよね?…あんな大ケガしながらでも最後まであたしのとこに来てくれたんだよね…?…ほんと、ありがと……。」
泣きながら必死に笑顔を作ろうとするメイを、俺はもう一度強く抱きしめた。
「痛…ッ……!!」
「あっ!!ホラ!!無理するからっ!!…ちゃんと寝なさいってば!!」
「…ははっ、お母さんみたいだな。」
「おっ、お母さん!?…もぉ、バカッ!!……あっ、そうだ、嬰人!!嬰人を刺した人って、あたしを連れ去った人だよね?」
「…そうだけど?のびてたろ?アイツ。」
「ううん…、あたしの目が覚めたとき、あの地下室にはあたしと嬰人しかいなかったよ?」
「………!?」
「とにかく、何があったか話して?」
「…えっと…最初………………………」
俺は全ての出来事を、メイに話した。メイは俺の言うことを全て信じてくれた。
そして、この日から俺の、残酷で最悪のハイスクールライフが幕を開けたんだ。