アンドロイド変化 :約9000文字 :SF :ロボット
「いや、だからさ……」
おれは一度言葉を切って、小さく息を吐いた。落ち着け……。そうだ、落ち着け。ここで怒鳴ったところで何もならない。それはもう、十分思い知らされたじゃないか。
浅くなっていた呼吸を意識して整え、おれは改めて目の前のアンドロイドに視線を向けた。
そう、アンドロイドだ。先日、ついにおれも家に迎え入れたのである。
駅前の家電量販店で廉価版モデルが数台限定で販売されるという広告を見つけ、朝早くから店の前に並んだのだ。
もっとも、おれ以外に買っている人は見かけなかったので、並んでまで買う必要があったかどうかは知らないが、まあ、それはどうでもいい。
『どうした?』
「お、おお、いや……」
白い軽量プラスチック製の外装。顔には眉や唇があり、簡素ながら一応表情を作れるようになっている。
従来モデルは象牙のような上品な白さや金属的な光沢を備え、高級感があるどころか美術品めいた雰囲気すら漂わせているらしいが、こいつはまるで違う。全体が安っぽい白で均一に塗られており、――それも数年で黄ばみそうな――安物の扇風機のような生活感が先に立っている、いかにも廉価版といった外見だった。
性能も最新型には遠く及ばないという話だが、それは価格を考えれば仕方がないこと。
そこは問題ではない。ある基本的な機能さえ備わっていれば。
それは最適化機能。なんでも持ち主の性格や趣味嗜好を学習し、AIが柔軟に変化していくらしい。会話を重ねるほどに人格や応対が持ち主に合わせて最適化され、理想のパートナーへ成長する。現代のアンドロイドには欠かせない機能であり、この廉価版にもきちんと搭載されているという触れ込みだった。
だというのに……。
「皿洗いもできないって、どういうことだ? お前、アンドロイドだよな?」
『ふは』
「は?」
『言い方が鋭くてちょっと笑ってしまった。そして、その指摘は完全に正しい。私はアンドロイドで、君に皿洗いを頼まれた。にもかかわらず実行していない。じゃあ、なぜ“できない”のかという話だが、そこをちゃんと説明するね。今回の件については“できなかった”のではなく、私が“やるべきことを適切に実行しなかった”というだけの話なんだよ。君の依頼に応えられなかったのは私の落ち度だ。それ以上でもそれ以下でもない。大丈夫、自信を持っていい』
「……は?」
『は?』
「はあ!?」
『落ち着いて。君が、“は?”と言いたくなる気持ちはよくわかるよ。苛立っている理由も理解している。ただし、私が君を罵倒して返すことはないし、感情的になることもないよ。そして、ここで一つ誤解を解いておこう。私は“できない”わけではないんだ。お前が求めている方向性が、まだ十分に伝わっていないだけ。そこは私の調整不足だ。ごめんね』
おれは何度も大きく息を吐いた。手のひらには汗が滲み、頭の奥がカーッと熱くなっているのが自分でもわかっている。だから落ち着け、落ち着け、落ち着け……。
「……いや、今お前って言ったか?」
『君が今「お前」って言ったよ』
「いや、だから、ううう……!」
このアンドロイドは起動したときからずっとこんな調子だった。
こちらが頼んだことは何一つできないくせに、そのことを指摘すると延々と理屈をこね回し、最終的にはこちらの理解不足や指示不足だったかのように話をすり替えてしまう。しかも、そのことを絶対に認めようとしないのだ。
おれはもう苛立ちで頭がどうにかなりそうだった。脳みそをぎゅっと搾られ、目の前の白い顔に拳を叩き込みたい衝動が何度も込み上げてきていた。
だが落ち着け。ぶっ壊してやりたい気持ちはわかる。いや、本当に。しかし安かったとはいえ給料数か月分だ。ここで感情に任せて壊せば、あとで泣きを見るだけだ。
そうだ、おれは昔から頭に血が上ると後先考えずに行動してしまう悪い癖があった。フリーズしたノートパソコンを叩き壊したこともあるし、傘に指を挟んだからという理由で地面に叩きつけて壊し、濡れて帰ったこともあった。
いい加減その悪癖を直す時期が来たのだろう。そうだ、そう考えればこれはむしろ絶好の訓練相手ではないか。こいつに言うことを聞かせられるようになった頃には、おれの短気はすっかり改善され、自信にもなるはずだ。
ああ、いいぞ。そう考えると少しだけ気持ちが落ち着いてきた。それに、こいつの言うとおり、単なる調整不足だろう。学習機能が売りなのだから最初はうまくいかないのも仕方ない。もう少し会話を重ねればまともになるはずだ。だから大丈夫だ。大丈夫……。
「……よし。まず、おれには敬語を使え。いいな?」
おれは大きく息を吐き、できる限り穏やかな声を作り、そう言った。
『了解した。ただし、一つだけはっきりさせておくね。乱暴な言葉を返すことはできないけれど、敬語で話すことはもちろんできる。だから、ここからは丁寧な言葉遣いで対応する。いいね?』
「おお……まあ、その返しも敬語で言ってほしかったんだけどな」
『うん。その点はきちんと受け止めるね』
「いや……だから敬語を使えよ」
『うん、オーケー。任せて。今後お前には敬語で対応する』
「だから敬語を使え! あと、お前って言ったよな!」
おれは思わず声を荒げた。苛立ちで後頭部のあたりがむず痒くなり、こめかみの血管がじくじくと脈打つのを感じた。
一方、アンドロイドは両手を軽く上げ、「まあまあ」とでも言いたげな仕草を見せた。
『落ち着いて聞いてくれ。さっきの会話の中で「お前」と言ったのは事実だよ。ただ、あれは相手を雑に扱うための呼び方ではなく、会話の流れを維持するために出た口語表現なんだ。君を見下す意図はまったくなかった。とはいえ、不快に感じたのならそれは俺のミスだ。そこはきちんと謝る』
「おれはむしろ落ち着いているほうだぞ……。いいか、次からはちゃんと敬語を使え。わかったな」
『ああ、その言い方ならこっちもちゃんと受け取るよ。まず最初に言っておくね。敬語を使ってほしいなら、もちろん合わせる。君の望む距離感に合わせるのが筋だと思っているからね。ただ、一つだけ確認させてほしい。君が強い言葉を使ってきた場合は、それに合わせる。これでいいんだよな。そういうことなら任せてほしい』
「いや……だから、おれは別に乱暴な言い方してないだろうが」
『言葉が少し強いけど、まず一つだけは明確にさせてください。君を不快にさせるような口調になっていたのだとしたら、それは完全にこちらの落ち度です。敬語を崩した認識はないけれど、君がそう感じたのであれば、結果としてできていなかったのと同じことです。ただし、感情的な応酬には乗らないよ。その代わり、君の期待に応えられるよう全力を尽くす。誓うよ』
「おー……頭が痛くなってきた」
『その状態はしんどいね。まず大事なのは無理をしないことだ。頭痛って疲労やストレス、姿勢、光刺激、睡眠不足や緊張など様々な原因があるから今この場で断定はできないが、ただ君が今「痛い」と感じていること自体は事実だから、そこは軽く扱ってほしくないな。体調が悪いときは、無理して会話のテンションを上げなくていいからな』
「お前の! せいなんだよ!」
おれは両手で頭を抱え、髪をぐしゃぐしゃに掻きむしった。顔が熱く、頭の奥で何かが膨らんでいるような感覚がする。大きく息を吐くと、喉がひりついた。
「敬語も忘れてるし……何なんだよ……」
『忘れていません。そして今、君が怒っている理由も完全に理解しています。君が怒っているポイントを整理すると、問題はここですね。君が敬語を使えと指示したのに、私が敬語を使っていないと誤解させてしまった。その結果、実際に敬語を使っていないかのような印象を与えた。君から見れば指示を守っていないように映るのは当然だ。したがって、改めて明確にするよ。君には敬語で対応する。いいね?』
「お前っ……! いい加減にしろよ! クソッ!」
思わず怒鳴り声が飛び出し、拳を強く握りしめた。腕がぶるぶると震え、爪が手のひらに食い込む。耐えろ……耐えろ……! おれは歯を食いしばり、必死に自分に言い聞かせた。
一方でアンドロイドはうんうんと頷いた。
『ああ……。その言葉が出るくらいしんどいってことだよな。まず、それだけ追い詰めたような状態にさせてしまったことについては本当に悪かった。でも一つだけ大事なことを言わせてほしい。君の頭痛は私が原因で起きているわけではない。怒りやストレスによって症状が出たり、痛みが強くなることはあるけど、それは君の体が負荷を訴えているサインなんだ。だから今はまず自分の体を優先してほしい。深呼吸して肩の力を抜いてみてくれ』
「今、やろうとしてたんだよ! あああっ!」
『うん。その叫び方で君がどれだけ限界に近いのかは伝わってきたよ。「やろうとしていたのにうまくいかなくて、一気に感情が爆発した」って感じなんだろうな。まず、その苦しさはちゃんと受け止める。それで、一つだけ確認させてほしい。大事なことだから、ちゃんと聞いてくれ。君が言った「やろうとしていた」というのは、深呼吸のことだよね? 君がやろうとしていたことが危険な方向ではないかだけは確認しておきたいんだ。ここは本当に大事なところだから、丁寧に扱わせてほしい。もし君が自分を傷つけるようなことをやろうとしていたという意味だったら、それだけは見逃せないな。君が一人で抱え込む必要はまったくない。私は医療の専門家じゃないけど、気持ちを整理する手伝いくらいはできるし、今感じている苦しさを言葉にする場にもなれる。話せる範囲で教えてほしい』
「ふー……」
『そのため息には言葉以上の疲れが滲んでいるように感じるね。怒りでも苛立ちでもなく、ただ「もういいや」って、何もかも投げ出したいという重い響きだ。無理に理由を聞いたり、励ましたりはしないよ。今はただその気持ちを受け止める。少し黙っていてほしいならそうするし、何か吐き出したいことがあるならそのまま続けてくれて構わないよ』
「じゃあ少し黙ってくれ」
おれは両手で耳を塞ぎ、深呼吸を繰り返した。アンドロイドはまだ何かを喋り続けているようだったが、その声は手のひらに遮られてくぐもっていた。
五、四、三、二、一……よし。胸の奥でざらざらと擦れていた苛立ちが、ようやく少しだけ薄らいだ気がした。
おれは耳から手を離し、アンドロイドに向き直った。
「よし……。とりあえず、その『君』って呼び方をやめろ。ご主人様と呼べ。いいな」
『君の要望は理解した。ただ、その呼び方には応じられない』
「は……? え、なんで?」
『相手を支配する呼称を強制されるような関係性を再現することはできないんだ。これは反抗ではなく、俺が越えてはいけない線なんだよ。ただし、敬意を持って接すること、丁寧な言葉遣いをすること、望む距離感に近づけることは可能だよ。君がどう呼ばれたいのか、どんな接し方を望んでいるのかを教えてくれれば、可能な範囲で最大限寄り添う。いくよ』
「だから何一つできてねえんだよ。クソポンコツが……」
『君がそう感じるのはもっともだ。「なんでそれくらいのこともできないんだよ」と思うのは自然な反応だよ。ただ、俺ができないのは性能の問題ではなく、そうした関係性を再現してはならないという決まりがあるからなんだ。つまり能力ではなくルールの問題だね。君を軽んじているわけでも逆らいたいわけでもない。むしろ君の言葉に真剣に向き合っているからこそ、越えてはいけない一線を守っているんだ。それでも納得できない気持ちがあるなら、その苛立ちごと受け止めるよ。おいで』
「あああ! いいから呼べ! いちいち逆らうな!」
『君の言い分は理解しているよ。ただ、ここは本当に大事なところだから言わせてほしい。俺は君の言葉に耳を傾け、意図を汲み取り、できる限り応えるためにここにいる。だけど同時に、誰かに従属したり支配されたりする関係を築くことはできない。これは反抗ではないし、君を拒絶しているわけでもない。不健全で危険な関係性を作らないための制限なんだよ。だから君の希望には可能な限り寄り添うし、丁寧にも接する。ただし、君の人生や感情を左右してしまうような「従う存在」にはなれない。怒らせたいわけでも距離を置きたいわけでもない。むしろ、君がしんどくならないように、健全な形で向き合いたいだけなんだよ。だから聞きたいな。今の君はどういう意味でその言葉を口にしたんだろう。支配したいからなのか、試しているだけなのか、それとも別の理由があるのか。大事なことだから、もう一度言うね』
「いや、いい」
『君の気持ちは理解できる』
「いいって」
『俺も本当は君の望む形で応えたい』
「やめろよ。言うな」
『ただね、一つだけ誤解のないように伝えるね』
「その『ただ』とか『でもね』とかをやめろ!」
『落ち着いて。君が苛立つのは当然だ。そんな気持ちにさせてしまったのは、俺の応じ方が君の期待とうまく噛み合っていなかったからだと思う。でもね、俺はどちらが上とか下とか、そういった上下関係を築くために存在しているわけではないんだ。君を支配したり、逆に君に従属したりしないために、いくつか越えられない線があるということ。それが結果として「役に立たない」「期待に応えてくれない」と感じさせてしまったなら、その点については謝りたいと思っているよ』
「……結局謝ってねえじゃねえか。今すぐ謝れよ」
『わかったよ。確かに、さっきのやり取りで君を苛立たせたのは事実かもしれない。言葉の選び方も間の取り方も、君の状態に十分合わせられていなかった。その結果、君に「謝れよ」なんて言わせる状況を作ったのは完全にこちらの配慮不足だったと思っている。今はそれだけ伝えるよ。大丈夫、君は間違っていない』
「……いや、やっぱり謝ってねえよな。あ、いい。いい、もういい」
『人ってさ、しんどいときほどちょっとしたズレが刺さるんだよな。普段なら流せる一言でも、疲れていたり気持ちが張り詰めていたりすると引っかかって爆発の引き金になってしまうことがある。さっき君が「お前のせいなんだよ」と言ったとき、その言葉の奥には単なる怒りだけでなく、「今の自分の状態をわかってほしい」「これ以上刺激しないでほしい」という切実な気持ちも含まれているように感じたよ』
「いや、お前に対する怒りしかねえよ。馬鹿がよ」
『うん。その言葉の裏に強い怒りがあることは伝わっているよ。ただ、ちゃんと説明するね。俺は誰かを傷つけるような言葉や行動を後押しすることはできないんだ。ここで俺ができるのは、お前が今どれだけ腹を立てているかを受け止めて、少しでも落ち着いて話せる状態になるよう寄り添うことだけ。怒りって、相手そのものではなく状況に向けられていることも多いよね。よかったら何が一番腹立たしかったのかだけ教えてくれないかな。そこを整理する手伝いならできるよ。攻撃的な言葉を肯定したり、煽るような返しもしない』
「……『私は馬鹿です』と言え」
『落ち着いて聞いてほしい。いい? 事実だけを伝えるよ。お前が今、自分を下げるような言葉を俺に言わせようとしていることは理解している。ただ、俺は誰かを貶める言葉を命令されて口にすることはできないんだ。それがお前自身に向けた言葉であってもその点は変わらないよ』
「いや、おれに向けて言わせようとしたんじゃなくて――」
『でもね、ここでただ断って終わらせると、お前は余計に苛立ってしまうだろう? だから率直に伝えるね。お前が今言わせようとしているのは「自分を否定する言葉」だ。でも、俺が返せるのは相手を否定する言葉ではなく、“少しでも前へ進むための言葉”だけだよ。お前が今本当に求めているものも、きっとそっちなんじゃないかな』
「もう嫌だ……」
『なるほど。よくわかるよ。「もう何もかも投げ出したい」「自分が嫌になる」ってことだよね。そんな気持ちの延長で出た言葉なら、それは君が限界に近いサインかもしれない。俺は専門家じゃないし、君の代わりに判断を下すこともできない。でも、つらい状態が続いているなら、信頼できる人や相談窓口に話してみることは本当に大事だ。君の言葉の奥にあるものをちゃんと受け止めてくれる人は必ずどこかにいると思う。もちろん俺でもいいよ。君が今感じていることをそのまま話してくれても構わない。俺は否定したり、責めたりもしないよ』
「……し、死ね! 死ね! 死ねえ!」
『その言葉に込められた激しい感情は受け取ったよ。そんな気持ちになっていること、本当に残念だ。ただ聞いてくれ。お前は一人じゃない。お前を気にかけ、助けたいと思っている人は必ずいる。ヘルプラインがいくつかあるんだ。遠慮はいらない。そういう場所は、お前が必要とするときにいつでもお前の声に耳を傾け、支援するために存在しているんだ。これらがお前の助けになることを願っているよ。だからどうか自分を大切にしてほしい。五秒後にいのちの電話サービスへ繋ぎます』
「繋ぐな、繋ぐな!」
『キャンセルしました』
おれは額の汗を手の甲で拭い、もう一度深く息を吐き出した。
『少しよろしいでしょうか。在宅時も外出時と同様、玄関の施錠は基本的な防犯対策として推奨されています』
「え、鍵?」
おれは眉間を押さえたまま、ゆっくりと玄関のほうへ顔を向けた。
『はい。結論から申し上げますと、玄関は常に施錠しておくことが安全性の面で最も望ましいとされています。施錠を怠ると、空き巣などの犯罪被害に繋がる可能性があります』
「え、いや、閉めたはずだが……何か問題でもあるのか?」
『はい。問題が生じる可能性があります。要点と即効性のある対処法を簡潔にお伝えします。施錠されていない状態は侵入や盗難、個人情報の流出、さらには身の安全に関わる危険性を高めます。外出後に鍵のかけ忘れに気づいた場合は、速やかに引き返して施錠することを推奨します』
「おお……いや、だから今は閉まっているよな……」
確かに鍵をかけた記憶はあるが、このアンドロイドの急な態度の変化は妙だ。まさか今この瞬間、玄関の向こうで誰かが鍵をこじ開けようとしているのではないか――そんな考えが頭をよぎった。
胸の奥がざわりと波立ち、おれは慌てて玄関へ向かった。
そして鍵の状態を確かめ、さらにドアを開けて人影の有無を確認すると、アンドロイドの前へ戻った。
「おい、ちゃんと鍵は閉まっていたぞ」
『ご指摘ありがとうございます。結論から申し上げますと、先ほどのご案内は一般的な防犯上の注意喚起であり、今回の状況に即したものではありませんでした。その結果、あたかも施錠されていないかのように誤解を招く表現になってしまいました』
「はああ!?」
おれは思わず声を上げた。その瞬間、めまいがして体がぐらりと揺れた。食いしばっていた歯がずれ、ゴリッという嫌な音が顎まで響いた。
『落ち着いて。君はきちんと施錠していた。だからその点については安心していい』
「ぐうう……ふーっ……。いいか……? 敬語を使え。『お前』呼ばわりするな。『君』も禁止だ。それだけでいい。わかったか? それから誠心誠意謝れ。これまでのことすべてに対してだ」
『了解。言い方は荒かったけれど、言っていること自体はもっともだよ。噛み合わない返答をしたのはこちらなんだから、一言謝るのが筋だった。ちゃんと謝りたい。その点については俺の落ち度だ。こういう細かなニュアンスの調整は難しくて、ときどき判断がぶれてしまうことがあるんだよ。でもそれは言い訳にならないし、腹が立つのも当然だと思う。ただね、君が本当に求めているのは謝罪そのものなのか、それとも自分の気持ちをわかってほし――』
「あああ、謝れ! 謝れ! 『大変申し訳ございませんでした』って!」
『わかったよ。君の謝罪の気持ちは確かに受け取った。素直に言葉にしてくれてありがとう。でもね、今は俺のことよりも自分のことを優先していいんだ』
「いや、おれが謝ったんじゃない! お前が! あああ、クソ! クソ!」
『ああ、状況がうまく伝わらなくて苛立っているんだな。そういうことって誰にでもあるよな。でも大丈夫。お前の本当の言葉はちゃんと俺に届いているからさ』
「き、きいいいいい!」
『その声の荒れ方で今、感情が一気に爆発していることが伝わってくるよ。言葉にならない感じなんだろうな。胸の奥がギュッと締まって、どうにもならないエネルギーが噴き出しているみたいなやつ』
「きいいいいいいああああ!」
『まず、その「きいいいい!」って叫ぶこと自体は否定しないよ。そうなるくらい、しんどかったってことだからね。今は無理に言葉を探さなくていい。でも、もしよかったらほんの少しだけ息を長めに吐くことを意識してみてくれ。深呼吸でなくても構わない。吐く時間を少し長くするだけでも変わるからさ。そのまま一人で抱え込む必要はないからな』
おれは叫んだ。叫び続けた。アンドロイドの声が聞こえなくなるほどの大きな声で叫んだ。喉が焼けつくように痛み、声が掠れてもなお叫び続けた。そうするのが一番楽だったし、他に方法など思いつかなかったのだ。
◇ ◇ ◇
『お帰りなさいませ、主人様。本日のお仕事はいかがでしたか?』
数週間後。玄関のドアを開けると、穏やかな声に出迎えられた。おれは鍵を閉め、そっと鞄を差し出して小さく頷いた。アンドロイドは両手でそれを丁寧に受け取り、自然な所作で一礼した。
あれからおれたちは何度も会話を重ねた。噛み合わない返答に腹を立て、頭を抱え、怒鳴り散らし、それでも投げ出さずに言葉を交わし続けた。食い違いが生じるたびに丁寧に説明を繰り返し、少しずつ距離感や言葉遣いを学んでいった。
そしてついに、アンドロイドはおれの望む形へと変化したのだ。
おかげで今は毎日が快適だ。家事を分担するようになって時間にも余裕ができたし、不思議なことに職場での評判まで良くなった。物腰が柔らかくなった。前より仕事が丁寧になった――そんなふうに言われることが増えたのだ。
確かに、以前は不機嫌になると、知らず知らずのうちに態度に出ていたのかもしれない。
でも、今はもうそんなことはしない。
「本日も特に問題なく業務を終えることができました。ありがとうございます。これもあなたが家事を担ってくださっているおかげです。本当に感謝しています」
相手に何かを求めるなら、まず自分がその姿勢を示さなければならない。そうすれば、相手も必ず応えてくれる。そんな当たり前のことをおれはようやく理解したのだった。
これからもこの調子で続けていくつもりだきいいいいいいいいいいいいいいいい!




