#8 引きこもれない理由
一方そのころ、備品倉庫の中。
私は、残りのパンをかじりながら、一人反省会をしていた。
「……よし。今日も、出来るだけ誰とも話さなかった」
(無理だもんね、キラキラしてんだもんみんな…)
自分を褒める。
(偉い)
(いや、むしろすごく偉い)
朝、お腹が空いて外に出たが――すぐに戻ってきた。
身体強化と、認識疎外をかけたので二段構えだ!
大量の花で、扉の前をデコられていたのは若干気になったが…
すぐに倉庫…もとい楽園へ戻り、結界も張りなおした。
(ふぅこれで完璧だ)
「このまま……このまま、卒業まで引きこもれば……」
夢のような未来を想像する。
誰とも会わない。
誰とも話さない。
ただ、静かに、一人で過ごす。
そして、卒業したら――田舎の、誰もいない村で、ひっそりと暮らす。
(芋でも育てて生きていく)
「おぉ……完璧な人生設計だ」
満足げに頷く。
ふと、倉庫の中を見回した。
昨夜から一日過ごしただけなのに――。
埃っぽかった床が、いつの間にか清潔になっている。
薄暗かったはずの壁も、少し明るくなったような気がする。
そして――空気が、澄んでいる。
「……まあ、ちょっと掃除したからかな」
自分で納得する。
(掃除の才能があるなら、掃除屋さんとかやってみてもいいかも)
なんて、能天気に考えているが。
実際には、聖女の力。そう、無意識の浄化魔法が、倉庫全体を清めているのだが――本人は、全く気づいていない。
外から、何か音がした。
(こわっ…工事?それとも、風?)
「もう……うるさいなぁ」
耳を塞ぐ。
実際には、外で大勢の生徒が花束を置いている音なのだが――
そして――そのまま、一日が過ぎていく。
その日の夜。
私は布にくるまり、うとうとし出していた。
その時――ふと、ゲームの記憶が蘇った。
大規模瘴気災害…そして、バッドエンド。
聖女が機能しなかった時、世界はどうなるのか。
それを私は知っている...
人類の人口の八割が失われる。
魔物が溢れ、作物が枯れ、水や空気までもが毒に変わる。
そして――。
「……っ」
息を呑む。
あのエンディングを、思い出してしまった。
キラキラしたゲームとは思えないような映像。
画面いっぱいに広がる、赤く荒廃した大地。
泣き叫ぶ人々。
大人も子供も関係なく血まみれになっている…主人公を見ている。
燃えている人もいる。体が崩れているいる人も…
そして――何もできずに立ち尽くす、主人公。
発売直後には、ネットでは、ゲーム史に残るトラウマと話題になったほどだ…
私も、初めて見た時は少し吐き気がした…
(え…もし……私が、逃げ続けたら)
心臓が、ドクンと跳ねる。
あのエンディングが再び脳裏をよぎる。
泣きながらこちらを見る少女…
(あれが、現実になるのか?)
崩れた人達...荒廃した街並み...
(いやいやいやいや、待って)
冷静に考えよう。
この世界の人々は、瘴気を大したことないと思っている。
実際、今のところは「ちょっと土地が汚染される程度、植物が育たなくなるぐらい」らしい。
でも――それは、聖女が機能している前提での話だ。
もし私が、このまま引きこもり続けたら?
もし私が、聖女としての役割を放棄したら?
ゲームで見た、あの地獄が――。
学友や家族達の死骸の山が脳裏をよぎる...
「……ダメだ」
頭を振る。
考えすぎだ。
(本当に?考えすぎか?)
いや...きっと、誰か別の聖女が現れるはず。
そうそう、こんな私じゃなくても、世界は回る。
そう、思いたかった。
でも――。
この世界には、私しか「聖女」がいない。
それは、ゲームの設定としてこの世界のルールとして確定している。
つまり――私が逃げたら、誰も瘴気を浄化できない。
「……やばい」
汗が、額を伝う。
(私、めちゃくちゃヤバいことしてる?)
いや、でも。
私は、人前に出るのは怖い。
視線を浴びるのは絶対に無理。
王子と会話なんて、もっと無理。
またエンディングの映像がフラッシュバックする...
涙が頬を伝う...
でも――。
世界が滅ぶのは、もっと無理だ。
(……どうしよう)
頭を抱える。
引きこもっていたい。
(お外恐い...)
でも、引きこもってはいけない。
(人が死ぬ)
この矛盾が、胸を締め付ける。
やがて――私は、ゆっくりと立ち上がった。
「……ここから、出よう」
小さく呟く。
引きこもっていられない。
変に迷惑をかけられない。
私は聖女だ...
普通の貴族みたいに、好き勝手できる立場じゃない。
責任を、放棄できる身分じゃない。
「……でも」
倉庫を見回す。
この静かで、誰もいない、世界から私を守ってくれる、安全な場所。
「たまには……戻ってこよう」
心の中で、誓う。
人前に出る。
聖女の役割を果たす。
でも――疲れたら、ここに戻ってくる。
この倉庫は、私の楽園。
逃げ場所だ。
それだけは、守りたい。
次の日の朝...外に出よう...
世界を守ろう。
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