#12 ゲームとは違い過ぎる件
その夜。アメリアは「おやすみなさい」と言って、隣の部屋に戻った。
私は一人になった。
さて。
ゲームの中なら、ここで画面が暗くなって、すぐに次の日の朝になる。時間が飛ぶ。便利なシステムだ。
でも――現実には、そんな便利なものはない。
夜は、普通に続いている。
時間は、普通に流れている。
私は、普通に、眠れない。
(……ゲームって、親切だったんだな)
しみじみと思った。
窓を開けると、夏の夜の風が吹いている。温かい。甘い。そして――学園の建物の中に、いくつか灯りがある。
人が、起きている。
こんな時間に?誰が。なぜ。
(……まさか)
嫌な予感がした。
アメリアの言葉を思い出す。「あの三人が、夜に学園の中を歩くことがあります」
攻略対象たちが、夜に徘徊している。
ゲームにはなかった展開?
でも――現実で、起きている。
(……いや、待てよ)
冷静に考える。
ゲームの中では、攻略対象たちは「イベント」の中にしかいなかった。
プレイヤーが選択肢を選ぶと、彼らが現れて、会話が始まる...でも選択肢を選ばなければ――彼らは「存在しない」のと同じだった。
現実では、彼らは常に「存在している」
私が見ていなくても、生きている。
彼らにも、夜があり。
彼らにも、眠れない時がある。
(……当たり前か)
そう思うと、少し申し訳ない気持ちになった。
ゲームの中で、私は何周もプレイした。
王子ルート、騎士ルート、魔術師ルート。全部クリアした。
でも――彼らの「夜」のことなんて、一度も考えたことがなかった。
選択肢を選んで、好感度を上げて、ハッピーエンドもバッドエンドを見る。それは人の人生を振り回しているようなものでは?
(……ごめん、攻略対象たち)
心の中で謝りながら、私は外套を羽織った。
別に、彼らを見に行くわけじゃない。
ただ――夜の学園を、ちょっと探索してみたいだけだ。
ゲームにはなかったイベントだ。
正直どんな感じか、見てみたい。
部屋を出ると、廊下には誰もいない。
灯火が揺れ、影が長く伸びる。
ゲームの中なら、ここで「マップ」が表示されるはずだ。タップすると、行きたい場所に飛べる。
でも――現実には、マップなど出ない。
ただ、廊下がある。
長く、暗く、静かな廊下。
(私……方向音痴なんだけど…)
前世から、私は方向音痴だった。
大学のキャンパスで、何度迷ったことか。
そして今――異世界の学園で、また迷いそうになっている。
(デカいんだよ、この学校……ほんと…ゲームって、本当に親切だったんだな)
二回目のしみじみだ。
とりあえず、廊下を進む。どこへ向かっているのか、正直自分でも分からない。ただ――足が、なんとなく動く。
階段を下りる。
一階の廊下に出る。
そして――中庭が見える窓の前で、立ち止まった。
中庭には、人がいた。
月明かりの中に、その人物のシルエットが見える。
王子ヴィクトールだ。
彼は、中庭のベンチに座っている。
何かを見ている。
いや――何も見ていない?
ただ、ぼーっと座っている。
(……え、何してるの?)
ゲームの中の王子は、常に「何かをしている」キャラだった。生徒会の仕事をしているか、イベントで主人公と話しているか。「ぼーっとする」なんて場面は、一度もなかった。
でも今――彼は、ただぼーっと座っている。
深夜に。
中庭で。
一人で。
(……大丈夫か、この王子)
心配になってきた。
ゲームの中なら、ここで「話しかけますか?」という選択肢が出るはずだ。でも――現実には、出ない。
どうしよう。
話しかけるべきか。
それとも、そっとしておくべきか。
迷っていると――ヴィクトールが立ち上がった。
そして――歩き出した。
(……ついていこう)
即決だった。
ゲームの中なら、通称「尾行イベント」というものがあった。選択肢で「ついていく」を選ぶと、自動的にシナリオが進む。バレない。便利。
でも――現実には、自分で判断しなければならない。
バレないように、でも見失わないように、距離を保つ。
前世で、一度だけ探偵小説を読んだことがある。
尾行のコツは「自然に歩くこと」だと書いてあった…ハズ
(……自然に、自然に)
心の中で唱えながら、ついていく。
ヴィクトールは、廊下を歩き、別の建物へ向かった。
訓練場だ。
扉を開け、中に入る。
私も、静かに後を追った。
そして――訓練場の中を覗いて、固まった。
訓練場の中には、もう一人いた。
騎士カスパーだ。
彼は、一人で剣を振っていた。
何度も。何度も。
深夜に。
誰も見ていないのに。
ただ、剣を振り続けている。
(……え、何してるの?)
二回目の疑問だ。
ゲームの中のカスパーは、明るく元気なキャラだった。「一緒に訓練しようよ!」と誘ってくる。でも――深夜に一人で延々と剣を振る場面は、なかった。
そして――ヴィクトールが、訓練場に入った。
カスパーが気づいた。
でも――何も言わなかった。
ヴィクトールも、何も言わなかった。
二人は、ただ、そこにいる。
会話なし。
イベントなし。
ただ、沈黙。
(……何この空気)
気まずい。
見ている私が、気まずい。
ゲームの中では、攻略対象たちが揃ったら、必ず「イベント」が起きた。会話があり、選択肢があり、ストーリーが進んだ。
でも――今、目の前にいる二人は、何も「していない」。
ただ、気まずそうに、そこにいる。
しばらくして、もう一人が現れた。
魔術師クロードだ。
彼は、訓練場の隅に座った。
本を開いている。
でも――読んでいない。
目がページの上を動かない。
三人が、揃った。
攻略対象が、全員揃った。
ゲームの中なら、ここで「特別イベント」が始まるはずだ。
画面が光り、音楽が流れ、「三人の絆イベント」が始まる。
でも――現実には、何も起きない。
ただ、三人が、それぞれ別のことをしている。
王子は、ぼーっと立っている。
騎士は、剣を振っている。
魔術師は、本を開いている。
誰も、話さない。
誰も、何かを「する」わけではない。
ただ――そこにいる。
(……これ、何のイベント?)
分からない。
ゲームのシナリオにない展開だ。
攻略wikiにも載っていない。
私は、訓練場の入り口の影から、その様子を見ていた。
そして――思った。
(……この三人、思ったより...ポンコツすぎない?)
ゲームの中では、完璧だった。
でも現実では――なんか、残念だ。
深夜に集まって、誰も話さず、それぞれ勝手なことをしている。
これが、攻略対象?
これが、世界を救うメンバー?
不安になってきた。
やがて――空気が、変わった。
訓練場の中に、薄い光が広がり始めた。
青白い光。
瘴気だ。
ゲームの中にも、瘴気はあった。バトルイベントで、主人公と攻略対象が協力して、魔物を倒す。そういうシステムだった。
でも――ゲームの中の瘴気は、もっと派手だった。
画面が赤く光り、「警告!瘴気出現!」と表示され、ボスBGMが流れる。
でも今――瘴気は、音もなく、静かに、広がっている。
BGMなし。
警告表示なし。
ただ、青白い光が、じわじわと広がる。
(……地味!)
思わず、心の中でツッコんだ。
ゲームって、演出が派手だったんだな。
三回目のしみじみだ。
光は、三人を包んだ。
そして――私の足元にも、届いた。
聖女の力が、反応する。
浄化の力が、瘴気に触れる。
ゲームの中なら、ここで「浄化コマンド」が表示されるはずだ。ボタンをタップすると、主人公が光を放ち、瘴気が消える。「浄化成功!経験値+100!」と表示される。
でも――現実には、コマンドなど出ない。
ただ、光が強くなる。
勝手に。
自動で。
(……え、ちょっと待って)
私、何もしてないんだけど。
勝手に浄化が始まってるんだけど。
そして――映像が、現れた。




