#11 齟齬
翌日の午後。
私は、アメリアと共に中庭で過ごしていた。
お茶と菓子が並んでおり、アメリアは書類を見ながら、紅茶を飲んでいた。
私は、その傍に座っている。
会話はない。というか…何を話していい分からないが、アメリアは私に「何かを言わせる」ことを強制しない。ただ、そこにいる。その事実が、私にとっては、それが安心感になっていた。
ゲームの中なら、ここで「選択肢」が出るはずだ。「アメリアに話しかける」「周囲を見回す」「一人で考え事をする」――そんな選択肢が画面に並んで、プレイヤーがタップする。そして、選んだ選択肢に応じて、会話が始まる。
でも、ここは現実。現実には、選択肢など出ない。
ただただ、時間が流れ、風が吹き、紅茶の香りがする。それだけだった。
しばらくして、私の視線が中庭の向こうに向かった。あの三人がいる。
王子ヴィクトール。騎士カスパー。魔術師クロード。攻略対象たちが揃っている。
ゲームの中なら、ここで「誰に話しかけますか?」という選択肢が出るはずだ。そして、選んだ相手と、好感度イベントが始まる。王子を選べば、優しい会話。騎士を選べば、元気な会話。魔術師を選べば、知的な会話。全部、シナリオ通りに進む。
でも――現実には、選択肢など出ない。ただ、三人が低い声が聞こえるだけだ。
私は、その様子を見ていた。ヴィクトールが何かを言った。カスパーが腕を組んで頷き、クロードは何も言わず、足元を見ている。
(何かあったんか?どうした?お姉さんが聞こうか?まぁ大した人生経験なんてないけどね!)
などと虚しいことを考えてしまう程に暇だ...
(ただ…ゲームの中の彼らとは、やっぱり違うよね)
ゲームの中のヴィクトールは、もっと堂々としていた。決断が早く、周囲を引っ張るリーダーだった。「王子ルート」の第一章で、彼は学園の生徒会長として、みんなをまとめていた。選択肢で「王子を励ます」を選ぶと、彼は「君がいてくれて良かった」と微笑んだ。
でも今、目の前にいる王子は――何かに悩んでいるように見える。堂々とした姿勢ではなく、少しだけ肩が落ちている。
(これ...学園の女子誰が話しかけても落とせるのでは?)
カスパーに目をやってみる。
ゲームの中のカスパーは、明るく元気な騎士だった。いつも笑っていて、剣の腕も確か、現役の騎士にも負けないとか…
「騎士ルート」の第二章で、彼は訓練で主人公を守るんだよね。
選択肢で「応援する」を選ぶと、彼は「俺、頑張るよ!」と拳を握った。そして、大きな試練をやり遂げることによって、主人公との仲が深まるのだ。
(その時のカスパーが犬みたいで可愛いんだよなぁ)
でも今、目の前にいる騎士は――腕を組んだまま、何も言わない。笑顔もない...むしろ険しい顔をしており、怖いぐらいだ...
最後の一人、クロードはというと、知的で冷静な魔術師。
的確な助言をして、主人公を導き存在だ。
「魔術師ルート」の第三章で、彼は図書館で古文書を読み解いている。選択肢で「質問する」を選ぶと、彼は目を細め「興味深い質問だね」と答えた。
(いつも冷たい感じの、彼の表情が綻びギャップ萌えなんだよな...尊い)
しかし...今、目の前にいる魔術師は――ただ、下を見ているだけで。何も話さない。
(全員……ゲームと違う...?)
その「違い」が、何を意味するのか。私には、まだ分からない。などと考えると声がかかった。
「……リリア様?」
アメリアが気づいた。
「あの……あちらのみなさまが」
私は、アメリアは見た。そして、アメリアの表情がわずかに変わり、厳しくなった。
ヴィクトールは、アメリアのいとこだ。アメリアの父は現国王の弟君で、前国王の若かりしときの爵位を継いだのだ。だからか、アメリアはヴィクトールに対し、多少厳しいところがある。
「……あの三人が」
アメリアは静かに言った。
「今夜、何かをするつもりかもしれませんわ」
私は、アメリアを見た。
「え、何かを……?」
「分かりません。ただ――」
アメリアは、紅茶のカップを静かに置いた。
「最近聞いた噂ですけど…あの三人が、夜に学園の中を歩くことがあるようです。それぞれ、別々に」
夜の学園。ゲームにはなかったイベントだ。
ゲームの中では、全てのイベントは昼間に起きる。
夜の描写は、ストーリー上ほとんどない。エンディングの一枚絵で、夜空の下で主人公と攻略対象が並んでいる絵があるのと、あとは...
気を取りなおし、聞き返す。
「なぜ、そんなことを?」
アメリアは、少し考え、視線を向こうへ向けてから、静かにこう言った。
「この学園は――迷いの森のようなもの...昔、そう言った方が居たそうです」
迷いの森。その言葉が、昨夜の私の考えと重なった。
(そんな、設定知らないんだけど…)
「なんでも、それを言った方が言うには...迷いの森では、役割に縛られた人々が、自分を見失う場所で。昼間はみんな「正しく」振る舞います。聖女は聖女らしく。王子は王子らしく。騎士は騎士らしく。でも夜になると――」
アメリアは、少しだけ声を落とした。
「仮面を外して、本当の自分が、出てしまう...と言うことを言っていたのだとか」
本当の自分。その言葉が、胸に刺さった。
(ん?聖女らしく...?)
「リリア様」
アメリアは、私を見つめてから、私にさらに近づき、声のトーンをもう一段落とした。
「もし今夜、あなたが学園の中を歩くのなら――あなた自身の「本当の自分」にも、出会うかもしれません」
(ん?どういうこと?)
とはいえ――何かが、引っかかる。
夜の学園。
迷いの森。
本当の自分。
そして――この「齟齬」
ゲームのシナリオにはない展開が、始まっている。
(え…私は、どうすればいいの)
ゲームの知識は、ここでは通用しないということ...
私は、アメリアには、何も答えなかった。
ただ――建物の影に目をやる。
昼間は、ただの建物だ。でも夜になると、その影は何を写すのだろうか…
何事も無かったかのように、風は静かに吹いている。
ありがとうございます。
なかなかに重い話しが続いてしまって申し訳ないです...
リアクションだけでも頂けたら幸いです。
次回は少しコメディに戻っていきますので、またよろしくお願いします。




