#1 開始5分で詰みました
プロローグ:憧れの世界
「やった……! 『聖光のリリアと五つの誓約』の世界だ……!」
鏡に映る自分を見て、私は震える声で呟いた。
艶やかな金髪。宝石のような青い瞳。透き通るような白い肌。
これは――ヒロイン、リリア・フォン・ローゼンベルクの姿。
前世で、私が何百時間もプレイした乙女ゲーム。
王国を守る聖女と、五人の攻略対象たちの物語。
剣と魔法の王国ファンタジー。豪華な舞踏会。運命の恋。
そして――世界を救う、尊い聖女。
「私が……あの、リリアに……」
胸が高鳴る。
前世は、地味で目立たない大学生だった。
人と話すのが苦手で、視線を向けられるだけで息が詰まった。
友達はゲームの中だけ。
でも、このゲームだけは違った。
リリアは、誰からも愛される聖女。
淑やかで、慈愛深く、常に微笑みを絶やさない。
そして何より――自分の役割を理解し、国のために生きる覚悟を持つ、芯の強い女性。
プレイヤーが「守りたくなる」存在。
私が、一番憧れた存在。
「……これから、私も……あんな風に……」
そう思った。
思ったのだ。
――それが、致命的な勘違いだったと気づくまで、わずか五分だった。
第一の現実:聖女に求められるもの
「リリア様、公爵家のお茶会へ出発しますわよ」
にこやかに告げるメイド、エマの声。
その瞬間、私の思考は凍りついた。
――お茶会?
社交、の場?
「……ぁ」
喉が、動かない。
心臓が、激しく跳ねる。
手のひらが、汗で濡れる。
――無理。
人前で話す。視線を浴びる。笑顔で会話する。
それは、前世の私が最も苦手としていたこと。
重度のコミュ障。
人が三人以上集まると、息ができなくなる。
視線を向けられると、頭が真っ白になる。
会話が続かない。言葉が出ない。表情が死ぬ。
それが、私の本質だった。
「リリア様? お顔色が……」
エマが心配そうに覗き込む。
私は必死に、ゲームの知識を思い出そうとした。
リリアは、聖女。
淑やかで、優雅で、人々を包み込むような温かさを持つ。
お茶会でも、自然に会話をこなし、誰とでも打ち解ける。
そういう設定だった。
そういう、設定だったのだ。
「だぃ、大丈夫……です」
震える声。
全然大丈夫じゃない。
(……帰りたい。部屋の隅で、一人で、何も考えずに……お芋とかたべたい…)
その瞬間――。
ぽろり、と涙が零れた。
恐怖と、絶望と、圧倒的な不安が、感情として溢れ出す。
そして、次の瞬間。
カラン、と高い音がした。
床に、何かが転がっている。
小さな、透明な宝石。
私の涙が――結晶化していた。
「……!」
エマが、息を呑んだ。
震える手で、その宝石を拾い上げる。
「なんという……これは……」
彼女の声が、畏怖に満ちている。
「聖女の、涙……悲しみさえも、聖なる宝石に変える……」
違う。
ただのパニック...!
恐怖で泣いただけ...
でも、エマは床に膝をついた。
「リリア様……あなたこそが、伝説の……」
無理無理無理。
そんな大層なものじゃない。
私は、ただの――コミュ障...なだけ......




