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魂が入れ替わったのは、私を殺したあの人だった  作者: マルコ


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第4話 記録

 朝の街は、人間の音で溢れていた。

 車のクラクション、信号機の電子音、パン屋の呼び込み。

 すべてが現実のはずなのに、私の世界はどこか透明で、音が膜の向こうから響いてくるようだった。


 裸足の足裏がアスファルトの熱を覚えていく。

 血の匂いはもう消えている。

 だが、心臓の中にはまだ“誰かの手”が残っていた。


 (逃げろ、彩音)

 頭の奥で、亮の声がした。

 (奴は追ってくる。篠原は――医者なんかじゃない)

 「知ってる……わかってる」

 息を整えながら、私は歩道橋を駆け上がった。


 振り向くと、篠原の姿はもうない。

 だが、背後で車が急停車する音。

 誰かの叫び。

 私は思わず人混みの中へ紛れた。


 スマホを握りしめる。

 画面にまだ表示されたままの発信履歴。

 〈母〉の下に、見慣れない番号があった。

 〈医療法人 桜木メンタルケアセンター〉

 (病院……?)


 意識がかすかに霞む。

 記憶の奥から、昨日の篠原の声が蘇る。

 “あなたの母さんも了承してる”――。

 それは、この病院のことだった。


 私はスマホの地図を開き、検索をかけた。

 〈桜木メンタルケアセンター〉

 位置は郊外、川沿い。旧江川の下流だ。


 (……また、あの川)

 指先が震えた。

 まるで運命が、ひとつの線でそこへ私を導いているかのようだった。


 *


 病院は白い箱のような建物だった。

 表向きはカウンセリング施設だが、窓のほとんどは厚いブラインドで覆われている。

 受付の職員に名前を告げると、少しの沈黙。

 やがて、優しげな笑顔を貼りつけた女性が言った。

 「真柴亮さまですね。――お待ちしておりました」


 (待っていた?)


 導かれるまま、奥の部屋へ進む。

 扉の向こうは、カウンセリング室というよりも研究室だった。

 金属棚。モニター。コード。

 机の上には、白いラベルの貼られた記録媒体。


 「ここで、カウンセリングを?」

 「はい。あなたと、お母さま、そして篠原先生との“意識移譲プログラム”のデータを保管しています」

 「……今、何て?」

 「意識移譲。記録によると、被験体はあなたと奥脇彩音さん――」


 胸が凍った。

 「やめて」

 「? どうされました?」

 「“被験体”って、今言った?」

 「はい。意識転写プロジェクト“リカレント”の被験体AとB――それが、あなたと……彼女です」


 ――頭の中が真っ白になった。


 (私と亮は、“実験”で入れ替わった?)

 (あの夜、偶然じゃなかった……?)


 呼吸ができない。

 空気が硬い。

 耳の奥で、電子ノイズのような音が鳴る。

 “リカレント”。

 記憶が一瞬、引きずり出される。


 白い部屋。

 椅子に座る私。

 「緊張しないでください、彩音さん」

 篠原の声。

 その隣に、母の姿。

 「大丈夫。新しいあなたになれるから」


 「――いやぁあああっ!」


 叫んだ瞬間、現実に戻った。

 職員が驚いたように立ち上がる。

 私は机の上の記録媒体を掴んだ。

 USBメモリに似た、小さな銀のスティック。

 そこには手書きで〈リカレント A/B〉と書かれている。


 「待ってください!」

 背後で職員の声。

 私は駆け出した。

 廊下の白が流れる。

 出口まであと数メートル――


 「……逃がさないわ」


 静かな声がした。

 篠原。

 いつの間にか、出口の前に立っていた。

 黒のスーツの上に、白衣を羽織っている。

 その手には、電撃棒。


 「またここに戻ってきたのね、彩音」

 「……やっぱり、知ってたのね。入れ替わりのこと」

 「当然よ。あなたを“造った”のは、私だもの」


 篠原が一歩近づく。

 私はUSBを握りしめ、後ずさる。

 「どうしてそんなことを」

 「感情を記録し、移植できるなら、人は“痛みのない存在”になれる。

  あなたは、その最初のサンプルだった。

  死んだ恋人の心をコピーして、別の肉体に移す――それが目的だったの」


 「でも、失敗した」

 「ええ。あなたが“目覚めた”せいでね」

 篠原の目が細くなる。

 「本来、あなたの記憶は彼の中で眠っているはずだった。

  でも、あなたは彼の罪悪感と結合して、自我を持った。

  ――半分、神に近い存在よ」


 「そんなもの、いらない」

 「残念ね。あなたを完全に沈めれば、彼は元に戻る」


 篠原が電撃棒を構える。

 その瞬間、頭の中で“亮”の声が響いた。

 (やめろ、彩音。俺に任せろ)

 「……なに?」

 (俺がやる。奴を止める)


 意識が、割れた。

 視界が二重にぶれる。

 男の声と女の心が重なって、ひとつの叫びになった。


 「やめろぉぉぉッ!!!」


 稲妻のような衝撃。

 次の瞬間、篠原の体が壁に弾き飛ばされた。

 床に転がる電撃棒。

 私は息を切らしながら、それを見下ろした。


 篠原はうっすら笑った。

 「……やっぱり、共存してるのね」

 「何を――」

 「あなたと彼、両方の脳波が重なってる。

  つまり、どちらかが消えない限り、どちらも死ねない」


 篠原の手が、ゆっくりとポケットに伸びた。

 銃声。

 乾いた音が、白い部屋に響く。

 壁が赤く染まる。

 篠原は自らの胸に銃口を当てていた。


 「研究は……成功よ。

  次は、あなたの番――」


 彼女の体が崩れ落ちる。

 目の奥に、微かな満足の笑みを残して。


 私は膝をつき、USBを見下ろした。

 震える指で、そこに記された小さなラベルをなぞる。


 〈リカレント A/B 最終記録〉


 その下に、薄く書かれていた。

 〈実験監督:奥脇 聖子〉――母の名前だった。


 全身の血が、凍る音を立てた。

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