虎穴に入らずんば、ケツに入れろ
ペットボトルのフタ(業界ではPTという)職人を目指す若者の物語。
「さやか、しょうゆ取って」
動けない。微動だにできない。
辛うじて目は開けられる。視界がぐるぐる回っている。どうやら仰向けに寝かせられている。見えるのは、小さな円が無数に敷き詰められている模様の天井。あとはさやかと呼ばれた女から手渡されるため、おれの上を通り過ぎるしょうゆ。受け取った男は、石丸!ファック!
なんだこの状況は!横たわるおれの上を何故しょうゆが横切るんだ。
感覚がはっきりしてきた。
おれは動けないだけじゃない。おそらく全裸にされ、おれの体の上に何か乗せられている。そしておれを囲む頭が四つ。どいつもこいつも死ぬほど頭が悪そうだ。石丸、さやかと呼ばれた女(どうせあばずれの性病女に決まっている)、あとはおっさんとおっさんのような女。驚くべきことに全員あごが割れているではないか。そして四人はさっきからおれの上に乗った物を箸でつまみしょうゆを付けて食っているようだ。
一瞬で、ある仮説が成り立つ。いや、それはあまりにも非現実的過ぎて、普通なら考えつきもしないはずだが、この状況からはその一つの答えしか導きだすことができない。
おれは石丸家の食卓に寝転び、女体盛りならぬ男体盛りの道具にされている!
なんてことだ。全くわけがわからない。動けないおれは必死に叫ぼうとした。しかし声が出ない。
その様子を見た石丸が、
「あ、喋ろうとしても無駄ですよ。声が出ないように喉の奥にPTを詰めときましたから。」
とニコリともせずに言った。
なんなんだ、こいつは。PT職人としての腕は間違いなく超一流だ。おれは恥ずかしながら、石丸にそれを言われるまで喉の奥に何かがあることなど微塵も感じなかったのだ。
しかしこの状況、このファッキン石丸を誉め讃えている場合じゃない。だいたいこいつは人間じゃなかったんだ。こいつが人間じゃないとすればここはどこだ?地球でないことだって考えられる。しかしここがどこであろうとおれは無力だ。こうも動けなければここがどこであろうと関係がない。
こんな姿で冷静に考えられる自分もなかなかのものだ、と冷静さに客観性が加わり始めたのも束の間、おれの体に突如悦びの電流が走った。
「お父さん、それはおかずじゃありませんよ。」
「おっといけねぇ、間違えちまった。」
石丸はおれが今まで付き合ってきた奴らの中でもトップレベルのクソだが、その親父も最低のゲス野郎だ。石丸の親父はその箸で、あろうことかおれの一物をつかんだのだ。笑う石丸家、揺れ動く四つの割れたあごども。なんて仲がいい家族なんだ。全員頭が腐っている。そしてこのおれはすっかり石丸家を喜ばす道具に成り下がっている。まるで奴らの新しく買い替えた地デジ対応のテレビだ。しかしこの時ばかりは声が出ないようにされたことに感謝した。おれの体はゲス親父の箸の刺激を忘れられないでいた。
それにしても、とりあえずは、なされるがままにするしかないようだった。急に疲れが押し寄せてきた。あの時なぜ石丸のオナニーを見てしまったのか。あれからおれの運命は狂い始めた。おれはただ石丸の超一流の腕前の秘密を知りたかっただけなのに。おれは閉じる瞼に抵抗する力もなく、まどろみの中で見上げた天井、あれは無数のPTだったんだな、ということに気付いたのと同時に眠りに落ちていた。