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リベリオン帝国の中央部担当者として

 ダークは、壁に掛けてある黒い神官服に目を移す。

「よく見れば汚れだらけだし、傷だらけだ。随分と粗末にしたな」

「そうですね。マザーが見たら怒ると思いますよ」


 ボスコは微笑んだ。


「これを機に戦場に出るのをやめてもよいと思います」

「戦場に出ると決めたのは俺の意思です」

「記憶を失っているのに、軍部の皆様と足並みをそろえられるのですか?」


 ボスコの問いかけに、ダークは言葉を詰まらせた。

 ボスコはたたみかける。


「記憶が戻るまで、戦場から離れても良いと思います」

「……記憶はいつか戻るのですか?」

「神のみぞ知る事ですね」

 

 ボスコは穏やかに答えていた。

 ダークの視線が揺れる。

 そんな時に、黒い薔薇のブローチが小刻みに震える。黒い神官服の襟元に付けられていたものだ。

 ダークは首を傾げる。


「これはなんだ?」

「薔薇のブローチは、ローズベル様の側近たちに与えられたものです。遠く離れていても、ブローチに触れれば連絡を取り合う事ができます」


 メリッサが説明すると、ダークは両目を見開いた。


「随分と便利なものがあるんだな」

「そう……ですね。リリーさんのワールド・スピリットのおかげです」


 メリッサは複雑な気持ちになった。

 リリーは薔薇の世話人だ。ブローチで連絡を取り合うためのワールド・スピリットを操る。彼女はダークを慕っている。

 ダークはおそらく彼女の事を分かっていない。

 リリーの名前を聞いても、両目を白黒させていた。


「リリー……俺が忘れた人間の一人だろうな」

「そうですね。きっと多くの人の事が分からなくなっていると思います。それは、私を助けるためでした」


 言いながら、メリッサの胸は痛む。

「あなたは私を守るために無茶をして、ワールド・スピリットを暴走させてしまいました。生き延びるためには、ワールド・スピリットを捨てるしかありませんでした。その代償に、多くの大切な記憶を失ってしまいました」


 メリッサの声は震える。涙をこらえるのに必死だった。


「謝ってすむ事ではありませんが、本当に申し訳ありません」

「謝る必要なんかねぇよ。要するに、俺もてめぇも生き延びたという事だろ」


 ダークは口の端を上げた。


「本当に大切な人間なら、一度忘れたところで、また縁ができるだろ。てめぇだって簡単に縁が切れる気がしないぜ」

「……それでいいのですか?」


 メリッサは両目を潤ませた。

 ダークは笑いながらブローチに触れた。

「どうせみんな出会う前は知らない人間同士だ。俺はたまたまそんな人間が多くなっただけだぜ」

「随分と楽しそうね、ダーク・スカイ。私への報告をさぼっておいて」


 凍てつく女性の声が響いた。ローズベルだ。

 ダークの顔面が青ざめる。


「……怒っていますか?」

「怒りを通り越して呆れているわ。リベリオン帝国中央部担当者として自覚がないのかしら?」

「俺にそんな大役が回っていたのですか……?」

「本気で自覚がないの!? 嘘でしょう!?」


 露骨な溜め息が聞こえる。


「すぐに王城に来なさい。一から叩き直すわ」


 ローズベルの声が聞こえなくなった。

 一方的な命令を受けて、ダークは額に片手を当てた。

「本気でよくわからねぇんだが……」

「私も付き添います。中央部担当者の補佐として、できる事をやらせてください」

 メリッサが言うと、ダークは乾いた笑いを浮かべた。

「報告は全部任せる事になりそうだぜ。王城が建っていた事も忘れているんだ」

「構いません。ローズベル様には、分かる範囲でお伝えします。まずはお着替えをしましょう。寝間着で外を歩くと寒いので」

 ダークは頷いて、黒い神官服を手に取った。

 ボスコが慌てて修道士や修道女を部屋の外に出す。

 ダークが着替えるのはあっという間だった。

「行くか」

「はい」

 メリッサはダークの後をついていく。二人の足取りに迷いはなかった。



 雪が舞う中を歩いて、王城にたどり着く。門は開かれていて、ダークとメリッサはあっさり通された。

 王城の中は相変わらず光る蔦が蔓延っていて、内部を静かに照らしている。

 ダークは足を止めて、ポリポリと頭をかいた。

「……俺はどの部屋に行けばいいんだ?」

「たぶん謁見の間ですね。奥の階段をのぼった所です。よくここまで迷わずに来れましたね」

 メリッサが答えると、ダークは苦笑した。

「記憶にない建物がここだけだったからな」

「すごいです! 集落をほとんど覚えているのですね」

「集落に進歩がほとんどないと言えるかもしれねぇけどよ。まあ、行くか」

 幾つものドアを通り過ぎる。

 奥まった所にある階段をのぼり、謁見の間に辿り着いた。

 そこには、玉座に座る大柄な男性と、玉座の傍で立つ険しい表情の女性がいた。男性は黒い鎧を身に着けて、女性は赤いマーメイドドレスを着ている。玉座の傍には、大剣が立て掛けられている。

 ルドルフとローズベルだ。

 ルドルフは満面の笑みを浮かべて万歳し、歓声をあげた。

「目が覚めたのか、ダーク・スカイ! 本当に良かったぞ!」

 ダークは片手を胸に当て、恭しく礼をする。

「ご心配をおかけしました。てめぇは立派な皇帝になっていたのですね」

「今さら何を言っているんだ? 記憶喪失か?」

 ルドルフは両目をパチクリさせた。

 メリッサは一礼した。


「ダークは私を助けるためにワールド・スピリットを暴走させて、生き延びるためにワールド・スピリットを捨てました。その代償として記憶を失ってしまいました」

「そう……あなたを守るためだったのね」


 ローズベルの視線が険しい。


「あなたは中央部担当者の補佐として、本当に仕事ができたのかしら?」

「そんな言い方は無いだろ。メリッサだってきっと辛いのに、正直に報告してくれたんだ。責める事じゃない」


 ルドルフは言いながら、鷹揚に頷いた。

 しかし、ローズベルの視線は険しいままだ。

「ダーク・スカイはリベリオン帝国中央部担当者として重要な役割を担っていました。彼の働きを失うのは、闇の眷属にとって大きな損失です。中央部の取り仕切り、地方担当者との連絡と指揮、軍隊が倒せない強敵の始末、闇の眷属のライフラインの確保、その他必要に応じた人材の手配などいったい誰に任せればよいのです?」

「ダークはワールド・スピリットを失ったから、強敵と戦うのは難しいだろうな。いざという時には俺も戦おう」

 ルドルフは真剣な眼差しになっていた。

 ダークは両目を白黒させる。

「他の仕事は?」

「そうね、ダーク。あなたの軍部の仕事は免除しましょう。その代わり、軍部に関わらない仕事を全力で遂行しなさい」

 ローズベルの一方的な決定に、ダークはたじろいだ。


「俺は戦いたいのですが……」

「魔王の肩書きだけ使わせてもらうわ。中央部担当者の仕事はお願いね」

「戦場に出られないのなら、丁重にお断り申し上げます」

「中央部担当者をやめたいのなら後継者を育てなさい。無責任に仕事を放り出す人間なんて、それこそ軍部を任せられないわ」


 ローズベルに威圧されて、ダークは返す言葉がなかった。

 メリッサは曖昧に笑った。

「ダークが戦場で傷つかずにすむのは良いのですが……かえって大変かもしれませんね」

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